そろそろ修行へ
オーガの職人達への報酬は、昌幸の作る工具に決まった。
やはりドワーフの中でも領主に次ぐと言われる腕は、彼等にとっても垂涎の品になるらしい。
そしてもう一方のノーム達には、王国産の酒が報酬となった。
まずは工具をと、昌幸の新しい店へと向かったが、そこには浮かない顔をしている昌幸が居た。
どうやら土の問題なのか、窯が火力に耐えられないとの話だった。
コバに頼み、高火力に耐えうる機材を譲ってもらうと、昌幸は大いに喜んだ。
コバも昌幸と接点が生まれて、満更でもない感じだ。
その後、アデルモとの相談で以前のように抜け道があったらなという話になった。
用途に関してはまだ未定だが、とりあえず作る事だけは決定。
後は本人達に任せる事にした。
ライブ当日、僕は町娘に変身して見ていたが、思った以上に人気がある事に驚いた。
自分がセンターで歌を歌っているなどとは、夢にも思わなかったしね。
そしてライブ終了後、代役のラビと入れ替わる為に控え室に行くと、ロックはとんでもない事を言い出した。
蘭丸とハクトの三人でデビュー。
嘘だと思っていたら、まさかのラビがOKを出しちゃった発言をしたのだった。
「・・・嘘だよね?」
「すいません。本当です」
「契約書とか書いちゃった?」
「流石にそこまでは・・・」
よし、口約束だ!
「すまんな、ロック。あの時は良いかな〜と思ったんだけど、やっぱり無理だわ」
「マオっち!?それは無いでしょう!」
「僕だって一応は領主だからね。他の事に手を出して、領主としての仕事が疎かになるのは良くないと思うんだよ。うん」
完璧な言い訳だ!
流石は僕。
「でもさ、領主の仕事なんてしてないじゃない。長可さんとゴリアテっちが、安土を回してると思ってるんだけど」
「黙らっしゃい!良いかね?僕は他の領地にも行ったりするわけよ。それに王国にも顔を出したりするし、安土にずっと居られないわけ」
「うーん、なんか納得いかないなぁ」
「じゃあ、契約書は?僕、サインとかしてないよね?」
「それはそうなんだけど・・・」
フッフッフ。
やはり契約書が無いというのは大きいね。
その場でサインを書かせなかった自分を、怒るが良い。
これでこの話は終わり。
そう思ったのに、急転直下の発言が・・・。
「ロック、ソイツに契約書なんか必要無いぞ」
「蘭ちゃん?」
「そうだね。だって、実際に歌ってたの、マオくんじゃないし」
「ハクトっち!?それ、どういう意味?」
ギクッ!
「お前、代役を使ったよな?」
ギクギクッ!
「舞台に居たのは、ラビさんだよね?」
オフゥ・・・。
全てがバレていらっしゃる。
だが、ここで顔に出すわけにはいかない。
まだ証拠が無いのだから。
「いやぁ、何の事かな?」
「惚ける気か?」
「だって今言ってる事に証拠は無いし」
「ほぉ、そういう事を言うんだな。ならばこうしよう!」
蘭丸はギターを持ち出し、さっきの曲を弾き始めた。
あ、これまさか・・・。
「今この場で歌ってくれ。本人なら、問題無いよな?」
「マオくん、本当の事を説明するべきだよ」
クッ!
このままでは!
「魔王様、どうされますか?」
「ラビか!煙幕とか使って、すぐに代わる事出来る?」
「出来ますが、おそらくハクトさんにバレているかと。風魔法の詠唱をされてます」
万事休すか!?
【仕方ない。この手は使いたくなかったが、やるしかないようだ】
おぉ!
何か良い手があるというのか!?
【後は俺に任せろ】
フゥ・・・。
深く息を吸った後、俺は瞬時に動いた。
大きくジャンプをして、彼等にその姿勢を見せつける。
降りていくその姿は、さながら亀のようだ。
額を地面へと頭突きをするが如く、大きく頭を下げた。
「すいませんっしたあぁぁぁ!!!」
「・・・」
「自分、無理っす!歌とかダンスとか無理っす!」
「それで、ラビさんに頼んだと?」
「たまたま!たまたま呼んだら近くに居たんです!なんつーか、これは頼むしかないなって。すいませんっした!!」
「・・・うん」
どうだ!
