フランジシュタットの選択
セードルフという敵の指揮官が、二万の兵を率いているらしい。
そして厄介そうなのは、召喚者が二人居るという事だ。
まず間違いなく、この戦力では勝てないと思われる。
どうやって街の中に入ろうか迷っていると、抜け道があると彼女は言う。
しかし大人数は難しそうという事なので、二手に分かれる事にした。
抜け道を通っていると、彼女はある事を思い出した。
最後にロープでよじ登るという作業が待っている事を。
セーラー服等のスカート姿で、流石にそれはいただけない。
本人が喜んで登るなら、僕達もそういう目で見る事は出来るが、我慢しますと言うならやり方はあるんでね。
そんな中、振り返り暗い道を眺める秀吉。
彼は捕らえられていた時の事を思い出したらしい。
こんな暗い所にずっと居たのかと思うと、ゾッとした。
街の中に入ると、住民らしき人に声を掛けられた。
魔王という事は内緒で。
彼女に念を押して領主が居るロゼの家に行くと、そこは大きな家が建っていた。
兵士がひっきりなしに出入りしているが、彼女の父は領主でありシュバルツリッターの隊長も兼任していると言った。
そして領主に会いに部屋に入ると、開口一番で彼女は僕が魔王だと告げるのだった。
オイィィィ!!
お前の頭は穴だらけなのか?
さっき内緒にしとけって言ったよな?
すぐに約束破ってくれるじゃんかよ。
「えーと、ロゼさん。さっきの話、聞いてました?」
「はい?あぁ、内緒にという話ですね。大丈夫です。ここには父とその配下しか居ませんので」
「いや、そういう意味でなくて」
「父上、彼が魔王だという事は他言無用でお願いします。じゃないと、私達の命が無いです」
「お前、何言ってくれちゃってるわけ!?」
何この子、ちょっと怖い。
勝手に自分で暴露しておいて、約束破ったら命は無いとか。
僕、一言もそんな事言ってないし。
「そうですか。シュバルツの名にかけて、他言しないと約束しましょう。お前達!」
「同じく誓います」
「は、ハァ・・・」
「それで、どの方が魔王様なのですか?」
既に彼の中で、魔王っぽいのは秀吉だと思い込んでいるようだ。
視線の先が、秀吉か蘭丸かといった感じだ。
明らかにミニ太田と僕は論外扱い。
ハクトと半兵衛は見た感じで、違うかなと思っているんだろう。
「この方が魔王様です」
「そうですか。えっ!?」
秀吉の方へ手を差し伸べて近寄ろうとした矢先、僕が魔王だと言われて戸惑っている。
「はじめまして領主殿。僕の名は阿久野。魔王をやっている者です」
「悪の魔王!聞いた事がある。帝国軍を蹂躙した悪魔だと」
こんな可愛い見た目で、誰が悪魔じゃい!
なんか段々と、風評被害が酷くなっている気がする。
「ハハッ!根も葉もない噂ですな。僕はこんな可愛らしい見た目で、悪魔なんて程遠いですよ」
「そ、そうですね。申し遅れました。私はロゼの父でフランジシュタット領の領主を務めている、アデルモ・フォン・シュバルツです」
彼と握手をすると、なるほどと思ってしまった。
明らかに武人の手なのだ。
又左や慶次達と握手している感じに近かった。
あそこまで毛むくじゃらではないけど。
「フランジシュタットに住む魔族を、受け入れてくれるという事ですが。誠に感謝します」
「それなんですけど」
「そんな畏まった話し方でなくても良いですよ」
「あ、そうですか?では失礼して」
「貴方と話していると、子供と会話しているとは思えないのでね」
中身は全くの別物なので、そう思うのも当たり前です。
ここまでは挨拶という形だが、次からは本題だ。
彼の本心を確かめないといけない。
「先に確認しておきたい事がある」
「何でしょう?」
「全ての魔族を街から脱出させた後、どうするつもりしてるの?アデルモさん、貴方わざと捕まろうとしてない?」
「何故そんな事を?」
「魔族を脱出させた後、ヒト族の住民は残るよね?その人達の安全を守る為、領主が全責任を負うつもりだと思ったんだけど」
