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安土の日々5

 この店、予想に反して混んでいた。

 ただの大食いチャレンジの店かと思いきや、激辛や激マズという他のジャンルもあった。

 僕とズンタッタは大食い、バスティは激辛、そしてビビディは一番不人気の激マズ料理に挑戦する事になった。


 まずはバスティが頼んだ、激辛カレーが運ばれてきた。

 見た目はそこまで酷くない。

 バスティの一口目は、最初は美味そう味わっていたのだが、それもすぐに地獄へと叩き落とされる事になった。

 喉を押さえながら咳き込む姿を見た僕は、大食いが無理なら激辛だという考えが甘かったと思い知らされる。


 次に来たのは、臭いだけで強烈な激マズ料理。

 不味いと叫びながらもスープを飲むビビディ。

 なかなかやるなと思ったが、それもドリアンを口にした事で一変した。

 彼は白目を剥いてに泡を吹いて倒れるという、意識不明の状態に陥ってしまったのだ。

 魔法で解毒をすると目を覚ましたという事は、既にこの料理は毒だと言ってもいいのかもしれない。


 ちなみに大食いのラーメンや炒飯は、普通に美味かった。

 美味かったけど、半分も食えなかった。

 大食いは早々に諦めたのだが、激辛激マズの二人はなんと気合いで食べ切った。


 激辛カレーを食べて放心状態だったバスティだったが、奥のテーブルで一人で全ての部門を制覇する男が居ると言われ、すぐに見に行った。

 するとそこには、異臭を放つ料理を食べる半兵衛の姿があったのだった。




「そうだ!半兵衛達に会いに来たんだった!」


「陛下、何が・・・うっ!臭い!」


 後ろをついてきたズンタッタは、半兵衛の食べる料理の異臭に顔を顰める。

 だが食べている当の本人は、ケロッとした顔で料理を口に運び、どんどんと皿の中身が減っていく。



「す、凄い・・・」


「半兵衛殿、それが一皿目ですか?」


「不部門では一皿目です」


「不部門では?」


 よく見ると、空の鍋ともう一枚の皿がテーブルの端に置いてあった。

 そして鍋と皿の横には、肘をついて顔から下を隠しているラコーンと、大食いのチャレンジ中だと思われる長谷部が座っていた。

 長谷部は既に半分くらいは減っていて、鍋に集中しているようで俺達が来た事に気付いていない。



「陛下、すいませんがこの格好でお許し下さい」


 肘をついたまま話すラコーン。

 しかしそれも、直属の上司であるズンタッタに咎められた。



「ラコーン、貴様不敬だぞ!」


「しかし・・・あっ!魔王様!魔法でこれを治してもらえませんか!?」


 ラコーンが手をどかすと、そこには誰?という人物が座っていた。

 おそらく激辛の料理を頑張ったのだろう。



「凄い・・・たらこ唇になったな」


「なりたくてなったんじゃありません。風が少し触れるだけで痛いんです。どうかお願いします」


 目から下を隠していたのは、そういう理由だったらしい。

 てっきり何処かの司令の真似をしているのかと思った。

 半兵衛が食べ切ったら、勝ったなとか言うつもりなのかなと。



(ラコーンがそれを知るわけがないじゃない。それよりも回復魔法を使うから、交代ね)





