ドラゴンと龍
落ちたドラゴンには、兄もご満悦だった。
ドラゴンの目の前で同じように笑えと言われたが、そんな事をして怒りを買うのは馬鹿らしい。
そんなドラゴンとも、今なら話せる。
兄は魔法を解いてから、ちゃんと向き合って話し合うべきだと言う。
笑えと言ったその口から出る言葉か?とも思ったが、間違ってはいないので、半兵衛だけを残して三人には退避してもらった。
ドラゴンに山下がやった事を謝罪すると、考えが変わったのか、ようやく会話をしてくれるようになった。
ドラゴンが気になっていたのは、僕達の事らしい。
前魔王と知り合いだったようで、この身体は彼と関係あるのではと思ったとの事だった。
僕は全てをドラゴンに話した。
そのおかげか、彼はこちらの質問にも色々と答えてくれた。
とは言っても、知らんという一言ばかりだったが。
とりあえず分かったのは、ドラゴンがこの世界では一番強そうだという事。
言葉が通じるから、刺激しなければ害は無さそうだという事。
話してみると、そこまで悪い奴ではないという印象だった。
そして彼から聞いて驚いたのは、ドラゴンと龍の関係性。
龍とは龍神、神という事になる。
神に逆らうなど、ドラゴンでもしないという事だった。
「ふむふむ、確かに神様なら逆らわないけど」
けど、龍神って存在するの?
「あのさ、龍神様とは会った事ある?」
「無いな。以前、他のドラゴンにも会った事はあるが、流石に龍神様は無い。向こうも龍神様とは会った事は無いと言っていた」
なるほど。
会った事は無いのか。
それよりも、他のドラゴンと会話している姿を想像すると、ちょっと面白い。
世間話的な感じを想像してしまった。
【ちょっと奥さん、久しぶりじゃないの!アナタ、最近龍神様に会った?いや、会ってないわね。奥様はどうなのよ?みたいな感じか】
ブハッ!
それをこんなデカい身体でやってると思うと笑える。
「うん?どうした?」
「ちょっと兄がね。少し待ってほしい」
いきなり吹いてしまった僕に、ドラゴンも不思議に思ったらしい。
思い出し笑いをしたように見られて、ちょっと気まずいね。
さて、本題に戻して。
疑問に思った事がある。
「気を悪くしないでほしいんだけど。龍神様というのは、本当に存在するの?」
「どうなのだろうな?神なので、もしかしたら存在しないのかもしれんし。信じる者には心の中に居るという事なのではないか?」
ドラゴン自身も半信半疑なのか。
でも、会ったら逆らう事は無いと言うし。
そもそもの話、僕等が知ってる神様とは違うのかな?
この世界に存在しないなら、神様と同じ世界に居る?
どっちにしても分からないし、そういう事は本人に聞くのが一番早いよね。
「それは何だ?」
バッグから取り出したスマホを見た彼は、不思議そうに問い掛けてくる。
確かにこの世界には無い物だし、永年生きていても知らないのは当然だ。
「これはスマホ。僕達の世界の連絡を取り合う道具といった感じかな」
「異世界のアイテムか。しかしそんな物をよく作れたな」
「これは神様からの貰い物だよ」
「神だと!?龍神様ではないのか?」
「別人、だと思う?というより人の姿だったし」
そういえば、心の中で思っている姿になるとか言ってたっけ。
もしかして、たまたま龍の姿を想像した人が、神様と遭遇したってオチは無いよね?
というわけで、電話をしてみた。
「もしもし、お久しぶりです」
「ヘイ!YO!YO!こちら神様。そちらは何処のどなた様?こちらの季節はエブリデイSUMMER!」
ウザい。
つーか神様の世界に、季節関係あるのかよ。
「ヘイヘイ、僕の名前は阿久野です。一度日本で死んだのDEATH。そしてアナタは救済者。僕等それにはマジ感謝」
「ヘーイ!阿久野くん、最高だyo!」
「ちなみにこれ、スピーカーモードで他の人も聞いてます」
「・・・」
あ、黙った。
「阿久野くん、連絡ありがとう。いつもと違って電話をして来た理由は何だい?」
無かった事にしたらしい。
ドラゴンと半兵衛の顔を見たが、半兵衛は気まずいのか流してくれた。
一方のドラゴンはというと、初めてのラップに少し楽しそうである。
「今、ドラゴンと一緒に居るんですけど。ドラゴンと龍の違いを聞いたんですね。それで、龍神様って居るんですか?」
「龍神ねぇ。神ではないかな?」
「違うの!?」
「おい!この輩、とても失礼ではないか?」
ドラゴンが神様にキレ始めた。
龍神様の存在を否定されたからっぽい。
「ちょっと!あんまりドラゴンを怒らせないでほしいんだけど。僕等が巻き添えになる!」
「なるほど。じゃあ、ちょっと待っててね」
あ、電話切れた。
ドラゴンを怒らせたまま放置とか、マジ勘弁してほしい。
「おい、さっきの奴の居場所を教えろ。私が木っ端微塵にしてくれる」
「ガチギレじゃないか!」
神の野郎、ちょっと待つから早くしろよ!