「そうですか。参ったな。流石は魔王様。考えがお見通しだ」
軽く流して笑ってはいるが、おそらくは重い罰が降るはず。
それでも魔族を守ろうとしてくれる彼を、僕達は見捨てたくはない。
「ハッキリと言っておこう。その考えは甘い!」
「甘い、ですか」
「まず一つ。貴方が自首したとしても、必ずしも住民が守られるとは言い切れない。同じ街に住んでいた魔族を逃した、共謀罪とでも言うのかな?そういう事で罰せられる可能性もあるよね」
「私が脅して、やらせたと言えば良いでしょう」
「次、貴方が居なくなった街を治める人が居ない」
「私が娘を、後継者指名しておけば良いのでは?もしくはシュバルツリッターの中から、優秀な者を選びますが」
「それね、多分無理。まず、反逆した領主の娘なんか信用されない。それと同じ理由で、反逆者が指揮していた騎士隊から選ばれるはずもない」
「なるほど」
彼はある程度の予想はしていたっぽいな。
僕の言葉を聞いても、あまり驚いた様子は無い。
「ちなみに唯一ありそうなのは、貴方の娘さん。ロゼとの政略結婚だと思う。それもお飾り的な男が選ばれるだろうね」
「・・・なるほど」
これは考えていなかったらしい。
明らかに声が違う。
「僕の想像する最悪のシナリオは、無能な男との政略結婚により、王都の言いなりになる事。そして反逆者を出したという理由から、重税が課される事。魔族を匿うような住民は同罪みたいな理由でね。こうなる頃には貴方は居ない。それでも良いのかな?」
顔色が変わったな。
フランジシュタットは王都から遠い。
今の帝国の在り方が以前と違う事を、そこまで重く受け止めていなかったんだろう。
「ど、どうすれば良いと思いますか?」
「そこで貴方に相談だ」
「相談?」
フランジシュタットの人々、分け隔てなく全員を助ける。
そう、ここからが本題なのだ。
「貴方はフランジシュタットという街と住民、どちらを取りますか?」
「どういう意味ですかな?」
「魔族を逃した後に自首をすれば、フランジシュタットという街自体は残る。だけど、残された人々に何が起きるかは分からない」
「住民を選ぶというのは?」
「フランジシュタットという街を捨てて、魔族もヒト族も全員で逃げる」
「馬鹿な!そんな事出来るわけが」
「出来る!」
と思う。
チラッと半兵衛を見たけど、うん。
自信はありそうな顔をしている。
「しかし、もし住民全員で街を捨てたとしよう。その後、我々は何処へ行けば良いのですか?」
「安土に来ても良いし、他の都市に行っても良い」
「魔族が我々を受け入れると?」
「全ての都市で受け入れてくれるかは、僕にも正直分からない。若狭とか上野、それに長浜はヒト族の商人だって来る。移住するヒト族が出ても、大丈夫じゃないかな?それと・・・」
僕はアデルモの耳元に口を持っていき、とある重要な事を話した。
「バスティアン陛下、今は安土に住んでるよ」
「えっ!?」
「ハッハッハ!初めて素の顔をしたね」
驚く彼に人差し指を口に当てて、内緒だと伝えた。
まさかという顔をしていたが、僕の顔を見てからは呆れたような顔で頷いた。
「・・・少し時間を頂いてもよろしいですか?私の一存で決める事ではないと思うので」
「そうだね。住民にも選択権はある。フランジシュタットから離れたくない人も居るだろうし、話し合いはするべきだと思うよ」
「ありがとうございます。なるべく早く終わらせますので」
部屋から出ると、アデルモは黒騎士の一人に指示を出した。
どうやら街の広場に、住民全員を集めるらしい。
「夕刻に、この街の存亡に関わる重要な話をする。必ず集まるように伝えて回れ」
彼の一言で走り出す黒騎士達。
外を見ると、一斉に四方へ散らばっていった。
確かに通常の帝国兵より、動きに無駄が無い。
「それじゃ、僕達は話し合いが終わるまでは休もうか」
「私の家でお休み下さい。ロゼ、案内して差し上げなさい」
「はい。では、行きましょう」