「痛くない!ありがとうございます」


「痛くないの?たらこ唇のままだけど」


 痛みが引いたのか、恐る恐る口を触るラコーン。

 しかし唇の厚さは変わっていなかったようで、その事にはショックを受けていた。



「ごちそうさまでした」


「食べ切った・・・。全部食べ切った人が出たぞ!」


 半兵衛の食べる様子を見ていた野次馬が、一斉に歓声を挙げた。

 どうやら、凄い事らしい。



「お、おめでとうございます。全てを制覇したお客様には、こちらの王冠と記念品。そしてお代は三人分無料になります」


「ありがとうございます」


 店員さんがドン引きしながら、王冠を半兵衛に差し出す。

 それを見たバスティが王冠を半兵衛から受け取り、そして半兵衛の頭へと戴冠した。



「半兵衛くん、キミは凄い!まさしく王を名乗るに相応しい食べっぷりだった」


「え?ありがとうございます」


「私はこれからキミに敬意を表して、キング半兵衛と呼ぶ事にするよ」


「キング?」


 野次馬達はキングの意味が分からず、横に居たズンタッタに尋ねている。


「ヒト族の言葉で、王という意味です」


「なるほど!確かに王、キング半兵衛。キング半兵衛の誕生だ!」


 ズンタッタの説明を受けた一人が大きな声でそう呼ぶと、店内は馬鹿騒ぎになった。



「自分が王などと!ここにはバスティアン陛下や魔王様も居るのに」


「良いじゃない。キング半兵衛、カッコいいぞ」


「そうですか?ありがとうございます」


 僕とバスティが認めた事により、半兵衛はその呼び名を受け入れた。

 そして、店内で馬鹿騒ぎする野次馬や他の客を震撼させる、恐ろしい出来事が始まる事になる。



「店員さん、三人分ってこの二人の料理もですよね?」


「はい。そうです」


「追加は出来ますか?」


「えっ!?」


「足らないので、多部門の料理を追加で頼みたいんですけど」


 それを聞いた野次馬達は、馬鹿騒ぎからドン引きへと変わっていく。

 それはズンタッタやビビディも同じだった。


 しかしビビディは、それよりもあのクソ不味い料理を普通に食べていた事に疑問を持ったようだ。



「ちなみにこの皿、普通に食べてましたけど不部門の料理ですよね?」


「そうですよ」


「何故あんなに普通に食べられたのですか?」


「うーん、途中で味付けを変えたから?」


「味付けを変える?そんな事が可能なのですか?」


「えぇ、私はそうしましたよ」


 半兵衛がそう言い切ると、ビビディはさっきまで食べていた皿を少し寄せて、残っている部分を指で触り、そして舐めた。



「では失礼して。・・・ウボァ!辛マズ!」


 その不味さが劇薬並みだったのか。

 ビビディは物凄い勢いで後ろに倒れた。



「魔王様!ビーの奴、また白目に泡を吹いています!今回は痙攣も。お願いします!」


 さっきと違い、痙攣のおまけ付きかよ。

 再び解毒をするも、戻ってこないビビディ。



「あれ?本格的にヤバいか?」


「回復も!回復もお願いします!」


 ズンタッタに頼まれて回復魔法もかけると、カッと目が見開くビビディ。

 何か覚醒したんじゃないかというくらい、元気に立ち上がった。



「大丈夫か?」


「はい。さっき立っていた河原から船に乗るところでした」


「乗ったの!?」


 それ、三途の川の渡し舟だろ。

 乗ってたら戻ってこれないと思うんだけど。



「いや、乗ろうとしたら足を滑らせて、川に落ちました。気付いたら知らない天井が」


「あ、そう。その舟に乗ってたら、死んでたかもね」


「危ないところでした・・・」


 分かってるなら食うなよ!

 と思いつつ、再び半兵衛の前に置かれた鍋を見て、野次馬達は顔色を悪くしながら去っていくのだった。





 食べ終わったら後で話があるから、外に来てくれ。

 そう伝えた僕達は、店の外で待つ事にした。


 何故外に出たのか?

