ヤンキー、ボコられる
ヤンキーお断り。
明らかに問題児だと思われた長谷部に同行を拒否すると、奴はキレた。
しかしこちらも、僕に対しての暴言でキレた太田が前に出て、とうとう殴り合いの喧嘩になった。
喧嘩を止める為に間に入ったラコーンは、太田のパンチで気絶する。
回復したラコーンから言われた事。
それは長谷部をボコボコにしてほしいという、予想外の願いだった。
一度実力を認めさせれば、言う事を聞くはず。
そう言われたので、僕は仕方なく、とても乗り気ではなかったのだが、奴を倒す事にした。
頭の中で、あんな事やこんな事をしてやろう。
ウフフ、楽しみ〜なんて思っていたら、兄が出張ってきた。
どうやら僕以上にキレていたらしい。
なので僕は、心の方を痛ぶる事に決めた。
跪け。
音魔法で地面にへばりつく長谷部。
ムカつく奴を見下ろすのは、気分が良いなぁ。
と思ったのだが、やはり不便な魔法で、耳を塞いでいなかった味方も巻き込んでいた。
やり直して再び地面にへばりつく長谷部は、卑怯だと悪態を吐く。
意外と甘い考えをする長谷部に、僕は自分のイライラをぶつけた。
あまりに正論過ぎたからか、奴は黙ってしまった。
さっきまで顔を上げていたのに、何かを考えているのか俯いている。
「正論言われて凹んでるの?お前だって魔族が殺される瞬間だって、見てるだろうに。気に食わないから殴りつけた?それって自分の考えと違うから殴るっていう八つ当たりと変わらないよね」
「何だと!?じゃあお前は同族である魔族が殺されても、黙って見てるのかよ!」
「誰が見てるだけって言った?だから小さな町を大きくして、安土を作って多くの魔族を迎え入れられるようにしたんだ。お前がやっている事は自己満足。僕とは違う」
「俺が自己満足だって!?この野郎、言わせておけば!」
今まではうるせーやら関係ねぇやら、人の話は無視だった。
だけど地面に押し潰されるような姿をしている今なら、聞かざるを得ない。
今まで無視していた話を無理矢理聞かされて、頭にきているっぽい。
ただ、ちょっと予想外の事が起き始めた。
「ぐ、ぐぎぎ!んがー!」
「魔法を強制的に抵抗しようとするとは。流石は精神魔法に耐える精神力の持ち主だね」
「貶されてるのか褒められてるのか分かんねーけど、だったら魔法解きやがれ」
この様子だと、いつかは自力で解きそうな気もするけど。
だから先手を打つとしよう。
「おわっ!?」
長谷部の周りを土魔法で落とした。
落とし穴に落ちたような形だ。
上から覗き込むと、立ち上がって登ろうとしている。
「今度は落とし穴か?本当に卑怯だな」
「分かってないなぁ。戦いには卑怯も正しいも無いのだよ。そしてキミには、これをプレゼントしよう」
僕は穴の前で止まり、ズボンのチャックを下ろした。
可愛げのある僕の息子を出すと、彼は何をしようとしているのか理解したらしい。
「お、お前、それは駄目だろう!人としてどうなのよ?」
「だって、キミからしたら僕はガキなんだろ?子供の頃は外でこうやってしなかった?」
「それをやったらイジメになるだろ!俺はイジメなんかした事無いぞ!?」
「へぇ、散々クソガキクソガキ言ってたのは、イジメではないと?年上がぶっ飛ばすぞって子供に言うのは、イジメではないと?」
自分が言った言葉を思い出したのか、無言になる長谷部。
うーん、流石に懲りたかな?
僕としては言い負かせた時点で、もう満足してしまった。
だから、そろそろ交代の時間だ。
「さてと、そろそろ余興は終わりにしよう」
穴を元に戻した後、兄と交代した。
良いのか?
