フランジシュタット脱出
トラックの搬出は順調だった。
朝から忙しなく動いていたからか、予定の正午には出す事が出来たのだ。
秀吉もその様子を感慨深く見ていた。
そんな時、空から火矢が降ってきた。
どうやら敵の襲撃と脱出が、被ってしまったらしい。
まずは脱出がバレないように、抵抗をしなくてはならない。
しかし敵さんも今回は本気だった。
街の四方を全て包囲して、満遍なく火矢が降ってくる。
対抗する為の半兵衛の作戦は、門がある壁だけを集中して守るという事だった。
秀吉の作戦通り、二ヶ所ある門の壁だけを死守していると、とうとう最後のトラックだけになった。
アデルモの指示で後退を始める黒騎士。
反対側の秀吉にどうやって連絡するかが問題だったのだが、魔法に関しては一流の彼だ。
僕が思いつかなかった方法で連絡を取ってきた。
なんだかんだでフル稼働の秀吉は、流石に疲れが見えていた。
ここからは頼らないようにしなくては!
いよいよ最後に残った僕等の脱出に合わせ、アデルモは燃える街を見て、懺悔の言葉を口にするのだった。
地下通路に入ると、そこは日本の道路並みの整備された道があった。
僕はずっとトラックの教習を担当していた為、こっちの工事の様子を知らない。
まさかこんな綺麗だとは思ってもみなかった。
【ぶっちゃけ今回しか使わないのに、無駄に綺麗だよな】
荷台に乗る人達の事を考えると、整備された道なら振動も少ない。
無駄だとは思わないけど、もう少し早く作れたんじゃないかという気持ちにはなるね。
【秀吉の性格なんだろうな。ちなみにもう少し先に行くと、ノーム達の担当区域になるから。向こうはここまで整備されてないよ】
まあそれが普通だよ。
兄の言葉通り、少し振動が来るようになった。
でも僕からすれば、そこまで気になる程じゃない。
と思ったんだが、ノーム達は少し辛そうだな。
「気持ち悪い?」
「そうですね。あまり喋りたくありません・・・」
車酔いが酷そうだ。
風に当たると良いのかもしれないけど、ここは地下だからなぁ。
我慢してもらうしかない。
というか、安土までの道中で慣れてくれ。
「半兵衛、この後の予定は?」
「まずは長浜へ向かいます。流石に帝国領から出てまで追いかけてくるとは思えません。もし長浜の領地へ入るのなら、彼等もどうなるかは分かっていると思います」
うーん、入ってきそう。
そこまで深く考えてない。
もしくは、帝国の領民の話だからと引き渡しを要求されるかな?
相手の指揮官次第だけど、馬鹿じゃない事を祈ろう。
「撃ち方止め!」
火矢を放っていた連中が、一斉に手を止める。
街は至る所から炎と煙で充満している。
セードルフはその様子を満足気に見ていた。
「ここまでやれば、奴等も街から出て来るしかないだろう。どちらの門も、囲んでいるな?」
「ハイ。アレならネズミ一匹逃す事はありえません」
「そうかそうか。今頃アデルモの奴は、慌てて消火作業に追われているか」
このまま完勝すれば、山下や長谷部の鼻も明かせる。
そして何より、軍内部での評価も上がる。
彼の頭の中には、既に勝利への道筋しか見えていなかった。
「魔族共を連れて帰れなかったのは残念だが、あのシュバルツリッターを倒したとなれば話は違う。我々が優秀な兵であると、帝国内に知らしめるのだ!」
「流石はセードルフ様!」
分かりやすいヨイショに、彼の顔は歪んでいる。
この先の展望を考えると、どうしても頬が緩んでしまった。
「山下とルードリヒ達は何をしてるんだか。これなら我々の手柄を半分やる事になるではないか」
「その通り!セードルフ様、やはりあの約束は反故にされた方がよろしいのでは?」
セードルフに、調子に乗った部下達による甘言の誘惑が襲いかかる。
セードルフは考えた。
これで上手くいったら、自分達だけで成功した事だ。
確かに勿体無い。
しかし、もし失敗してしまったら?
