イッシーと山下
アデルモって、結構ガキなのね。
部下の方が凄いって言ったら、拗ねてしまった。
何とかしようと部下達と煽てまくると、調子に乗ったアデルモは反転して、単騎で敵の中に突っ込んでいった。
アデルモは強かった。
部下の言う通り、剣での戦いははるかに強い。
というか、下手したら身体強化した獣人にも劣らないぞ。
慶次なんか戦いとか言いそうだ。
この調子なら、追手を振り切るのは難しくない。
その頃、イッシーと慶次達も途切れた中団を目指していた。
途中、トラック運転手から助けを求められると、時間に余裕が無い事を知る。
慶次は単独で先に向かい、後から馬でイッシー達が増援に駆けつけるという事になったらしい。
その作戦が功を奏したのか、慶次はギリギリのところで間に合った。
慶次は二人ほど倒す事には成功したが、その後はジリ貧だった。
満身創痍の黒騎士達を守る。
その事に専念して戦っているとバレた慶次は、矛先が黒騎士に向かい始めた事で、後手に回っていた。
追い打ちを仕掛けようとルードリヒが山下に問いかけると、山下は一人考え事をしていた。
そして山下は、ある結論に至った。
それは、魔王である僕が転生者だという結論だ。
「転生者?それはどういう意味だ?」
山下が急に大きな声で発した言葉に、ルードリヒも気になり始める。
「魔王、王子じゃない方な。ソイツは多分、俺と同じ世界から来た奴だって事だよ。魔族の王とか名乗っているくらいだ。多分ヒト族じゃないなら、中身が俺達の世界の人間。転生者だって事だ!」
「なるほど。山下殿がバイクと言った奴が乗ってきた乗り物も、その世界の物というわけか」
「そういう事。となれば、他にも何か危険な物を作っている可能性がある。ルードリヒさん、奴をさっさと始末しよう!」
「さっきからそう言っている!」
山下とルードリヒの考えがようやく一致すると、山下はとうとう魔物達を使い始める。
どうやら魔物は、目の前に居るだけじゃなかったらしい。
「こ、こんなに居るのか!?」
「言わなかったっけ?あぁ、ルードリヒさんと会う前だったか。俺、セードルフと仲が悪いのは、魔物探しをしていて戻らなかったからなんだよね」
「見た事の無い魔物も大勢居る。流石は魔物使い、山下殿だ!」
「強そうなのを沢山連れてきたからね。これなら奴も、ひとたまりもないはずだよ」
山下の言う通り、慶次一人でどうにか出来る数じゃなくなっている。
ただでさえ今の攻撃で黒騎士を守るのに精一杯なのに、更に魔物が増えたら・・・。
慶次の後ろで控えていた黒騎士達も、絶望し始めていた。
「チィ!魔物が多いでござる!」
「危ない!」
とうとう慶次の槍を潜り抜けて、魔物が一匹黒騎士達の方へと駆けていく。
疲労で腕が上がらない黒騎士の一人が、その腕を犠牲にしようと前に出した。
「皆が助かるなら!」
しかし、噛みつかれる直前、魔物は後ろに下がった。
下がった直後、矢が地面に突き刺さる。
「諦めるな!諦めたら、そこで試合終わるって、教わらなかったのか!?」
「イッシー殿!」
「真イッシーな!」
騎馬隊の到着で、数はまだ劣勢なものの、どうにか耐えられるくらいには人数が揃い始めた。
「これを彼等に」
「隊長、良いんですか?」
「良いんだ。その薬は若狭国で買った、効果抜群の薬草だ。こういう時に使うのがベストだろう?」
カッコ良く背中で語るイッシー。
しかしその様はすぐに変わる事になる。
「隊長、これ発毛剤ですよ?」
「な、何!?」
「彼等に渡して良いんですか?」
「駄目だ!というか間違えた!えっと、こっちだった。普段見慣れた薬を出してしまったようだ。すまない」
鞄の中を乱暴に探ると、間違えたと言って再び薬を交換する。
「若狭国で買った、効果抜群の薬草だ」
「隊長、それさっき聞きました」
「・・・早く使って」
