各々の修行
これで慌てない奴は居ないだろ。
だって目の前に自分が居るんだから。
蘭丸とハクトはどっちも本物だと見抜いてくれたけど、これは心臓に悪い。
ここは精神だけの世界らしく、兄と僕は分離して修行をする事になるらしい。
まず最初に行ったのは、明鏡止水の境地に達する事。
水が止まって見えるようになれとの事だが、兄がとんでもない事を言い出した。
多分出来る。
瞑想をした兄に向かって石飛礫を放つセンカクだったが、兄は一振りで全ての石飛礫を打ち返した。
兄は既に、その境地に達しているらしい。
センカクのボヤキが、真実味を増していた。
センカクによると、この修行だけだと飽きるだろうと言うので、各々に合った修行も用意されていた。
兄は身体に魔力を循環させる修行。
これを素早く行えるようになると、一部分を爆発的に強化出来るようになるという話だ。
そして僕は、何故か知恵の輪・・・。
このジジイ、何やらせやがるんだと思ったのだが、魔力の効率アップに繋がるとの事だった。
ならばと変身ヒーローの際も、魔力消費が減るのでは?
そう考えたところ、センカクにはやめろと釘を刺されてしまった。
理由は、どちらかが消えるかもしれないからだ。
彼に言わせると、僕達は自我が薄い。
それはお互いがお互いに、依存しているという話だった。
兄は黙ってしまった。
言い返せないからだ。
あの押し問答を諦めたように見ていた僕も、その言葉は心に鋭く刺さった。
二人とも顔を見合わせたが、反論は出来ない。
「図星だったようじゃな。弟の顔を見るに、お前さんも同じじゃ」
「消えるって言うのは、どういう意味なんですか?」
「心が弱い方、というよりは譲った方と言った方が良さそうじゃの。お主達のどちらかが主人格になり、もう一人は融合されて自我が無くなる」
「融合したら、二人に戻ったりする事は?」
「無い!と思う。強く拒否をすればあり得ないとも言い切れないが、お主達では無理」
言い切るセンカクに、兄は強く詰め寄る。
胸ぐらを掴む勢いだ。
「何故無理って言い切れるんだよ!俺達だって大丈夫かもしれないじゃんか!」
「無理。お前さん達は近過ぎる。兄弟どころか双子。そして魂が同じ身体に二つある。こんな事、普通はあり得ない。じゃあ何故あり得たのか?」
「そうか。双子というある意味同じような存在が、一つの身体にあるから」
「そういう事じゃ。近いからお互いの魔力を使える。しかし、その近さが逆に危険をもたらす事もあるというじゃ」
兄も僕も、絶句した。
お互いの力をお互いが協力して使っていたのは、心の何処かで分かっていたんだと思う。
だからあの変身ヒーローという、僕達を掛け合わせた力が使えたんだと思っていた。
だけど、それが逆に自分達を追い詰めている事になるなんて。
「良いか?強い力にはそれなりの対価が必要となる。お主達のその欠片を組み合わせた力、悪い考えではない。だからこそお互いがお互いを理解しつつも、別人だと強く思わなければならない」
「それが出来れば、問題無いと?」
「難しいと思うぞ。今までの考えを捨てて、新たな関係を構築するのだから。しかし、その為の修行でもある!」
「・・・分かりました」
「俺も分かった・・・」
「そうじゃな。さっき教えた事をやりながら、お互いに話をしてみい。何か気付くかもしれん。それじゃ、ワシは他の二人の所へ行くからの。頑張れい!」
「・・・なあ、本当に止まって見えると思うか?」
「でもマオくんは見えたっていうか、出来てたよね。だから出来るはず」
止まって見えない二人は、雑談タイムに突入していた。
滝の方を見ながらではあるが、もう集中力はとっくに切れている。
そこにセンカクが空から戻ってきた。
「こらっ!何をしとるんじゃ!強くなりたいと言っておったのは、嘘だったのか?」
