蘭丸暴走モード
蘭丸のイケメン力を侮っていた。
普通さ、応援してるアイドルに彼女はおろか婚約者が居るなんて知ったら、発狂したりするんじゃないの?
僕の友達、好きだったグラビアアイドルに彼氏が居たとかで、ブチギレてたのに。
そんな事を考えていたら、門が閉じた。
アデルモは戻ると、副長の件で早々に頭を下げてきた。
彼の作戦に支障はあるかという心配に、半兵衛は大丈夫だと言い切った。
まずは街から抜け出す為に、新しい地下通路を作る。
それにはノーム達と僕の力が必要という事だった。
そして逃亡の為の足。
色々悩んだ末、トラックがベストだろうという結論に至った。
しかし運転手を育てる為には、僕が教えなくてはならない。
土木作業も控えている事を考えると、それは難しかった。
そこに助け舟を出してきたのが秀吉だ。
彼が代わりに土木作業を請け負ってくれるという話になった。
地下通路から抜けた後も、僕等や黒騎士が罠等を使い各個撃破をするという作戦だった。
しかしそれに異論を唱えたのは、半兵衛が少し敬遠気味の秀吉。
彼は味方の被害を抑える為に、囮役を使わずとも罠のある場所へ誘い込めば良いと言った。
秀吉はもっと自分を頼っても良いと、半兵衛にアドバイスをするのだった。
確かに秀吉の言う通りだ。
半兵衛の作戦に、黒騎士や僕等は勿論入っている。
しかし秀吉の使い方が、太田や慶次達と同じなのだ。
半兵衛は元々長浜の人間だ。
秀吉が魔法が得意な事も知っているはずなのに。
もっと有効な秀吉の使い方というものが、あると思う。
「それは分かるのですが」
「何か問題でも?」
秀吉が覗き込むように半兵衛を見る。
半兵衛は少し間を置いて、自分の気持ちを話し始めた。
「私は長浜の人間でした。今は魔王様に仕えていますが。私の元領主である木下様に命令するというのは、抵抗があると言いますか・・・どうにも頼みづらいのです」
なるほど。
それは一理ある。
よく言われる、定年退職後の再雇用みたいなヤツに似てる。
元上司が部下になって戻ってきたけど、命令しづらいみたいな。
元領主である秀吉は部下ではないが、自分の立てた作戦の駒に組み込まなくてはならない。
駒扱いするという点では、部下よりも微妙かな?
「言いたい事は分かりました。じゃあ私もこう言いましょう。私、今は無職です」
「・・・は?」
「テンジに領主を任せたのです。今は何もしていません。カッコ良く言えばさすらいの旅人とでも呼べます。でも他の人から見たら、勝手に魔王様についてきた、ただの職無し浮浪者ですよ」
これには誰もが、何も言えなかった。
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だろう。
半兵衛はおろか、蘭丸とハクト。
それに初対面であろうアデルモ達も、ポカーンと口を開けているのだから。
「フ、フフ、アハハハ!」
珍しく半兵衛が、大きな笑い声を上げている。
その様子も珍しいからか、皆はそれを見入っていた。
「あぁ、涙が出てきた。秀吉様でも、そんな事言うんですね。分かりました。もう一度立て直させて下さい」
「フフ、ならば私も手伝いましょう。一緒に考えますよ」
二人の距離が縮まった。
ここに居る誰もがそう思った瞬間だった。
「よし、作戦の細かい部分は二人に任せよう。僕達は僕達で、別の事を始めるぞ」
「というわけで、今から運転教習を始めます」
既に十台はトラックを準備してある。
地下通路の幅は、このトラックが悠々と通れるくらいにしてもらいたいものだ。
「これはオートマ車なので、踏めば進みます」
「マオくん、オートマ車って何?」
何て言えば良いんだ?
ミッションが、クラッチが、何て説明しても尚更頭が混乱するだけだし。
【そんなもん、踏むと進むのがオートマって言っておけよ。どうせ分からないんだから】
うーん、その説明は負けた気がするなぁ。
でも時間も無いし、それで良いや。
「右側のペダル、これね。これを踏むと進むのがオートマ車。右側が進む為、左側が止まる為に踏む物だから」
「何だ、思ったより簡単そうだな」
蘭丸よ、それはフリというモノではないのかね?
