燃えるフランジシュタット
僕にもやはり異変があった。
太田に欠片を渡して、抜け道を塞がないとって考えていた。
しかし身体に戻った途端に、意識が遠のいたのだ。
兄に起こされて、以前言っていた事はこれだとハッキリ分かった。
原因不明なのが、とても恐ろしく感じた。
抜け道を使って侵入を試みた連中は、秀吉の手で帰っていったらしい。
おそらくは罠を使った事で、僕等の存在がバレた事は確かだ。
だから秀吉達には、早く地下通路を完成させる事を優先させた。
しかし相手もゴタついていたっぽいね。
本来なら大軍で押し潰せば勝ちなのに、それをしてこない。
内部分裂でもしてるのかなとは予想していたが、まさかそのまま二手に分かれてるとは思いもしなかった。
秀吉とノーム達の頑張りにより、地下通路は予想より早く完成した。
向こうの順調な作業に負けじと、トラックの運転教習もほぼ同時に、全員が卒業検定クリアとなったらしい。
善は急げ。
敵が行動する前に、翌日の正午にいよいよ街の脱出作戦を敢行する事にしたのだった。
朝からフランジシュタットの街は騒がしい。
それもそのはず。
いよいよこの街から王都軍の包囲網を潜り抜けて、脱出するのだ。
前日に、最低限の荷物はトラックに積み込んである。
荷台に書いてある番号さえ覚えていれば、自分の乗るトラックが分かる仕組みだ。
「各車、全員が乗り込んだら報告して。すぐに出発するよ」
「私達はどうしましょう?」
鎧に身を包み、騎乗した姿で現れたアデルモ。
領主というよりは、シュバルツリッターの総隊長と言った方が似合う姿だった。
「黒騎士は最後まで残った方が良いんじゃない?トラックに馬が驚いて、暴れる可能性もあるし」
「確かに馬を刺激する乗り物ですな」
「外にはラコーン達が居るし、太田や蘭丸達も運転手として同行する。外に出て危険があるとしても、馬に乗っている黒騎士の方が後から駆けつけやすいしね」
地下通路は、トラックがすれ違える程の幅は無い。
外で襲撃を受けても、トラックが渋滞していたら太田達は待つしかない。
その点、馬ならトラックの隙間を縫って走る事が出来る。
緊急事態の事を考えるなら、彼等は最後まで残ってもらうべきだと僕は思っている。
「全車揃いました!」
「一号車から番号順に出発してくれ」
ゆっくりとトンネルの中に入っていくトラック。
普通のトラックなら、トンネル内は排気ガスで苦しいかもしれないが、そこは魔法のトラック。
電動車を使用しているので、音も静かで空気も悪くない。
「順調ですね」
「秀吉が手伝ってくれたからだよ。本当に助かった。ありがとう」
いつの間にか隣に立っていた秀吉に、感謝の言葉を述べる。
ちなみに秀吉は、運転手から除外されている。
当然だが、地下通路を作る事に専念していたので、運転の練習などしていないからだ。
同じ理由で、ノーム達も荷台組になる。
彼等は最終車両に乗る予定だ。
本当は乗車して待っていないと駄目だけど、時間があるから僕の所に来たのだろう。
「秀吉は外に出たらどうするんだ?」
「深くは考えてませんが、まずは一緒に安土へ向かおうかと考えております。その後は各地を転々として、長浜の利益に繋がる何かを見つけますよ」
「すぐに見つかりそうだね」
「そうだと良いんですが」
二人で他愛もない話をしていると、残りのトラック台数が半分になっていた。
そんな時、トラックの順次出発を指揮している半兵衛が、こっちに向かって叫んでくる。
「危ない!」
上を指差しながら叫んだその声に、僕は空を見た。
頭上には赤く燃える火があった。
咄嗟に風魔法を使って全て押し流すと、それが火矢だと初めて気付く。
「このタイミングかよ!」
「敵も同じ時期を狙っていたみたいですな」
「トラックに戻った方が良いんじゃないか?」
「いえ、この場で防ぎましょう」
逆に壁の方に近付く秀吉。
対応に追われていた黒騎士の横に来ると、外の様子を伺う。
「敵が攻撃をしてきているのは、こちらだけですか?」
「見た感じ、全方向からです!」
振り返ると、全ての方向から火矢が飛んできていた。
こちらの黒騎士達も弓矢を放っているが、ほとんど付け焼き刃だ。
「半兵衛!」
「・・・ましょう!」
半兵衛に指示を仰ぐと、街の内外が騒がしくなったせいで声が聞こえない。
何かをしようと言っているのだが、分からなかった。
「もう一回!」
「・・・捨てましょう」
捨てましょう?
