女ハンターの憂鬱
ついてくるなと言ったものの、オーガの町の場所を知っているのは太田さんだけ。
彼に案内を頼む以外、選択肢は無いのだ。
しかし帝国の連中も、オーガの町に本当に向かっているのかも分からない。
正直な話、賭けに近い。
間違っていたら、もう追いつく事は出来ないだろう。
追いついたところで、コイツが戦力になるか分からんけど。
「魔王様、準備が出来ました。ワタクシの初陣に相応しい活躍を期待しております!」
期待しておりますって、コイツ戦う気無いんじゃないか?
自分の仲間だぞ?
【なあ、ちょっと代わってくれ】
ん、どした?
【こういう奴は一回、根性を叩き直さないと駄目だろ。オーガの町に向かいつつ、鍛えなおす!】
お、おう。分かった。
怪我だけはさせないように。
「よーし!太田!お前に馬は必要無い。何故だか分かるか?」
「はい?どういう意味でしょう?」
「返事はハッキリと!」
「ハイ!」
いきなり急変した魔王の態度に、戸惑いを隠せない太田。
しかしこれも彼の為なのだ。
俺には信長公記とかいう物が何なのか、よく分からない。
分かるのは太田牛一という昔の人が、信長の事について書いた本という事くらいだ。
そして目の前のコイツの祖先が、太田牛一に感銘を受けて文字の読み書きを始めたという。
俺は凄い事だと思う。
この世界に来た時、言葉は通じるけど文字が全く読めなかった。
弟は勉強して読めるようになっていたが、俺は未だに読めない。
何故なら、諦めたから。
文字の読み書きを諦めたからだ。
こう言っては何だが、俺は過去のミノタウロス達とそう変わらない思考だろう。
強さが正義とまではいかないが、別に文字とか読めなくたって困らないし。
それを彼の祖先は信長公記を読みたい、そして自分も書きたい。
そういう願いから、一から勉強を始めたのだ。
俺には到底真似出来ない。
彼の祖先を尊敬するよ。
でもな、一生懸命に勉強する事と自分の仲間を助ける事は、秤に懸けちゃいけないだろう。
まして忘れるような事ではない!
彼の祖先は素晴らしいが、だからと言ってコイツも素晴らしいかと聞かれたら、否と答えるね。
魔王の事を見たい知りたいと思う事は、分からんでもない。
俺だって憧れの選手が目の前に居たら、そりゃ目を奪われる。
同じチームに居たら、その人のプレーやサイン、配球等、ベンチでいいから教わりたいと思う。
でも、これは野球ではない。
命がかかっているのだから。
それを、魔王様の活躍を期待してます?
馬鹿かお前は!
テメーの仲間をテメーが働かずに、助けてもらう事が前提か?
ちゃんちゃらおかしいね!
ハッキリ言おう。
俺はこういう考えをする奴が嫌いだ。
だからこそ、性根を変えさせる必要がある。
元々はミノタウロスという、俺でも知っている種族。
なまくら刀も、叩き直せば強くなると願う。
「よーし!まずはオーガの町まで、お前は走れ。馬には荷物だけは載せてやる」
「えっ!?何故そんな事を?」
「何故じゃない!お前は自分の仲間は誰が助けると思っている?」
「魔王様ではないのですか?」
「違うな。お前が助けるんだ。俺達はお前のサポートしかしない」
「さぽおと?それはどういう意味で?」
あう、英語は伝わらないのか。
えーっと、支援で合ってる?
(合ってる)
サンクスブラザー。
「支援の事だ。蘭丸もいな・・・ハクトも、主にお前の支援しかさせないつもりだ」
「それじゃ助けられないんじゃ・・・」
自分がやるとなると弱気になるのか。
もし俺達が来なかったら、どうするつもりだったんだろうか。
見捨てる、という考えもした気がする。
魔族は弱肉強食を地で行くような連中だし。
でも俺はそれを許すつもりは無い。
「お前は助けてもらう事を前提で行動してたのか?自分でどうにかしようという考えはしなかったのか?」
「そ、それは・・・」
「返答に困っている時点で、そう言っているようなものだな。先に言っておく。そのような考えの者に伝記を書いてもらうつもりは無い!」
言葉に詰まる太田。
今までの態度と全く違うからか、困惑気味の蘭丸とハクトも何も言えずに見ているだけだった。
「お前の夢はここで終わるのか?違うだろ?もし俺の、俺達の伝記を書きたかったら、まずは自分が変われ!お前は俺でも知っている種族、ミノタウロスだ。もっと本気出せよ!」
「わ、ワタクシに出来るでしょうか?」
「出来る!出来ないと思うから出来ないんだ!もっと熱くなれよ!お前は熱くなった時、ホントのお前に出会えるはずだ!」
(アレ?何かテレビで聞いた事あるような?テニスの人?)
