国民投票
神官ジューダスの行方が分からない。
最初は庇っているだけと思われたのだが、城の関係者に確認しても、誰もその存在すら知らないと言われてしまった。
城の関係者が知らなくても、ブーフなら。
慶次の珍しいアドバイスに僕達は王子二人を連行して砦へ戻った。
久しぶりの三人兄妹のご対面は、とても殺伐としていた。
片や刑罰を待ち、片やその処罰を決める立場。
当たり前である。
そんな彼等と別れブーフに確認をしに行くと、彼はジューダスの事を覚えていた。
彼の話によると、精神魔法の一種である催眠によるものではないかという結論に至った。
不審人物には気を付けようという事で話は終わったが、これは厄介かもしれない。
催眠で味方だった者も敵になり得るという事だ。
本当に気を付けるべきは、こういう人物だろう。
夜になるとキルシェが一人、空を見ているのを見掛けた。
彼女は王子達に死罪、もしくはそれに近い罰を選択したらしい。
だがそれは心からの願いではなく、国民に対する体裁であって本心は生かすくらいはしたいとの事だった。
だから僕は言った。
だったらその国民に聞けば良いと。
「国民に聞く!?そんな事出来ないだろ」
「何故?」
「王政を敷いてきたこのライプスブルクで、そんな前例は無いからだ」
この世界は民主主義国家が少ない。
敢えて言えば、まだ魔族の方がそれに近い事をしている。
それでも魔王なんて存在が居るわけで、王政と言われればそうなのだが。
それでも各領地には、魔王である僕とは関係無い自治権が与えられているし、協力関係と言った方がしっくり来るだろう。
それに対してヒト族は、王政で成り立っている国が多い。
このライプスブルク王国以外にも、ドルトクーゼン帝国もそうだと思われる。
トップのはずの国王バスティが、何故か安土でのほほんと生活しているのはどうかと思うが。
だが、この二つの国は国王や王族の発言権がとても大きい。
これぞ絶対君主制と言った感じだ。
だからこそ違和感がある。
「キルシェは元日本人だろ。それなのにこんな絶対君主制の、しかも王族って立場に戸惑いは感じなかったのか?」
「え?あぁ、最初は感じたかな。生まれて間もない自分に自我があったから、育児に関しても違和感アリアリだったし。それもこの身体で十歳くらいにもなれば、慣れというモノで染まるさ」
なるほど。
僕達も気付くと、魔王という立場に慣れている。
今では敬語を使う相手の方が少ない。
敬語は使うより使われる方が多くなった。
タメ口で話してくるのは、一部の召喚者と王族くらいかな。
おっと、話が逸れてしまった。
「話を戻そう。王政を敷くこの国で、国民投票なんかあり得ないか?」
「多分ね。例えば、明日から国の名前をキルシェ王国に変えるぞ!って言っても、彼等は納得するだろう。それに異を唱えるというのは、不敬に当たると考えているからだ。彼等は重要な事を決断するのは、王族の役目だと思っているからな」
「そうか。難しいか」
王政ってただ偉そうにしてるだけだと思っていたけど、案外難しいのかもしれない。
自分の判断一つで、国の損益が決まってしまう。
キルシェは慣れたと言っていたが、これからその立場になる事にプレッシャーは無いのだろうか?
まあそんな心配はお節介なのかもしれない。
子供の頃からそういう教育を受けているだろうしね。
僕の案は駄目だと思っていたところ、後ろから話を聞いていた男に声を掛けられた。
「それなら、公にやらなければ良いのです」
「半兵衛!?」
「盗み聞きをしてしまい、申し訳ありません」
「それは良い。それで、公にやらなければ良いとは?」
キルシェもその答えが気になるようだ。
というか、僕も気になる。
「公にとは、国主体でやらなければ良いという事です」
「ではどうやるんだ?」
「夜も遅いですし、明日説明しましょう」
眠れんかった。
あの引き延ばし方は、CMに入る前のバラエティー番組並みの嫌らしさだ。
「お、おはよう」
「おはよう」
キルシェも似たような感じか?
