牛の一族
生き残ったのか隠れていたのか、それとも逃げてきたのか。
どうやらこの人だけが、この集落の残っているミノタウロスのようだ。
眼鏡を掛けていて、ちょっと知的な雰囲気がある。
なんか想像していたミノタウロスらしくないな。
「もしかしたら追手がいるかもしれない。ハクト、様子を探ってみてくれ」
蘭丸は魔法で水を出しながら、ハクトに注意を呼び掛けた。
ちなみに僕は、木をコップに作り変えたりしている。
勢いよく水を口にしているが、コップの中身を飲み干した後、全く予想だにしない言葉が出てきた。
「はぁ、落ち着きました。ところで皆、何処に行ったのでしょうか?」
「は?」
「え?」
この人、自分の集落の様子に気付いてないだと!?
もしかして、ただの通りすがりか?
「あ!家が燃え落ちてる!どういう事ですか!?あなた達の仕業・・・ではないですよね。こんな事をする人が、水をわざわざ用意する意味が無い」
「えっと、この村の方ですか?」
「はい、ワタクシこの集落でまとめ役をさせていただいております、太田と申します」
まとめ役って、この集落のトップじゃないか!
何でこんなになるまで、分からなかったんだよ!
「私は森成利。皆からは蘭丸と呼ばれています。南のエルフの町から来ました。しかし、太田さんですか。もしかして信長様に命名して頂いた方ですか?」
そういえば、この人には苗字がある。
信長関係の人なのかもしれない
おそらくは太田牛一だろうけど。
「いえ、違います。ワタクシの名前は太田牛一。そう名乗っておりますが、祖先が自分で名乗った名前です」
自称かよ!!
自称するにしても、何処で太田牛一の名前知ったんだ?
「自分で名乗ったって!どういう事ですか!?」
ナイスツッコミだ!
蘭丸!
ハッキリ言って、意味が分からん。
「フッフッフ、聞いてしまいますか!この名前の由来を!」
あ、この人あまり関わっちゃいけない系の人かも。
なんかおかしい時の又左に似ている。
「皆さん、子供の頃に信長様の異世界物語は読んだ事ありますよね?」
異世界物語?
何だそりゃ?
勿論と言われても、僕はそんな物知らんがな。
「あのおとぎ話ですよね?この世界の魔族は皆知ってますよ」
ハクトくん、皆は知らない。
少なくとも、キミの横に居る僕は知らないから。
「そう!誰もが知っている、あの信長公記です!皆さんは話自体知っているとは思いますが、あの物語の作者の事はあまり知りませんよね」
信長公記っておとぎ話になってるの!?
つーか、どうやってこの世界に広まったんだ!?
「ハイ!太田さん、質問です。信長公記はどのようにしてこの世界に広まったか、ご存じなんですか?」
「なるほど。キミは目の付け所が良いですね。素晴らしい魔王信奉者になれる逸材ですよ!」
魔王信奉者って・・・。
そうです、私が魔王です。
って言ったら、この人どういう反応するんだろう。
「ありがとうございます。そこまで深くは考えてなかったのですが」
「さて、質問にお答えしましょう。皆さんは寺子屋に勿論通われていましたよね?特に素晴らしい質問をしたキミは、今も通っているでしょう。この寺子屋、創始者が信長様と同じ異世界人だという事はご存知ですか?」
「え!?そうなんですか?それは知らなかったな」
珍しくあの蘭丸が、良いリアクションしてくれちゃってますね。
それほど知られていない事実だったのかな。
「良い反応ですね。そして創始者の彼ですが、名前は残っておりません。だからこそ、あまり世に知られていない話なのですが。その彼がこの世界に持ち寄った物がいくつかあります。その一つが信長公記です」
なるほどね。
という事は、信長死後の江戸時代に、見入らぬ誰かがこの世界にやってきているという話になるのか。
信長は何度も聞いてるから置いといて、それでも今のこの時代以外に転移者が存在していたとはね。
僕からしたら、衝撃の事実ってヤツだろう。
「そしてその信長公記の作者が、太田牛一だったという事ですよね。そして何故その名前を使ったのですか?」
「!?キミは本当に鋭いね!何故信長公記の作者が、太田牛一だと分かったのかな?素晴らしい逸材だよ!」
全く嬉しくないな。
興奮して、質問に答えてくれてないし。
「あぁ、ゴメン。何故太田を名乗ったかだったね。私の祖先は、この信長公記を持ってきた異世界人と会っていてね。その時に異世界で信長様の伝記を書いたとされる太田殿の事を聞き、こう思ったそうです。異世界の牛はなんと素晴らしい人物なのだ!、とね」
ツッコミどころ満載だな!