俺のジャンピング土下座は!
効果抜群だろ!?
(うん。頭を下げてて見えないけど、多分痛い子だって目で見られてるのは分かる)
そんなわけ・・・うわぁ。
俺、憐れんだ目で見られてるわ。
「そんなに嫌なら、最初から断れば良かったのに」
「だよな。お前の分まで、ハクトと俺で頑張る事も出来たんだぞ」
「おぉ!心の友よ!そんな優しい言葉をありがとう!」
「でも、それはそれ。これはこれ。嘘をついた罰は受けてもらおうか」
蘭丸の笑顔が怖い。
俺は何をされるんだ?
「これで良し。今日一日、外すなよ」
首から下げる白い板。
そこには、僕は嘘つき領主ですと書かれている。
なんとも情けない姿だ。
「可哀想だけど、嘘をついたのは本当だから仕方ないね」
「甘んじて受け入れたいと思います」
蘭丸とハクトが許してくれた頃、ロックは違う事を考えていた。
「あのさ、その代わりの人って何処に居るのかな?」
「目の前だけど」
「え?この子?」
ラビに頼むと、僕の姿になってもらった。
ロックはラビと僕を見比べてから、何やら企んだらしい。
楽しそうな声で、相談を持ち掛けてきた。
「やっぱりデビューしちゃおう。マオっちそっくりだし、問題無し!」
「いや、それってアリなの?」
「アリアリ。アリよりのアリ」
ロックはもう決めちゃっているが、正直なところ、彼女にはその変装スキルを使って調べてもらいたい事が多くある。
あまり本業に差し支えるようなら、やらせたくないのが本音だ。
(僕も同じ考えだね。本人はどうなんだろう?)
「ラビはどう?」
「魔王様が問題無ければと、思っております」
全ては俺達の匙加減か。
だったら!
「本業はいつものように働いてもらって、アイドルは副業で!ロック、それで納得出来ないなら、この話は無しだ!」
「オッケー!今度は約束破らないでよ?」
即答で返事が来た。
まあ彼も、その辺りは分かっているんだろう。
元々俺達だって、領主やりながらやる事になってたから、そこまで本腰入れてやれたわけじゃないしな。
よし、これで何とかこの話も終わりだ。
「とりあえず、ロックはここでサヨナラだ。花鳥風月の握手会の方を見てこいよ」
「あ、そうだった。それじゃラビさん、今後ともよろしくね!」
さて、邪魔者は消え去った。
ちょっとだけ真面目な話をしよう。
「俺達の用事は粗方済んだ。二人が何も問題無ければ、センカクの爺さんに頼んで修行に入ろうと思うんだけど」
「いよいよか!?」
「僕達もこの一件が終わって、特には何かあるって事は無いよ」
二人も準備は出来てるらしい。
ならば、あまり待たせても悪い。
明日にでも、センカクの爺さんの所に行くとしよう。
でも、その前に。
「ラビ、俺が居ない間、代役をやっててくれない?」
「それは構いませんが、何か話を振られた場合はどうしますか?」
「そうだなぁ。長可さんに投げてもいいし、ラビの判断で決めても良いよ」
「ご冗談を」
別に冗談ではないんだけどな。
無難なのは、半兵衛に丸投げなんだよね。
ただロゼとイチャついてそうで、あんまり丸投げし過ぎると、ロゼが怒りそうなんだよな。
「余程難しい案件以外は、ラビに任せる。難しい案件は半兵衛に振ってくれ」
「かしこまりました」
センカクは城に寝泊まりしているが、普段は街を出歩いているので、探さないと見つからない。
ツムジに頼るのも手だが、やはり女の子に頼ってばかりなのは性に合わないんだよな。
「こんにちは、魔王様」
後ろから誰かに話し掛けられた。
振り向くと、肉まんを持った秀吉が立っていた。
普段なら気配で誰か分かるんだけど、コイツの場合分かりづらいんだよ。
「肉まん、美味いか?」
「美味しいですよ。というより、ここにはいろんな食べ物があって楽しいですね」
ふむ、喜んでくれてるようで良かった。
安土に良い思い出が出来てくれれば、幸いだ。
「でも、あの店はどうだったんだ?」
「あの店?」
「食えるもんなら」
「食ってみろ」
やはりあの店に行ったようだな。
しかし感想は聞かなくても分かる。
既に思い出したのか、苦そうな顔をしているからな。
「ちなみに何に挑戦した?」
「私は辛い物を。半分も食べずに諦めましたけど」
「それが普通じゃないか?俺も大食いで、半分ちょい食べてギブアップしたしね」
お互いの話をしながら笑い、秀吉は肉まんを食べたところで話を変えた。
「そろそろ、安土以外にも行ってみようと思います」
「そうか。上野国は近いから知ってるだろうけど、若狭とか越中もあるしな」
「他にも越前国に行きたいのですが、今は閉ざされているという話なので、諦めようと思っております。それに王国や騎士王国のようなヒト族の国も、入れるようなら見てみようかと」
越前?
