混乱
太田には余裕があった。
同じような経験はあるし、今回は慶次も居る。
イッシーは大軍を見て焦っていたが、そんな太田の余裕が気に食わなかった。
同じ頃、慶次もようやく解放された。
守っていた黒騎士達の一部が、イッシーの持ってきた薬により動ける程に回復したからだ。
慶次は四方を囲んでいる敵を倒すべく、その場から離れた。
太田と慶次は同じ事を考えていた。
味方を巻き込まない場所を探し、二人は同じ場所へと辿り着く。
そしてクリスタルの中に入っていたのも、同じく火魔法。
二人は背中合わせに立ち、徐々に迫ってくる敵に向かってクリスタルの中の魔力を全解放した。
森と共に焼失した敵はおよそ四割。
敵も二の足を踏み始めた。
やはり二人の攻撃は大きかった。
敵の攻撃が鈍くなり、僕達が合流する時間を作る事が出来たからだ。
最後尾から前を行くトラックを抜き、アデルモ率いる黒騎士達と僕は、戦場へと走った。
するとアデルモは何かを発見。
すぐさま方向を変え、そちらへと走っていった。
「総隊長か!」
ルードリヒはイッシー隊と闘っていて、トラックは近くに居ない。
分断された時点で後方のトラックは方向を変えて、既に戦場から離れていた。
しかし、その分断をしたのはルードリヒだったので、アデルモの怒りはあながち間違いでもなかった。
「そこの部隊は魔王様の手の者か?」
「俺達は外で待機していた部隊、真イッシー隊。先頭集団には、更に別のラコーン部隊が護衛を務めているから安心してくれ」
イッシーの説明で、分断された半分は守られていると分かり、安堵するアデルモ。
しかし目の前の男を見るだけで、その怒りは再び湧き上がってくるのだった。
「貴様は何をしているのか分かっているんだろうな?」
「当たり前ですよ、総隊長殿。私は私で、民を守るという理由がある!」
「その為なら、残った民は犠牲にしても良いと?」
「彼等は帝国民ではない。帝国に仇をなす反逆者だ。我等帝国民は正義をもって貴様達を討つ。知った顔でもあるのであまり殺したくはなかったのだが、降った民の安全で安心な暮らしの為に礎になってもらおう!」
イッシー隊と離れたルードリヒは、アデルモの方へと向きを変える。
アデルモはそれを聞き、無言のまま持っていたロングソードを強く握りしめた。
「貴様には貴様の正義があるのは分かった。だが、自分の正義が全て正しいと思うな。お前の正義は我々には悪なのだ!」
「反逆者が正義を口にするな!」
「おっと、もう戦いが始まる?」
ようやくアデルモに追いついた。
アイツ、囲んでいる敵を後ろからロングソードで派手にぶった斬りながら進むから、敵がこっちに気付いて僕達が中に入れなくなったわ。
「誰だ、その魔族の子供は?戦場に連れてくるなど、総隊長こそどうかしているのではないか?」
「戦場に子供は来るなって?アンタ、敵だけどそこまで悪い人ではないみたいだね」
「悪い人だよ、私はな」
少しだけ悲しそうな顔をしたルードリヒだったが、それでもアデルモに向ける剣は変わらない。
やはり戦わなくてはいけないらしい。
「魔王様、此奴の相手は私がしますので。手出しはしないでもらえますか?」
「分かった」
「魔王だと!?」
ルードリヒが大きな声で驚く。
山下もその声を聞いて、僕の方を向いた。
「あ、自己紹介まだだったね。僕は阿久野。魔王です。よろしく」
「悪の魔王か。見た目が子供だ。騙されたな」
「騙し討ちなんかしないから大丈夫」
「お前が転生者の魔王か!?」
「ん?誰?」
山下がこっちに向かって怒鳴ってきた。
イッシーを警戒しつつ、こっちへ寄ってくる。
「俺の質問に答えろ!」
「む、何コイツ。さっきの騎士と違ってムカつく奴だな。知らん奴の質問に答える義理は無い」
「俺は山下。召喚者だ!」