腕を斬られた黒騎士を優先に、全員がその薬草を口にした。
痛みに耐えながら蹲り、ほとんど動けなかった腕を斬られた黒騎士も、少しは痛みが和らいだらしい。
表情が少しだけ柔らかくなった。
「す、凄い。疲労感が薄くなった」
「薄くなった!?」
「確かに。怪我も無くなったぞ」
「毛が無くなる!?」
黒騎士の言葉に、イッシー隊の面々の顔がみるみるうちに青くなる。
「ど、どうかされたのですか?」
「俺の、俺の毛が!」
「また抜けたというのか・・・」
「た、隊長ぅぅぅ!!」
助けに来たはずのイッシー隊が、急に泣き始める。
その異様な光景に、黒騎士達は狼狽した。
「待て!まずは頭を触ってみろ」
「あ、ある!」
「そうだ。以前と違い、毛根も太い。そう易々と抜けてたまるか!」
「た、隊長ぅぅぅ!!」
今度は喜色満面の様子の一行。
流石の黒騎士達も、この様子にはドン引きした。
「魔物がナンボのもんじゃい!行くぞ野郎共!」
「イエッサー!」
「どんな魔物か分からないからな。無理はするなよ。まずは三人で行動しろ」
「倒せるようなら?」
「それは倒せ」
イッシーの指示通り、三人一組のグループを作り、そのグループが他のグループの死角をカバーする。
前だけを見て、後ろは他のグループに任せるような配置を取っていた。
「この人達、意外とやるな」
「ただのネタ枠じゃなかったのか!」
「誰がお笑いグループじゃい!」
体力が少し回復して余裕がある黒騎士達のツッコミに、イッシーはすぐさま返す。
そんなイッシー達の到着で、ルードリヒ達が起こした戦場は膠着状態に陥った。
山下は焦りを感じていた。
全て先手を取っていたのに、ギリギリのところで必ず増援が来る。
このままだと、セードルフの軍が来てもまた敵が増えるのではという、焦燥感に駆られていた。
「山下殿、ここは一旦引いた方が良くないか?」
「無理だ!向こうは馬にトラック、バイクまで用意してある。それに対して俺達は歩兵。引いたところで、逆に追われる立場に変わるだけだよ」
「魔物に乗って離れるというのは?」
「走る魔物の背中に乗って、落ちない自信はある?」
ルードリヒは自分が魔物の背に乗ってる姿をイメージしたものの、やはり無理があると感じた。
「こんな事なら、騎乗出来る魔物も用意しておくべきだったよ」
「それよりも、鞍とかを作る方が先決だな。それだけで安定性が変わるだろう」
「そうかもね。ま、そんな事言っても仕方ない。今更だよ」
軽口を叩く山下だが、実際はルードリヒ隊が抑えている慶次に魔物達を相手しているイッシー隊を見比べている。
どちらが倒しやすいのか。
その選択次第で、自分達の運命が変わると思っていた。
「やっぱりこっちだ!」
「どうだ?倒せそうか?」
「ちょっと難しいですね。全く見た事の無い魔物で、何をしてくるのか分からないので、手の出しようが無いです」
イッシー隊の面々は、捌く事だけに専念していた。
自分達がやられると、後方のグループが危険に陥る。
その事を重々理解していたので、彼等は無理が出来なかった。
そして、そのバランスも崩れる一手が足される。
「うわっ!」
「ウッスラー!」
「よそ見するなよ。魔物も来るぞ」
「危なっ!」
ルードリヒ本人が、イッシー隊の一人の足を斬り裂くと、魔物がその隙を見逃さず、攻撃を仕掛けてくる。
「隊長、この人強いです!」
「分かってる!だが、目の前の男も面倒なんだ」
イッシーの目の前には、山下が立ちはだかっていた。
山下は魔物使いとして、当初は鞭を使っていた。
しかし魔物達は、鞭では言う事を聞かなかった。
そこで細くてしなる棍棒で尻を叩くと、魔物が痛がる素振りを見せた。
それ以来、彼は棍棒を愛用している。
「諦めたらそこで試合が終わるか。アンタ、仮面で顔を隠しているけど、逃げた召喚者だろ?」
