抜け道の罠
ハクトまで秀吉に興味を持つとは。
奴め、許せん。
だけど安土を離れるつもりは無いと言う。
秀吉の魅力にやられる前に、ハクト達とは距離を置かせたい。
兄には地下通路の監督を任せた。
しかし相当暇らしい。
昌幸をスカウトされないように、秀吉を見張ってもらっているが、そういう気配は無い。
暇な兄は手伝いを買って出たが、どうにも仕事が無いらしい。
一人で作業している秀吉に関しては、魔法は僕よりも凄いという話だった。
トラック教習も、いよいよ差が出てきた。
上手い人はほとんど言う事は無い。
順調に進む作戦だったが、何故王都軍が攻めてこないのか。
逆にそれが不気味に思えていた。
そんな王都軍の主力である召喚者二人。
彼等は黙って姿を消したらしい。
召喚者の一人である山下は、魔物使いとして魔物を使役する為に森の中へ。
もう一人の長谷部は自分勝手に行動していた。
戻ってきた山下は、元黒騎士隊の副長であるルードリヒと初めて会った。
魔物を連れた彼を敵だと思い、剣を向けられる。
誤解を解いた山下に向かって、ルードリヒはその魔物を街に放たないかと提案したのだった。
山下はルードリヒを怪しんでいた。
真っ黒な鎧は敵側の騎士の証。
何故、こんな所に居るのかと不思議に思っていた。
「というか、誰ですか?」
「これは失礼。私はルードリヒ。フランジシュタット領のシュバルツリッター隊の副長を務めていた者です」
「務めていた?今は違うと?」
「私達は王都軍へ降った身。見方を変えれば、裏切り者ですね」
自分で言うんだ。
山下は潔いルードリヒを、少し見直した。
しかし疑問もある。
「元々は自分の街でしょ?魔物に襲わせたら、街の人達死んじゃうけど。それでも良いの?」
「構いませんとも。私達はフランジシュタットの住民である前に、帝国の国民。それに反した彼等は、言わば非国民ですから。それと」
「それと?」
少し溜めた後、彼は続きを話し始めた。
「同じく賛同した住民も、こちらに来ています。彼等が他の街で非国民の仲間だと非難されないように、私達は彼等を守らないといけないのです」
これには山下も予想外の言葉だった。
てっきり自分の手柄の為に、魔物を街にけしかけようとしているのだと思った。
しかしその裏には、私利私欲とは別の物を抱えていると知ったからだ。
「うん、面白いね。アナタの、ルードリヒさんの話に乗っても良いよ。でも、この事はセードルフさんは知ってるのかな?」
「いえ、まだ話してはいません」
気まずそうな顔をするルードリヒを見て、山下も考え込んだ。
勝手をすると、後々自分の査定にも響くんだよな。
でもこういう人は嫌いじゃない。
仲良くなるなら、セードルフよりこの人の方が良いな。
「一応、セードルフさんに話はしてみよう。駄目なら内緒でやっちゃえば良いんだよ」
「よろしいのですか!?」
「良いの良いの。失敗しても多少怒られるくらいでしょ。許されないなら、魔物に寝てる所でも襲わせて始末するから」
ヘラヘラした顔で言っている山下だが、目の奥は本気だった。
それを見たルードリヒも、同じく覚悟を決めた。
「それでは、よろしくお願いします!」
「それは本気か?」
山下とルードリヒは、共にセードルフの下へと向かった。
先程話した作戦を伝えると、セードルフは少し悩んでいた。
長谷部とルードリヒを一緒に使おうと思っていたのだが、山下が自分から動いてくれるとなると好都合。
いつ暴れ出すか分からない魔物を、拠点周りにずっと置かれる方が怖い。
「その作戦、やってみるが良い」
「分っかりました。じゃあ後で結果を報告します〜」
「その馬鹿にしたような話し方、どうにかならんか?」
セードルフが呆れたように山下を注意する。
どうせ直さないんだろうと分かっていても、立場上言うしか無かった。
「いつかどうにかしますね」
「・・・もう良い。行ってこい」
「ハイハ〜イ」
山下とルードリヒはセードルフのテントから出ると、すぐに作戦に取り掛かった。
「山下殿」
「何ですか?」
「何故、セードルフ殿と話す時はああなるのかな?」
山下は少し考えたフリをして、すぐに答えた。
「アイツ、あんまり有能じゃないのに偉そうなんだよね。だから面と向かって馬鹿にするのに、ああいう口調や態度を取ってるだけ。ルードリヒさんはあの人と違うから。だから普段通りの話し方だよ」
「・・・山下殿は軍人ではないのかな?」
「軍人?うーん、帝国に所属はしているけど、普通の軍人とは違うのかな」
召喚者って、どういう扱いなんだ?
