安土の日々
長谷部の偉い人に慣れる作戦は、ひとまず成功した。
長谷部はアデルモの好感度を上げていたし、まずまずの成果だと思う。
護衛役と言うからには強くなってもらいたいし、アデルモ達に鍛えてもらうのも良いだろう。
ロック達のおかげで大変な目に遭いながらも、長浜を出発した僕達。
長谷部はヤンキーらしく、バイクを所望した。
とは言っても、彼が欲しがるような族車は無理だと伝えた。
バリバリと音を出して、目立つバイクを欲しがっているのは分かっている。
だけど、この世界でそれは不可能だ。
大きな音に驚いた馬は暴れるし、何よりバイクの動力源であるクリスタルが惜しい。
実際はクリスタルはあるが、大きさの問題があると思われる。
以前頂いたクリスタルでは、長時間の運用は無理だろう。
護衛を頑張ったら作ってやる。
人参をぶら下げた馬ではないが、バイクをチラつかせた長谷部として頑張ってもらおう。
そして、長い旅の末に安土へと戻った。
長可さんから変わった点があるかと尋ねると、二点ほどあるらしい。
一つはコバがやらかしている。
悲鳴が聞こえると言うのは、ちょっと怖い。
そして二点目が、以前森の中で遭遇した鶴の仙人、センカクの爺さんが安土に来ている事だった。
「来ちゃったって。僕、安土の場所教えてないよね?」
「そんなものは街に行って聞けば、すぐに分かる。ワシだって人の姿なれば、普通に入れるしの」
確かにその通りだけど、よくあの場所から出ようと思ったな。
修行は終わったのかな?
「お主が考えている事は分かる」
「え?」
「そう。可愛い女子の事を考えているのは、ワシには分かる」
「ちげーよ!」
四六時中、女の事ばかり考えてるみたいに言いやがって。
ただのエロガキみたいじゃないか。
本当はそうでもないけど、頭の片隅でチラッと思っているだけだと思う。
そう思いたい。
「冗談じゃ。ワシの修行は終わっておらん」
「地仙から天仙になるんだったっけ?」
「アレから神託を聞けるようになっての。お主に手を貸すのが最適な修行もあったのじゃ」
普通、そんな修行あるか?
神託とか言ってたけど、神様の気まぐれだと思ってしまうのは、僕の思い過ごしだろうか?
「むむ!それは考えていなかったな」
「何が?」
「神様の気まぐれという事じゃ。しかし、人に教えるという事で、自分を見つめ直す。そういう事が必要らしい」
人に教える事で、自分にも返ってくる。
それは僕にも経験があるから、分からなくもない。
仙人から教わるなんて事、滅多にあるチャンスじゃない。
こっちから頭を下げてでも、お願いしよう。
だけどその前に。
「修行は是非ともお願いします。でも僕達、安土に戻ってきたばかりなんだよね。またすぐにあの森へ出発は勘弁してもらいたいんだけど」
「それには及ばぬ。近くの森にあの場所と通じる通路を作れば良い。それに長旅だと聞いてはおるのでな。まずはゆっくり養生してから、修行に入るとしようではないか」
この近くから行けちゃうのか。
便利な術があったもんだ。
それに休ませてくれるのはかなり助かる。
出来れば、安土の様子を確認してから修行に入りたいしね。
「それじゃ、ちょっと遅くなったけど、解散!」
又左預かりだったセンカクの爺さんは、城預かりに変えてもらった。
そして城門には、朝から多くの人が集まっていた。
騒がしい声に気付いた僕が城で働く人に聞いてみると、その多くは武芸者らしい。
「何でこんなに集まった?」
「それが、自称仙人を名乗る変わり者が、魔王様の言葉で本当の仙人だと発覚したので、修行をつけてほしいとの事です」
なんと!
僕のせいだと言うのかね?
魔族もヒト族も、関係無く集まっている。
百人は居るのかな?