まず牛ではなく人である。
それにその伝記、かなり誇張されていると言われているからね。
あ、だからおとぎ話として扱われてるのか。
なんか納得出来た。
「そして、ワタクシの祖先はこう思ったのです。いつかワタクシ達も、この世界での信長公記を書こうと!」
「でもその頃には信長様は亡くなっていますよね?それ以降の魔王様の伝記を、書こうとはしなかったのですか?」
たしかに蘭丸の言う通りだな。
魔王公記を書きたいのであれば、信長の息子や孫を題材にして書けばよかったのに。
「今言われた事はごもっともなんですが、実は当時のミノタウロスは、字の読み書きが出来なかったのです・・・。あの頃はヒト族が再び国を興し、また世が乱れ始めていました。なので力こそが正義だった我が祖先は、信長公記を読む為に字の勉強を始めたと聞いております」
何か間違った方向に努力している気がしないでもないが、あながち笑える話でもないか。
外国人の彼女が欲しいから、英語で話せるようになったって話があるくらいだしなぁ。
力が正義だった者が、信長公記の為に勉強して本を書こうとする。
虚仮の一念岩をも通すってヤツなのかもしれない。
「話を聞く限り、ご先祖様は素晴らしい信念を持った方だったようですね。俺も感動しました!」
蘭丸はこの話にとても感動している。
コイツはなんだかんだで、努力友情勝利が好きだからな。
感化されてもおかしくない。
「分かってくれるかね!?そして我が一族はこれ以降、いつでも魔王様の伝記が書けるよう、達筆である事が長の役割となったのです」
「でもそれなら、先代の魔王が帝国と戦った時に伝記書けたんじゃないですか?しかもミノタウロスほどの種族なら、力が全ての先代魔王から重用されたと思うんですけど」
「それはですね、ちょっと言い辛いというか。ワタクシもそのつもりで魔王様の所に馳せ参じたのですが・・・追い返されちゃいました」
「はぁ?」
これには三人ともビックリした。
だってミノタウロスと言えば、身体能力だけでなら獣人の中でもトップクラスである。
それを断るなら余程の理由があるはずだ。
「何故追い返されたんですか?何か特別な理由が無いと、そんな事言われないと思うんですが」
「実は種族全体で読み書きの練習を主に取り入れている為か、身体を鍛えるという事を怠っていまして・・・。下っ腹が出ていたのを見て、帰れと言われました」
何とも馬鹿らしい理由だ。
確かに戦闘についてくるなら、それなりに身体を鍛えておかないと。
僕だって下っ腹の出たメタボウロスなんか、お断りすると思う。
人数で負けてるのに、わざわざ足手まといを連れていけるほど余裕は無いから。
そして今も・・・
「その腹じゃあ、戦闘についていくのは大変そうですよね。先代魔王の判断も間違っていないと思います」
「それを言われると、グゥの音も出ないですね。今では筋力トレーニングも書道の合間に取り入れてます。一日に腕立て腹筋を十回ずつやるように」
全然足らんわ!
一日でその回数って、やるのに3分もかからないんじゃないか?
「貴方の事は分かりました。しかし何故、貴方だけが此処に残っているのでしょうか?」
「貴方だけ?家は燃えているし、皆は何処に行ったのでしょう?火事で避難でもしたのかな?」
この人、かなり間が抜けているとしか言いようがない。
正直、話が噛み合わないし。
ハクトが小声で話しかけてきた。
「この人、本当に大丈夫?自分の集落がこんなになっても分かってないって、異常じゃない?」
「なあ、この人、もしかして何も知らないんじゃないか?」
蘭丸が変な事言い出した。
でも、帝国の事も何も知らないとなると、辻褄は合う気もする。
「太田さん、帝国の王子が魔王を名乗った事とか知ってます?」
「え!?新しい魔王様が誕生したんですか!?これはワタクシも伺わなくては!」
やっぱり何も知らんかったか。
とりあえず、僕等が知っている事だけは伝えないと。
「なんと!そのような事が!しかし魔王様が魔族を虐げるなど、そんな事は許容出来ませんな!しかも魔王を騙るなど、帝国許すまじ!ワタクシ、帝国に抗議いたしますぞ!」
「許せないのは分かるんだけど、その前に此処の人達を助ける事を考えましょうよ?」
「そ、そうですな。しかし何処に連れていかれたのやら・・・」
ミノタウロスって身内意識が薄いのか?
今、絶対忘れてただろ!?
「帝国としては魔族を戦争の道具に使うつもりです。もし何処かへ行くのであれば、近くの魔族の住処になるでしょう。この辺りで他の部族が集まっている心当たりはありますか?」
「此処から東に行けば、オーガの町があります。徒歩で行けば数日で着きますが、うちの者を連れて歩いてるなら、もっと時間掛かってると思いますよ?」
「大人数で移動だと時間掛かるからか。今から行けば追いつけるかもな」
「そんな理由じゃなくて。単純にワタクシ達、体力無いですから」
なんて悲しい理由だ・・・。
運動部でもなかった僕が言うのもなんだけど、もっと身体動かせよ!
