半兵衛と昌幸
長浜出身の半兵衛が、元領主に命令するのは難しい。
その気持ちは分かるのだが、秀吉はそれに対してとんでもない返答をした。
アイアム無職なう。
まさかの言い分に、半兵衛は爆笑した。
これがキッカケになり、二人は作戦を練り直し始めたのだった。
二人が作戦を練り直している頃、トラックの教習を始めた。
蘭丸が見本として運転を始めたが、それがとんでもない結果を招く事になった。
簡単だと言ってのけた蘭丸はアクセルベタ踏みスタートをして、トラックを暴走させる。
ギリギリで避けていた家や人だったが、最後は家を何軒も貫いて横転するのだった。
ガソリンも使わないから問題無いかと思っていた僕だったが、トラックは爆発、そして炎上。
住民を恐怖の渦へと巻き込んだ。
反面教師としては役に立った蘭丸。
追加でトラックを作り直す、こっちの身にもなってほしいものだ。
その後、昌幸に土木作業の応援を頼む為、僕達は二手に分かれる事になった。
兄は昌幸の所へ半兵衛と向かうと、そこで半兵衛からとんでもない事を聞かされていた。
秀吉が長浜へ戻ってこないかと、半兵衛を再スカウトしていたのだ。
「えっと、それは戻るって事?」
そういう重要な話は、俺一人の時はやめてほしいんだけど。
でも聞いちゃった手前、俺が対処しないと。
「まさか!戻りませんよ」
「そ、そうか。半兵衛が居なくなったら、皆悲しむからな。俺も頼りにしてるし」
「そう言っていただけると、私も嬉しいですね」
いやぁ、焦ったわ。
少しでも悩んでるとか言われちゃったら、俺じゃ対処しきれないところだった。
即答で戻らないって言うくらいだから、もう断ったんだろう。
「ちなみに、どんな事言われた?」
「キミの頭脳は素晴らしい。長浜の発展の為に、その力を生かさないかと、そのような事を言われました。しかし自分で話すと、自慢みたいで照れ臭いですね」
「そう言うなって。まあ秀吉も現金な奴だな。活躍するようになってから、掌返しで褒め始めたんだから。もっと最初から活躍を認めていれば、半兵衛も秀吉の片腕になってたかもしれないのに」
「そうですかね?」
「俺はそう思うけど。だから今、こうやって俺達の所で活躍してくれるのは、本当に助かってるよ。ありがとな」
面と向かってお礼とか言われると、やっぱり照れ臭いんだろう。
顔が赤くなって何も言わなくなってしまった。
俺は野球やってた時にたまに言われてたから、オウ!の一言で済ませてたけど。
慣れていない人は、照れ臭いのかもしれないな。
「抜け道、終わりましたね。この辺りに待機しているはずなんですけど」
抜け道が終わり、周囲が明るくなった。
見回してみると、近くにラコーンやイッシーの姿は無い。
「えーと、少し離れたっぽいな」
身体強化をして聞き耳を立てると、話し声が遠くから聞こえてきた。
リラックスした声なので、戦闘になったとかは無いと思う。
まだ王都軍が、あの抜け道を探しに来てないって事だ。
「居た」
ラコーンの部隊の一人がこっちに気付いた。
それからすぐ、ラコーンとイッシーが歩いてくる。
「やっぱり何かあったんですか?」
やっぱり何かあったとは、どういう意味だ?