何を捨てるんだ?
「半分見捨てましょうって言ってますね」
「半分見捨てる!?」
何を見捨てるんだ?
黒騎士を見捨てるとか言うのか?
それはマズイだろう。
「私達は大丈夫。どうか作戦をお願いします!」
火矢の対応に追われる黒騎士達から、半兵衛の所へ向かってくれという声が上がる。
だが、外を見ると本格的に攻めてきているのは、一目瞭然だった。
今離れれば、彼等はその物量にやられる可能性は高い。
現に今は、風魔法で火矢が届かないように逆風を吹かせているのだ。
逆風になれば、こちらからの矢は速度を増して威力が上がる。
しかしそれも、人数差が埋まるほどではない。
「私が対応します。行ってきて下さい」
秀吉が言うなら。
兄や太田が見たという魔法の凄さなら、風魔法を二つくらい同時に使うのも可能だろう。
「任せた!」
「半分は見捨てましょう」
半兵衛はすぐにそう言ってきた。
門がある方を重点的に守り、出入口の無い壁は守らなくても良い。
もはや人が住まない街だ。
家が燃えても、それは仕方ない事だと割り切る事にした。
「トラックはどうなってる?」
「慶次殿に持たせた携帯電話からの連絡で、一台が通路から出てきたら一台送り出してます」
「面倒だな。全て出発された方が良くない?」
「地下通路内で追突したら危険です。それは推奨出来ません」
急ぎ過ぎて事故っても逆効果か。
確かに半兵衛の言う通りだな。
「半兵衛はこのまま、トラックに出発指示を出し続けてくれ。見捨てる壁は、この二つだな?」
「そうです。街への門だけは死守して下さい。中に入られれば、住民が居ない事がバレます。彼等が物量で探しに掛かれば、いずれ地下通路の場所も見つかってしまいますから」
「少しでも時間を稼ぎたいって事だな。分かった!」
再び壁の上へと登った僕は、アデルモの場所へと向かう。
すぐに半兵衛の作戦を伝えると、アデルモ経由で四方を守る黒騎士達に守るべき場所が伝えられた。
「半分見捨てるですか。そう、ですよね。この街から出るのだから」
近くに居た黒騎士の一人が、矢を放ちながらボソッと呟いた。
やはり街を出るにしても、名残惜しい気持ちはあるのだろう。
いつかは戻ってくるかもしれない。
そんな希望を抱いているのだと思う。
「守りたいという気持ちも、分からんでもない。でも、本当に守らないといけないのは、街じゃなくて人だろう?」
「それはそうですが!」
「ハイ、手を止めない。街を守れないのは、シュバルツリッターに力が無いからだ。王都軍より強いのに、数が足りないし、召喚者より弱い。悔しいなら、その気持ちを忘れずに生き残れ!次の街で、同じ事を繰り返さない為に」
「クッソー!コノヤロコノヤロ!」
ヤケクソになった黒騎士は、矢の早撃ちをし始めた。
下には大勢の王都軍が居るので、どこに放っても当たるから構わないけど。
そんなやり方だと疲れるんじゃないか?
