割れる街
ロゼの暴露で、いきなり魔王だとバレてしまった。
領主と黒騎士は口が固いから大丈夫らしい。
余計な事を口にするし、少し彼女の事を甘く見ていたかもしれない。
ちなみに彼等は、魔王が子供だとは知らなかった。
秀吉が魔王だと勘違いして近寄ろうとしたところ、僕だと言われて慌てた様子でこっちに握手を求めてきたくらいだ。
彼は魔族を僕に預けた後、王都軍に自分の首を差し出そうとしていた。
しかし、そんな事で手が緩むとは思えない。
彼にその事を話し予想される最悪の展開を教えると、彼の顔色は悪くなった。
どうすれば良いか?
それを聞かれた僕は、いよいよ僕達の考えを話した。
魔族を逃して首を差し出すか、住民全員で逃げるか。
領主とはいえ自分の一存では決められないと、住民との話し合いが設けられる事になった。
住民の意見は半分に分かれたらしい。
半分は僕達と安土や魔族領へ。
半分は王都軍に降るという。
しかしそんな時、街の方から騒ぎが起きた。
黒騎士の副隊長が何人か引き連れて裏切り、食糧庫から強奪して逃げたという話だった。
「ルードリヒが!?それは本当だろうな!?」
「食料庫を守っていた者の証言です。間違いないかと」
余程信頼していたっぽいな。
あまりの衝撃に、頭が働いていないっぽい。
「おい、アデルモ。アデルモ!」
「なっ!?このガキ、隊長を!」
「アデルモ、しっかりしろ!お前の指示待ちだぞ!」
「あっ!門を開けさせるな!食料が無くなれば、街の維持も難しい。逃げ出すのは構わないが、食料だけは死守するのだ!」
「ハッ!」
鐘の音が鳴り響く。
非常事態だという事を告げている。
この慌ただしい感じ、海津町や能登村の事を思い出して、あまり好きではない。
【確かにな。懐かしいというよりは、思い出したくない記憶だ】
兄さん、久しぶりだね。
あんまり話し掛けてこなかったけど、寝てた?
【寝てたのかな?たまに意識が遠くなるんだよな。お前も俺と入れ替わった時に、そういう事無いか?】
最近はあまり入れ替わらないからね。
どうだろう?
【そうか。その時になったら教えてくれ】
分かった。
それよりも、僕達も門を死守しに行こう。
半兵衛の作戦に、支障が出るかもしれないからね。
「邪魔だ!通さねば斬る事になる!」
「副長!」
困惑した顔で道を塞ぐ黒騎士。
だが騎乗している連中に躊躇は無い。
「やれ」
「何!?お、応戦体制!」
大きな盾で進路を塞ぐようにする守備隊。
だが、鎧を装着した馬に蹴散らされていく。
「進路を塞ぐな!無駄死にする事になるぞ!」
それだけを言い残し、門の方へと走り抜ける。
「ルードリヒ様!」
「王都軍へ行く住民へ告ぐ。今すぐに門の前に来い。このルードリヒ、お前達を導いてやる!」
走りながら街の中で叫ぶと、それに賛同した人達が徐々に集まり始めた。
門の前に到着してしばらくすると、多くの住民が集まり始めていた。
「ヒト族の半分だと言ってたな。これくらいか?」
「そうですね。広場に集まった半分くらいかと」
住民の代表者が答えると、ルードリヒが動き始めた。
「門を開けろ。約束通り、降る者達を連れて出ていく」
「し、しかし、まだ総隊長の指示が出ていません」
アデルモの指示無くして、勝手に開く事は許されない。
彼は職務に全うしていたが、それが仇となった。
「仕方ない。力ずくで行かせてもらう。死んでも文句は言うなよ」
後ろに控えていた一人が、馬から降りて剣を構えた。
それを見た門番も、剣を構える。
「一番隊は先駆けだ。そこで生き残るという事の意味を、お前に教えてやる」
「速い!」
言い終えた男が突撃を開始。
すぐに目の前まで入られた門番は、防戦一方だった。