「もしかして、敵に襲われましたか?」
半兵衛が突拍子も無く、襲われたかと確認する。
やっぱりって言葉が気になるんだよな。
「襲われてはいない。だが、偵察が二人ほど来た。見つかるかと思ったんだが、抜け道に気付く事無く戻っていった」
「真イッシー殿の言う通りです。ただ、あの近くで待機していると、抜け道の存在もバレるのではと思いまして。私の判断であの場を離れました」
なるほど。
離れた理由は分かった。
これはむしろ、ラコーンのファインプレイだと思う。
もし見つかっていたら、俺達が歩いている最中に敵に見つかってたかもしれない。
俺だけなら何とかなるが、半兵衛を守りながら多数と戦うってのは、かなり難しい。
「では、あの抜け道は後で塞ぎましょう」
「塞ぐ?どういう事だ?」
「その話をする為に来たんだ」
「なるほど。あの黒騎士の副長がねぇ」
ラコーンは思うところがあるのか、副長の裏切った事に何か物思いに耽っている。
「副長の事、知ってるのか?」
「直接は知りませんぜ。ただ、黒騎士の名は帝国兵の間でも有名なので。その副長ともあろう人が裏切るとは、思わなかったんですよ」
黒騎士って、王都に居たラコーンでも知ってるんだ。
なかなか凄いんだな。
アデルモは、良いおっさんって感じだけど。
「それで新しい地下通路を作るって話になったんだ。ノームは勿論、出来れば昌幸にも手伝ってもらいたいんだが。あら?アイツ、何処に行った?」
魔族で固まっているのかと思ったけど、奴の姿は見当たらない。
かと言ってラコーンやイッシーの部隊の近くにも居ないし、何処へ行ったんだ?
「彼、結構居なくなるぞ」
「勝手に行動させるなよ」
「それが、フラフラしているわけじゃないので、注意をしづらいんですよ」
「じゃあ、何故消えるのか、分かってるんだよな?」
「戻ってきた時に聞いています」
事後報告かよ。
団体行動でそれされるの、あんまり好きじゃないんだよな。
問題が起きた時に、対処しづらいし。
「ん?魔王様が居る?」
フラフラしながら戻ってきたおっさんドワーフ。
その辺を出歩いているおっさんにしか、見えないじゃねーか。
「お前、何処へ言ってたんだよ。お前に用件があって来てるのに、勝手に居なくなられると困るぞ」
「すいません。少し王都軍の動きを探ってたので」
「探る?」
「彼等は我々の事に気付いてません。だけど、この人数が見つかるのは必定。ならば、見つかるまでの時間稼ぎの為に、動きを誘導しようかと思いまして」
「そんな事出来るのか?」
「確実ではありませんがね」
なかなか興味深い話だ。
半兵衛もその話には驚いていた。
彼のやり方は、見掛ける魔物をこちらに寄せつけないという事だった。
昌幸達の隠れている場所を空白地帯として、その周りに魔物を誘導。
王都軍が魔物を見つけても、中心の隠れている箇所を魔物が守る場所として、気を逸らす考えらしい。
どうやっているかは秘密らしいが、半兵衛のその考えには驚愕していた。
「面白い考えだな」
「だから文句が言いづらいんですよ」
ラコーンが呆れながら言っているが、効果はあるとの事。
それでも警戒は怠っていないみたいだが、今まで王都軍の影一つ見当たらないという話だ。
「それで、私に用件とは?」
「そうそう。ちょっと専門外な頼みかもしれないけど、地下通路を作る手伝いって出来る?」
「地下通路?」
俺はラコーン達に話した内容と同じ事を伝えた。
少し悩んでいたが、昌幸は頷くとすぐに準備を始める。
「ノームの人達の補助が、私の仕事ですかね。土魔法も使えなくはないですが、彼等ほど上手く使えないです。だから補助に徹します」
「それでも十分助かるよ」
「あの、一つよろしいですか?」
半兵衛が昌幸に言いたい事があるらしい。
この二人、あんまり交流が無いだけに、珍しい光景かもしれない。
「何か?」
「地下通路の件、一任しても良いですか?」
「は?」
「新しい地下通路。もしもの場合を考えて、真田殿の意見を取り入れたいなと思いまして」
半兵衛がこういう事を任せるって、なかなか見ないと思う。
俺が気にしてないだけかもしれないけど、一任って言うんだから、多分全てを任せるって事だ。
「良いんですか?」
