帝国のお嬢様
突然現れた女は、盗賊に追われていた。
何処から来たのかと聞いても、女も盗賊も答えてくれなかった。
僕も金になると言って、連れ去ろうと考えているらしい。
追いついたラコーンの情報により、この連中は帝国でも有名な盗賊だと分かった。
仲間を呼び数の上では優勢な盗賊の頭は、強気な姿勢を崩さなかった。
そして前魔王が帝国に負けた事を引き合いに出した彼は、こちらの魔族全員を敵にしたのだった。
一方的に倒した結果、盗賊の頭を捕まえる事に成功。
僕の深爪の刑を難なくクリアした奴は、あろう事か僕を馬鹿呼ばわりした。
それに静かな怒りを露わにする太田。
バルディッシュで毛髪をバッサリと切り、次はもう少し下を薙ぐと脅していた。
慌てて答え始めた盗賊の頭。
彼女達は帝国のとある領主の娘だという。
彼等が上野国という魔族の領内に入った理由は、彼女達を捕まえて領主への身代金要求が目的では無かったようだ。
彼等の本当の目的、それは帝国の誰かの依頼による誘拐だった。
どういう事?
帝国の領主の娘が、帝国の兵士に狙われる?
帝国兵の後ろのには誰かが居るにしろ、これは結構複雑なのでは。
彼女を見ると、ハッとした顔でお礼を言ってきた。
「あまりに予想外の展開で、ボーッとしてしまいました。助けてもらったのに、お礼も言わずに申し訳ありません!」
「あー、それは良いけど」
「良くないです!申し遅れました。私はドルトクーゼン帝国フランジシュタット領主アデルモ・フォン・シュバルツの子、ロゼです」
「これはご丁寧にどうも」
まさか貴族の娘とは。
しかも帝国の領主の娘だと、お嬢様って事だよな。
何故、狙われているんだろう?
「ところで話を戻すけど、この盗賊の話を聞いて、身に覚えがあったりする?」
「はい!」
自分が狙われている理由、分かってるんだ。
じゃあ上野国の領内に入ってきたのも、偶然じゃなさそうだな。
「なるほど。じゃあこの盗賊の頭に、もう用は無いね?」
「え?ちょっと待て!まさか!?」
「太田」
「うわー!殺さないでくれぇ!」
太田はバルディッシュを振り下ろした。
盗賊の頭のすぐ横に。
そして縛っていた縄を解き、彼を自由にさせた。
「これで晴れて自由な身だな」
「な、何だよ。脅かすなよ」
「じゃ、アンタ達に用は無い。さっさと消えなさい」
「は?武器は?」
そう。
いつものように彼等には渡す物など無い。
だが、コイツ等は特別だ。
僕が直々に武器を用意してやろう。
「えーと、あった。これで良いか」
ちょっと離れた茂みに折れた尖った枝が落ちている。
それを拾って手渡した。
「何だこれ?」
「新しい武器だよ。見て分からない?」
「ただの枝じゃねーか!」
「ただの枝ではない。尖った枝だ」
「変わらねーよ!お前バカか!?」
あ・・・。
太田、再始動しました。
右手でロングフックを打ちかました。
「いってーな!」
「咄嗟に腕を間に入れましたか。だが次は無い。これ以上無礼を働くなら、殺しますよ」
太田の真顔の殺人予告に、彼は押し黙った。
「一つだけ言っておくわ。お前達、盗賊になって人を殺した事もあるんだろ?だったら逆の立場になる事も覚悟しているよな?」
「それは生きる為に仕方なく・・・」
「じゃあ生きる為に、枝で生き残れよ。武器を用意してやっただけありがたく思え。正直盗賊なんか、百害あって一利無しだ。死んだところで誰も悲しまないからな」
「ちょっと待てよ!」
「まだ何かあるのか?」
「せめて食料だけでも・・・」
