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安土の日々4

 最近の女子組は、長可さんの手によって変わっている気がする。

 シーファクがお淑やかになったのは、今後バスティの護衛をする際の礼儀作法の為という話だったが、彼女は元々貴族の出自だったような?

 剣の稽古ばかりしてたのかな?

 しかしそんな疑問よりも問題だったのは、長谷部を護衛にと考えていた矢先、シーファクがバスティ護衛の為に長可さんに師事しているという事だ。

 急ぎ彼女に、ズンタッタ達に話があると伝えさせた。


 そしてシーファクよりも驚いたのは、ツムジである。

 あまりに大きく成長していて、圧巻としか言いようがなかった。

 シーファクに頼んだばかりだが、アレは探させる口実。

 ツムジに頼んでバスティの下へと向かった。


 バスティ達を見つけ長谷部の話をすると、彼は一度会ってみたいと話した。

 ツムジに頼み、空から捜索してもらうと、どうやら半兵衛と三人での行動をしているらしい。

 ツムジの連絡だとラーメン屋に入ったのだが、彼女はその店に対してあまり良い印象を持っていないようだ。


 店に到着すると、ズンタッタも嫌そうな顔をしている。

 だがバスティが入ると言うので、彼はそれに付き合う形で入っていった。

 店名、食えるもんなら食ってみろ。

 何が出てくるのか、ちょっとだけ楽しみである。





 店内に入ると、予想外と言って良いのか?

 かなり混雑している。

 しかも店の奥の方は、かなり賑わっていた。

 やはり大食いチャレンジは、異世界でもそれなりに需要があるらしい。



「いらっしゃいませ。お品書きはこちらになります」


「へぇ、意外に品数豊富だねぇ。てっきり一品だけかと思ってたのに」


 バスティがそう言うので、僕もメニューを見せてもらった。

 確かに大食いだと思われる、多という字の下には何点か書いてある。


 ん?

 それって多いだけじゃないのか?

 他のメニューを目にする前に、店員さんから待ったが掛かった。



「お客様、当店は初めてですか?」


「彼以外は初めてだねぇ」


「かしこまりました。では、当店の説明をさせていただきます」


 彼女はメニューを持ち上げ、四人に見えるように指を差しながら説明を始めた。

 ズンタッタの顔はその説明を聞いただけで、どんどん渋くなっていく。



「と、なります。最後になりますが、初めての方にはこちらに誓約書をお願いします」


「誓約書?」


「陛下、自己責任でお願いしますという事です」


「なるほど。これはちょっと怖くなってきたねぇ」


 バスティも自己責任という言葉を聞き、顔を引き攣らせ始めた。

 対してビビディは、やる気満々。

 メニューを見ながら鼻息が荒い。



「それで、皆はどの部門に挑むの?」



 どの部門か。

 そう、大食いだけではなかったのだ。

 多と書かれているのは、やはり大食いチャレンジのメニューだった。

 しかし、店員の説明には更に二つの部門があった。


 一つは辛。

 要は激辛料理の事らしい。

 量にすると並かそれ以下だという話だが、とにかく辛い。

 涙が止まらない程だと、経験者は語った。

 その経験者こそ、ズンタッタだったのである。



「陛下、辛は本当にやめておいた方が良いですぞ!」


「おやおや?帝国という国柄、辛い物は我々にはメリットがあると思うんだけどねぇ」


「それは人並みであればこそ。ここの辛さは人外ですぞ!」


「うーん、そこまで言われると試してみたくなるんだけど」


「陛下が辛を選ぶなら、私は最後のこちらにしてみようかと」



 ビビディが言った最後のこちら。

 それが残る一つの不だ。

 不は正直な話、一番人気が無いらしい。


 そもそも不とは何を表しているのか?