「ヤベッ!ごめんなさい」
「すいません」
「出来ると出来ないでは大きく変わるからの。それでも良いなら、やらんでも良い」
突き離すような言い方に、二人は少し焦った。
二人とも実感しているのだ。
旅に出た時と違って、自分達があまり役に立っていない事を。
だからこそこの修行で強くならなければ、足手まといになる事を。
「今度こそ本気で」
「そう、本気で」
センカクは二人の顔つきが変わった事を見て、二人に合った修行を教えると言った。
「ワシはあの二人の事は神様から聞いておるが、キミ達の事は何も分からん。だから、何がしたいのかを教えてほしい」
「俺は、槍と弓で奴に貢献したいと思っています。ただ、前田さん達には槍では敵わないので、魔法を使った槍使いになりたいです」
「ふむ、槍と弓が使える魔法使いか。過去にもそんなエルフが居たな。なかなかの使い手だったはずじゃ」
センカクのその言葉は、蘭丸に目指す方向が間違いではなかったと思わせるに値する言葉だった。
仙人が覚えているくらいの使い手なら、相当なはず。
蘭丸は各々に合った修行というのを早く教えてくれと、心の中で息巻いていた。
「僕は身体強化が苦手なので、出来れば魔法に特化したいんですけど。ただ、直接攻撃するのが苦手なんですよね・・・」
「そうなると、支援特化の魔法使いとなるわけか。どんな魔法が使えるのじゃ?」
「基本的な四属性は覚えました。それと毒魔法と音魔法を最近」
「音魔法とな?珍しいの」
センカクからしても珍しいと言わしめる音魔法。
ハクトも使い勝手が悪いのは、この前の出来事で分かっていた。
「音魔法が無差別じゃなくて味方だけに使えれば、大きく変わると思うんですけどね。聞こえた人全員にってなると、難しいですよね」
「それは未熟なだけじゃ。本来なら音魔法は、敵味方の判別が出来る」
「え?」
「言霊を知っておるか?」
センカクの説明によると、四属性とは大きく違った魔法なので、使えないのも無理はないという事だった。
言霊を乗せて発する声ならば、無差別に発揮するというわけではない。
センカクの話を聞いたハクトは、言霊習得が自分のするべき事だと決めたのだった。
「師匠、俺は何をするべきですか?」
「ワシもまだ未熟な仙人。師匠は少し言い過ぎな気もするの」
「いや、教えてくれる人は師匠です。だから貴方は師匠だ」
蘭丸はセンカクを師と仰ぐ事に決めた。
ハクトもまた、蘭丸の言葉に頷いている。
「僕も同じ気持ちです。師匠、何をすれば良いのか教えて下さい」
「う、うむ。まずは蘭丸、お主は魔法を凝縮させて、固定鋭く事を覚えるが良い」
「凝縮に固定・・・」
「こんな感じかの」
センカクが何処からか出した金属板。
それはミスリルだった。
センカクがミスリルの板を地面に置くと、そこに向かって火魔法を放った。
板は火に包まれたが、耐性が強いミスリル板は簡単に燃えたりはしない。
しかしその後火が徐々に小さくなると、板の上でマッチくらいの火の大きさに変わる。
その火は板の上から、落ちるように板の中に入った。
「今のは?」
「凝縮した火魔法を、板の中に固定した」
「中に固定!?」
「ハクトよ、板に向かって水魔法でも掛けてみるが良い」
「は、はい」
ハクトが指示通りに水魔法を掛けると、板にぶつかった水は水蒸気を発して、周りが見えなくなった。
「凄い熱だ」
「見た目には分からんが、この中には火魔法が固定されている。これを魔法によって変えていけば、お主はとてつもない槍使いになれるじゃろう」
「それは槍の穂先に魔法を凝縮して固定するという事ですか?」
蘭丸の質問に、センカクは違うと言った。
いや、それだけではないと言う。
「お主は武器にばかり目が行っているが、これが例えば靴だとしよう。靴に風魔法を固定したとすれば、お主は獣人よりも凄い跳躍が出来る。そして鎧に土魔法を固定すれば、どんな金属よりも硬い鎧が出来るであろう」