何処だそれ?
(本当は福井県辺りだけど、こっちだと何処なんだろうね。閉ざされてるって言ってるから、以前聞いた話と合わせると、クリスタルの産地で有名な場所なんだと思う)
遠そうだけど、いつか俺達もクリスタルの輸入の件で行きたいな。
「いつ出発するんだ?」
「気ままな一人旅ですから。今から出ようと思ってます」
「早いな!誰にも挨拶していかないつもりか?」
「別れの挨拶などすると、後々離れづらくなりますから。ただ、魔王様にだけ一言言っておこうと思いまして」
「そっか。最後の別れになるわけじゃないし、また長浜で会える時が来るよ。その時はよろしくな」
門の前まで行くとバレやすいというので、秀吉とはその場で握手を交わした。
時折振り返っては手を振っているが、本当に一人のようだ。
秀吉くらいの魔法使いなら、一人旅でも危険は無いんだろう。
秀吉も新しい一歩を踏み出すんだ。
俺達も修行して、上を目指さないとな。
「もう良いのかの?」
ただ街の中を歩いているだけだったセンカクを見つけ、準備が出来た事を伝えた。
「二人が来たら、開始したいと思う。外に出るから、門前で待ち合わせしてるんだけど」
「良い心掛けじゃの。では、向かうとしよう」
門の前に行くと、蘭丸とハクトを見つけた。
だが、二人だけではない。
何故かオマケが付いてきていた。
「太田はどうしてここに居るんだ?」
「ワタクシも出来れば、参加したいのですが」
センカクをチラッと見ると、太田の事を凝視している。
見定めている最中かな?
「確かに此奴は修行が必要なようじゃ」
「では!」
「しかし!今回は見送ろう」
期待を持たせておいて断られた太田は、どうにも納得がいかない様子。
それも分かっていたセンカクは、太田に説明を始めた。
「分かりやすく言えば、人数過多じゃな。一人で見る事が出来るのは、三人が限界という事じゃ。だが、お主は心を鍛えないといかん。三人の修行が済んだら、お主の出番が待っていると思っておれ」
「そうでしたか。今回ワタクシは、キャプテンのお帰りを待つ事にします」
「一応、ラビに俺の代わりを頼んでいるから。太田が護衛してやってくれよ」
「承知しました」
太田と別れ、安土の門から外へ出ると、センカクはすぐ近くの森へと足を踏み入れる。
彼の後を付いていくと、とある木の前で止まった。
「この辺で良いかの」
「近いなぁ。歩いて数分しか経ってないけど」
「これだけ近いと、修行に行くって気分じゃないね」
蘭丸とハクトが、あまりの近さに戸惑いを感じている。
俺も同じ気持ちだから、何も言わなかった。
「フン!これでよし。入るぞい」
「え?もう?」
両手を幹に翳した後、センカクはスッと木の中に入っていった。
何の説明も無いのかよ!
と思いつつ、俺達も続いて入る。
「前回と同じ山っぽいね」
「そうか?少し違う気がするけど」
ハクトの意見に蘭丸が異を唱えた。
僕もそんな気がする。
「前回はすぐに霧が下に見えたけど、今回は見えないよね」
「マオもそう思ったか」
蘭丸は僕と同じ考えだったようだ。
周りを見ているな。
「いや、ただ違う場所に繋がっただけだろ。同じ山じゃねーの?」
「そうだよね。マオくんもそう思うよね?」
ハクトは俺と同じ意見らしい。
たまたま前回とは違う場所に出ただけだと、俺も思うんだよな。
「ん?」
「あ?」
僕は二度見した。
俺も二度見した。
「僕が目の前に居る」
「俺が目の前に居る」