「ほっほっほ。こんなに多いのは面倒だから嫌じゃ」
「面倒って・・・。分からんでもない」
流石にこれだけの人数は無理だろう。
城の上から見たら、見知った顔が結構居るじゃないか。
「又左と慶次、それと蘭丸とハクトが居るね。この四人は通してくれない?」
「承知しました」
「魔王様!私達は修行してもらえるのですか!?」
又左の開口一番の言葉がそれだった。
つーか世話してた時に、見てもらえば良かったのに。
「それは僕が決める事じゃないかな」
「では、センカク殿!どうか私達を弟子にしてはもらえぬだろうか!?」
「え〜、嫌じゃ」
「何故!?」
「ワシ、何を教えるんじゃ?」
「何って、戦い方を」
「そんなもん、ワシよりお主達の方が強いじゃろうが」
「え?」
「ワシは仙人として魔法や仙術は使えるが、戦い方なぞ知らんぞ」
そういえば、この前も別に強いって感じはしなかったな。
ただ、遠くからすぐに気付かれたり異常に感覚が鋭いとか、そんな印象かもしれない。
よくよく考えると、それも術の一種だったのかも。
「外で教えを請う連中にも言ってくるが良い。ワシは強くないと」
「わ、分かりました」
又左と慶次が立ち上がり、その場を離れる。
残ったのは僕達三人。
魔法なら、と残った僕達は、その後にセンカクから予想外の言葉を耳にする。
「というのは建前じゃ」
「は?」
「別に弱くもないからの」
「でも、そんなに強い感じもしないけど」
「それは隠しているからに決まっておろう!能ある鷹は爪を隠すじゃ」
その言葉、こっちにもあるんだ。
ちょっと意外。
でも、何故あの二人は帰したんだろう?
「何故帰したか?理由は簡単。まず神様から頼まれたのは、お主達じゃからの」
「あっ!なるほど」
「それじゃ、俺とハクトも良いんですか?」
「勿論じゃ」
「やった!」
蘭丸とハクトは、手を取って喜ぶ。
最初に旅した三人で修行かぁ。
なかなか楽しみだな。
「楽しみなら、すぐに行っても良いが?」
「いや、その前に用事をいくつか済ませておきたいんだけど」
「そうか。まあ急ぎではないのでな。準備が出来次第、声を掛けてくるが良い。それとそこの、ウサギの」
「僕ですか!?」
何故か一人だけ呼び止められ、慌てるハクト。
お互いにモジモジしていて、話が進まない。
というかイケメンハクトが照れているのは分かる。
爺さんが照れてモジモジしていても、全然需要は無い。
「早くしなさいよ」
「あのぉ、ワシィ、ラーメンが食べたいんですけど」
「それかよ!」
「はぁ、そんな事でしたか。良いですよ」
「イエェェエイ!やった!総料理長のラーメン!」
急に元気になったジジイ。
思っていたのと違ったのか、逆にハクトは落胆しているようにも見えた。
「それじゃハクト、爺さんの事よろしく頼む」
ハクト達と別れた後、僕はまず客人扱いになっているアデルモ達を訪ねた。
ちなみに元フランジシュタット領の住民達は、何かに使えるかと思われた公民館のような建物と体育館のような建物に分かれて泊まってもらっている。
「こんちわ」
「魔王様!とうとう我々の住む場所が決まりましたか?」
彼等の住む場所。
正直な話、どうするか迷っている。
だから本人達に話を聞こうと思って、ここへ来たのだ。
「これはアデルモだけじゃなく、住民全員に確認をしてほしいんだけど」
そう前置きして話した事。
それは安土を拡張して、この都市に住むか。
もしくは近くの土地を開拓して、新たな街を作るか。
メリットデメリットはそれぞれある。
安土に住む場合のメリットは、新たな家や店を建てやすい事だ。
資材等はすぐに調達出来るし、完成も早いと思う。
しかし、それだけ競争相手も多い。
新たに開墾するにしても、何を作るか見極めないといけない。
商売に関しては、もっと競争が苛烈だろう。
すぐに住居や店舗は作れるかもしれないが、後々が大変かもしれない。
これが安土に住むデメリット。
そして、安土から離れて開拓する場合。
これのメリットは、一から全て作れる事である。
大きな家を建てたければ、それだけ土地はある。
やろうと思えば、フランジシュタットとほとんど同じような街を作る事も可能だろう。
そのデメリットは、一から作る為に時間が掛かる事だ。
安土から資材を運び、そして開墾や建築を一から始める。
安土でも新たな土地でも、この作業をするのであればノームやドワーフの協力は不可欠。
だが新たな土地でやるのであれば、この二種族の人達には、別途請求が必要にしないといけない。
要は、お金と時間が掛かるのである。
流石にどちらをやるにしても、まずは借金生活になるだろう。
それでも元々フランジシュタットを捨てろと誘ったのは、僕だ。
だから無茶な金利等は設けるつもりも無いし、むしろ無利子で良いとも考えている。
どっちを選ぶかは、住民一人一人の判断に任せたい。
「むむむ!これは人によっては難しいですな」
「僕もそう思うよ。でも、いつまでもここで窮屈な生活をさせるわけにもいかないし。人生が懸かっているのは分かるんだけど、極力早く決めてほしい」
「分かりました。以前の半分程の人口に減りましたし、一日もあれば大丈夫でしょう」
半分に減った理由、それは帝国に残った人達以外にも、この安土に来るまでに離れた人達が居たからだ。
その大半は魔族で、長浜に残るか、そこから新たな地を目指して旅立って行った。
近ければ上野国へ向かったと思うが、小さな町や村も点在している。
もしかしたら、静かな場所を目指したのかもしれないな。
「じゃあ明日、また来るから。安土に残る人、新しい街を作る人。どうするか、それぞれ決めておいてね」
「分かりました」
アデルモ達と別れた後は、いよいよ問題となっているあの場所。
コバの所だ。
悲鳴が聞こえるという危険な場所?だが、奴等は何をしているのだろうか?