「・・・だったら?」
「別に。同郷だからって手加減するつもりは無いし、手加減してもらえるとも思えない。だからアンタは、俺が殺してやる」
「出来ない事を口にすると恥ずかしいぞ。部下達に示しがつかないからな。あ、お前の部下は魔物だっけ?だったら関係無いか」
「素顔を晒して、無様に死んでいくといいよ」
棍棒で馬の脚を払おうとする山下。
それを軽く飛んで避けるイッシーは、騎乗している馬の荷物から、槍を取り出す。
「アンタは槍使いなのかい?」
「さあね。自分で確かめな!」
馬上から槍を山下に向かって突くと、棍棒で横から叩かれる。
何度か同じような動きを繰り返すと、イッシーは離れた。
嫌がっていると読んだ山下はすぐに距離を詰め、イッシーへ追い打ちを掛けようとする。
離れた隙に再び荷物からある物を取り出し、それをすぐに投げた。
くの字をしたそれは、大きく山下から離れて飛んでいく。
「ブーメランだって!?それ、武器になるの?」
「それはこれからのお楽しみ!」
攻勢に出た山下の棍棒を槍で捌くと、突然イッシーは槍を山下の顔に向かって投げた。
思わぬ攻撃に、身体を捩らせて避ける山下。
その間に双剣に持ち替えたイッシーが棍棒の間合いより近い距離へと詰めていた。
「なっ!んだよ!双剣!?」
「そうだな。双剣だな」
「ホントは双剣使いかよ。ちょっとしんどいけど・・・。でも、問題無い。来い!」
棍棒が振れずに劣勢の山下が、口笛を吹く。
すると、空から子供と同じくらいの大きさをした鳥が、イッシー目掛けて爪で攻撃をしてきた。
「鳥も居るのかよ!でも残念。もうちょっと早ければって・・・マジかよ!」
「別に呼んだ魔物が一羽なんて言ってない」
イッシーの余裕は見事に打ち破られた。
さっき投げたブーメランが、山下の後頭部に直撃するはずだった。
戻ってきたのを視線をずらさずに確認して、当たる位置まで誘導した時、それは起こった。
もう一羽の鳥が、ブーメランを爪で掴んだのだ。
飛んでいるブーメランを掴むとか、鳥が出来る芸当じゃない。
「魔物が味方とか、ずるいぞ!」
「アンタだって色々武器使ってるだろ!お互い様だ」
睨み合う二人。
そこにとうとう援軍が現れる。
「イッシー殿!ワタクシが魔物を相手します。奴の相手に専念して下さい」
「助かる!頼んだぞ!」
太田がバルデッシュを空へと投げると、大きく回転しながら一羽の鳥を両断。
真っ二つの鳥が、地面へと落ちてきた。
「ヒャッハー!汚物は消毒だぜー!」
太田の声が山下の耳に入ると、イッシーに話し掛けてきた。
「あのミノタウロスも、転生者なのか?」
「彼は純粋にこっちの世界の人間だ」
「じゃあ何であんな事言ってるんだよ!」
「トライクを改造した魔王が、教えたからじゃないか?」
「魔王、自由過ぎるだろ!」
山下はテイムしたばかりの鳥がやられて悔しいのか、太田のヒャッハーに文句を言っていた。
「愚痴ばっかり言っていても、俺達は倒せないぞ」
「チッ!セードルフのクソ野郎は、何してやがる!」
ずっと先手を取っていた山下達だったが、ここに来て攻守交代。
太田が来た事で、その戦力バランスが大きく崩れる事になった。
「ほらほら、早くしないと怪我するぜ」
双剣で斬りかかるイッシー。
太田が来た事で、心に余裕が生まれて、攻撃に幅が出てきた。
「ん?」
遠くから聞こえる足音。
更に大量の土煙が上がっている。
それを見た山下は、顔を歪めた。
「マジかよ・・・」
「マジかよ・・・」
二人とも同じセリフを吐いたが、その中身は大きく違っていた。
「遅いぞ!」
「マズイな・・・」
両者の声色が大きく変わった。
「すまんな、山下殿よ。街に残っていないのを見て、全軍を率いてここにやって来た。ここで戦闘をしているのなら、まだ後続が来そうだな。全軍、敵を殲滅せよ!」