安土の日々2
驚きの珍客は鶴の仙人、センカクだった。
彼が安土に訪れた理由、それは神様との約束通りに僕達への協力をする為だと言う。
わざわざ安土付近にあの異空間のような場所を作り、すぐにでも始められるらしい。
翌日になると、仙人が本物であると判明したからか、城には大勢の武芸者が集まった。
その中には僕達の見知った顔もあった。
ハクトと蘭丸はセンカクから認められ、修行の際には同行する事が許されたのだった。
修行に入る前にやるべき事。
その一つが元フランジシュタットの住民達の今後である。
安土に残るか、開拓して新しい街を作るか。
それぞれにメリットとデメリットがある。
アデルモには元住民達に、どうするか確認をしてもらう事にした。
その後、苦情が来ているというコバの下へと向かった。
話を聞くとコバが原因ではなく、ある実験を任せている部下達が問題らしい。
その部下とは、高野田中鈴木という召喚者達で、クリスタルを使った実験をしていた。
だが話を聞くと、コバから命令された事ではなく、別の実験をしていると言った。
それは小さなクリスタルを組み合わせて、大きな効果を生むという実験だった。
火属性と風属性でジェット噴射!?
なかなか面白そうな事をしているじゃないか!
「それで、進捗は?」
「ほぼ皆無です」
「は?全く進んでないって事?」
「・・・はい」
どうやら思いつきで行動したらしい。
普段はクリスタルを大きくまとめる実験を行なっているという話だが、そちらも途中で頓挫したとの事。
悩んでいる時、たまたま思いついた組み合わせの方も気晴らしにやったところ、反応はあるが上手くいかないという話だった。
「クリスタルをまとめるっていうのは、どうなってるの?」
「色々試しました。溶かしてから型に流し込んでまとめようとしたり、砕いてから粉末にして、粉を固めたり」
「でも、良い結果が出なかったと?」
そう言うと、三人は揃って頷いた。
「あ、一つだけマトモな反応を示した物もあります」
「へぇ!どんな風に大きくしたの?」
「接着剤でくっつけました」
「接着剤?そんなんでクリスタルの容量増えるの?」
「本来足した容量よりかは少しだけ減りますけど、今のところ一番効果的だと思います」
田中が、接着剤でくっつけたというクリスタルを持ってきた。
自然なクリスタルとは言えない、歪な形をしている。
ついでに接着剤の垂らしたような跡が残っていて、汚い。
「魔法、流してみますか?」
「あ、そうか。僕が試してみれば良いのね」
試しに水魔法を汚いクリスタルに込めると、確かになかなかの魔力を流す事が出来た。
その辺に置いてあった同じくらいの大きさのクリスタルと比べると、一割から二割は容量が少ないかなといった感じだ。
「うーん、試作品としてはアリじゃないかな?」
「本当ですか!?」
「素人考えなので、あまり鵜呑みにしないでもらいたいけどね。やっぱりコバに聞いた方が良いよ」
「あう、そうすると失敗の烙印が・・・」
鈴木が喜んだのも束の間。
コバの名前を出すと、すぐにガックリ肩を落とした。
「当たり前なのである。本来の性能に達していないのだから、成功とは言えないのである」
厳しい一言だが、僕が口出しする事ではない。
コバが彼等の上司であり、開発の責任者なのだから。
だがコバは、厳しいだけの男ではないようだ。
「ちなみにその組み合わせの考え方は、興味深い。お前達にしては、なかなか良い着眼点である」
「ありがとうございます!でも、ほとんど上手くいかないんですよね」
「ふむ、クリスタルの大きさはほとんど同じか」
試作中のクリスタル二つを持ち、考え込むコバ。
ブツブツと独り言を言ったと思ったら、違うクリスタルを取り出した。
「魔王、これに風魔法を入れてほしいのである」
「随分と小さいけど。本当にこれで良いの?」
「これで良いのである。考えている事が間違っていなければ、だがな」
