安土の日々3
どうやらクリスタルを使用した実験は、二パターンあるらしい。
一つはクリスタルをまとめて大きくする実験。
もう一つは違う属性のクリスタルを組み合わせて、より大きな効果を生む実験だ。
双方とも失敗続きで上手くいっていないようだが、まとめる方は微妙な方法で成功はしていた。
コバは気晴らしで始めたという組み合わせ実験に興味を持ったようだ。
失敗の原因を探るコバ。
片方のクリスタルを小さくするという方法で、高野達が行なっている実験は成功したのだった。
コバの所から聞こえた悲鳴も、原因が分かった。
そろそろお暇しようと考えていたところ、ロックがやって来た。
コバはどうでも良い存在として扱っていたが、僕もその対応で良いなと改めて実感した。
コバの工場から離れると、久しぶりにチカ達女性組と出会った。
チカは成長して、僕よりも大きい。
そして驚いたのはシーファクだった。
彼女は美人になっていたのだ!
元々綺麗な方だったのかもしれないが、今では歩けば男が振り返るレベルだろう。
しかしその理由は、戦場で男を油断させる為という、とんでもない話だった。
うぅ、何だろう。
長可さんの声がとても冷たく聞こえる。
「こ、こんにちは、長可さん」
「ごきげんよう、魔王様」
振り返ると、とても綺麗なお辞儀をしている。
うーん、こりゃ惚れる人も多いだろうな。
「それで、シーファクが綺麗になった理由は分かったんですけど」
「魔王様、彼女が綺麗になった事に理由なんかありませんのよ」
「理由が無い?」
「ただ自分の事を見直して、どうすれば良いか教えてあげただけです」
うーん、何を言っているのか分からない。
僕が分かっていない事に感づいた長可さんは、もっと簡単に説明をしてくれた。
「大人になる為の礼儀作法を教えただけです。今後はズンタッタ殿と共に、バスティアン国王の護衛に就くかもしれません。その時に礼儀作法がなっていなければ・・・」
「あぁ、なるほどね」
納得したものの、ちょっとマズイ事になったぞ。
長谷部の件、まだ誰にも話していないんだけど。
ちなみに長谷部は、ラコーンの家に居候してもらっている。
もしかしたら既に、金髪リーゼントという不思議な男が安土に居ると、噂になっていてもおかしくない。
「あ、ちょっと護衛の件でお話があるんだけど。後でズンタッタとビビディの所に行くから、よろしくって伝えておいてほしい」
「分かりました。では今から報告に行きます」
シーファクはすぐに行動に出ると、それにチカも付いていった。
残るのは長可さんとセリカ、そしてツムジだ。
だが、長可さんはロックと会議があるはず。
「長可さんはこんな所で油を売ってて良いんですか?」
「何故です?」
「ロックとの会議があるんじゃ?」
「ロック?あぁ、何か事業を始めるという方ですね。既に部下に任せておきました」
美人と会うのを楽しみにウキウキで行ったロックだったが、現実はこんなもんだな。
おそらくは小人族の誰かが対応すると思われる。
長可さんが居ないと分かった時のロックの顔を、見てみたかった。
「お義母様、私はそろそろ戻って残った家事を済ませますね」
「セリカさん、ありがとう。お願いね」
むむ!
もはやこの会話が当たり前のような光景。
完全に家族ではないか!
蘭丸めぇ、羨ましいぞ。
「魔王様、私もゴリアテ殿に用事がありますので。これで失礼します」
セリカと長可さんは会話をしながら、仲良く歩いていく。
後ろ姿を見ると、親子っていうより友達同士って感じだ。
やっぱり蘭丸が羨ましい。
「魔王様は何処へ行くの?」
「お、おぉ、僕はバスティに用があってね。しかしツムジ」
「何?」
「大きくない?」
シーファクでも驚いた事は驚いたのだが、それ以上だったのはツムジだった。
一人を背中に乗せるのが精一杯のサイズだったのに、今では大人三人くらいは乗ると思われる。
ハッキリ言って、乗用車と変わらないくらいのサイズになっていた。
「そう?アタシ自身は分からないけど」
「自分の成長はあんまり分からないものだよ。久しぶりに乗ってみたいな」
「お任せ下さい、魔王様」
これがグリフォン風のお淑やかなのか?
