バイクと珍客
バスティの護衛はどうか?
半兵衛の提案は本人も乗り気になった。
しかしそこに口を挟んだラコーンが、反対だと言う。
信頼しているアニキ分に反対された長谷部は凹みつつも、反骨精神で逆にやる気を出していた。
道中の長谷部は今までと打って変わって、友好的だった。
太田や慶次といった強者と認める人物以外にも、ハクトや半兵衛にも好感を持っていた。
長谷部の話を聞くと、初対面の対応でお互いに問題があったのだと推測される。
上から物を言う帝国と、そういう事に反発する長谷部。
それがエスカレートした結果が、今の長谷部なんだと思われた。
だから普通に接する僕達には、反発する理由が無いんじゃないかな?
そういう結論に至った。
長谷部が護衛するには、まず偉い人に慣れてもらう。
その第一段階として、アデルモと会話をしてもらう事にした。
しかしアデルモは、領主というよりは剣士の雰囲気を纏っている。
長谷部にはそう感じたらしく、ほぼ意味は無かった。
そこで長谷部は、半兵衛がロゼと歩いている姿を目にする。
アデルモがそれを聞くと、無理しているのでは?
と、ロゼではなく半兵衛を心配するのだった。
「親父さん、それはちょっと娘さんが可哀想じゃないですかい?」
「長谷部くんだったか?キミ、強い女の子と戦った事あるかい?」
「いや、無いけど」
「フフフ、怖いんだよ。色々と・・・」
アデルモの実体験から来ていると思われるその言葉は、とても重みがあった。
あの長谷部ですら圧されている。
「でも、娘さんは嬉しそうだけど」
「ロゼが幸せになってくれるのは嬉しいけど、相手が嫌がってたらそれは違うだろう?半兵衛くんは魔王様の側近だし、嫌なら嫌と言える立場ではあるけどね。でも彼は、そういう事を言うような人じゃなさそうだし」
「おっさん、もう少し娘を信用しろって。半兵衛さんの頭の良さなら、嫌なら遠回しにちゃんと断ると思うぞ?」
おっ?
予想外の言葉だな。
長谷部の奴、半兵衛の事を理解しているようだ。
俺もそんな気がするし、あながち長谷部の言い分は間違ってない思う。
ぶっちゃけ断ったら断ったでこの野郎!って気持ちにもなるけど、上手くいっても羨ましい!って気持ちになる。
どっちにしろモヤモヤする。
「長谷部くん、キミは良いヤツだな!」
「俺が良いヤツ!?心にも無い事言うなよ」
「そんな事はない!キミはちゃんと人を見て、発言している。だからこそ、私の娘も半兵衛くんの事も、そうやって言えるんじゃないのかね?」
「そ、そうかな?」
「そうだとも!それともし興味があるなら、私達の所で稽古すると良い。魔族の太田殿や慶次殿と稽古するのも良いけど、ヒト族であるキミは、戦い方や武器が大きく彼等とは違う。木刀を持つくらいだから、剣でも上手くやれると思うよ?」
「あ、あざっす!今度行きます」
「フフ、待ってるよ」
アデルモの言葉に照れながらもお礼を言う長谷部。
アデルモはそう言った後、興味がある長浜の街を奥さんとエタの三人で散策するらしく、離れていった。
第一段階は上手くいったな。
言葉遣いがちょっと乱暴だけど、この調子ならバスティの護衛も問題無く思える。
アイツもそこまで、言葉遣いを気にする方でもないしね。
「よし、お前も何か食べるか?奢ってやるぞ」
「うーん、年下に奢ってもらうのもなぁ・・・」
「年下って、お前の年齢いくつだ?」
「えーと、もうこっち来て四年か五年は経つから、二十二くらい?」
「二十歳超えてるのかよ!それでその短ランだっけ?制服姿はどうなの?」
「うるせーな!これしか着る物が無いんだ!」
まさかの二十歳超えとは。
これは弟の言葉を借りると、コスプレしてる人二なっちゃうんじゃないか?