「ハンドルは右に回せば右に曲がるし、左に回せば左に曲がる。後退する時は逆だと覚えて下さい」
「意外と簡単だと思うぞ」
「ハイ!簡単だと言った蘭丸くん、皆の見本として運転してみて下さい」
運転席に座る蘭丸。
街の魔族達は恐る恐る見ている。
「ほ、本当にこんな化け物の中に入るんですか?」
「化け物ではない。乗り物だから。誰か蘭丸の隣に座って、運転の様子を見たいっていう人は居るかな?」
「ハイ!ハイ!ハアァァイ!!」
女性陣の声だけが聞こえる。
物凄い圧で、男性陣は手を挙げられないようだ。
「じゃあ、そこの猫耳さん」
「うっしゃああ!あ、よろしくお願いします」
気合の入ったその声の後にしおらしくなっても、全く響かないと思うけど。
「行くぞ!」
「はい!」
隣の女性は運転する姿よりも、蘭丸の顔しか見てない気がする。
そして、事件は起こった。
「うわっ!」
「キャアァァァ!!」
アクセルを急にベタ踏みした蘭丸。
魔力が動力源で比較的静かなエンジンなのだが、それでも唸りを上げている。
そしてタイヤが空転した後、トラックは前方へと急発進していった。
「や、ヤバ!ヤバイ!」
今度は急ブレーキを掛け、トラックが滑りながら前へ進んでいく。
建物が目の前に迫ったのを見て、急ハンドルを切る蘭丸。
「うわあぁぁ!!」
建物スレスレにドリフト状態で進み、そのまま直角に曲がって更に進んでいった。
しかしアクセルとブレーキを間違えているのか、更にスピードが増していく。
「だ、駄目だあぁぁぁ!!」
二階建ての建物に突っ込むトラック。
そのまま止まるかと思いきや、勢いよく反対から突き抜けてきた。
フロントは既にボロボロである。
そして次の家に突っ込み、更に突き抜けてまた突っ込む。
「た、助けてえぇぇ!!」
蘭丸の情けない声が、流れるように聞こえてくる。
助けてと言われても、暴走トラックに誰が突っ込もうというのか。
そんな自殺行為、誰もするわけがない。
しばらく様子を見ていると、最後はタイヤがパンクしたらしい。
トラックは横転してしまった。
「ま、魔王様!こりゃあ兵器じゃないですか!」
「いや、兵器ではないんだけど」
「わ、私の家が・・・」
「ご愁傷様です。苦情は蘭丸にどうぞ」
トラックが暴走しているのを、逃げながら見ていた一行。
中には家を貫かれた人も居た。
その暴走ぶりを見た彼等は、化け物だと騒ぎになってしまった。
「マオくん、助けに行かないと!」
「あ、忘れてた」
ハクトに言われて横転したトラックに近付く。
運転席側が下になっているので、衝撃は蘭丸に来ていると思われる。
さて、助手席の女の子は?
「う・・・き、気持ち悪い・・・」
「怪我は?」
「若干、目が回ってます」
それ、怪我じゃないんで。
というか、魔族凄いな。
これだけの派手な事故を起こしておいて、一言目が目が回るだぞ。
これなら多少荒く教えても問題無いな。
「皆さん、ご覧の通りです。練習しないと、あんな目に遭いますよ。人の話はちゃんと聞きましょう」
「は〜い!」
「右側のペダルはゆっくりと優しく踏む事。そしてブレーキは徐々に力強く踏む事。勢いよく踏むと、あんな感じになります。死なないけど、気持ち悪くなるから気を付けてね?」
というか、蘭丸が出てこない。
目を回したかな?
「ん?マオくん、なんか火花が散ってるけど、アレは大丈夫?」
「火花?燃料はガソリンじゃないし、爆発はしないはずだけど。どうな・・・」
ボンッ!
「え?」
バアァァン!!