よく分からないが、大きくなっているので背中に乗るにしても一苦労だ。
背中に乗ると、毛を掴んで振り落とされないようにした。
これなら馬に着けるような鞍ではなく、普通に台とか籠を載せた方が乗るのが楽な気がする。
「バスティの居場所は分かる?」
「出歩いてる事が多いから、どうだかね。だから空から探すのは、良い手だと思うわ」
軽く羽ばたくだけで、物凄い埃が舞い上がる。
その後、力強く羽ばたくと一気に空へと上昇した。
「オフウゥゥ!ふ、風圧が!」
「何か言った?」
「も、もう少しゆっくり!」
僕の声が聞こえたのか、飛行速度がゆっくりになる。
風圧で面白い顔になってたのは間違いない。
あんなスピードで飛ばれたら、街中を確認するにしても僕じゃ無理だわ。
「あら、すぐに見つかったわね」
「え?何処?」
「ズンタッタさんとビビディさん、三人で歩いてるわ」
ツムジが三人で歩いていると言うので、三人組を探すとすぐに見つかった。
彼等の近くに下降してくれと頼むと、またとんでもないスピードで落ちていく。
ジェットコースターというより、落下する飛行機に乗っている気分だ。
内緒だが、少しちびった。
ちびった時、大人じゃなくこの姿で良かったと心底思った。
「おわっ!ツムジ殿、急に降りてくると心臓に悪いからやめてくれ・・・」
「ごめんなさい。でも、バスティさんに用があるから急いだのよ?」
ズンタッタが、急降下するツムジに仰け反っている。
ビビディはサッとバスティの前に入っていて、彼の安全を確保しようとしていたみたいだ。
「こんちわ」
「久しぶりだねぇ、魔王」
「僕が来た事に驚かないのね」
「だってツムジ殿が私達に用事なんか無いし。じゃあ誰か乗せていると言っても、ツムジ殿が背中に乗せるのは、チカちゃん以外は魔王だけだからねぇ」
チカがバスティに用があるわけが無い。
必然的に僕だと分かっていたようだ。
「私にどんな用事かな?」
「今、護衛って誰がしてる?」
「私達に決まっております」
ズンタッタとビビディが胸を張って答える。
やはりこの二人か。
「他には?」
「チトリとスロウスが主に。シーファクもそろそろ、やってもらおうかと思っております」
やっぱり予想通りの連中だったか。
召喚者や魔族相手の場合を考えると、少し心許ないな。
「ところで相談なんだけど、召喚者の護衛を雇わない?」
「召喚者の護衛?」
「お待ち下さい!召喚者という事は、我が国からやって来た者ですか?王子の手の者ではないという保証は、あるのでしょうか?」
ビビディが召喚者という言葉に、敏感に反応する。
確かに彼等の立場からしたら、微妙な相手かもね。
王子という敵対している奴が召喚しているわけで、普通に考えれば敵だと思う。
もし王子から離れた召喚者だとしても、それは魔族側に寝返った裏切り者という見方も出来る。
彼等からすれば、どっちにしても信用しづらい相手になってしまうのだ。
「魔王、その者はどんな人物なんだい?」
当の本人が興味を持ったようだ。
僕の紹介っていうのが理由かもしれないが、それでも話を切り出すチャンスには違いない。
と思ったのだが、案外説明が難しかった。
「ヤンキー、って言っても通じないよな。えーと、何だろう?あっ!傾奇者?」
「傾奇者!?」
ズンタッタとビビディは声を揃えて驚いていた。
まさか僕の紹介が、そんな奴だと思わなかったのだろう。
「うーん、どんな人物か気になるねぇ。直接会えないのかな?」
「直接かぁ。ラコーンと一緒に居ると思うけど」
「ラコーンと?」
「あ、ズンタッタはもしかしたら、帝国に居た頃に見てるんじゃないか?」
「ラコーンと絡みのある召喚者・・・。あっ!」
どうやら思い出したらしい。
渋い顔をしているので、あまり良い印象は持っていないみたいだな。
そんなズンタッタの顔を見ても、バスティは会うと言った。
「でも、今何処に居るかは分からないんだよね」
「アタシが探そうか?」
それもそうだ!