それは今までのクリスタルより、二回りは小さなクリスタルだった。
小さいだけあって、勿論容量も少ない。
すぐに満タンまで入った。
それを渡すと、実験に使っているという装置へと近付いた。
「どうやるのだ?」
コバは高野に説明を請うと、高野が代わりにセットしてくれた。
「まずは左側に風属性の物を入れます。そして右側に火属性の物を。すると右側の横にある穴から、風で送られた火が噴き出すという仕組みです」
それを背負うと、空を飛べるという考えだと教えられた。
イメージ的には、ロボットのバックパックみたいな感じらしい。
「では、試します」
クリスタルはヒト族でも容易に発動出来る。
高野が緊張した面持ちで、両方のクリスタルを発動させた。
そして発動をさせると、すぐにテーブルの下へと潜り込む。
その様子を見た田中と鈴木も、同様の行動に出た。
「・・・吹き飛んでいない?」
「おぉ!爆発してないぞ!」
「やった!成功だ!」
三人はテーブルから出てくると、肩を組んで回り始めた。
嬉しいのは分かるが、その前にだ。
「お前達、吾輩達にもその危険性を説明してから実験しろ!」
「ヒイィィ!!忘れてました、すいません!」
目の前で実験を見ていたコバだったが、実は相当危険な場所だったらしい。
外に漏れていた悲鳴は、この実験で暴発した装置が原因だと分かった。
腹に突っ込んできたり、離れていたのにスネに当たったり。
たまにしか聞こえなかったのは、この組み合わせの実験が、彼等の気晴らしの時にしかやらなかったからだろう。
「しかし、これは面白いな。組み合わせ次第では、もっと色々な事が出来そうだ」
「これはクリスタルをまとめる実験と、同時に進行しても良いかもしれないのである。高野は吾輩のサポート。田中と鈴木はこの組み合わせの実験を続行するのである」
「はい!」
意外な事に、すんなりこの実験の続行が決まってしまった。
気晴らしでやっていたくらいだ。
こっちの方が楽しそうだから、高野は組み合わせ実験がやりたいと駄々をこねるかと思ったんだけどな。
意外と大人な対応だった。
「さて、悲鳴の原因も分かったし、そろそろお暇しようかな」
「もう帰るのであるか?」
「まだ行かなくてはいけない所もあるしね。あ、ロックとは会ったかな?」
「ロック?誰だそれは?」
「またまた冗談を」
あれ?
本気で分からないみたいな顔してるような?
「護衛役でここに居たロック。有給だか何だかでしばらく居なかったけど」
そこまで言うとようやく思い出したのか、ポンと手を叩いてから会っていないと言った。
「雇い主のコバに会いに来ないとは、駄目な奴だな。来るように言っておこうか?」
「別に要らないのである。護衛役になるかは分からないが、三人が居ればここも安泰なのである」
要らないと言われた男、ロック。
存在すら忘れられて、コバにとっては無用の人間になってしまったのかもしれない。
「ちゃっす!お久しぶりっす!」
「誰なのであるか?」
「またまた!ご冗談を!」
「え?」
「え?」
ドアを勢いよく開けて入ってきた男、ロック。
顔を覚えられていない男、ロック。
本気の疑問に、本気の驚きで返していた。
「コバ!ロック!ロック!」
小声で教えると、あぁ!コイツが!みたいな顔をしていた。
完全に頭の片隅からも消去されていたっぽい。
「ロックよ、何しに戻ってきたのであるか?」
「何って、護衛の仕事もしないとって思ったんだけど」
「そうであるか。じゃあ護衛よろしく頼むのである」
「それだけ?久しぶりの感動の再会で、こう何というか、ハグし合うみたいなのは?」
拍子抜けのロックにコバは淡々と言う。
「今は実験中なのである。ハグがしたければ、太田殿に頼むと良いのである」
「何でだよ!俺っち、久しぶりに帰ったのに、塩対応過ぎるよ!」
「高野、田中、鈴木。これがロックである。吾輩の護衛だから、工場に入っても攻撃しなくて良いのである」