しかも服がこれしかないと言うし。
「だったら新しい服買うか?」
「ありがたいけど、リーゼントと短ランは俺の戦闘スタイルだから。このままで行くわ」
「分かった。じゃ、安土で短ラン作ろう」
「それは素直に嬉しい。サンキューな」
長谷部の短ランを作る事を約束して、俺達は街で買い食いに勤しんだ。
短い滞在を堪能した俺達は、安土へ戻る為に長浜を出た。
そこで長浜を離れるのに結構苦労したのは、ロック達だ。
長浜で待っていたロックとそのアイドルユニット花鳥風月は、地道にどさ回りで知名度を上げていたらしい。
そしてテンジの計らいで街の中でライブをやると、人気は急上昇。
追っかけも出来たらしく、そのせいで街を離れる際、追っかけに邪魔をされたのだ。
まさかこんな事で時間を食うとは。
日本も異世界も、熱狂的なファンは怖いと思わされた出来事だった。
「ところで魔王様よ」
「何だ?」
「何で三輪なんだ?」
「三輪?あぁ、トライクの事か」
トラックの荷台から、物欲しそうな顔をして言ってくる長谷部。
実は興味がある事は知っていた。
長浜の滞在中も、何処にも行かずにトライクをジロジロと見ていたり、誰も居ないのを見計らって跨っているのを見たという話を聞いたからだ。
「バイクにすると、乗り慣れない人達は運転が出来ないからだ。作った当初は二輪だったけどね」
「最初は単車だったのか!?だったら頼みがある。俺も単車が欲しいんだけど」
欲しいと言われてもなぁ。
俺が作ったわけじゃないし。
そういう事は、本人に聞いてくれる?
というわけで、本人さんよろしく。
(えぇ・・・。面倒な事を押し付けるなぁ)
「あのさ、欲しいって言ってるのはスクーターじゃないよな?これ、見た目はこんな感じだけど、乗りやすさ重視でアクセル捻るだけでのスクーターだからな」
「それは分かってる。左足の所にギアが無かったし、左レバーがブレーキだった」
跨った時に試したのか。
でも、コイツが求めている物のは違うんだろうと、予想は出来る。
「スクーターで良いなら」
「違うんだよ!こう、もっとカッケーのにしてくれない?」
カッケーのって何だ?
ハッキリ言ってくれないと分からんぞ。
とは言っても、頭ごなしに言うと反発されるのは分かっている。
だから、丁寧に説明をする必要がある。
「形云々の前に、先に言っておく事がある。お前が跨った時、動かそうとした?」
「えっ!?いや、そんな事は」
「したけど無理だっただろ?鍵も無いし、何故だろうって思わなかったか?」
「思った」
やはりな。
盗んだトライクで走り出したかったのは、容易に分かっていた。
だが、どういう仕組みで動いているかまでは、理解していなかったようだ。
という事で、細かく説明をしよう。
「長谷部さ、日本に居た時と比べて、トライクもトラックも変わった点があるのは気付いてる?」
「変わった点?トラックは運転席を見ていないから、詳しく分からないな。敢えて言えば、両方とも静かかな?」
「そう!分かってるじゃない。これな、両方とも電動みたいな仕組みなんだよ。もっと正確に言えば、魔動というのかな?要は魔力を動力源にしているんだ」
「魔力を動力源に。じゃあ、俺がどうやっても動かせなかったのは、魔力が無いから?」
「正解だ」
もっと言えば、魔力の流し方を知らないからっていう方が正解な気もする。
どちらにしてもヒト族の魔力量は少ないし、意味合い的にはそう変わらないから、そうしておこう。
「それじゃ、俺にはバイクを用意出来ないと?」
「現状ではかなり難しいな。それと長谷部が求めているバイクって、族車だろ?」
「それが一番だけど、無理なら普通のバイクでも良い」
「普通のバイクって言っても、俺が用意するのは電動だぞ?」
「おもちゃみたいに静かなヤツか。カッコ悪いな・・・」
そう言うと思った。
だけど、こっちの方がこの世界ではメリットが大きい。
その説明もしなくちゃ駄目だな。
「お前はマフラーから音を出したいんだろうけど、この世界ではそれは無理だ。理由は、他の移動手段が馬だからというのもある。馬は神経質な生き物だし、近くで大きな音を出すと暴れ出したりする」
