先の未来
そもそも龍は居るのか?
龍神というのであれば、神様と同類なはず。
僕はスマホを取り出し、神様に電話を掛けた。
龍神は居ない。
神様の一言にドラゴンは龍神の存在を否定され、怒り心頭になった。
神様が龍に乗って地上に降りてくると、ドラゴンの怒りは何処かに消えていた。
目の前に龍が現れたのだから、無理もない。
そして、その龍の背中に乗って現れた神様を見た彼は、完全に舞い上がってしまったのだった。
神様と話していると、ドラゴンの発音が聞き取れない僕達の為に、ドラゴンの新しい名前を付ける事になった。
艱難辛苦の末、ようやくエクスという名前に決まったドラゴン。
ようやく龍の話になると、分からない点がいくつもあった。
目の前の龍が女性である事。
元々は水を司っていて、この世界で治水を行っていた事。
最近見ないのは、魔法が発達したからだという事。
様々な情報を教えてもらった僕達は、神様にお礼を告げた。
龍の背に乗って雲の彼方へ消えていく神様。
その姿が見えなくなると、エクスは生まれて初めて冷や汗を掻いたと、僕に愚痴を言ってくるのであった。
「そんな事言われてもなぁ。この世界に来た経緯が経緯だから、神様も僕達が元に戻る為に協力してくれてるんだよね」
それでも、あんな簡単に呼び出せるとは思わなかったけど。
暇人、じゃないな。
暇神なんだろう。
電話で説明するだけで良かったのに。
「しかし貴様、阿久野には感謝している。龍、メイ様の存在を知れたのだからな」
「メイ様なんだ」
「龍だぞ!?神でなかったとしても、我等とは格が違うわ!」
ドラゴンの中で、龍神も龍も変わらんという事だ。
ま、神様に仕えている時点で、ドラゴンよりは神々しいかな。
それよりも、気付くとかなり時間が経っているっぽい。
結構暗くなってきている。
「エクスと会ってから、かなり時間が経っちゃったね。皆も心配しているだろうし、そろそろ行くよ」
「うむ。私も先程言った通り、この地を離れるとしよう。久しぶりに世界を見て回るつもりだ」
「そうか。ドラゴンに龍、そういえばちょっと前には仙人にも会ってるけど。僕はかなりの確率で、珍しい体験をしてるのかもね」
「仙人か。かなり昔なら数人会っているが、今も生きているのやら」
流石は長生きしているだけあるな。
一人どころか数人も会ってるなんて。
「じゃあ僕達も行くよ。安土近辺、うーん何て説明すれば良いかな?」
「魔族とヒト族が一緒に協力している都市、ですかね。奴隷ではなく、手を取り合って協力している街です。そこに私達は住んでいます」
ナイスだ半兵衛!
確かにそういう街は、そうそう無いはずだ。
空から見ればそんな街は、一目瞭然だろう。
「それでは私は、お主達と逆方向の東にでも行くとしてみよう。さらばだ、阿久野と半兵衛よ」
ドラゴンは東に行くと言い残すと、空へ舞い上がり飛んでいった。
最初の頃よりサイズが小さくなっているからか、見えなくなるまで早かった。
というより、小さくなって飛行速度も速くなっている気がする。
こっちを見ていないだろうけど、なんとなく飛んでいった方に手を振ってから、僕達もトライクに乗り込んだ。
「いや〜、貴重な体験だったなぁ」
「ドラゴンだけでなく、龍にも。それ以前に私は、神様に逢いましたからね!」
後部座席の半兵衛は、いつになく興奮している。
こんな事戻ってから言っても、半信半疑なだけだと思う。
太田は僕が言えば、全て信じそうだけど。
「ちなみに王都軍はどうなったかな?」
「どのような指揮官か分かりませんが、あの逃げ方からして、統率は取れていないでしょう。今頃は散り散りになった味方をまとめるのが、精一杯だと思います」
それならこっちが逃げる余裕も生まれる。
むしろ被害が無かったのなら、ラッキーだったかもしれないな。
前方や後方に居たトラックに、被害が無ければだけど。
「それよりも魔王様、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
「どうした?」
さっきまでの興奮は何処へやら。
かなり冷静な声のトーンになった。
何やら思い詰めている気がしないでもない。
「・・・非常に聞きづらいのですが、嫌でしたら答えなくても結構です」
「うーん、聞いてみないと分からないな」
今までの彼女の人数は?