「だから、お前も馬鹿だなぁ。お前達が死んでも、僕達は誰も困らない。それに悲しまない。むしろお前達の犠牲者の家族や友人、知り合いは喜ぶだろう。ハッキリ言って、死んでも良いんだわ」
ここまでハッキリ言えば、奴等も何が言いたいか分かるだろう。
ぶっちゃけ、生き残れる確率なんか一桁くらいだ。
森の中で何も持たずに居るなんて、死刑宣告しているのと同じなのである。
そう、要は手を汚さずに死ねと言っているのだ。
「それじゃキミ達、自分達の犯した罪を悔いながら、頑張って生き残ってくれたまえ。じゃあね〜」
「このクソガキが!帝国にやられて死んでしまえ!」
悪態を吐いているが、もはや僕にはどうでも良かった。
太田はどうしますか?と聞いてきたが、どうせ死ぬんだから何もしなくても良いだろうと伝えて、その場を離れたのだった。
盗賊と別れた後、今はロゼから話を聞きながら長浜方面へと再度進んでいる。
「あの〜、アレで良かったのでしょうか?」
「良いの良いの。どうせ見逃しても、また盗賊としてやっていくだけなんだから。だったら魔物のエサにでもなった方が役に立つってもんだよ」
「は、はぁ・・・」
不思議そうな顔をしているが、よく見ると結構美人だ。
キルシェよりかはちょっと幼く見えるが、これくらいなら結婚相手は引く手数多だろう。
そんな事より、彼女達の状況を聞かなくてはいけないな。
「それでロゼさん」
「ロゼで結構です」
「じゃあロゼ。何故上野国の領内に来たのかな?」
「あ!お願いします!私達を助けて下さい!」
「えーと、妹じゃなくて?」
「父と母。そしてフランジシュタット領を、助けてもらえませんか!?」
え・・・。
領を助けるとな?
ちょっと話が大きいぞ。
これはマズイ。
厄介事の予感しかしない。
僕だけじゃキャパオーバーになるのは、既に分かり切っている。
だからこそ、頼れる人物を紹介しようじゃあないか!
「半兵衛!ちょっと!」
「はい」
「彼女の話を聞いて、どう思う?」
「そうですね。ちょっと分かりかねます」
そりゃ助けてしか言われてないもんな。
当たり前だわ。
「詳しく聞いても良いかな?」
「フランジシュタットは帝国の中でも、辺境にあります。帝国というよりは、魔族領の方が近いくらいです」
「ふむふむ。じゃあ魔族とバチバチやり合ったりしてるって事?」
「いえ、逆です。フランジシュタットには、魔族も住んでいます」
「えっ!?揉めるんじゃないの?」
「全く。持ちつ持たれつの関係というか、普通に隣人ですね」
なんと!
安土以外にも、普通に暮らしている街があったとは。
若狭や厩橋にもヒト族は居たけど、暮らしているというよりは、商人が出入りしていると言った方が正しい。
一言で言えば、お客さんなのである。
「フランジシュタットを助けてほしいというのは?」
「実は先日、帝国の首都から役人という方が来て、魔族を全員引き渡せと言われたのです」
「全員!?犯罪者でもないのに?」
「はい。魔族は利用する物であり、共存するものではないと役人から言われたのです」
バスティが居なくなって、やりたい放題になってきたのかな?
かなりの強硬策だと思う。
「それで、その用件を突っぱねたと?」
「その通りです。そうしたら後日、軍を率いた連中がやって来ました」
「じゃあ、その連中に今襲われているから、助けてくれって事?」
「いえ、その連中は軽くあしらったのです」
「軽く?」
辺境というだけあって、魔物とか多いのかな?
それなら軍が強くてもなんとなく理解出来るけど。
でも、正規兵達を軽く倒せるかな?