 メニューを見て、それが何かは分かった。

 しかし、見なければ良かったと物凄く後悔している。



「ビビディ、本当にそれ食うの?」


「う・・・。た、試してみます」


「が、頑張れ」


 ビビディは料理が決まった。

 そしてバスティも決めたらしい。

 残るは経験者のズンタッタと僕だ。



「私は多以外に考えられません!」


「じゃあ僕もそれで」


「全員決まったね?注文するよ」





「お待たせしました〜」


 まずやって来たのは、辛部門のバスティの品だった。

 テーブルに置かれたのは、ルーの色が少し赤く見える気がするカレー。

 ズンタッタはそれを見て、ビクッと身体を震わせている。



「陛下、本当に、本当に自己責任ですよ?」


「分かってるよぉ。私も辛いのは得意だし、目がないからね。まずは一口」


 ご飯とルーの境である部分をスプーンで掬う。

 僕も辛い物は好きだから、激辛メニューにするか迷ったのだ。

 彼の食べる姿次第では、次はこっちに挑戦するのもアリかもしれない。



「いただきま〜す」


 やはり陛下というだけあって、食事する姿も上品だ。

 ルーが垂れないように手を下に添えて、口の中に入れた。

 即効性は無いようだ。

 美味そうに口を動かすバスティ。



「美味い美味い。全然大じょあぁぁぁぁ!!!!」


 急に喉を押さえて苦しみの声を挙げ始めた。

 ビビディは慌てて立ち上がり、背中をさすっている。

 しかしズンタッタは、やっぱりと一言言って、諦めた顔をしていた。



「ゴホゴホッ!ジュ、ジュンタッタ、こんなにキャラいのか?」


「左様でございます。だから自己責任でと、申したではありませんか」


「うぅ、甘く見ていた。辛い物なのに甘く見ていた・・・」


 上手い事言ってやったみたいな顔をするバスティ。

 この調子ならまだ余裕があるな。



「こちら不部門の料理になります」


「私だ」


 ビビディにも、とうとうチャレンジメニューがやって来た。

 来た瞬間に、バスティ以外の三人は顔を顰める。

 ハッキリ言おう。

 凄い臭い。



「ビビディ、これは何て料理?」


「えーと、くさや風味のコーヒースープ春雨ドリアンを添えて、です」


「ブッ!何じゃその料理は!」


 鼻を摘みながら説明するビビディに、僕は思わず突っ込んでしまった。

 名前を聞いただけで、クソ不味そうだと分かる。

 流石は不味い料理の不部門である。

 一筋縄ではいかない料理を出してくる。



「それでは、スープを一口。うむ、不味い!」


 大きな声で不味いと叫ぶビビディ。

 近くの客は臭いが漂っているからか、嫌そうに見てきている。



「ビビディ、不味いの一言で済むのか?」


「うむ、確かに臭いのだが、食えなくはない。だが、何の為にこれを食べるのかと聞かれたら、間違いなく分からないと答えるだろう」


 この臭い料理を、不味いと言いながらも食べられるとは。

 ビビディ、恐ろしい人!



「辛い〜辛い〜」


「陛下、臭くないのですか?」


「臭い?辛くて鼻が麻痺していて、分からないよぉ」


 ほとんどスプーンが進んでいないバスティが、この臭いに普通だった理由は、辛さで鼻が麻痺していただけだったようだ。

 というか鼻が麻痺する激辛料理って、どんだけだよ!



「さて、この臭みにも慣れてきた事だし、この上に乗っている物も食べてみようか」


 ドリアンをレンゲに乗せるビビディ。

 それをくさやの臭いがするコーヒースープに染み込ませ、春雨と一緒に口に放り込んだ。



「うぐっ!」


「ビ、ビビディ!?おい、大丈夫か!?ビー!」


 なんと、ドリアンを一緒に食べたビビディは、椅子ごと後ろへ倒れてしまった。

 それを見たズンタッタは、ビビディを起き上がらせる為に席を立った。



「し、白目剥いて泡を噴いている・・・。魔王様!」


「か、回復魔法?」


「毒魔法で解毒した方が早いかと」


 コイツ、さりげなく店の料理を毒と言いやがったぞ。

 だけど、この臭いは確かに毒に近い。

 試しに解毒をしてみようじゃないか。



「はっ!知らない天井・・・」


「ビー、気付いたか!」


「さっきまで河原に居たはず。私は一体?」


 まさか解毒で起きるとは。

 もうこの料理、毒認定で良いんじゃないか?

 それに河原とか言われたら、賽の河原だろう。

 もう死にかけてるじゃねーか!