代わったら、ボコボコにブン殴るけど。
(僕としては言いたい事も言ったしね。多分、中身がガキのままなんだと思うよ)
なるほどね。
「俺を出して良いのかよ?」
「遊びは終わりだ。チマチマと魔法は使わないでやる」
使わないでというより、使えないんですけどね。
そこは口からデマカセである。
「魔法使いが魔法使わないで、勝てるのかよ?さっき言ってた事と違うじゃねーか」
「それはそれ。これはこれ。俺が言ったんじゃないので、知りません」
「お前が言ったんだろ!」
「あーもう、面倒だなぁ」
身体強化で不意打ちとして、ダッシュして目の前でリーゼントを蹴り上げた。
「な、何しやがる!?」
「何って、キック。今ので分かったか?お前、俺より弱いからな」
「髪を蹴ったくらいで、いい気になってんじゃねー!」
目の前の俺に対して、大振りのパンチを顔に仕掛けてくる。
多分振りを大きくして、俺が萎縮するとでも思っているのだろう。
だったら、俺がやる事は一つ。
「あたぁ!」
「痛っ!」
カウンターで俺の右拳を腹にお見舞いしてやった。
まずは軽くだ。
「手を抜いてやったんだ。まだ倒れるなよ」
「お前、格闘技も習ってるのか」
「格闘技?そんなもんは知らん!」
本当に本格的には習ってはいない。
大学時代にちょっとだけ、ボクシング部等の格闘技系の連中に教えてもらったくらいだ。
何故そんな事を教わったのか?
好奇心もあるのだが、友人から言われた一言がキッカケだ。
乱闘でやられたりしてるの見ると、ちょっとダサいよね。
この一言により、俺は奴等に格闘技を教わった。
考えてみてほしい。
キャッチャーというのは、ぶつけられたバッターに一番近い。
それは怒っているバッターを、一番最初に止めに入らなくてはならないポジションなのだ。
テレビで見た事があるだろう?
止めに入ったキャッチャーのマスクが、バッターのパンチで吹き飛ぶシーンを。
俺はアレで、阿久野ダサくね?と思われるのが嫌だった。
だから避ける術と、それに対抗する手段は教わっていた。
それの一つが、顔面パンチに対するカウンターなのだ!
「というわけで、お前に勝ち目はない」
「どういうわけだ!?」
「つーかさ、まず木刀を持った方が良い。理由を教えてやる」
デモンストレーションとして、鉄球を作り出しその辺の木に向かって投げた。
一本目の幹の真ん中を貫通した後、更に後ろの木を数本貫通。
そして何本目か分からない木は半分に折れて、倒れた。
「な、何だそりゃあ!」
「これ、本気じゃないからな?分かったら、木刀を持ってきなさい。そしたら俺も、安心してお前をボコボコに出来るから」
少し煽る為、困り顔で言ってみると、奴はその挑発に見事に乗った。
木刀を拾い、右手で俺に向けて構えた。
「上等だぁ!もうお前をガキとは思わねぇ!」
「良いね。その調子だ」
これで心置きなくブン殴れる。
相手が武器を持つ。
それは手加減をしなくて良いという事だからだ。
「行くぞぁ!」
右手の木刀を俺に向かって叩きつけると、空いていた左手で顔にパンチを入れようとしてくる。
それを後ろにステップして避けると、今度は前蹴りだ。
前蹴りに合わせてハイキックをすると、奴は痛みで軽く呻き声を吐いた。
しかし気合で耐えているのか、そのまま前へと圧力を掛けてきて、両手で持った木刀でなりふり構わず振り回す。
それを貫通した木を使って作った木製バットで受けると、急にバットが出てきた事に驚いている。
「バットなんか持ってたか?」
「今作った。でも、これは殴る用ではないから安心しろ」
「よく分からんが、分かった!」
バットで木刀を受けて、隙を見て足を蹴ったりしていた。
やはり身体強化した身体で蹴るのは、相当に効くらしい。
痛みで顔が歪んでいる。
それでも前へ前へと来る根性だけは、なかなかやるなと思った。
この調子なら余裕で勝てる。
そろそろ実力差を見せて、一撃強いのをお見舞いして終わらせるとしよう。
そう考えていたのだが、それは見事に崩された。
「うおらぁ!俺を見下してんじゃねーぞ!」
「何!?マジか!」
バットにヒビが入った。
アレだけ叩かれていれば、分からなくもない。
だけどそれだけじゃなかった。
「お、重い・・・」
「オラオラオラァァァ!!」
途中から余裕が無くなってきた。
足が数センチ、地面にめり込んでいるのが分かる。
これは、力任せに叩かれて起きている事じゃないぞ!?