「あ、召喚者なんだ。イッシー、倒せないの?」
「真イッシーだ!コイツ、魔物を使うんだ。魔物使いってヤツ?」
「魔物使いねぇ」
確かに近くに沢山の魔物が居る。
かなり種類も多いけど、こっちのイッシー隊だけ狙っているのはそういう理由みたいだな。
「分かった。それで質問は?」
「お前は転生者か?」
「違うよ」
「嘘をつけ!バイクにトラックなんか作れるのは、日本を知ってる奴だけだ。どうせ他にも、ロクな物作ってないだろう!?」
他にはラーメンやカレー、その他料理諸々は試しているが、変な物ではない。
むしろ皆、美味しいと喜んでいるしね。
「決めつけは良くないな」
「うるさい!そんな見た目のクセに、どうせ中身はおっさんなんだろ!?しかもモテなくて冴えないおっさん」
僕は何も言わずに、奴の周りを土魔法で壁を覆い、その外側に火魔法を放った。
「お前、蒸し焼きにするぞ」
「何も言わずにしてるじゃないか!」
棍棒を使って壁を破壊してきやがった。
やはり砂鉄でも使って、鉄の壁にするべきだったか。
「とにかくだ。お前がやっている事のせいで、俺達は無茶苦茶だ」
「何が無茶苦茶なんだ?日本に住んでる外人とっ捕まえて、タダ働きしろって言うのか?お前が言ってる事はそういう事だろ」
「日本知ってるじゃねーか!」
あぁ、そういえば口にしてしまった。
コイツ揶揄うの、少し面白くなってきた。
「ワタシ、ニホンゴワカリマセーン。ニホン、ドコ?アナタハダレ?」
「コイツ!」
おわっ!
キレて棍棒で突いてきやがった!
【こういう事してくるなら、俺が対処した方が安全じゃないか?】
そうだね。
不意を突かれると僕だと危ない。
任せたよ。
「えーと、山田!」
「山下だ!」
「山下は俺達を捕まえたいわけ?」
「当たり前の事を聞くなよ」
「だったらそれに抵抗して殺されても、文句は無いよな?」
俺は近くの石を拾って投げた。
奴が左手に持つ棍棒に、わざと当たるようにだ。
細くて当たるか心配だったけど、当たってくれたようだ。
大きく後ろに手を持っていかれ、驚いた顔をしている。
「!?」
「それ、その辺に落ちてる石だから。分かるよな?ちなみにこうやって」
鉄球を作り出して奴の横にある、弟が作った壁目掛けて投げ込む。
壁は粉砕されて、周りの炎も風で大きく揺らいだ。
「鉄球でもこのスピードな。これが顔に当たったら、お前の頭は落ちた卵と同じ運命になる。あーゆーオーケー?」
「魔法が使える挙句、この身体能力かよ。魔王って化け物か!」
「うるせーよ。動いたら殺す。まずはアデルモとソイツの戦いが終わるまで、様子でも・・・アレ?夜になった」
急に辺りが暗くなった。
何故だ?
空を見上げると、何かが太陽を覆っているみたいだな。
「どういう事?」
「俺に聞くなよ!」
この山田、じゃなくて山下の仕業じゃないらしい。
動くなって言ったから、動かずに何かしでかしたのかと思ったのに。
「ルードリヒ、お前達の仕業か?」
「違います。その聞き様だと、そちらの手では無さそうですが」
異様な雰囲気に、アデルモとルードリヒも手を止めている。
流石に視線は外さないが、少し上を見て様子を伺っているみたいだ。
「慶次殿」
「分からないでござる」
太田と慶次も何が起きているのか、空を見上げていた。
「セードルフ様」
「分からん。何が起きている?」
「どうやら、向こうも困惑しています。自然現象でしょうか?」
「自然現象?」
気付くと、誰もが手を止めて空を見上げていた。
何かが起きている。
そして、その瞬間は訪れた。
「なっ!?炎が降ってきた!」
暗くなった空から、炎が敵目掛けて降った。
俺の見間違いじゃなければだが。
「何が起きた!」
炎が落ちた辺りは、混乱の真っ只中っぽい。
ワーワー言ってるのが聞こえる。
これ、無差別に落ちてくるのか?