数度剣を交えただけで、自分との力量を察知した門番は、とにかく生き残る事に専念していた。
「甘いな。それでは一番隊ではやっていけない」
「ぐあっ!」
咄嗟に取り出したナイフが、門番の足を斬りつけた。
膝を突く門番に対して、トドメを刺そうと剣を構え直す。
「待て!」
「チッ!もう勘付いたか」
間一髪で間に合ったアデルモ。
騎乗したまま二人の間に入ると、ルードリヒ達に剣を向けた。
「ルードリヒ、何故お前が指揮をしている?」
「アデルモ様、貴方は分かっていない。我々がどう頑張ろうと、住民全てを守る事など出来ない!」
「それを承知で、先程の話し合いが行われたのだ。お前が王都軍に降るのは構わない。だがそれは、食料を強奪していく理由にはならん!」
怒気を放つアデルモに、集まった住民はおろか、黒騎士の連中も後退りをした。
唯一彼の放つ怒気に対抗出来たのは、ルードリヒだけだった。
「なるほど。では降る連中には、分け与える食料は無いと?」
「何?」
「これは食料庫にあった半分の量ですよ。ヒト族が半数減るのなら、その分は我々がもらう権利があると思いますが?」
「それはおかしな事を言う。それでは魔族の分はどうする?それを差し引いての半分であろうな?先程の連絡では、全食料の半分が減っていたという話だが、その辺りはどうなのだ?」
それを聞いたルードリヒは、顔を顰めた。
そしてぶっきらぼうに言い放つ。
「魔族はどうせ逃げるんだから、食べ物なんか与えなくても良いでしょう?大体、魔族のせいでこの街はこんな危機に陥ったんだ。生きて逃げられるだけ、感謝してほしいものですな」
「馬鹿を言え!魔族もこの街の住民である。互いに協力し合い、普通の隣人として暮らしている。お前だって病気になった時、薬を調合してもらった事があるだろう?」
「しかし、それを王都は許さないと言っている。我々はフランジシュタット領の領民である前に、帝国民なのだ。ならば帝国に従うのが筋ではないのか!?」
「では、その帝国が黒騎士は危険だから解体。農民になれと言われたら、ルードリヒ、お前は納得出来るのか?」
「我々の強さがあれば、そんな事は言われない」
「それは傲慢だな。お前の考えがそうならば、王都に行って自分で確かめるが良い。だが、食料は置いていってもらう」
剣を構えるアデルモ。
ルードリヒも負けずに、アデルモへと剣を向ける。
「ルードリヒ様!門を開けます!」
「何!?」
住民の一人が叫ぶと、門が少しずつ開いていく。
食料を積んだ馬車を住民に任せ、ルードリヒ達は門を死守しようとアデルモ達の前を塞いだ。
「先に行け。私達は後から追う」
「いかん!」
叫ぶアデルモだったが、途中でおかしな事に気付く。
「何故だ!何故、門が途中から開かない!」
「お答えしよう。それは、僕が門の前に壁を作って塞いでるからです」
「お前、誰だ!」
いやぁ、道に迷ってしまった。
初めての街に案内人もいないし、どうしようかと思ったよ。
【俺が身体強化で建物の上に登って、騒ぎがある場所を見つけなかったら、まだ迷ってたな】
ホント、兄さんが居なかったらアウトだった。
でも間に合ったし、丁度良いタイミングだったみたいで結果オーライかな。
「フッフッフ、答えてあげよう。身体は子供、頭脳は大人。安土の領主、阿久野だよ!」
決まった。
少し前に考えていたポーズも上手く出来たし、皆驚いているな。
「その動きは何だ?門を塞ぐ魔法を唱える為の仕草か?」
「えっ?いや、そういうわけではないけど」
「では何だ?」
「何だって言われたら、決めポーズ?」
「そうか。無駄な動きだというわけか」
む、無駄!?
コイツ、何なの!