軍務はこなすけど、別に将軍が上司ってわけじゃない。
よくよく考えると、召喚者の立場って何だか分からんなぁ。
「ま、俺達はセードルフの部下じゃないって事だよ。だから奴には俺達に命令権は無いし、俺達もセードルフに何も言わない。流石に作戦に支障をきたすような事をしたら、別だけどね」
「なるほど。理解した」
何て言ったけど、長谷部くんは別なんだよなぁ。
明らかに自分が気乗りしないと、その辺の兵士もぶっ飛ばしてるし。
指揮下には無いけど、本来の命令には背いちゃいけないはず。
それを無視して、強い魔物や強い獣人としか戦おうとしない。
未だに契約が切れないのは、そういう理由なんだろうけど。
彼は本気出せば、今頃はAクラスの上位に居てもおかしくない実力がある。
俺はAクラスに居てもおかしくないくらい頑張ってるのに、ずっと地方回り。
長谷部はやれば、王都で良い暮らしが出来るのにやらない。
やる気を出さないアイツが少しムカつく。
本人に言ったら、絶対に殴られるから言わないけどね。
「俺達は俺達で、良い暮らしの為に頑張ろう!」
「はい?」
「早く街を潰そうって事。ルードリヒさん、その抜け道の場所まで、案内して」
暇潰し、じゃなかった。
現場監督として久しぶりに秀吉の方を訪ねると、そこはキッチリと整理された綺麗な道路になっていた。
地面は土が剥き出しなのだが、魔法で固めてあるから凹凸は見当たらない。
歩いてみても砂利などを踏んでいる感覚も無く、舗装された道を歩いていると勘違いするレベルだった。
こんな事言って良いのか分からないけど、ここまでやらなくても良かったんじゃない?
だって街を捨てて、逃げる為だけに使う道だし。
一度使ったら、多分埋めちゃうと思うんだけど。
「魔王様でしたか。足音が聞こえたので、誰かと思いました」
「だよね。足音がカツーンカツーンって言ってるもの。絶対に地面っぽくないよね」
「そうですか?魔王様に良いところを見せようとして、張り切り過ぎたかもしれないですね」
張り切ったらこのレベルなのかよ。
どんだけ凝り性なんだ。
「向こうから作業している音が、聞こえてきています。もう間も無く、繋がると思いますが・・・。その前に、どうやらネズミが罠に掛かったみたいですね」
「ネズミ?」
「あ、私達の事じゃないですから」
それくらいは言われんでも分かるわ。
ノーム達の作業している方ではなく、明後日の方向を向いている。
何やら集中しているみたいだ。
「旧抜け道に、誰かが来ています。しかも街の井戸側ではなく、外からの侵入です」
「分かるのか!?」
「必ずあの道を使うと、分かっていましたから。それなりに仕掛けておきました」
淡々と言う秀吉だが、どうやって察知したのか気になるな。
魔法か?
便利そうだから、弟にも教えてやってほしいんだけど。
「聞いている感じでは、ヒト族が複数人。それと動物か魔物、四足歩行の何かを引き連れてますね」
「抜け道の中の様子を聞けるのか?四足歩行以外に、何か居る可能性は?」
「二足歩行の音も聞こえますが、歩幅が小さいのも居るかと。多種類の魔物を引き連れている?」
マズイな。
慶次やラコーン達はノーム達の警備だし、蘭丸とハクトは教習中。
かろうじて動けるのは太田だけか。
「俺は急いで街に戻る!お前は音で奴等にバレないように、静かにしていろ!」
工事中の地下通路を出て街に戻ると、まだ襲撃には遭っていなかった。
しかし魔物が本気で駆け出してきたら、すぐにでも街に到着する。
「太田、太田は居るか!」
「ここに」
ちっこい太田が、何やらお菓子を持って走ってきた。
コイツ、モテてんな。
ちょっとムカっとした。
「俺達が使った抜け道に、誰かが侵入してきているらしい。しかも魔物も一緒だ。今戦えるのは、俺とお前、それと黒騎士くらいだ」
「かしこまりました。すぐに準備します。それと秀吉殿も、迎え撃つのですか?」
「秀吉?アイツは」
「迎え撃ちますよ」
「ほえ?」
後ろを振り返ると、秀吉が立っていた。
おかしいな。
俺が真後ろに立たれて気付かないなんて。
この身体になって初めてじゃないか?