「はい、真田殿の感性に任せます。罠なり隠し通路なり、作っていただきたい」
「ふむ、期限は?」
「なるべく早い方が良いです。食料事情も考えて行って下さい」
「分かりました。最後に確認ですが、本当に任されて良いんですね?」
頷く半兵衛に昌幸は、一緒に上野国から来たドワーフを呼び出した。
難しそうな話をしているのは分かったが、内容は俺にはサッパリ分からない。
だから分かっているような顔で、聞き流していた。
「それでは地下通路の件、お願いします」
「分かりました。お任せ下さい」
二人が握手をすると、半兵衛は早々に抜け道を使って戻ろうと言い始めた。
「今後は抜け道も、王都軍に見つかる範囲に組み込むはずです。魔物を誘導する際、抜け道の方にわざと誘導する事も考えられます。私達が早く戻らないと、作戦の邪魔になるかもしれないので、急ぎましょう」
「ってな事があったんだわ」
「半兵衛と昌幸が!?別人だと分かってても、歴史好きな人ならちょっと興味を示す話だね」
兄の話を聞いて、僕は結構胸が熱くなった。
だって、この二人が会ったという話は聞いた事が無い。
それでも戦国時代の智将と言ったら、この二人の名前は外せないと思っている。
そんな二人が話して、しかも半兵衛が昌幸に一任とか聞いたらね。
あ〜、何で僕、トラックの教習なんかしてたんだろ。
見たかったなぁ・・・。
「それで、トラックの方は?」
「ご覧の通りさ」
半壊、もしくは全壊している家がそこらにある。
これは、王都軍へ降った人達が残した家だった。
決して嫌がらせの為に、わざと壊したわけではない。
「なぁ、何でこんなに壊れてるの?」
「うーん、蘭丸のせい?」
「俺だけじゃねぇ!」
しまった、聞かれていたようだ。
ハクトも苦笑いしているが、ぶっちゃけ二人ともトラックをぶつけている。
やはりトライクなんかと比べると、大き過ぎて感覚が分からないらしい。
「トラックを擦るだけなら良いんだけど、完全に突き抜けてるからね。まだまだこの街から出るのは、先は長いかなぁ」
「地下通路もまだ工事が始まったばかりだ。明日になったら、秀吉も外に出てノームと合流するらしい。あっ!そういえば」
「ハァ!?」
兄から秀吉が、半兵衛の引き抜きに掛かったと聞かされた。
半兵衛は即答で断ったみたいだけど、心変わりが怖い。
半兵衛が呆れない、良い魔王を目指そう!
良い魔王が何だか分からないけど。
「ちなみにさ、秀吉に半兵衛の件、釘刺した方が良いか?」
「うーん、即答で断ったんでしょ?当事者から断られたのに、僕達が追い打ち掛けるのもどうかと思うけど」
「そうか。あ、じゃあ昌幸は引き抜こうとするなよって話は?」
「それは・・・危ないな。もし明日会うなら、言っておいてくれた方が無難だろう」
「了解」
兄が今、昌幸の事を言ってなかったら、ちょっと危なかったかもしれない。
ぶっちゃけ半兵衛は、話を聞く限りでは待遇や褒賞よりも、僕達への恩義で動いている面が垣間見える。
だから秀吉の誘いを、即答で断ったんだと思った。
しかし昌幸は違う。
彼は滝川一益から離れたかったという感じがした。
そして何よりも、独立心が強いのだ。
もし秀吉が僕よりも良い条件を出したなら、靡かないという保証が無い。
半兵衛と違って、万が一がある可能性がある。
まだ安土にも来ていないのに、ここから近いという理由もあり、すぐに長浜でお世話になりますと言いかねない。
キャリアアップを目指すのは社会人として普通だけど、せめてうちの会社で働いてから決めてくれない?
そういう気持ちだった。
「というわけで、引き抜こうとするのはマジでやめてくれ」
「あら〜、バレちゃいましたか。分かりました。見えない所でやるようにします」
「どっちも駄目じゃ!」
悪びれない秀吉に、ちょっとイラっとしてしまった。
昨日は無職だとか言っておきながら、なんだかんだで長浜の利益を考えている。
根っからの統治者な感じだ。
「それはさておき、地下通路制作を頑張ってきますね」
そこから先は、逃げるように離れていった。
「秀吉様は面白い人だね。僕は好きだなぁ」
えっ!?
「は、ハクトくん!?まさか、長浜に興味があるとか言わないよね?」