「何で護衛役が攻撃されるんだよ!あ、ロックです。よろしく」
律儀に三人に挨拶するロック。
コバと違い、三人はちゃんと自己紹介をした。
「なるほど、召喚者ね。俺っちと同じだね。ちなみに俺っち、イワーズ事務所の社長だから。もし興味あったら、うちのライブ見に来てよ。あ、そろそろ長可さんとの会議だ。俺っち帰るね」
返事も聞かずに外へ出て行くロックを見て、三人は口を開けたままポカーンとしていた。
「アレが吾輩の護衛である。顔だけ覚えておいて、攻撃しなければ良いのである」
「は、ハァ」
三人の戸惑いをよそに、コバは淡々と実験を続けている。
どうせ僕が居なくなっても、そんな反応なのだろう。
だから何も言わずに、その場から離れる事にした。
「ちょっと待て」
「ん?僕か?」
まさか呼び止められるとは思わなかった。
ロックと違うか。
やはりコバの中で僕は、そこそこ存在感があるからな。
なんて思ったのも束の間。
「このクリスタルに、全部魔法を込めてから帰ってくれると助かるのである」
僕は無表情で、全てのクリスタルに魔法を込めてから、部屋を出た。
ちくしょー!
何だよ、コバの奴!
悔しいぃぃ!!
「魔王様だ!」
呼ばれた方を見ると、僕より大きい女の子が立っていた。
ビビディの養子になっている召喚者、チカだった。
「背が結構伸びたなぁ。僕より大きいじゃないか」
「魔王様は伸びないね」
「まだ成長途中です」
多分だけど。
するとチカの後ろから、数人の女性とちょっと予想外の幻獣が現れた。
「お久しぶりです、魔王様。蘭丸様を無事戻らせていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げる女性。
蘭丸の婚約者、セリカだ。
その後ろにも女性が居るが、雰囲気が大きく変わっている。
「えーと、シーファクだよね?」
「はい、長可様とセリカさんに礼儀作法を教わっております」
ズンタッタの部下でリーダー的な存在だったシーファクだが、鎧姿が似合う女性だった。
だったという過去形になってしまった。
当時はあまり気に掛けていなかった髪も、今では綺麗に揃えられ、ショートカットになっている。
肌も日焼けが多少見えていたのに、今では美肌?なのかだいぶ白い。
何よりも、所作が綺麗だ。
今のシーファクはハッキリ言って、美人の部類に入る。
「凄いな。女の人ってこんなに変わるんだって、改めて思い知らされたよ」
「ありがとうございます」
「急に何で変わったの?」
「バカね、魔王様。女が変わるって言ったら、一つしかないでしょ」
魔王にバカと言う幻獣。
ツムジだと思う。
というか、これが一番驚いた。
「恋をした、って言いたいの?」
「そういうわけではないのですが」
違うのかよ!
普通、女が綺麗になったのは、恋をしたからって漫画とかで描いてあったのに。
「えーと、ごめん。僕じゃ分からないや」
「それはですね。綺麗だと男性が油断して、敵が倒しやすくなるからです」
ごめん。
その理由、冗談抜きで分からない。
この理由が一発で分かる男が居たら、僕にこの世界の女心を教えてほしい。
「一応確認するけど、その理由、本気だよね?」
「本気?それ以外に理由があるのですか?」
「あ、はい。その通りです」
シーファクはまだ男に興味が無いというのは理解した。
しかし、こんな酷い理由、誰が教えたんだよ。
って、礼儀作法を教えているのはこの二人だったな。
「セリカが綺麗になると油断するって教えたのか?」
「まさか!私は蘭丸様のような殿方に、振り向いてもらえますよ、とお話しはしましたけど」
となると、長可さん!?
「長可さんがそんな事言ったの?」
「私が教えましたよ。戦場では女性だからと侮られる事もあります。それなら、女性の魅力で油断させるのも戦いの手なのですよ。特に若い男性にはね」