うるさい。
今大事なとこだから、少し黙ってて。
「ワタクシ、やります!やってみせます!」
「そうだ!俺は新しいお前に期待していない。お前に期待しているのは、新しいお前だ!行くぞー!」
よっしゃー!という掛け声と共に走り出す太田と魔王。
「えっ!?このまま出発?」
頑張れ太田!
お前の牛生は始まったばかりだ!
「ところでオーガの町、こっちで合ってる?」
その頃、オーガの町から少し離れた森の中。
阿久野達の予想通り、ミノタウロスを引き連れた帝国兵が野営をしていた。
何故彼等が、順調に森の中を行動出来たか。
それは一人のハンターの存在があった。
彼・・・ではなく彼女の名前はオーグ。
魔物専門のハンターだ。
彼女は元々、帝国の出身ではない。
帝国とは違うヒト族の国。
ライプスブルグ王国の出身だった。
王国の中でも田舎の生まれで、父親は魔物ではなく野生動物の猟をしていた。
しかしその父も、幼い頃に猟の最中に魔物に殺された。
小さな村ではあったが、とある連中の助けによって村では困る事は無かった。
その連中とは、近くに住んでいたホブゴブリン達だった。
ホブゴブリン達は村の皆を助け、その感謝の対価として食料や衣類をもらって生活していた。
魔族と言っても言葉も通じるし、人を襲うような存在ではない。
村の彼等にとっては、良き隣人なのだ。
彼女はそんなホブゴブリン達のおかげで、生活に困る事なく成長出来た。
しかしその隣人に、大きな出来事が起きた。
大量の魔物に襲われ、ホブゴブリン達は全滅したのだ。
大型の魔物に縄張りを奪われた魔物達が、村の近くまで移動してきたらしい。
ホブゴブリン達は村人達の為に追い返そうと戦ったが、あえなく散っていった。
オーグは他の村人達と一緒に悲しんだが、一つだけ決定的に違うところが生まれた。
彼女は魔物に対し、恐れよりも怒りの方が大きかった。
父を奪われ、母と自分を助け育ててくれたと言っても過言ではないホブゴブリンを滅ぼした魔物。
これをきっかけに、彼女は身体を鍛えた。
その身体は女性としては規格外となり、並の男性よりもはるかに大きかった。
身長は190センチを超え、鍛えに鍛えた筋肉もその辺の戦士よりも立派だった。
そして今、彼女はフリーの魔物ハンターとしては五本の指に入るほどの、有名なハンターとなった。
人々を困らせている魔物を聞きつけては、各地を転々とする日々。
それは王国から離れ、世界各地に活動範囲を広げていった。
そして今回の依頼は、帝国の王子からだった。
代理人から聞いた要件はこんな感じだ。
「南にある魔族の町に用がある。その為に森の中で遭遇すると思われる魔物を、退治もしくは逃走の手引きをしてほしい。報酬はドワーフの鍛冶師が作ったミスリル製の鎧だ」
ドワーフの作ったミスリル製の鎧!?
そんな高価な物、普通なら手に入らない逸品だ。
今までの経験上、500人もの大人数での逃走などした事が無いが、退治であれば問題は無い。
それに魔族への用なら報酬に関係無く、なるべく手助けをしたいと思っていた。
そして帝国兵を連れての旅がこんな事だったとは、思いもよらなかったんだ。
最初に訪れた場所は、ミノタウロス達が住んでいた場所。
村というより集落だった。
アタイは想像よりもおとなしいミノタウロス達を見て、友好的に話し掛けに行こうとした。
そしたら帝国の奴等、何も言わずに弓矢を放ち、ミノタウロスに攻撃を仕掛けるじゃないか!