ちょっとよく分からない。
「軽くって、どういう事かな?」
「あぁ、帝国ではないから詳しくは知りませんよね。フランジシュタットは帝国の中でも、屈強な軍が存在します。その名もシュバルツリッター。巷では黒騎士と呼ばれているみたいです」
「初めて聞いた。その黒騎士が強くて、来た連中を追い払ったと?」
彼女は頷くと、話の続きを喋り始めた。
「しかしその後、少人数ながらも全く歯が立たない人達が現れたのです」
「少人数?・・・召喚者か!」
「召喚者という方なのかは存じませんが、彼等はそれぞれに異能を持ち、常識的には考えられない戦い方をしてきました」
異能持ちというだけで、もう召喚者に間違いないだろう。
辺境の魔族を捕らえる為に、わざわざ召喚者を使うとは。
帝国も人材豊富なんだな。
「今はまだシュバルツリッター隊のおかげで、なんとか均衡を保っています。でも、それも長く続きません。せめて魔族の人達を逃すだけ為に、お力を貸していただけないでしょうか?」
話は分かった。
魔族をちゃんと隣人として考え、その友を助ける為に帝国と構えたフランジシュタット領。
だけど召喚者のせいで、もうすぐ負けるかもしれない。
負ける前に、フランジシュタットに住んでいる魔族を逃したい。
そういう事か。
【ロゼの父ちゃん、良い人じゃないか!これは助けに行かないと駄目だろ】
確かにね。
でも、この人数で出来る事って限られてる気がするんだけど。
助けに行って返り討ちとか、召喚者の強さ次第では可能性あるよ。
【それを言っていたら、何も行動出来ないじゃないか。まずは助ける事だけを考えよう】
となると、その方法が問題だな。
やはりこういう時は、困った時の半兵衛頼みでしょ。
「半兵衛の意見は?」
「・・・少々ロゼ殿にお聞きしたいのですが」
「何でしょうか?」
「助けるのは、あくまでも魔族でしょうか?」
「その通りです」
「分かりました」
「ちょっと待て!少し引っ掛かる言い方だな」
僕は思わず口を挟んだ。
というのも、何故そんな事を聞くのか。
あくまでも魔族という言葉が、頭の中で引っ掛かったからだ。
「半兵衛の言い方だと、魔族は助けられるが領主達ヒト族の事を考えていないように聞こえたんだけど」
「考えていないわけではないですが、助けられないと思われます」
やっぱり!
多分魔族は逃がせるが、その後の召喚者達との戦いには勝てるか分からないといった感じか。
多分逃した後の事は、深く考えていなかったのだろう。
彼女も言葉を失っている。
「私の考えでは、魔族の方々を逃すのはそこまで難しいとは考えておりません」
「という事は、その後が難しいんだな?」
「その通りです。私が予想するのは、まず帝国に逆らった反逆罪で領主は追放もしくは最悪死刑ですね」
「し、死刑!?」
「最悪です。しかし、それをすんなりと受け入れる方が難しい。そうなるとシュバルツリッターという屈強な戦士が居るフランジシュタットは、まず徹底抗戦に出るでしょう」
「それは僕達も助ければ良いんじゃない?」
「そうですね。それも可能です」
「じゃあ解決じゃないか」
「では、いつまでフランジシュタットに援軍を送られますか?」
あ・・・そういう事か。
【どういう事?】
フランジシュタットは帝国の領だ。
安土の人間をいつまで送り続ける?
連中が攻めてこなければ、無駄飯食らいだって事だよ。
もう侵攻してこないと思って撤退した途端に、今度は大軍を送られる可能性だってある。
要は、持久戦に持ち込まれたら僕達はジリ貧になるって事だ。
【なるほど。いつまでも安土の人を帝国領内に滞在させてても、向こうから攻めてくる口実にもなりそうだな】
そうだね。
僕もそう思う。
だから半兵衛は、魔族だけでフランジシュタットの人って言わなかったんだ。
「ご理解いただけたようですね。ハッキリと申しますと、フランジシュタットを救うのは無理だと思われます」
「半兵衛でも難しいか・・・」
「そんな!では父達は、見殺しにするというのですか!?」
「フランジシュタットは諦めなければなりません」
「そうか諦めなきゃ無理か」
どうにかして助けられないものか。
ん?
フランジシュタットは?
「半兵衛、フランジシュタットは諦めなければならないんだな?」
半兵衛は僕が何を考えているか分かったようだ。
そして、それに気付くのを待っていたかのように、笑顔で答えた。
「その通りです。フランジシュタット領は捨てて、魔族だけではなく、領民全員で退却しましょう」