ロゼはエタの手を握り、部屋を後にした。
「こちらです」
「お邪魔します」
うーん、何だろう。
あんまり領主の家っぽくない。
もっと貴族って感じの大きな家かと思ったが、一般の家より少し大きいくらいで質素な造りだった。
「あまり貴族の家らしくないでしょう?」
「え?あぁ、そうなのかな?」
「ハッキリ言って良いですよ」
「というか、帝国の貴族の家なんか行った事無いし、知らないから」
「それもそうですね。でも魔族の領主様と比べたら、分かるんじゃないですか?」
奴等の場合、城だからな。
それを知らないから言っているんだろうけど、比べたらちょっと可哀想だ。
「とりあえず僕達はここで休憩」
「話し合いには参加しないのか?」
「彼等の事は彼等が決めるべきだろう。僕達が行ったら、話しづらい事もあるはず」
蘭丸や秀吉、半兵衛は、どうやらその話し合いが気になるらしい。
太田やハクトは早々に目を閉じている。
「それじゃ申し訳ありませんが、私も広場に行ってきます。エタはここで魔王様達と居なさい」
数時間後、僕もうたた寝をしていた頃に扉が開いた。
開いたのは半兵衛だった。
「どうやら結果が出たようです」
「お休み中に申し訳ない。早く伝えなくてはと思いまして」
半兵衛の後ろには、アデルモとロゼが控えていた。
どうやら今後の事についての話し合いが、終わったらしい。
「それで、どうする事になった?」
「半分に分かれました。と言っても、分かれたのはヒト族がという事です」
「というと?」
「魔族は全員、魔族の都市や領へ行く事を決断しました」
それは当然だろう。
自分達の住みやすい場所は、魔族領なんだから。
「ヒト族の住民に関しては、領主である私と一緒に、安土方面へ向かいます」
「それで、残る人達は?」
「このまま王都軍へ降ります。流石に領主を見限った住民を、手荒く扱うとは思えませんから」
確かに今なら大丈夫な気もする。
というより、まだ抵抗を続けているこのタイミングしかないと思う。
「それで、今後はどうなるのかな?」
「降るなら早い方が良い。なので今夜にでも門を開けて、私から逃げ出してきたという体で向こうに行ってもらいます」
「ちなみにちょっと確認だけど、僕達が通った抜け道は住民全員が知ってるの?」
「全員ではないですが、知ってる人は知ってます」
うーん、あの道を今後使うのは難しいかな。
「魔王様、大丈夫です。作戦に支障はありません」
僕の考えを理解したのか、半兵衛からの一言があった。
「半兵衛が言うなら安心だ」
「ちょっと待って下さい!そんな簡単に決めて良いんですか?」
秀吉が異論を唱えてきた。
彼は半兵衛の凄さを知らない。
だからこうやって言ってきたのだろう。
てもそれは、彼なりの心配があるからだと分かるし、咎める事は出来ない。
「安心して下さい。半兵衛ですよ」
「全く意味が分かりませんが」
僕のちょっとした、一発ギャグアレンジが通用しないだと!?
というより、軽くキレ気味だな。
「王都軍へ降る人が街から出ていったら、詳しく話をしよう。外に出る人達の耳が何処にあるか、分からないからね。下手な場所から作戦が漏れるのはよろしくない」
僕の言った事に、皆同意している。
これはフランジシュタットだけでなく、僕達の命にも関わる事だ。
数の暴力の前には、魔力が切れたら魔族はひとたまりもないのだから。
「では、もう少しここで待機していて下さい。まずは降る連中を王都軍の方へ向かわせますので」
「承知した。ん?外が騒がしくないか?」
「少々お待ちを」
アデルモが部屋から出ようとすると、黒騎士が慌ててアデルモ宅の扉を叩いていた。
「どうした?」
「お休みのところすいません!王都軍へ降る連中が、食料を強奪して門を勝手に開けて出て行きました!」
「何だと!?ただの住民が、何故そんな事が出来る!?」
そしてアデルモは顔色が一瞬で真っ青になる一言を言われた。
「副長が裏切りました!一番隊の複数人を引き連れ、犯行に及んだ模様です」