「そういえばアニキや仮面のおっさん、アデルモのおっさん達も馬だな」
「魔力が無いヒト族は、基本的に馬だ。お前がバイクでバリバリと音を出したら、ラコーンは落馬するかもしれない。落馬は大怪我にも繋がる危険な事だ」
「それは駄目だな。なるほど、分かった」
ラコーンの名を出すと、やはり聞き分けが良い。
しかし他にももう一点、一番大きな問題があった。
「それとな、ヒト族が魔法を使うには、クリスタルが必要なんだ。だけど、そのクリスタルの数が非常に少ない。だから今は、太田や慶次達の武器にしか使えないんだわ」
「それ、何処かで手に入れば作れるのか?」
「手に入ればね」
そう言うと長谷部は現状を理解したのか、黙ってしまった。
まだ同行を許しただけという立場も分かっているようで、それ以上は何も言ってくる気配は無い。
でも最近は暴れたりする様子も無いし、コイツなりに頑張っていると、僕は思っている。
だから口約束になってしまうが、モチベーションが上がるという意味も込めて、伝えておこう。
「お前がバスティの護衛をしっかりとこなしたら、どうにか作れないか聞いてみよう。クリスタルが手に入った時は、一つは専用のバイクに使っても良いかもしれないし」
「本当か!?」
「あくまでも、可能性があるという程度で考えてほしい」
「それでも良い。よーし!俺が国王を誰からも守ってやるぜ!」
やる気が出たようで何より。
でも、お前が活躍するような事はほとんど無いんだけどな。
護衛が活躍するという事は、安土がヤバいって事だから。
それは言わないけど、長谷部には安土に溶け込む為にも頑張ってほしいものだ。
「マオ、俺もう帰って良いか?」
「婚約者に会いに行くんですね。分かります。ケェーッ!早く帰れ!」
安土に着いた早々、蘭丸が帰ろうとしていた。
可愛い嫁さん、羨ましいのぉ。
「お前は馬鹿かい!何処の世界に、領主ほったらかして帰る奴がいる!魔王様、長い旅お疲れさまでした」
「長可さん、お久しぶりです」
早く帰れと言ったからか、少しずつフェードアウトをしようとした蘭丸。
そこに現れた母親の長可さんが、耳を引っ張って戻していた。
「蘭丸の耳を離しても良いですよ。それと、何か変わった点はありましたか?」
「大きく変わった点はありませんが、若狭や越中、上野国から人が来るようになりました。各地の特産品や向こうでしか手に入らない物が、集まり始めています」
長浜のような貿易都市ほどではないにしろ、ある程度は人の往来が増えたみたいだ。
経済が回るのは良い事だと思う。
「コバとかは?」
「それが、最近は怪しげな物を作っているとの専らの噂でして・・・」
「怪しげな物?」
「城で働く人達が、たまに悲鳴を聞くとかで。誰かを犠牲にして何かを作っているという噂が立っています」
アイツ、何を作ってるんだ?
これは放っておけないので、後で行く必要がありそうだ。
「それとですね、魔王様のお知り合いだと言っている方が、少し前から安土に訪ねてきております」
「知り合い?安土に来た?」
誰の事だろ?
九鬼嘉隆とか、キルシェの所の人間か?
「今は前田殿が、客人として迎え入れております」
「兄上の客人として、ですか?」
慶次は又左が絡んでいるからか、気になっているらしい。
というか、誰だろう?
又左の所なら、女性ではない気がする。
「誰だか分かります?」
「はい。あっ!前田殿と一緒に来ましたね」
又左がこっちに向かってくるのが見えた。
そしてその横を歩く人物もだ。
僕は予想外の人物で、言葉を失った。
「魔王様!お務め、お疲れさまでした!」
「えっ!?あぁ、ありがとうございます」
「こちらの方、魔王様のお知り合いだと言うお話ですが」
「はい、知ってます」
服装は以前と違い、清潔な格好になっている。
だがその白髪頭の爺さんが、何故ここに居るのかが全く理解出来なかった。
「センカクの爺さん、どうしてここに?」
「神様からお主達の世話をしてくれと頼まれたのに、肝心のお主達が来ないのでな。こっちから来ちゃった」