いつもより化粧が濃い目な気がする。
目の下のクマでも隠してるんじゃないか?
「おはようございます。さて、昨日の続きをお話ししましょう」
「自分でも考えたのだが、どうにも想像が付かなかった」
「ハハ・・・。僕もだ」
やはり同じだったみたいだな。
それが向こうも分かったからか、欠伸をするのを隠しもしない。
「まず国主体でやらずに、どうやって行うか。それは賭けを行います」
「賭け?何を賭けるつもりだ?」
「王子達の刑罰」
「!?何だそれは!」
キルシェが怒りを露わにした。
そりゃ自分がどうするべきか迷っているのに、それを賭けの対象にしようと言うのだ。
怒るのも無理はない。
「落ち着いて下さい。実際には、賭けという名の投票です」
「・・・ん?」
「まず、国主体でやると国民が混乱する。それならば国主体ではなく、国民主体でやる必要があります。そのやり方を、賭博という手段でやるのです」
「町の酒場や食堂でやるって事?」
「そう!その通りです。言い出しっぺは、潜入させた衛兵程度で良いでしょう。それを段々と大きくしていき、街全体で行います」
「だが、そういう賭けをするのは男だけにならないか?」
「だから女性用にも、賭けの対象を作れば良いのです。例えば、闇市で流れてきたと言って王族御用達の化粧品など如何でしょう?」
「それで、賭けを行なってどうするのだ?」
「その賭けが投票結果です」
「あっ!」
なるほど。
その賭けの人気となる刑罰が、国民から最も支持されている罰という事になるのか。
意外なやり方だけど、なんとなく分からなくもない。
「このやり方は、キルシェ王女がどのような刑罰を与えようとするのか、それを国民が自分達で考えて決めた結果になります。要は王女、貴女の人間性が国民に試されると言っても過言ではありません」
「そうか。私が死罪だと思っているのなら、彼等も死罪を選ぶ。そうでないとなるなら、それは彼等もそう考えているという事か」
「その通りです」
半兵衛の言った案なら、ある程度時間は掛かるが出来ない事もない。
凄い事を考えるものだ。
「・・・どう思う?」
キルシェはこの案が上手くいくか、心配のようだ。
確かに初めての試みだから、そう思うのも仕方ない。
ましてや兄の命が掛かっているからな。
「良いんじゃない?それってさ、キルシェが国民からどう思われてるかで決まるわけだし。十分に勝算はあると思うよ?」
「・・・そうか。私次第か。決まりだな」
「それでは、その準備を進めましょう」
「頼む!それと、コレを半兵衛殿に渡しておこう」
「コレは?」
小さな布の袋を半兵衛に投げると、それを受け取った半兵衛は中身を見た。
すると半兵衛は、珍しくとても良い笑顔になっている。
「糖度が高い最高級の干し葡萄だ。めちゃめちゃ甘いぞ」
「コレ、数が少なくて売ってないんですよね!ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちの方だ。また何かあったら頼むよ」
「ハイ!失礼します!」
半兵衛は布袋を大事そうに持って、部屋から退出して行った。
・・・少し食べてみたい気もする。
「後は結果を待つだけか・・・」
翌日、王国の酒場は賑わいを見せている。
キーファー達から再びキルシェに最高権限が戻り、税率等が軽減された事が理由にある。
だが、それよりも話題になっているのが、やはり賭けの事だった。
「どうだい、おっさん。アンタも一口乗らないか?」
街の至る所に放たれた胴元達。
彼等が城の関係者だとは、誰も気付かなかった。
「うーん、不敬にならないかなぁ?」
「だって二人とも、もう王族じゃないみたいだぜ?キルシェ王女様がそう御触れを出したんだ。不敬にはならないだろ」
「そうか。それもそうだな。しかし、王女様は彼等をどうするか。難しいなぁ・・・。なぁ、何が人気なんだ?」