(それ、もしかしたら召喚者としての力なんじゃないか?)
あ、あり得る。
しかし重い!
(一度距離を取って離れた方が良いよ。どういう能力か分からないし)
そうだな。
ん?
何故か叩いている長谷部が、木刀を止めた。
「お前のバット、もう使い物にならねー。他の物を持てよ」
「それだけの為に止めたのか?」
「このままだと、大怪我するかもしれないからな」
「誰に言ってんだよ」
ちょっと上から目線で言われた事にムカっとしたので、本気の身体強化でその場から離れた。
奴は流石に目で追えなかったのか、その場で周囲を見回している。
「後ろだぞ」
トントンと背中を、というより腰辺りを叩くと、驚いた顔をしていた。
「まだ本気じゃなかったのか・・・」
「だから言っただろうが。お前じゃ俺に勝てないって」
再び貫通した木からバットを作り構えると、奴もまた木刀を前へ向ける。
実力差が分かったのに、まだやる気らしい。
「まだまだぁ!」
すぐに木刀を振ってくるので、さっきの重さを考えて力を入れた。
「ぐあっ!」
「あら?」
その勢いで吹き飛ぶ長谷部。
さっきまでの身体が埋まる程の力ではない。
重さがまるで違った。
「どういう事?ま、分からんが、丁度良い。これで終わりだ!」
「っ!?」
吹き飛んだ長谷部は木に当たり、そのままずり落ちて座り込む。
そこに俺のミドルキックが顔面に炸裂。
地面へと側頭部を強打した奴は、そのまま気を失った。
「ハッ!?ん?あぁ、負けたんだな・・・」
秀吉の回復魔法で起きた長谷部は、何が起きたかすぐに理解した。
その顔は、納得半分に悔しさ半分といった感じだ。
「どうだ?お前がクソガキだと喚いた奴に負けた気分は?」
「チッ!そんな事聞いてくるなんて性格悪いぜ」
そっぽを向く長谷部だが、さっきまでと違う点があった。
ラコーンの言っていた通り、話を聞いている。
「負けちまったし、約束通り帝国に戻るしかないな」
「少々お待ちを」
「ん?半兵衛か」
「彼、安土で引き取りませんか?」
「ハァ!?何で?」
まさかの提案に驚くと、半兵衛が説明をしてくる。
「性格に難があるのは分かります。ですが、彼の強さは相当です。ラコーン様の弟分ですし、根気よくちゃんと話をすれば分かってくれるはず」
「それは分かるんだけどさぁ、でも団体行動とか出来なさそうよ?」
チラッと長谷部を見たが、やはりラコーンの部隊に入れても無理だと思う。
多分一人だけ別行動をするというのが、俺にすら目に見えていた。
「団体行動は必要無いです。彼は護衛をしてもらいます」
「俺が護衛?このちんちくりん魔王様の護衛なら、必要無いだろ」
ちんちくりんは頭に付くけど、魔王様と呼んでくれるようにはなった。
怒っていいのか?
「ラコーンはどう思う?」
「俺、いや私ですか!?そりゃあ太田殿や慶次殿と手合わせ出来る強さですし、役に立つのなら是非という考えですけど」
「アニキ!?」
「ただし!迷惑になるようなら、私も反対です」
釘を刺された長谷部は項垂れる。
しかし、途中でとんでもない力を発揮したのを考えると、惜しいというか、敵対したくないという気持ちもある。
半兵衛の話次第で、考えてもいいかなという気はしてきた。
(さっきの謎の強さが気になるし、僕も使える人材なら考えなくもないかな)
そうか。
それならほぼ確定だな。
ただ、誰の護衛をさせる気なんだろうな。
「アナタ、私の話を聞く気はありますか?」
「あぁ?何でお前の言う事を」
「半兵衛はな、俺よりも凄いぞ」
「マジかよ!」
「あぁ、本当だ」
凄いのは頭脳だけどな。
とは言わないでおこう。
「どうです?聞くだけ聞いてみても、損はしませんよ?」
「それもそうだな。駄目なら追い出されるだけだろ?」
「そうですね。試用期間だと思えば良いでしょう」
「それで、誰の護衛をさせるつもりだ?」
「護衛対象はバスティアン・ハインツ・フォン・ドルトクーゼン。帝国の国王陛下です」