初対面の人に向かってそういう事言っちゃうんだ。
僕、コイツ嫌いだわ。
【安心して下さい。俺も嫌いですよ。だってこのポーズが駄目なら、俺の変身ポーズもダメ出しされるぜ】
そりゃそうだ。
「さて、軽くイラッとさせてくれたところで、馬車は返してもらう」
「何だと?」
「太田、牽いて持ってこい」
「御意」
リトル太田が馬車に歩いていくと、ガキが馬車なんか扱えるのかと笑いが起きた。
「欠片をこっちへ投げろ」
「行きます」
下手投げで、軽く山なりに投げられた魂の欠片。
それを受け取ると、皆が投げられた物に凝視していた。
「太田」
「はい」
「うぇっ!?」
リトルから本来の姿に戻った太田に気付いた連中は、腰を抜かして後退りを始めた。
「マオ、馬車を持ってきたぞ」
蘭丸が御者をして、同じ大きさの馬車を持ってきた。
「ハクト、袋は持ってきた?」
「勿論。これで良いんだよね?」
「そう。半分こっちに詰めてくれ」
「了解」
ハクトと蘭丸が持ってきた馬車に、食料を半分移し始める。
するとその動きを見ていたルードリヒの部下が、絡んできた。
「貴様等、この街の者ではないな?勝手な事をするな!」
「勝手?だってこの半分は、この街の魔族の物だろう?勝手に持ち出したのは、お前等の方じゃないか」
「言わせておけば!」
剣を蘭丸に突きつけると、少し下品な笑顔でふざけた事を言ってきた。
「エルフの顔とかグチャグチャにしてみたかったんだ」
「マオ、良いのか?」
「ムカつくから良いよ」
「ムカつくか。奇遇だな。俺もムカついた!」
横に置いてある槍の石突きで、咄嗟に剣の腹を叩く蘭丸。
ルードリヒの部下はその勢いで身体が横へ泳ぐと、回転しながら横斬りをしてきた。
「ハッ!槍が使えるエルフか。斬り甲斐がありそうだ」
「お前には負けたくないな」
馬車から距離を取り、槍を構え直す蘭丸。
蘭丸が抜けて一人になったハクトは、ブツブツと言いながら食料を載せ替えていた。
「なかなかやるな」
高速の突きを避けながら、軽口を叩く部下。
だが蘭丸も、まだ底を見せていない。
「今度はこっちの番だ」
両手から片手に剣を持ち替え、空いた手にナイフを持った。
ナイフで槍の軌道を逸らし、剣で蘭丸を狙う。
そんな動きが続いていたが、段々と蘭丸が押されていく。
「多少槍は上手いが、所詮はエルフ。剣の腕で負けるわけがないんだよ!」
蘭丸の槍が、ナイフで大きく上に跳ね上がられた。
ナイフを落とし、両手に持ち替えた剣で斬りかかる。
「もらった!」
万事休すかと思われたが、蘭丸の顔には余裕があった。
少し口角が上がったかと思うと、部下は大きく後ろへと吹き飛び、地面を転がっていく。
「な、何が起きた・・・」
腹を押さえながら起き上がると、自分が何をされたか尋ねてきた。
「お前、馬鹿だな。俺はエルフだって、お前が自分で言ったんだぞ」
「・・・魔法か!」
「はい、正解」
再び同じ魔法を奴に向かって放ったが、流石にそれは避けられた。
「俺はエルフだ。獣人とは違って身体強化をしても、ヒト族より強くなる程度だと理解している。多分、召喚者には力では敵わないだろうな。だからこそ、自分の戦い方をしなければならない!それに俺は一人じゃない」
蘭丸のスピードが一気に上がった。
不意を突かれた男は、槍で右腕の二の腕辺りを貫かれる。
「がああ!!」
「身体強化してもたかが知れているかもしれないが、支援魔法まで使えば、ヒト族より大幅に身体能力が高くなるんだよ」
蘭丸はハクトに、親指を立てて見せた。
ハクトもそれを見て、笑顔で答える。
【なるほど。あのブツブツ言ってたのは文句じゃなくて、支援魔法を唱えていたんだな】
僕も文句だと思ってたけど。
よくよく考えてみれば、ハクトが戦いで抜けた蘭丸に文句を言うはずが無いんだよね。
冷静に考えれば、すぐに分かる事だった。
「俺の勝ちだな」
「クソッ!」
腕を押さえながら、ルードリヒの下へ戻る部下。
蘭丸の完勝だった。
「食料分け終わったよ」
「じゃ、この壁を戻すから。どうぞ、王都軍へ降って下さい」
「・・・後で吠え面をかいても知らんぞ」
ルードリヒの指示で、黒騎士の後ろを住民が少しずつ出ていく。
だが、一部の住民が残ると言い出した。
ルードリヒが最後の通告をしたが、それでも残ると言い張る。
「お前達の命は、残りわずかになるかもしれんが、それでも良いんだな?」
「ハイ!こんなイケメン、王都に行ったって会えるわけがないもの。私達は彼と一緒に行動します!」