「お待たせ〜」
空から聞こえる神の声。
ドラゴンと一緒に上を見ると、そこにはドラゴンよりも小さい龍が見えた。
なんと言えば良いのか。
和風の龍?
蛇のような細長い姿の方の龍だ。
そしてその背には、神様の姿があった。
「遊びに来ちゃった」
「そんな簡単に、世界に顕現して良いんですか?」
「あんまり良くないから、短時間だけどね。それにこの場は、見えないように封じてあるから。キミがたまに話に聞く半兵衛くんと、そちらは?」
ドラゴンは口が大きく開いたまま、微動だにしない。
自分の名前を聞かれているのに、分かっていないらしい。
「そういえば僕も名前聞いてない」
「ファ!?わ、私ですか!?▲○△□です」
「は?」
何言ってんだコイツ。
よく聞き取れないんだけど。
「よろしく、▲○△□くん」
何だと!?
あの神様ですら喋ってる。
しかしよく分からない発音で、何と言ってるか聞き取れない。
早口言葉の英語より分からん。
僕が分からん事は、やっぱり半兵衛に聞くのが一番だ。
「何て言ってたか分かった?」
「いえ、分かりません。それよりも神様が目の前に降臨した事の方が、驚きです」
それもそうだ。
あまりありがたみがあるか分からないが、半兵衛もドラゴンも神様に釘付けになっている。
彼の言動を聞き逃さないように、ずっと凝視していた。
「阿久野くん達には分からないか。確かにドラゴン以外で、発音出来るような言葉でもないかな」
「それじゃ、僕達は彼を何て呼べばいいの?」
「そうだねぇ。彼の呼びやすい名前、皆で考えよう」
短時間なら大丈夫って言っておいて、そんな時間あるのかよ。
とは言っても、神様からの提案にドラゴンは完全に舞い上がってる感じだし、半兵衛も真面目に考えている。
こうなったら、考えるしかない。
「じゃあドラゴン」
「おい!」
ドラゴンからすぐにツッコミが入った。
やはり嫌らしい。
「ドラ男、ドラ三、ドラ次郎、ドラ焼き」
「真面目に考えんか!」
「阿久野くん、それはちょっと酷いですよ」
と言っても、名前を考えるとか苦手なんだよ。
半兵衛はまだ悩んでるし、ぶっちゃけ僕の考えた名前じゃなくて、半兵衛の考えた名前にしてくれ。
「ドラゴンを見て、何か思った事はないのですか?」
神様の問いに、ドラゴンの登場から思い返してみる。
うーん、難しい。
あっ!
「か・・・」
「カ?カ、何ですか?」
皆が興味津々にこっちを見てくる。
言いづらい。
だけど、言わないと許してもらえない雰囲気だし。
ええぃ!
「カルシウム不足・・・」
神様が頭を抱えている。
だから、僕に期待するなと言いたい。
あぁ神様、僕を助けてくれ。
と願ったところで、目の前で早くと急かされるだけなんだろう。
助けてくれる神なんか居ないんだな。
ダメ出しする神は居るけど。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
半兵衛が何か思いついたか!?
早く僕をこの地獄から助けてくれ。
「貴方は炎を吐いていましたが、火属性のドラゴンなんですか?」
「そうだ。私は火属性の中でも強力な、爆発を扱う」
「へぇ、火属性って一言で言っても、爆発なんてあるんだ。爆発ねぇ。エクスプロージョンか」
「魔王様!それですよ!」
「ほえ?」
「爆発という意味があるエクスプロージョン。長いので、エクスというのは如何ですか?」
「良いではないですか。貴方の名前です。どうです?」
神様も認めてくれたぞ。
あとは本人が気に入るかどうかだけだ。
「か、神様が良いというのであれば。私も異論はありません」
「そうですか。では人の世では、エクスと名乗った方が良いでしょう」
おぉ!