「それは言えねぇよ。人気が偏っちまったら、面白くないだろう?おっさんならどうするか、それで決めた方が良いんじゃないか?」
「俺ならどうするか。・・・やっぱりこれかな」
「へへ!なるほどね。それじゃ勝ったら、またここに来てくれ。アンタに勝ち分渡すからよ」
「分かった。楽しみにしておくよ」
このようなやり取りが、街の様々な所で行われた。
最初は、城から不謹慎だという声が出るのでは?という心配もあったからか、参加者は少なかった。
しかし、衛兵の格好をした者が参加したと分かり、街の中で一気に広がりを見せたのだった。
賭けが始まって数週間。
統計も終わり、とうとう結果が出たとキルシェに報告が来た。
「おそらくは、これ以上増えても結果が覆る事は無いと思われます」
「そうですか。それでは結果を見せて下さい」
彼女がその結果が書かれた紙を受け取ると、覚悟を決めたのか、その目を開けた。
「なっ!?」
「どうだった!?」
向かいの席に座っていた僕は、その紙の内容が見えていない。
気になったのだが、やはり最初に見るべきは彼女なのだ。
「断トツだった」
「何が?オッズ二倍以下みたいな感じ?」
「あぁ・・・」
見終わった紙を僕に差し出すと、彼女はふさぎ込んでしまった。
「ん?おおっ!凄いじゃん!」
「どうでしたか?」
「こんな感じ」
紙を半兵衛にも手渡すと、やっぱりというような顔で納得している。
「追放処分ですか。命だけは取らずに済んで、良かったんじゃないでしょうか」
「う、うわあぁぁ!!」
「ど、どうした!?」
「良かった!本当に良かったよおぉぉ!!」
溜まっていたものが溢れた瞬間だった。
彼女はそのまま泣き続け、落ち着いた頃になると、泣き顔を見られた事を後悔するのだった。
「お前等、絶対に言いふらすなよ!」
「さあ?それは気分次第だな」
「そんな事したら、魔王に手篭めにされたとか、ある事ない事言いふらす」
「ふざけんなよ!」
「言わなきゃいいだけだ」
ムカつくが、言うつもりも無いし別に良いかと思った。
半兵衛も元からそのつもりみたいだし、問題無いだろう。
二人が言わないと了解すると、彼女はポツポツと話を始めた。
「・・・あんな性格になっても、子供の頃は仲良かったんだ。中身がおっさんの俺からしたら、ガキが何言ってんだって感じだったけど、それでも童心に帰った気がして楽しかった」
僕と半兵衛はその話を静かに聞いた。
「いつからか話が合わなくなった。俺も自分の知識を活かそうとして浮いてしまったし、兄達も長年の演技に入ってしまったんだろう。だけど、それでも兄妹だと思ってたから。一緒に生きるのはもう無理だけど、死なないでくれるのは本当に良かったと思ってる」
「・・・二人ともこの結果は?」
首を横に振るキルシェ。
まだ知らないという事は、彼等は自分達が死刑を待つ身だと思っているのかもしれない。
「いつ言うつもり?」
「追放する日にしようと思う。その日までに、兄二人の派閥だった者に、二人と共に行くと言う者を募るつもりだ」
あの二人だけだと、多分魔物を倒す事は出来ない。
王都から出たら、すぐに死んでしまうだろうな。
「それでは、二人が追放される日を決めましょう。配当金の準備もしなくてはならないですし」
「そうだな。早くしないと、国民の関心も薄れちゃいそうだし」
「分かった。準備を急ごう。その前に」
キルシェは僕と半兵衛の所まで来ると、お礼だと言って頬にキスをした。
半兵衛は顔を赤くしている。
だが僕は、何故か微妙な気持ちにさせられた。
「な、何だ?嬉しくないのか?」
「うーん、中身がおっさんだと知っているせいか、玉を取ったオカマにされているような気分に・・・」
「お前、ぶっ飛ばすぞ!あーホント、コイツ絶対にモテないわ」