今のところは順調だが、万が一という事がある。
ここは部下達の言葉より、自分を信じるべきだろう。
「私は約束した事は破らない!」
「流石はセードルフ様!漢ですね!」
どっちにしろ褒める部下達。
ヨイショに回る頭だけは天下一品だなと、セードルフは軽く苦笑いをしたのだった。
そして、その考えが間違っていなかったのだと、次の報告で明らかになる。
おかしい。
燃え盛る炎を見るのは悪くないが、火の勢いが弱くならない。
手が回らないという可能性もある。
だが、何処も弱くならないのはおかしくないか?
「相手からの反撃が無くなりました!門を破る為に、破城槌の使用を許可して頂きたいのですが」
反撃が無くなった?
あの勇猛で名を鳴らすシュバルツリッターが?
「いつからだ?」
「はい?」
「いつから反撃は無くなった?」
「半刻程前かと。どうやら消火作業も行う為に、門の無い壁は守りを捨てたようです。門上の壁からは、魔法で速度が強化された矢が放たれていましたが、それも無くなりました」
一部の守備を捨てた?
火が弱まっているなら、それも分かる。
しかしそんな様子は無いじゃないか。
そうなると、考えられるのは・・・。
「セードルフ様、破城槌は?」
消火する人が居なかった?
守備する人が居なかった?
「待て待て待て待て!」
「門を破るのは様子を見た方がよろしいですか?」
マズイ!
もし今の考えが正しいのなら、非常にマズイ!
「分かりました。破城槌の使用は様子を見ます」
「違う、そうじゃない!」
「ハイ?」
「急いで門を破れ!抵抗されたならば、慎重に行え。しかし何も無ければ、躊躇無く壊せ。そして、中の様子をすぐに伝えるのだ!」
「ルードリヒさん、何か音聞こえない?」
「音?特には聞こえないが」
西側に行っても何も無かった。
早々に探す方向を変えた山下達は、今度は逆にと街から遠ざかってみたのだった。
「やっぱり何か聞こえるよ。何だろう?木を薙ぎ倒す音?」
「山下殿の耳は、魔物並みに良いのか?私には聞こえ・・・。いや、確かに木が倒れる音だ。振動もある。気のせいじゃないぞ!」
「魔物が倒しているのかもしれない。警戒しながら進もう」
山下の助言通り、進行速度を落として見つからないように歩いていく。
すると、山下が引き連れている魔物が、何かに反応した。
「毛が逆立っている。何か居るね」
「毛が逆立つという事は、相手は警戒するべき強い相手なのか?」
「強い相手、もしくは見知らぬ相手かもしれない」
ルードリヒはいつでも対応出来るように、剣を抜いた。
ルードリヒに従ってきた元黒騎士も同様だ。
そして、少し離れた場所で木が倒れた。
「あっちだ。ゆっくり見つからないように行こう」
魔物達は元々警戒している。
山下とルードリヒ達も、忍び足で倒れた方向へ向かう。
いよいよ、ルードリヒ達が聞き慣れない音が耳に入る。
「鳴き声?」
「何の音だろう?」
静かにすると微かに聞こえる音。
隠れながら少しずつ近づいていくと、そこにはルードリヒ達が見慣れない、大きな化け物が列を為して進んでいた。
「なっ!?何だ、この魔物は!?」
驚くルードリヒ達。
襲われたらひとたまりもない。
彼等は声を殺して驚いた。
隣を見ると、山下も目を見開いて驚いている。
魔物使いの山下ですら、見た事の無い魔物なんだろう。
ルードリヒはそう思っている。
だが、それは見当違いの感想だった。
「な、何故こんな物が大量に走っているんだ?」
「山下殿?この魔物、知っているのか!?」
「一旦離れよう。見つかる前に頭を整理したい」
山下の指示に従って、ルードリヒ達は隠れていた木の影から離れた。
本来ならルードリヒ主導で動いていたのだが、何やら情報を持っていそうな山下。
ルードリヒは普通に話しても大丈夫だと確認してから、山下に問い質す。
「山下殿、あの魔物は一体?」
「アレは魔物じゃない。トラックという運搬用の乗り物だ」
「乗り物?」
山下は自分が召喚される前の世界の乗り物であると話し、更にその用途を伝えた。
「ただ、俺が知っているのとは少し違う。本来なら走っていると、もっとうるさいんだ。アレはハイブリッド車。いや・・・電動車?」
「それよりも、気になる点がある。山下殿の世界の物が、何故目の前で走っていたかという事だ」
ルードリヒの指摘に、山下も薄々思っていた。
という事は、同じ世界から来た召喚者が作ったとしか考えられない。
しかし誰が?