「コバ、居るか?」
「おぉ、魔王か!いつ帰ってきた?」
まさか、帰ってきた事すら気付いてなかったとは。
引き篭もりにも程があるだろ。
「昨日だよ。それよりも、ここの事で苦情が来てるんだけど」
「苦情?吾輩、何も迷惑など掛けていないと思うのだが?」
うん、大抵の人はそう言う。
自分が分かっていないだけで、他人には迷惑な事もある。
僕の場合なら、隣の人の咀嚼音とかかな。
たまに外で食べると、クチャクチャ音を立てながら食べる人が居る。
自分では分かってないかもしれないけど、気になる人には不快な音だと、僕は思っている。
「えーと、ここから悲鳴がたまに聞こえるという話なんだが。身に覚えはない?」
「悲鳴?吾輩ではないのであるな。という事は、お前達であるか?」
コバが振り返った先に居た人達。
それは以前、帝国からこっちに寝返った召喚者だった。
戦闘能力はほぼ皆無で、俗に言うハズレの召喚者。
彼等は帝国に居ても将来性が無かったので、こっちに来たというわけだ。
そんな戦闘力が低い彼等は、安土でコバの手伝いをしていた。
「ギクッ!悲鳴、聞こえちゃってました?」
「まさか、外まで聞こえてるとは思わなかったな」
「田中が悪いんだよ!」
「俺のせい!?待ってよ、俺達三人のでしょ!」
コバの側近になった高野は、少し焦っていた。
田中は鈴木に自分のせいだと押し付けられ、反論するのに声が大きい。
しかしコイツ等、何やら良からぬ事でもやっているのか?
「コバはこの三人がやってる事、分かってるの?」
「ん?あぁ、知っているのである。彼等はクリスタルの実験をしているのである」
「クリスタルの実験?」
ふむ、なかなか興味深いな。
「小さくて容量が少なく、使いづらいクリスタルは多々あるのでな。大量の小さなクリスタルをまとめて、大きなクリスタルにする実験である」
「おぉ!凄いじゃん!」
と言った矢先、高野が微妙な顔で小さく手を挙げてきた。
もしかしてクリスタルの在庫が無くなったとかじゃないよな?
「はい、高野くん!」
「あのぅ、非常に言いづらいんですけど、良いですか?」
聞いてもいないのに、良いか悪いか分かるわけがない。
さっさと言えば良いのに気まずいのか、しどろもどろになっている。
「あぁ!もう!結局はバレるんだから、早く言っちゃえよ!」
「でも鈴木ぃ」
「分かった、俺が言う。その実験は中止して、今は違う実験中」
高野がアワアワしているが、鈴木と田中は堂々としていた。
コバも鈴木が何やら暴露したにも関わらず、顔色は変わっていない。
もしかして、気付いていたか?
「それで、今は何を?」
「今はクリスタルを一つにするのではなく、何個も組み合わせて使う実験をしてます。例えば、火属性のクリスタルと風属性のクリスタルを組み合わせたりして、ジェット噴射機みたいに出来ないかなと思ったり思わなかったり」