そんな質問ならノーコメントだ。
無論言うまでもないのだが、ここはプライバシーがね。
とても柔い、僕達のウィークポイントでもあるからね。
「それではお聞きします。魔王様は身体を取り戻したら、元の世界へ帰るのですか?」
無言になってしまった。
即答出来なかった。
魂の欠片を取り戻して身体が治ったら、僕は帰る。
帰るつもりなのだが・・・。
兄さんはどういう考えなんだろう?
【俺も帰るつもりではいる。だけど気になるのは、時間の流れかな】
時間の流れ?
【例えば、あの引きずり込まれた瞬間から戻るのか。それともこの世界で過ごした時間の分、向こうも同じ時が流れているのか。それが気になるんだけど】
あぁ!
そんな単純な事を忘れていた!
友人や育ててくれた叔父夫婦。
町並みだって変わっているだろう。
戻っても、自分達の知っている世界とは違うかもしれない。
【怖いよな。神様が治している身体だって、時の流れに沿って年齢を重ねているとは思えないし】
それもそうか。
死にそうなところを助けたのだから、時間が止まってるのが当たり前だよね。
となると、戻っても友人は中年に、僕達は若いままって可能性が高い。
若作りしてんじゃねーとか言われそう。
【それにおじさん達も、病気とかになってたら・・・】
確かに。
あと何年掛かるか分からない、魂の欠片を取り戻す旅。
気付いたらあと更に十年以上は掛かるかもしれない。
そんな頃には戻る理由も無い気がする。
【・・・半兵衛の質問、難しいな】
今すぐに答えるのは、無理かもしれないね。
それに帝国を放置して帰るのも癪だし。
【分かる!帰るなら、せめてもう少し友好的な関係になってからが良いな】
そうだね。
そうしよう。
「半兵衛」
「はい!」
長い無言があったからか、答えてくれるとは思ってなかったようだ。
意外だったみたいで、驚いた声をしている。
「まだ分からん!」
「そ、そうですか」
「ただし、帰るならせめて、平和になってからかなって結論にはなった。帝国と友好関係が結べないと、帰るつもりは無い。魔族狩りなんてしてる王子を、どうにかしてからって事かな」
「そうですか」
声色からは、安心したのか落胆しているのかは判断出来ない。
でも、僕達が今言える精一杯がこれだと思う。
「とりあえず、この事は誰にも秘密でね。太田や又左にも黙っててくれない?」
「分かりました。まだ大変な時に、変な事を聞いて申し訳ありません」
「うん、まあ・・・」
曖昧な返事をした僕達は、その後黙ったまま走り続けた。
「見えた!」
トラックと思われる物が見えてきた。
やはりエクスの登場でバラバラに散らばってしまったらしく、今は集まっている途中らしい。
「魔王様!?ご無事で!」
「僕は死にましぇん!」
「そうですか。それは知っておりましたが、五体満足で戻ってこられるとは」
せっかく古いドラマ風に言ってやったのに。
スルーされた挙句に、戻るのが当たり前みたいに思われていたらしい。
太田の僕への信頼感が半端なくて怖い。
「ドラゴンはどうなったのですか?」
「秀吉にも面倒掛けたな。ドラゴンとは話し合って、今後は友好的な関係を築いたよ」
「ど、ドラゴンと友好関係ですか!?規格外過ぎて、言葉もありませんよ・・・」
呆れた顔で答える秀吉。
もう襲われる事は無いし、今後は逆に味方になってくれるかもしれない。
そう言うと、乾いた笑いで返されてしまった。
「それで、揃ってないのは?」
「先頭の方のトラックですね。イッシー殿やラコーン殿達が、護衛しているはずですが」
うーむ、ヒト族だけの部隊か。
弱いとは言わないけど、もし王都軍の本隊と鉢合わせしてたらと考えると、ちょっと心配だなぁ。
流石に王都軍の数には遠く及ばないし。
「秀吉殿は、ここで待つのではなく移動するべきだと仰っていますが。魔王様がお戻りになるまではと、ワタクシや慶次殿との意見が割れていました」