長谷部はありえない。
あの脳筋馬鹿に、こんな物を作る頭は無い。
じゃあ、一体誰が?
帝国から逃げた逃亡者?
逃げたのなら、もっと目立たないように生活するはず。
となると、帝国とは関係無い人物。
「敵か味方か分からないな」
「どうする?もう一度、確認してみるか?」
「そうだね。そうしよう」
セードルフは苛ついていた。
万が一の展開は無い。
そう思っていたのに、その万が一が起きそうだから。
誰も喋らない中で、セードルフの鳴らす踵の音が響く。
そんな中、街の方から歓声が聞こえた。
「門を破る事に成功しました!」
「街の様子は!?」
「誰一人残っておりません!」
街の制圧に成功したと、報告している男は思っている。
誇らしげに言う男とは逆に、セードルフは怒声を上げる。
「街の中から抜け道を探せ!それと逃げた連中もだ!」
「ハ、ハイ!」
思っていた反応と違ったと、男はビックリしながらすぐに下がっていった。
マズイマズイマズイマズイ。
どうして誰も気付かなかった。
それは私も同じだ。
しかしこれだけの人数が居るのだ。
コイツ等が少しでも疑問に思っていれば、簡単には逃げられなかったかもしれないのに。
「セードルフ様、私達はどうしますか?」
「馬鹿か!自分で考えろ!」
まさか、ここまで考え無しだとは。
無能過ぎて何も言えない。
「全方向、誰か人が居ないか探し出せ!街の住民全員で逃げるとなると、そう速くはないはず。何処かで追いつくはず。絶対に逃すな!」
まだ列が続いている。
このトラックの台数は何なんだ?
「荷台は見える?」
「そうだなぁ。あの乗り物、背が高くてここからでは確認出来んな」
山下の問いにルードリヒが答える。
するとルードリヒの部下の一人が、木を登って確認すると言い出した。
言葉が通じるなら魔物に頼むのだが、こういう時は不便だなと心から思う。
降りてきた男は、驚きながら自分が見た事を話した。
「後ろに、フランジシュタットの住民が乗ってます!」
「な、何だと!?」
ルードリヒが驚くのは無理もない。
だけど俺は、なんとなく予想はしていた。
そうなると、ロゼだっけ?
領主の娘が連れてきたうちの、誰かの知識・・・だけじゃないな。
作る技術も持ち合わせている。
「ルードリヒさん、フランジシュタットに来たのはエルフだっけ?」
「私が確認したのは、エルフとウサギの獣人。それと子供くらいだな」
「子供はヒト族だった?」
「いや、魔族だ」
連れてきたのは魔族の一行。
なのに向こうの知識及び技術がある。
「考えられるのは、転生者か」
「転生者?」
「多分だけど、俺の世界の人間が、こっちの世界で生まれ変わったっぽいね。しかも相当な知識を持ったままだ。じゃないとあんな物、作れない」
「では、どうするというのだ?」
「うーん、どうしよう」
魔物で襲いかかれば、多分トラックの横転くらいは出来る。
でも、連れてきた魔物だけで、あの台数は無理だ。
てっきり逃げるとしても、乗り物は馬車や馬くらいだと思っていたのに。
クソッタレの転生者め!
ハッキリ言って、詰んだ感がある。
ルードリヒさん達と魔物だけで、この相手は無理だ!
「仕方ない。一旦、セードルフに・・・ん?」
何か音が聞こえる。
馬が走ってくる音だ。
「アレは・・・総隊長!アデルモが街を捨てたのか!?」
ルードリヒさんの言葉で腑に落ちた。
「領主自らが街の外に出ているんだ。理由は簡単。住民が街に残っていなければ、領主も街に残る必要が無い。このトラックには一部の住民じゃなくて、全住民が乗っている!」