注意しようかとも思ったが、少し涙を浮かべている彼の目を見て、やめておいた。
悔しくて仕方ないのに、余計な事を言うべきじゃない。
「トラックが全て出たら、僕達も撃つのをやめて出るから。アデルモの指示に従ってくれ。タイミングを見誤るなよ」
「ハッハッハ!街から火が上がったな」
セードルフの高笑いが、部下達を調子に乗らせている。
セードルフの腰巾着達は、何を言ってもその通りですとしか言わなかった。
「帝国に逆らうとどうなるか、思い知るが良い」
煙が上がっているのを見て、優越感に浸るセードルフ。
だが彼は、街の中の様子を一切分かっていなかった。
一方その頃、ルードリヒと山下は、森の中を歩いていた。
「ルードリヒさん、何故森の中に入ったんだ?」
「あの抜け道が使えない事は、向こうも分かっているんだ。だとしたら、違う抜け道を使うはず。それは、シュバルツリッター副長の私も知らない道だ」
「そんな道あるの?」
「無いかもしれない。というよりは、無かったのかもしれない」
ルードリヒが懸念していた事。
それはこの短期間で、新しい抜け道を作ったのではという考えだった。
そして、その考えは間違っていなかった。
一つ間違いがあるとしたら、それはその道の長さだ。
ルードリヒは短期間で、長距離のトンネルを掘るなど無理だと考えていた。
そんな理由から探していたのは、比較的街に近い場所だったのだ。
「煙が見える。街に火が放たれたか」
「ルードリヒさんの言う事が本当なら、街から逃げ出してるよね?」
「あくまでも、勘だけどな」
「でもそれが本当なら、大勢の列があるはず。見つけやすいと思うんだけど。全然見つからないなぁ」
「この辺りではないのかもしれない。もう少し西へ寄ってみるか」
「残り二台!前のトラックが行ったら、そろそろ黒騎士にも準備をさせないと」
半兵衛が前のトラックにGOサインを出した。
という事はラスト!
「アデルモ!」
「撤退準備に入れ!」
号令により僕の居る壁の上は、徐々に黒騎士達が壁から降り始めている。
問題は、正反対を守っている秀吉が居る壁だ。
誰かが連絡をしないといけないのだが。
「こういう時の諜報魔法ですよ」
「秀吉か!」
なるほど。
この距離なら森の囁きでも、魔力消費は少ない。
このような使い方をするとは、目から鱗だわ。
「会話出来るという事は、話は聞いてたな?」
「既に撤退を始めさせております」
「ありがたい!黒騎士が撤退したら、トラックの前で会おう」
こちら側の最後の黒騎士が、壁を降りた。
馬に騎乗して、先に地下通路へと走っていく。
「魔王様、早くお急ぎを」
「アデルモこそ、先に行きなさいよ」
「何をおっしゃる。私はこの街の領主ですよ。最後に街を出るのは、私の役目です」
そう言って聞かないアデルモだが、お前が残ると何人かの黒騎士も動かなくなるんだよ!
その辺考えて言ってくれる?
「向こう側の黒騎士は撤退しました」
「秀吉、お疲れさん」
労いの言葉を掛けると、流石に少し疲れているのか、珍しく汗をかいていた。
先にトラックに乗せると、荷台の上で大きな溜息を吐いている。
ちょっと、じゃないか。
かなりだな。
秀吉に頼り過ぎていたかもしれない。
ここからは、僕達が頑張る番だ。
「アデルモ、僕達も行こう。半兵衛、もう出た方が良いよな?」
「そうですね。あまり遅いと、今度は我々が敵軍の中に孤立します。アデルモ様には申し訳ないですが、感傷に浸っている時間は無いです」
「ハッ!その方が助かりますわ!ここを出たら、私はフランジシュタットの領主ではなく、シュバルツリッターの総隊長だけになります。気兼ねなく、奴等を粉砕してやりますわ!」
とってもやる気勢になったアデルモは、腰に差してある剣の柄を触ると、街をもう一度眺めた。
既に火矢で燃えている家は、多数ある。
最初の方に燃えた家は、今では崩れていた。
「すまないフランジシュタット。私が不甲斐無いばかりに、このような事になってしまった。いつかこの地に、再び足を踏み入れられる事を夢見て・・・。さらばだ!」