 ハッキリ言おう。

 見てるだけで気持ち悪い・・・。



「お待たせしました」


「あら?結構早い」


 外に出てから二十分しか経っていない。

 残すとも思えないので、待たせると悪いからと少し急いだのかもしれないな。



「タラコーンと長谷部は?」


「タラコーンはやめて下さいよ」


 たらこ唇になったラコーンと長谷部も、遅れて外にやってくる。

 長谷部は驚く事に、時間は掛かったが食べ切ったとの事だった。



「もう食えねぇ。あんなに食べたのは、この世界に来て初めてだ」


「なるほど。そうすると、キミが噂の召喚者くんか」


「あん?誰だおっさん?」


 腹をさすりながら、下から睨むように見る長谷部。

 その様子を見たラコーンは、青ざめた顔で首根っこを引っ張った。



「バカタレ!このお方こそ俺の!あいや私の国王陛下、バスティアン様だ!」


「へいか?ヘイカ?陛下!帝国の国王!?」


「そうだ、このバカタレ!」


 ズンタッタが頭を引っ叩くが、長谷部は仕返しはしなかった。

 どうやらズンタッタとは、面識があるみたいだな。



「おやっさん、痛えよ」


「誰がおやっさんだ!」


「まあまあ、良いではないか」


 その態度を咎めないバスティを見て、ズンタッタも引く。

 バスティは長谷部をジロジロと見て、一言だけ彼に言った。



「えーと、長谷部くん。キミ、どんな能力を持ってるのかな?」


「能力?知らん!いや、知らないです」


「知らない?」


 自分の能力を知らない長谷部に、バスティ以下二人は疑問に思っていた。

 ラコーンも一通り聞いたみたいだが、本当に自分で把握していないという話だった。



「俺、帝国に居た頃は命令が嫌で、訓練とか出なかったから。どうせその辺の奴よりかは強かったし、何も言われなかった、です」


「ふーん、なるほど」


 バスティはその答えに満足したのか、顎に手を持ってきて考え始めた。

 ラコーンは気が気でないらしく、バスティと長谷部を交互に見ている。



「陛下、私が連れてきておいて言うのもアレなんですが。やっぱり護衛には向かないかと」


「いや、決めた!護衛してもらっちゃおうかな」


「はい!?」


「陛下!よろしいのですか!?」


 まさかの返答に、ズンタッタもビビディも、そしてラコーンも驚きを隠せなかった。



「そんな簡単に決めてよろしいのですか!?」


「うん。彼なら信用しても良いと思ったから」


「そ、そうですか」


 本人が信用すると言うのだから、三人は何も言えなくなった。

 そして信用してもらった長谷部は、本人も予想外の返答だったらしい。

 口を開けたまま、立っている。



「長谷部くん、これからよろしくね」


「え?お、おぅ。じゃなくて、はい!」


 改めて返事をし直す長谷部。

 思った以上に嬉しかったみたいで、下を向いてしまった。

 しかし背が低い僕からは、その顔が丸見えである。



「良かったな」


「う!うるさい!あっち行け!」


「素直じゃないなぁ」


 照れ隠しだとすぐに分かったけど、あまり揶揄うのもね。

 本気で怒るかもしれないし、ここは引き下がるとしよう。



 それよりも、真意が聞きたい。

 僕はバスティの横へ移動して、話を聞く事にした。



「何故、長谷部を受け入れたの?」


「うん?いや、メリットの方が大きいかなって思っただけだよ」


「メリット?」


 強い以外にあまり思いつかない僕を見て、ニヤニヤするバスティ。

 ちょっとムカつく。



「あんまり怒らないでよ。一つは、シーファク達の為」


「どういう事?」


「ずっとズンタッタ達が護衛をしてきたけど、やはり休養も必要だ。それにもしもの時に二人が居なくなったら、誰が私の護衛をする?やはりローテーションで回すべきだと思うんだよね」


「それは分かる。でも、長谷部をそのローテーションに入れる理由が分からない」


「おそらく、ズンタッタやビビディ、ラコーン達が束になっても敵わないくらい強いと思う。だから、彼にはラコーン達の指南役を頼む」


「指南役!?」


 それ、ラコーンが聞いたら凹んじゃいそうだな。

 というより、イッシーとか他の連中の方が向いてる気もするんだけど。



「それと彼を見た時の直感として、野生動物みたいな気配を感じたんだよね。鋭いというか、危険を察知してくれそうな感じ?」


「案外間違ってないよ。帰ってくる時、慶次やハクトには負けたけど、蘭丸や太田よりは鋭い感覚があった。それも考慮して、護衛に推したんだけどね」


「へぇ、それは楽しみだね。じゃあ彼には、その危険察知能力も是非教えてもらいたいものだ」



 話を聞く限り、彼の中で長谷部の評価は高かった。

 問題児であるという前評判を伝えてなかったからかもしれないけど、それを差し引いても見知らぬ男を護衛に選ぶとは思わなかった。


 長谷部は自分の置かれた立場が分かってないのか、下を向きながら歩いている。



「長谷部、お前期待されてるぞ」


「お、おぅ」


「緊張してる?」


「いや、それよりもプレッシャーがな。帝国では期待されてなかった俺が、まさか帝国の国王本人に期待されるなんて思わなかったから。だから、失敗したくないなって思った」


 言われてみると確かに。

 爪弾きにされていた男が、一気に直属の護衛とか。

 とんだシンデレラストーリーだな。

 ヒロインじゃないけど。




「ん?なんか変なおっさんが走ってきたぞ。ぶん殴った方が良いか?」


 変なおっさん?

 あぁ、ロックか。

 確かに変なおっさんだわ。



「魔王様ぁ!アンタ、何してんの!?」


「何って、メシとか色々」





「もうすぐ花鳥風月のデビューライブやるんだから。アンタ、センターでしょ。ハクトっち達もダンスの練習してるんだから、一緒にやりなさいよ!」

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