「うーん、秀吉の魔法かな?」
「違いますよ」
「おおぅ!ビックリした」
やはり急に現れる男、秀吉。
空を見ていて気付かなかっただけかもしれないけど、あまり心臓によろしくない登場の仕方だ。
「魔王様の行った事だと思って来たのですが、どうやら違うみたいですね」
「半兵衛でも分からないのか。これは異常事態だな」
「空に何か見えませんか?」
見回してるけど、特にはなぁ。
凝視しても、雲の上に何かありそうな気配ってだけだし。
あ、いや、何か見える。
「爪?」
「爪?爪が見えるんですか?」
「あ、なんとなくそれっぽい形してるなってだけで。ハッキリ見えたわけじゃないんだ」
「いえ、可能性はあります。ただし、それが当たっていたら、最悪の出来事です」
「最悪?」
何が最悪なんだろう?
全然分からん。
と思ったのだが、すぐに分かってしまった。
それが降りてきたからだ。
「龍だ!」
「違います!ドラゴンです!」
セードルフは、ドラゴンの頭を見た瞬間に、凍りついた。
というより、周辺の者全員が凍りついた。
「撤退だ!すぐに逃げる準備を始めろ!」
「撤退!撤退だ!とにかくこの場から離れるんだ!」
セードルフの指示を聞くまでもなく、すぐに撤退の準備が進められる。
王都軍の兵士達も、全員が一目散に逃げ始めた。
「な、何だ?」
「魔王様!我々も逃げますよ!」
半兵衛が、もはや怒っているとしか思えない声で言ってくる。
太田や慶次も、敵の中をトライクで逆走してきた。
「魔王様、早く撤退の準備を!」
「え?龍ってそんなにヤバいの?」
「龍ではありません!ドラゴンです!」
違いが分からん。
どっちも同じじゃんか。
「魔王様、その説明は後でします。だから一刻も早く、この場から離れましょう!」
慶次ですら顔が青い。
相当な事らしいな。
俺は言われるがまま、とにかく半兵衛達の後ろへついていった。
「す、すげー!ドラゴンじゃん!」
山下は興奮気味に空を見ていた。
その様子を見たルードリヒが、慌てて山下に近寄る。
「早く逃げますよ!」
「何でだよ!だってドラゴンだぞ!?アレを捕まえれば、俺の配下に加えられる」
「馬鹿な事言うな!」
山下の腕を引っ張り、その場から離れようとするルードリヒ。
しかし山下は動かなかった。
「どうして逃げるんだ?ドラゴンだってテイム出来るだろ?」
「そんな事は知らん!失敗したらどうするつもりだ!?」
「俺は魔物使いとして失敗した事は無い。今回仲間にした魔物達だって、結構強いだろ?だからドラゴンだって大丈夫だ」
安心しろと手を振り切った山下。
ルードリヒはそこで、初めて気付いた。
「山下殿、この魔物達は何処から連れてきたのだ?」
「何処って、あっちにあった山だけど」
ルードリヒはそれを聞いて、頭を抱えた。
理由が分かったからだ。
「山下殿、あの山は聖域。この辺りの者は年に一度の成人の儀以外で入らないのだ」
「入ったら?」
「災いが起きると言われている。まさか災いが、ドラゴンだとは思わなかったがな。とにかく今は逃げる事が先決だぞ」
ルードリヒの説明を受けても、なおドラゴンにこだわる山下。
気付けば周囲には誰も居ない。
ふと上を見上げたルードリヒは、驚愕した。
ドラゴンが自分達を見ている。
山下はその事に歓喜した。
ルードリヒはその事に恐怖した。
「おーい!こっちだ、こっちに来い!」
「やめろ!刺激するな!それにドラゴンは言葉が分からない。呼んでも無駄だ」
「そうなの?でも大声で呼び続ければ。おーい!おーい!」
山下は声を出し続けた。
ドラゴンはそれに反応して、頭を山下達の方へと下げる。
「あ・・・あ・・・」
ルードリヒの声にならない声を発している横で、山下は手に持った物をドラゴンの口に投げ込む。
「山下殿、い、今のは?」
「俺が作った団子」
「団子!?」
「俺が作った物をあげると、何故か魔物が言う事を聞くようになるんだわ。理由は知らないけど。ちなみに団子じゃなくても大丈夫だけど、投げるのに団子の方が楽なんだよね」