適当に言っただけなのに、半兵衛が綺麗にまとめてくれた。
神様が同意しただけで、ドラゴンもといエクスも、簡単にOKを出しおったぞ。
「よし、これで全ては終わった。じゃ、帰ろう」
「ちょい待ち!私が居るのにそんな早く帰るのは、どうなんですか?」
「え?だって、他に何か用ありましたっけ?」
「ほら、ドラゴンと龍について聞きたいんじゃないんですか?」
そういえば、そんな事が理由でこの神様来たんだっけ。
すっかり忘れてた。
「というわけで説明しましょう。この子が龍です」
神様が紹介すると、恭しく頭を下げる龍。
この時点で、言葉を理解しているのは分かる。
「まず、この子が神ではない理由。それは私の小間使いだからです」
「小間使い、ですか?」
半兵衛が何か疑問に思ったらしい。
何が気になるのか、僕にはよく分からない。
「半兵衛くん、何か気になる点があるなら、お答えしますよ?」
「お、畏れながら申し上げます。小間使いという事は、女性なのでしょうか?」
「あら?見て分からない?」
「申し訳ありませんが、龍を拝見する事自体が初めてなものでして」
つーか、今言われて僕も知ったわ。
エクスすら龍の性別が分からなかったみたいだし、こんなの分かる人の方が少ないだろ。
「そうでしたね。では改めて、彼女は龍のメイちゃん。私のお手伝いをしてもらってます」
「私も聞いてもよろしいでしょうか?」
おっと、ドラゴンも借りてきた猫のように小さくなったぞ。
つーか、物理的に小さくなったぞ?
「良いですよ。それとエクスくん。アナタもそのくらいのサイズにしておいた方が良いですよ。巨体だとすぐに見つかりますからね」
「はっ!肝に銘じておきます。それで質問なのですが、お手伝いとは何をされてるんですか?」
えぇ・・・。
ドラゴンって小さくなれるのかよ。
巨大化した僕よりも大きいから、凄い威圧感あったのに。
今はもう、木より少し高いくらいの背になってるし。
「お手伝いというのは、主に治水ですかね。川の氾濫を止めたり、水不足になれば雨を降らせたり。まあ色々とやってもらってます」
「なるほど。水を司る龍ですか。でも龍が現れたなんて話、僕はこの世界に来て聞いた事無いですよ?」
「それは、この姿で現れたりしませんからね。この姿は移動の時くらいですか?」
神様の問いに頷く龍。
川の氾濫時や水不足で困ってる地域に、移動する時に現れるという事か。
何か、滅多に現れない激レアキャラみたいだな。
「私もまた気になる点があります」
「はい、どうぞ」
「それでも最近、川の氾濫や水不足になっても、龍を見たという人は最近居ません。それは何故でしょう?」
「ほほぅ!良い質問ですね。ズバリ、それは魔法のおかげです」
「魔法のおかげ?」
僕が分からないなら未だしも、半兵衛も首を傾げている。
ちなみにエクスも同じだった。
「昔ならいざ知らず、今は魔法が発達してます。多少の氾濫や水不足など、魔法で処理出来るようになったという事です。だから、彼女に手伝ってもらう必要が無いのです」
「魔法の発達で、神様の手を煩わせる事が無くなったという事ですか。なるほど。それでは彼女は、今は何をされているんでしょう?」
「見ての通りです。私が地上に降りる時に、乗せてもらったりしてます」
龍に乗って現れる神様か。
確かに見た目は物凄いインパクトだ。
後光でもあった日には、信心深い人なら泣いて喜ぶんだろうな。
「大まかな説明はこんなところですが、よろしいですか?」
神様の時間が迫っているとの事だった。
これ以上存在し続けると、この世界に何かしらの影響があるとかないとか。
「わざわざ説明をしてくれる為に、誠にありがとうございました!」
半兵衛は直立不動から、ピシッとお辞儀をしている。
エクスも足がピンと立って、頭を下げていた。
ドラゴン式のお辞儀といった感じなのだろう。
「それでは皆さん、またいつか会いましょう。それと阿久野くん」
「何でしょう?」
「アナタのラップ、なかなか良いですよ。今度またやりましょう」
ごめん被る。
それだけ言って、神様は雲の彼方へと消えていった。
しばらく静寂が続いた後、エクスが口を開いた。
「お主、神様と連絡が取れるとか、常識外れにも程があるぞ。生まれて初めて、緊張で汗を掻いたわ」