「なるほどね」
秀吉の言っている事は間違っていない。
僕達が任せたと言って先に出させたわけだし、それを優先させるのは当たり前だ。
かと言って、僕達を待っていた太田や慶次達を非難するのはどうかと思う。
「秀吉様の言う通り、まずは移動しましょう。先頭の部隊なので、わざわざ戻ってくるとも思えません。向こうが何処かで待機していて、我々を待っている可能性が高いです」
「そうだな。半兵衛の言う通りだ。皆、ドラゴンの登場で混乱していると思うけど、仲間との合流の為だ。先を急ごう」
トラックの先導として、太田と慶次のトライクが。
そして後方は秀吉に任せた。
僕はというと、アデルモが後ろに乗せていたルードリヒの事で話し合っていた。
今はトラックの荷台で、アデルモとルードリヒ、そして半兵衛の四人で話している。
「ルードリヒは王都軍に戻るんだろう?何処で別れるつもりだ?」
「私はこのまま、先頭集団との合流までは連れていっても良いと考えおります」
「私は反対です。王都軍と遭遇次第、すぐにそこで捕虜の引き渡しと言って、別れるべきだと思います」
アデルモは連れて行く。
半兵衛はさっさと別れる。
うーん、どうしたものか。
「本人としては?」
「わ、私は本来はあの場で死んだ身ですから。決められた事に従うまでです」
自分の運命は僕達に委ねるか。
難しいなぁ。
「ちなみに腕は大丈夫なのか?」
「ハイ、皆が回復魔法を唱えてくれたので。激しく動かさない限りは全く問題ありません」
動けなくはないけど、戦闘は無理って感じかな。
「王都軍の中にはお前の帰りを待つ連中が居るんだよな?」
「街を出た住民に、一部のシュバルツリッターがおります」
「だったら、やっぱりすぐにでも戻るべきかもね」
「魔王様!」
「アデルモは落ち着け。その辺に捨て置くわけじゃないよ」
荷台で立ちあがろうとするアデルモだが、走っているからかバランスを崩して膝をつく。
そこに牽制した僕の声を聞いて、再び座った。
「ルードリヒは向こうで、精神的な柱になってると思う。生死不明の状態で、気が気でない連中も居るはずだよ。そこに怪我はしているものの、ドラゴンの襲撃から生きて帰ったと知れば、彼等の中では英雄扱いになるんじゃない?」
「それは、私がした事では・・・」
「そんなもんは良いんだよ。言ったもん勝ちというヤツだ。むしろ大袈裟に、僕等と共闘してドラゴンを退けたくらい言っちゃえよ。そうすれば、王都軍からも白い目で見られないはずだ」
「な、なるほど。引き渡しの際、王都軍の連中に私達がそう言えば、信憑度も高い。ルードリヒはドラゴンを退けた英雄として知れ渡りますな」
アデルモもその案には賛成のようだ。
ルードリヒは申し訳無さそうに下を向く。
「何から何まで、本当に申し訳ない」
「横のどこぞの元領主が、魔王である僕に偉そうに説明してくれて事情は知ってるからね。自分の為じゃなくて他人の為にやったんだ。被害者が居たら別だったけど、ある程度気に掛けてくれてたみたいだし。気にしなくて良いよ」
「ありがとう・・・ございます」
涙を落とすルードリヒに、アデルモは背中を軽く叩く。
あとは二人に任せて、僕と半兵衛は荷台から降りた。
人目を避けるのではなく、わざと見つかるように走った僕達は、翌日の朝に王都軍と遭遇した。
太田と慶次というとんでもない攻撃をした二人を前面に出したからか、狙い通り戦闘にはならずにルードリヒの引き渡しに成功する。
「わざわざ我等の同胞を助けてくれて、感謝する」
「気遣い無用。それよりも、ワタクシが言った事を忘れるなよ」
「彼が居なければ、拙者達はドラゴンを退ける事は出来なかったでござる。シュバルツリッター副長ルードリヒ。拙者達もヒト族の英雄として丁重に迎えたかったが、やはり戻ると言われた。お主達、英雄殿を任せたぞ」