「ところで思ったんだけど、太田さんだけ助かったのは何故?」
「それは多分、私の書斎が分からなかっただけでしょう。この岩を動かすと、中が洞窟になってます。洞窟の上から日の光が入るので、明かりも万全!誰にも邪魔されずに、書物の読み書きに没頭出来るというわけです!」
何でそんなに自慢げなんだ。
と思ったが、自慢したい気持ちが分かる作りだった。
中を見せてもらうと、ちょっとした隠れ家みたいになっている。
何かの獣の革を敷物にして、大きめの黒く平たい石に足となる木で支えられている。
夜でも作業できるように、ちょっとした和紙で覆われている間接照明がおしゃれだ。
奥の瓶には本来は水が入っているのだろう。
これは凄いな!
此処に冷蔵庫やパソコンとゲーム等の電化製品があれば、正直な話僕が住みたい。
堕落できる空間とはこの事だろう。
彼からしたら読み書きに励むべき部屋だから、そんな事言ったら怒るだろうけど。
「しかし没頭し過ぎて、よく飲食を忘れがちなんですよね。最近誰も食事を届けてくれないと思ってたら、誰も居なかったと。水も無くなってすっかり力が入らなくて、自分で岩が動かせなくなるとは思わなかったですよ。最後の力を振り絞って岩を動かし、外まで出たのは良かったのですが。そこで力尽きて倒れてしまい、うっかり餓死しかけてしまいました」
太田うっかりみたいな顔してるけど、可愛くないからな。
ホント、口に出してやろうかと言ってやろうと思うくらい、イラっとした。
「今度から保存食を準備しておこうと思います!」
「その前に助けに行くんだろ!」
「あ、そうでした。皆、無事かなぁ」
コイツ、また忘れてただろ!
自分と魔王以外に興味無いんじゃないか?
「東のオーガは分かったが、他にこの周辺に住んでいる連中は分かるか?」
「そうですねぇ。どれくらいかかるかはハッキリと言えませんが、もっと北に行くと、ラットマンと呼ばれる鼠の獣人の種族が居られます。此処は信長様の頭脳としても有名な、あの木下様の末裔が治められる都市があります。一度だけ行った事ありますが、ヒト族にも劣らないと言われる大きな都でした」
そうか、更に北に行くと木下領。
その西に滝川領があるって事かな?
もう一度行きたいとかブツブツ言ってるけど、また仲間の事を忘れてそうだ。
「今日は此処で一晩過ごし、明日の朝に東に向かう事にしよう。太田さんも運が良いな。今日から伝記書けるぞ?」
「え?」
おい!余計なこと言うな!
こんな人について回られたら、ぶっちゃけ迷惑だ!
「アレ?自己紹介って、俺しかしてないのか。こっちは因幡。彼の祖先は信長様から名前をもらっている。最近、下の名前を改名したがな」
「おぉ!いいなー!いいなー!信長様から名前頂けるとか、超羨ましい!ところで信長様から頂いた名前を改名したとは、如何なる了見で?」
ちょっと女子高生みたいなノリで言った後、信長からの名前を改名した話で急に険悪な空気を持ってきた。
やっぱこの人、又左タイプだわ。
「下の名前を新しい魔王様にもらったんですよ。今は因幡白兎と申します」
「な、なにぃぃぃ!!!!新しい魔王様だって!?あ、急に大きな声出したら、お腹が減って気持ち悪い・・・。それよりも新しい魔王って、先程の話に出た帝国の王子とは別人ですよね?」
「それは当たり前です!隣の阿久野くんが魔王様ですよ」
「あ、阿久野です。魔王やってます。どうも」
「はえ?」
ほら、こういう反応になった。
太田さん、理解が追い付かず素っ頓狂な声出しちゃってるじゃんかよ。
これで又左に続く変な人が増えたら、俺嫌だよ。
「・・・ハッ!?ちょっと何言ってるか分からなかった!えーと、この魔王信奉者の逸材くんが、魔王様だと?」
2人とも頷く。
顔を青褪めさせる太田さんは、俺に向かってジャンピング土下座を敢行した。
「まことに!まことに申し訳ありません!不肖、この太田!腹を切れと言われれば切る所存!しかし!しかしながら、私に信長公記に続く魔王様の伝記を!何卒、何卒書いてから腹を切らせてくださいませ!」
前の世界ですら見た事の無いジャンピング土下座に続き、切腹まで見せようとするとは。
許すも何も怒ってないんだけど。
勘違いで腹を切られても困るし、さっさと誤解を解こう。
「別に切腹なんかしなくていいですよ。怒ってないですから。伝記に関しては、ちょっと保留だけど」
「え!?何故書いては駄目なんでしょう?ワタクシの生涯を懸けた力作にするつもりですが」
足手まといになりそうとは言えない。
断る理由も考えないとな。
「とにかく今は保留です。まずはミノタウロス達を助けてから、考えます」
「我が一族を最優先にと!?なんとお優しい御心!一生ついていきます!」
「ついてくるな!」
あ、言っちゃった・・・。