「お前、何でこんな所に居るの?」
「言ったじゃないですか。色々と仕掛けてきたって」
「まさか、罠もあったりするのか?」
「勿論ですとも。わざわざ魔王様達の手を煩わせる事は無いです」
やっべー!
秀吉って超有能じゃん!
知らない間にそんな事までしてたなんて。
使える奴だなー!
「とは言え、ここからだと聞こえづらいです。井戸の方まで向かいましょう」
ルードリヒの持った松明が、微かに揺れ始める。
風がある証拠だ。
「風があるって事は、もうすぐ出口かな?」
「いや、途中にある通風孔だろう。いくつかある分かれ道には、空気を取り入れる為の場所もある。今は半分くらいだったはずだ」
ルードリヒの説明に頷く山下。
魔物の背に座っているので、特に疲れなどは感じていない。
暗くてあまり広くないので、圧迫感があって嫌な感じがするだけだった。
「この道には基本的に、罠等の仕掛けはされていない。住民にもそんな事を仕掛けられる者は居ないし、魔法で罠を仕掛けるなんて高等技術は、そう簡単に行えない。もし罠があったとしても、数は揃えられないと思う」
「そうなんだ。どっちにしろ罠なんてあっても、魔物がほとんど見つけてくれるけどね」
経験上、山下はそういった罠や仕掛けを、何度も看破していた。
落とし穴に毒矢等、そういう仕掛けは今まで襲ってきた魔族の町村で全て破ってきたのである。
「どうやって看破してきたんだ?」
ルードリヒは魔物の使い方に興味があるらしい。
山下の話に食いついてきた。
「まずは臭いだよね。この狼みたいな魔物が、知らない魔族やヒト族の臭いを察知したら、吠えてくれる。そしてこの猿。厳密には猿じゃないけど、コイツは高い位置や変わった形の物を見つけるのが得意なんだ」
「魔物とは特殊な能力を持っているんだな。両方ともこの辺りでは見掛けない魔物だ。知らない能力を持っている魔物と対峙するのは、ある意味恐怖でもある」
「俺はなんとなく分かるからさ。コイツ等は特に役に立つよ。ほら、臭いがしたみたいだ」
狼型の魔物が前へ走っていくと、ある場所で止まって吠え始める。
それを聞いた山下は、辺りにある石を投げると罠が発動。
狼の前を矢が通り過ぎていった。
「凄いな!」
「もっと褒めてくれても良いよ。コイツ等、そういうのには敏感だから」
尻尾を横に振る狼。
犬と同じなら、喜んでいるようにも見える。
よくやったと撫でると、狼は更に先へ進んでいった。
「急ぐと危ないぞ。と言っても、罠が分かるコイツ等にその言葉は不要だよね」
「ハハッ。確かにな」
リラックスしながら進む二人だが、途中である事に気付いた。
魔物が減っている。
自分達の後ろを歩いていたはずの魔物が、見当たらないのだ。
「お前達、魔物は見てないのか?」
「ルードリヒ様の真後ろを歩いてましたからね。俺達も後ろから足音がしないと、さっき気付きました」
元一番隊の黒騎士達も、異変に気付いたのは居なくなってからだった。
「戻って探してみますか?」
「そうだな。魔物達が少ないのは心許無い。行ってくれるか」
蘭丸と戦った騎士ともう一人が、松明を持って戻っていった。
だが、そこから異変に気付く。
「なっ!?」
「松明の火が消えた!風で消える事は無いよね?」
「そこまで強い風は入り込まない!俺達も戻ってみよう」
全員で火が消えた辺りまで引き返すと、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
「な、何故矢に刺さって死んでいる!?しかも叫び声も聞こえなかった。即死?まさか、魔物達も?」