ツムジならどんなに離れていても、会話が出来る。
最近こっちから話し掛ける事がめっきり減ったから、忘れていたわ。
「頼む」
「じゃ、行ってくるわね」
ツムジが空へ上がって五分足らず、すぐに連絡が入った。
「ラコーン見つけたけど、三人で行動してる。一人は半兵衛だけど、もう一人が召喚者なのかしら?」
「どんな奴?」
「頭が尖ってるわ」
「ソイツだ」
一発で長谷部だと分かった。
奴の事を説明するのに、こんなに分かりやすいキーワードは他にない。
「何処に居る?」
「ラーメン屋。うげっ!あの凄い店だわ・・・」
凄い店って何だろう?
よく分からないが、とにかく居場所は分かった。
「ツムジが見つけてくれたから、ラコーン達を呼ぶ?それともそこまで行ってみる?」
「何処に居るんですか?」
「ラーメン屋らしい」
それを聞いたバスティは、すぐに自分から行くと言った。
「ちょっと遅めの昼食にしようよ。ズンタッタ、ビビディ、お腹減ってないのかい?」
「私達は陛下に合わせますので」
ビビディがそう言うと、同じくとズンタッタも同意した。
「じゃ、僕も食べようかな」
「あ、アタシはやめておくわ。だってあの店・・・いや、直接見た方が早いわね」
ツムジは何か言い淀みながら、空へ飛んでいった。
ツムジが上空からナビをしてくれたおかげで、真っ直ぐに店に到着する事が出来た。
お礼を言うと、何かあったら呼んでくれと言って、何処かへ飛んでいってしまった。
「ここか。結構人は多いけど」
「こ、ここか!」
「うん?ズンタッタは来た事あるの?」
「以前、チトリ達と一緒に。しかしオススメはしませんぞ!」
オススメしないって、マズイのか?
いや、客が入っているんだからそれは無いだろう。
しかし出てくるお客さんは、どうにもどんよりした人達が多い。
理由が分からないな。
「この店のズンタッタのオススメは何?」
「オススメ!?そんな物はありません!」
「うぇ!?食べた事あるんでしょ?」
「ありますとも!二度と来る事はないと思ってましたが」
どういう意味だ?
バスティも考えていたが、何かを見てスッキリした顔をしている。
「良いねぇ。是非とも食べてみよう」
「この店、何が美味いか分かったの?」
「いや、サッパリ。だけど、アレを見たら行ってみたくなるよねぇ」
彼が見ている方に顔を向けると、店名の看板があった。
その看板を見た僕は、ようやくズンタッタが引いている理由が分かった。
「ちなみにビビディは来た事あるかい?」
「いえ、初めてでございます。あんな挑発をされたら、是非ともチャレンジしたくなりますがね」
「頼もしいねぇ。私も食べられるかな?」
「陛下、やめておいた方が・・・」
「いえ!男たるもの、あんな事を言われたらチャレンジするべきです!」
止めるズンタッタに、誘うビビディ。
両者が睨み合っていると、店の中からまたお客さんが二人出てくる。
その客は、興味深い事を言っていた。
「うぅ、明日まで俺はメシは要らない」
「俺もだ。しかしあの若いの、半端ないな」
「確かに。アレを見ただけで、俺はここに来た甲斐があったもんだ」
目の前を通っていった客は、今までの客と違い何やら興奮していた。
どうやら中で、何かが起きているらしい。
そして店の前で立っていたからか、中から店員らしき人が現れる。
「四名様ですか?今ならお待ちにならずに入れますが」
「うむ、では案内を頼む」
「お客様四名入りまーす!」
ビビディの勇ましい声に、ズンタッタは入る前からどんよりしている。
その様子を見たバスティは、ズンタッタに声を掛けた。
「無理に入らなくても良いんだよ?」
「いえ、陛下と共にチャレンジを!」
「そう?頑張ろうねぇ」
ヘラヘラしながら入るバスティ。
二人もそれに並んで入っていった。
僕は入る直前に、また店名を見た。
やはり煽っているようにしか見えない。
「店の名前が、食えるもんなら食ってみろって・・・。大食いチャレンジの店なんだろうけど、こんな店いつ出来たんだろう?」