「どうする?この料理、思った以上に毒らしい」


「いえ、私は食べ物を残すなと、チカに口を酸っぱくして言っております故。死んでも食べ切ります」


 死んでもというセリフが、妙にリアルになってしまった。



「お待たせしました〜」


 二つの大きな鍋がテーブルに置かれる。

 僕の方は特盛の炒飯で、ズンタッタは特盛のラーメンを頼んだようだ。



「なんか、ようやく人が口にする食べ物が来たって感じがする」


「量に目をつぶれば、確かにそうですな」


「うむ!不味い!」


「辛い〜辛いよぉ〜」


 目の前で涙目でカレーを食べる何処かの国王に、キリッとした顔で不味い!と叫びながら臭い料理を食べるその側近。

 この姿を帝国の王子に見せたら、彼はバスティの事を諦めそうな気がしないでもない。



「魔王様、そろそろ私達も」


「そうだね。食べようか」





 うん、美味いと思う。

 普通に美味いと思うんだわ。

 ただ、半分も減っていないのを見なければ、満足出来るんだわ。



「はひぃはひぃ。熱い・・・」


 汗だくでラーメンを啜るズンタッタ。

 彼も三分の一と減っていない。



「ズンタッタ、食い切れそう?」


「無理です。半分も食べれば限界です」


 既にギブアップ宣言が出たズンタッタ。

 その横では、既に顔が真っ白になって無言で食べているバスティと、一口食べると不味い!と言うビビディが、完食に向けて食べ進めていた。



「おいおい、国王陛下が食べ切ろうというのに、お前は残すのか?」


「魔王様、ハッキリと申しましょう。おっさんに特盛のラーメンは無理です!」


「そ、そうですか」


 あまりに強い迫力に、肯定する以外の言葉が出なかった。



 ちなみに僕も、結構キツイ。

 だがしかし!

 僕にはまだ、隠しダネがある!

 カモン!兄さん!



【無理に決まってるだろ】


 えっ!?



【えっ、じゃないだろ!身体は一つなんだから、胃袋だって一つだよ!】


 え〜、そこは運動部としての意地とかさ〜、そういうこ見せてくれるんじゃないの?



【お前、腹が減って美味いと感じる時だけ自分で。もう食えなくて、見るのも嫌だってなってきた頃に俺?それ、おかしくない?】


 そこをなんとか・・・。

 全部食べ切ったら、今度兄さんが欲しい物を作るから。



【欲しい物ねぇ。今は特に思いつかないけど、そのうち必要になるかもしれないし。いっちょ頑張るか!】





「ぎ、ギブアップで・・・」


 俺はレンゲを鍋に落とした。

 もはやレンゲを持つだけで吐き気がする。



「陛下、もう少し!あと二口くらいです!」


「からい・・・。もうカレー食べたくない・・・」


「頑張って!陛下、これ食べ終わったら、激甘アイスが待ってますよ!」


「あいす。そんな物は幻想だよ」


 何かを達観したバスティは、無表情のままに激辛カレーを完食した。

 そしてその直後には、ビビディもクソ不味過ぎる!と言って、激マズスープ春雨を食べ切ったのだった。



「完食おめでとうございます!お二人にはお口直しのアイスと、完食証明書が贈られます」


 店員さんがすぐさまアイスと、賞状のような物を持ってきた。

 二人はアイスを食べながら、貰った賞状を見て、もう良いわと小さく呟いた。



「しかし私達、何故こんな物を食べに来たんでしたっけ?」


「食べ切ってないお前が言うな!と言ったものの、そういえば・・・」


 ズンタッタの疑問に、ビビディも不思議に思い始めた。

 ビビディは賽の河原に行ってから、その直前の記憶が曖昧らしい。

 バスティは無表情で微動だにしない。



「アレだ。護衛役の召喚者に会いたいって話だろう?」


「そうでした!その為にこの店に入ったのに、彼等見当たりませんよ?」


 確かに見当たらない。

 もし居るとしたら、奥の騒がしい一角だが。

 半兵衛が大食いやってるなら分かるけど、それだけであんなに盛り上がるか?



「居るとしたらあの先だな。ちょっと店員に聞いてみるか?」


 手を挙げて店員を呼ぶと、あの人集りの先で何をしているのか確認してみた。



「あちらですか。今、前人未到の全制覇を成し遂げようとしているお客様がいらしているんですよ」


「全制覇?大食いに激辛、激マズを全部?」


「はい。しかも今日一日で」


「一日で!?化け物じゃないか!」


 放心状態から我に返ったバスティが、その偉業に大声で反応する。

 彼はすぐに立ち上がり、そのテーブルへと進んでいった。



「どれどれ?は、半兵衛殿!?」





「はい?あ、バスティアン陛下。お食事中にすいません。もう少しで食べ終わるので、待ってていただけますか?」

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