「・・・爆発するんだな」
「それどころじゃないでしょ!蘭丸くん!蘭丸くん!?」
ハクトが爆発している車に向かって叫んでいる。
死んではいないと思うけど、流石に怪我はしたかもしれない。
心配になってきた。
と思ったら、長い棒が煙と火を切り裂いた。
「地獄の底から舞い戻ってきたぜ」
なんか無駄にカッコ良いセリフ言ってるけど、事故ったの蘭丸のせいですから。
怪我はしてないみたいだな。
やっぱり魔族は凄い。
ヒト族なら死んでるかもしれない。
「その棒は?」
「爆発して足下が抜けたんだよ。そしたら見つけた」
シャフトかな?
運が良くて何より。
「このように、我々魔族はアレだけの爆発でも怪我程度で済みます。でもヒト族は違う。このような運転はせずに、安全運転を心掛けましょう」
アデルモ邸の一室で行われた、二人だけの作戦会議が終わった。
秀吉と半兵衛が部屋から出てくると、二人は真っ直ぐに僕の所にやって来た。
「これがトラックですか。凄いですね。この後ろにヒト族を乗せるんですか?」
秀吉は凄いという割には、淡々と喋っている。
あんまり驚いてる気がしない。
「その通り。もっと台数は増やす予定だけど、今は練習の為にこれだけだね」
「では、このトラックが通れるくらいの幅に、地下通路は作ればよろしいですか?」
「流石は秀吉、話が早いな」
「半兵衛殿と話して、地下通路の出入口は決まりました。早速、ノームの連中と話をしてきます」
秀吉はそう言うと、すぐにその場を立ち去った。
意外とやる気満々だな。
「僕も一度、昌幸に会いに行かないと」
「ならば私もお供します。外の方々にも、作戦の説明が必要なので」
とは言ったものの、教習も続けなくてはならない。
人手が足りないとはこういう事か。
【だったら、俺が半兵衛と外に行くよ。昌幸には手伝ってくれって言うだけだし】
その間に僕は魔王人形で教官かな?
【街の中なら危険も無いだろう。人形姿でも、問題無いだろ?】
そうだね。
蘭丸とハクト、太田もここには居るし。
心配無いと思う。
【それじゃ、久しぶりに二人になってみようか】
「兄さん、半兵衛とよろしく頼んだよ」
「分かった。くれぐれも事故に巻き込まれないようにな。半兵衛、行こう」
二人は井戸を降りていくと、そのまま暗がりへ消えていった。
久しぶりにこの姿になったけど、今更思った事がある。
この姿で元の身体と離れた事って、無かった気がする。
何か影響が無ければ良いけど。
久しぶりに自分で歩いている。
最近はずっと任せっきりだったから、少し違和感を感じるな。
「キャプテンは秀吉様の事、どう思われます?」
前置きも無く、いきなり半兵衛が質問をしてきた。
しかも、何とも答えづらい質問だ。
「秀吉か。面白い奴だったな」
「いきなり無職と言われても。確かに私も大笑いしてしまいましたが」
「それと、思ったより頼り甲斐があるとも感じたかな。初対面の時は救出されたばかりで、あんまり喋らなかったし。テンジや半兵衛達が蔑ろにされてたから、そんなに良い印象は無かったんだけど」
「そうですね。私自身、そう思ってましたから」
「でも、頼りにしろよって言ってて、実際はそうじゃないんだなってね」
「私も偏見があったと思います。元領主は扱いづらいと、自分の中でも思い込んでましたし」
俺が半兵衛なら、多分同じ感じになるだろうな。
だって下手に厳しい事言ったり命令したら、意趣返しだろ!とか思われそう。
だったら最初から無難な事をさせた方が、変に思われなくて助かるよね。
「自分からああやって言ってくれると、助かるわな」
「私が一番実感しています」
「そりゃそうだ」
軽く笑ったが、半兵衛も少し笑っていた。
ちょっとだけ、前より雰囲気が柔らかくなった気もする。
秀吉効果か?
「でも、困った事もありました」
「何だ、二人で作戦会議してて、意地悪でもされたのか?」
「いえ、意地悪というよりは賛辞かと」
「じゃあ良かったじゃん」
秀吉も半兵衛を認めたって事だよな。
今までの経歴を考えると、俺も嬉しくなってくる。
「しかし奴も惜しい事をしたね。半兵衛を最初から重用していれば、長浜ももっと発展しただろうに」
「それなんです」
「それ?」
「秀吉様に凄く褒められて嬉しかったのですが、あの後に長浜へ戻ってこないかと言われました」