「なっ!?そんな事が可能なんですか!?」
「同時に使うのは、それだけの集中力が必要じゃ。その為の明鏡止水でもある。全ては修行次第じゃの」
蘭丸は悦びに打ち震えた。
前田兄弟や太田達とは違った強さを手に入れられる。
そう確信した彼は、すぐにミスリル板へと魔法を唱えたのだった。
「師匠、僕は何をすれば?」
「お主は簡単じゃ。音魔法で、空に飛んでいる鳥を自分の下へと惹き寄せよ」
「鳥をですか!?」
言葉の通じない鳥に向かって、音魔法を使う。
それは聞いていた話では通用しないはずの事だった。
「さっきも言ったが、音魔法は聞こえた者全てに効果を発揮するわけではない。自分が聞かせたい相手、それを意識しながら使えば自ずと言霊を覚える事に繋がるのじゃ」
「それが例え鳥や動物でも、という事ですか?」
「そういう事じゃの。鳥や動物、植物にまで音魔法が使えるなら、味方だけに使うなんて容易いはずじゃ」
「なるほど。仰る通りです!」
ハクトはセンカクの説明に納得して、山から降りて森へと向かっていった。
森の中なら鳥や動物が多いと、センカクから言われたからだ。
「二人とも、朝から昼は明鏡止水。昼から夜は各々の修行の時間じゃ」
「分かりました!」
その日の夜、四人は各々に課せられた修行内容を話し始めた。
「鳥に音魔法!?僕達があの魔法を買った時に聞いた話と違うね」
「でもそれが出来たら、味方だけに支援魔法使えるよね」
「そうだな。しかし蘭丸がやろうとしているのも凄い。風魔法を固定出来れば、俺よりも高く跳べるようになるんじゃないか?いや、それよりも空が飛べたりしてな」
「空を飛ぶか。鳥人族でもないのにそれが出来たら、空から弓が撃ち放題だ」
未来のビジョンを思い浮かべた四人は、知らぬ間に口元を緩くしていた。
「でもさ、まずは明鏡止水なんだよね」
「それな!何でマオは・・・というか、お前等の事は何て呼べば良いんだ?」
「確かにね。二人ともマオくんじゃ呼びづらいよ」
並んだ二人を見て、蘭丸は困惑している。
ハクトも苦笑いで、その事に同意していた。
「あー、言われてみるとそうだな」
「どうしようか。名前を決めるのが苦手なのに、呼び方なんてねぇ・・・」
「面倒だし、健一だから俺はマオケンで」
「じゃあ僕はマオコウで」
安易だが、分かりやすいと思う。
そう思った二人だが、蘭丸達はそうでもなかったらしい。
「だったら最初から、ケンとコウで良くない?」
「俺もそう思う」
二人がそう言うと、マオ二人は反論。
「だって、一応マオだし。お前もそう思うだろ?」
「僕も、マオって名前も気に入ってはいるんだけど」
「でもさ、太田さん達にマオケン様とかマオコウ様って呼ばれるんだよ?」
「それはダサいな」
「いや、アイツは魔王様とキャプテンという呼び方をするはず。あーでも、又左はその呼び方をしそうだなぁ」
四人で話し合った結果、二人に分かれた場合はケンとコウという呼び方にしようという事に決定したのだった。
「ところで蘭丸。さっき俺に何を聞こうとしたんだ?」
「そうそう!お前、何で明鏡止水の境地に達する事が出来たの?」
蘭丸の質問は、ハクトや僕も同じ考えだった。
センカクの爺さんですら、驚いたと同時に凹んでたし。
「何故って言われても、ただめっちゃ集中してるだけなんだけど」
なんというアバウト説明。
やはりこの兄、使えない。
「ケンくん、それいつから使えるの?」
ハクトが聞いて、そう言われると気になり始めた。
この身体になってからなら、僕だって使えてもおかしくない。
なのに兄だけという事は、以前の身体の時に覚えたという事だ。
「いつから?うーん、多分だけど野球部の合宿で寺で坐禅をやらされた時?」