何も聞かされていなかったせいもあり、茫然としていたアタイは、隊長に激しく抗議した。
「こんな事をする為に連れてこさせたのか!?ミノタウロスに攻撃を仕掛けるなんて聞いてないぞ!」
「聞いてないのは当たり前だな。話してないんだから。お前のおかげで、兵達を魔物との戦いで疲弊させずに済んだ。帝国の為に役に立てた事、褒めてやる」
「ふざけるな!ミノタウロス達を殺して、どうする気だ!?」
「ミノタウロスを殺すわけないだろう。コイツ等は本番の為の道具だ。次はオーガの町へ攻撃を仕掛ける!ミスリル製の装備で固めているとはいえ、奴等は強力な魔族だ。少しでも戦力を削ぐ為に、先にコイツ等を利用して共倒れをさせるのだ」
それを聞いて、アタイは絶句した。
アタイの行動が、魔族を滅ぼす事に繋がっていく。
ホブゴブリンに助けられた恩を、仇で返す仕打ち。
強く握りしめた拳からは、血が滴り落ちている。
怒りに身を任せ、隊長の胸ぐらを掴んだところで、アタイは多くの帝国兵から剣を向けられた。
人を斬った経験が無いアタイと、軍人である帝国兵では対人経験に差があり過ぎた。
戦えば何人かは倒せるかもしれないが、500人近いうちの数人を斬ったところで焼け石に水。
無駄な力を使うのをやめた。
その日から帝国兵からの扱いが一変し、今まで隠していた態度が表に出てきた。
「おい、デカ女。お前も次の町でオーガと間違えて、斬っちまうかもな。せいぜい敵と間違われないように気を付けろよ?ギャハハハハ!」
そのような罵詈雑言を浴びせ、酒を飲みながら騒ぎ立てる。
酔った連中が縄で縛っているミノタウロス達に向け、矢を放ったり短剣を投げつけたりしている。
人とは思えない行動を目にし、止められない自分に苛立つ。
何も出来ない自分の姿に、身体は大きくなってもあの頃のままだと、見えない所で涙を流した。
そして、とうとうオーガの町へ着いた。
着いてしまった。
アタイは此処までの道のりを遠回りしながら進んだが、ミノタウロスから道を確認した隊長にバレてしまい、途中からは正規の道で行く事になってしまった。
奇襲をかける為、まずは火矢を町に放ち混乱させる作戦のようだ。
「放て!」
その合図と共に始まる戦闘の掛け声。
近くの家々を襲い、斬りつけていく。
しかしオーガも、この辺りでは強者と呼ばれる種族。
すぐさま反撃に出てきた。
「貴様等、何者だ!宣戦布告も無しに攻撃を仕掛けるとは、卑怯極まりないな!」
戦士長らしき人物が、こちらに向かって叫んでいる。
「魔族に宣戦布告など不要。貴様等は新たなる魔王である王子の為の道具となるのだからな!」
新しい魔王だって!?
そんな事聞いてないぞ!?
「おのれ!ヒト族風情が魔王様を騙るなど笑止千万!お前等の行い、万死に値する!」
怒りに声を荒げる戦士長。
その声に反応して、十人ほどのオーガが攻撃を仕掛けてきた。
「ふっ、単細胞の馬鹿めが!鉄砲隊、用意!」
帝国自慢の鉄砲隊が前に出て、大盾を構えた味方の間から、走ってくるオーガ目掛けて撃ち放つ。
「撃てー!」
鳴り響く銃声に遅れて倒れるオーガ達。
倒れたオーガにトドメを刺しに、前衛部隊が前に出る。
「倒れた連中を助けろ!岩部隊、投げろー!」
倒れたオーガと前衛部隊の間に岩を投げ、突撃を制限するオーガ達。
その間に別の部隊が倒れた連中を、担ぎ助けて後方へと下がった。
「奴等は銃を持ってきている。竹束用意!」
何十本もの竹を縄で結び、束にした竹を前方に置く。
すると銃弾が竹にめり込むか、弾かれていた。
その後しばらくは、戦況は変わらなかったが、帝国のある合図により大きく一変する事となる。
「突撃兵用意!竹を始末してこい!」
しばらくは戦況が変わらなった事でオーガ達は、奇襲から落ち着きを取り戻した。
魔王を名乗る帝国の王子や、銃まで持ち出し、本気で殺しに来ている帝国兵。
まだ分からない事が多々あったが、ここを耐え夜になれば撤退すると考えていたからだ。
しかし、その時間も長くは続かない。
帝国側から出てきた者達に、オーガ達は動揺した。
「な、何故ミノタウロスが帝国側に・・・」
敵側の合図と共にこちらへ駆け出してくるミノタウロス。
何も待たずに走ってくるだけだ。
「アイツ等、何をする気だ?」
ミノタウロス達は竹束を持っている動揺しているオーガ達に殴りかかった。
そして隙あらば竹束を倒していく。
「お前達、何をしている!自分達が何をしているのか分かっているのか!?」
無言のミノタウロスに叫ぶ戦士長だったが、その声も空しく竹束は少しずつ倒されていく。
文字の読み書きばかりをしてきたミノタウロスだったので、時間が経つにつれオーガに叩きのめされる。
しかし、その少しの時間が明暗を分けた。
「鉄砲隊、撃て!」
ミノタウロスと取っ組み合いになっているところを、銃弾が襲いかかる。
オーガもミノタウロスも関係なく倒れていく。
竹束を押さえる役目のオーガが居なくなり、銃弾の雨が後方のオーガまで届き始めた。
「退け!一旦、町の奥まで退却だ!」
戦士長の言葉に、残ったオーガが下がり始めた。
「オーガも全員殺すなよ?コイツ等も魔王様の道具となるのだからな!」
オーグはその言葉に、自分のしでかした事の大きさに苦しみ悶えた。
アタイの行動がこの人達を殺したんだ・・・。
その苦しみの中で、小さな声が聞こえた。
「いっちに!いっちに!よーし!太田!今日のお前は輝いてるぞ!」
「あざーす!キャプテン!!」