魔族の名前
朝になり二人で町の入り口前に向かうと、ニヤニヤした蘭丸が待っていた。
何か思い通りになっているようで腹立つな。
まあ実際にその通りなんだろうけど。
しかし、またコレか。
「蘭丸くんと因幡くんが町から出るってホント!?」
「何で二人が旅なんかに出るのよ!?」
「またマメか!マメチビのせいなのか!?」
「あのマメ、魔王らしいよ?マメ王の間違いじゃないの?」
ハッハッハ!もう慣れちゃったもんね!
別に良いもんね!
右から左に聞き流す術を手に入れたから。
真顔になるけど。
「魔王様、おはようございます!」
めっちゃ大きな声で、魔王様を連呼する前田さん。
その声に集まり始める町民が、魔王?ってザワザワしているんだけど。
正直勘弁してほしい。
「お、おはようございます、前田さん」
「前田さんなどと!?私の事は又左と!又左とお呼びください!!」
推しが強い!
膝なんかついちゃうもんだから、好奇の目で見られてる。
間違ってはいないんだけど。
本当の魔王は、帝国の王子ではなく自分だと。
そういう喧伝をしてほしいから、あながち間違ってはいない対応ではある。
でもね、僕は元々一般人。
ただの理系学生で、特に目立った事など無いんだよ!
【俺はそんなに気にならないぞ?】
そりゃ名門校のキャプテンとして甲子園に行って、それなりに活躍してたら目立ってただろうけどさ。
雑誌のインタビューとかだってあるだろうし、知らない人からも注目されたり。
僕ならそのプレッシャーに耐えられないかなぁ。
【そういうけどさ、俺だってプレッシャー感じてたからな?100人以上もの部員のキャプテンをやって、しかもそれで甲子園なんか行けなかったらと考えたら・・・。直接は言われなくても、陰で何を言われてるか分かったもんじゃないよ】
ふーん、有名になってもそういうの感じるんだね。
てっきり気にしてないと思ってたよ。
【プロになったらもっと凄かったかもしれないけど、今更だしな。それはともかく、あまり気にしなければ問題無いと思うぞ?】
そういうものかねぇ?
あ、長可さんが来たみたいだ。
「魔王様、後の事は私共にお任せください」
そう言うと同じように膝をついた。
流石にこれは・・・。
町のトップである長可さんの対応に、町全体の雰囲気が変わってしまった。
ざわついてた空気も静まり、長可さんの声が響き渡る。
「神の代理たる魔王、阿久野様!世界の平和をよろしくお願い致します!」
この人、わざとやってないか?
子供の背からすると、下を向いた顔も見えちゃってるんだよ?
ちょっと笑い堪えてますよね?
でもそんな態度に町の人も、徐々に跪いていった。
「魔王様!世界の平和をよろしくお願い致します!」
町の人達が唱和し始めた。
これは恥ずかしい!
【これは恥ずかしい!】
やっぱり一緒じゃねーか!
目立つってレベルじゃねーぞ!
まあこれが世界中に広がれば、帝国の王子の見る目も変わるだろう。
しかし、何か返さないと!
「う、うむ!任せておけ!やってやんよ!」
「やってやんよ?」
ヤバイ!
ボロが出まくりだ!
もう自分から何か言わないようにしないと。
「で、では行ってくる!」
「あ!お待ちください。こちらをお持ちください」
前田さんが細長い物を手渡してきた。
これは・・・煙管か?
「これは煙管ですか?」
「これは私が弟から預かっている煙管です」
「お、弟!?」
前田さん、弟なんか居たのか!?
「名は利益。私どもは慶次と呼んでおりますが」
「前田慶次!?傾奇者で有名な!?」
【前田慶次ってアレだろ?漫画で有名な奴だろ?】
そうだよ!
でも前田慶次は、利家の甥だったはず。
うーん、これも信長が命名したのかな?
「傾奇者?まあ変わり者ではありますかね。魔王様が村に来るちょっと前、旅に出たんですよ。最後にもらった手紙には、滝川殿にお世話になっていると書いてあったのですが・・・」
滝川殿という事は、ドワーフの長か。
それはまた、微妙な場所に滞在したものだ。
もしかしたら敵として出てくるかもしれない。
そういう場合、どうすればいいんだ?
倒しちゃっていいのか?
「それでもし慶次に会ったら、こちらを見せてほしいのです。これは前田家の家紋が入った煙管です。慶次が昔作ったのですが、吸ったらむせてしまって使わなくなってしまったのです」
吸えなくて使わなくなるとは、なんという残念な前田さんなのだろう。
慶次、その時点で第一印象カッコ悪いぞ。
「僕がこれを預かってもいい物なんですか?それと、もし敵対する道になってしまったら・・・」
「あぁ、もしそうなってしまったら、殺されても仕方ないですね。弱いから負けるのですから。しかしアイツもそこまでばかではないので、敵対するという愚かな選択はしないと思います」
殺されても仕方ないとか・・・。
怖い事、簡単に言うなぁ。
「私ほどではないですが、そこそこ槍が扱えます。使えるようならそのまま連れて行ってください。どうせならこの槍も!」
後ろに控えていた人が、二人がかりで槍を持ってきた。
つーか誰にも使えないこんな長い槍、持っていくわけがない。
「槍は持っていかないとして。仲間になってくれるようなら、ありがたいんですけどね」
槍の話を流したからか、ショックそうな顔をしているけど。
何で持っていくと思っているんだろうか。
荷物になる事くらい分かるでしょうに。
「滝川殿の所にまだ滞在しているかは分かりません。しかしこの状況になり、ただ旅を続けているわけではないでしょう。何処かで必ず会うはずです。さっきも言いましたが、私の代わりにお供として使ってください」
「分かりました。慶次殿の事も気に留めておきます。合流していただけるなら、こちらとしても助かりますから」
前田さん改め又左から煙管を預かり、町を出る準備をする。
そろそろ出発だ。
「じゃあ皆さん、行ってきます!」
よし!
これからが新しい魔王物語の始まりだ!
馬に乗り三人で北上をするも、どうにも不安がある。
何故なら、誰もミノタウロスの集落に行った事が無いからだ。
因幡くんはまだ分かる。
村の出身で、町の周辺しか詳しくないのだから。
しかし蘭丸すら知らないとは思わなかった。
魔王物語の始まりだ!なんて言っておいて、いきなり迷子はいただけない。
後世に何て伝わってしまうのか。
迷子から始まりましたなんて物語の始まり、誰も興味持たないでしょうよ。
試しに方位磁石でも作ってみるか。
「えーと、この磁石によると・・・って、これ合ってるのか?」
「何だそれ?それで方角が分かるのか?」
方位磁石を知らんのか。
そういえば磁力の事もあまり知らなかったな。
どういう事か聞いてみようと思ったんだが、分からないなら聞くだけ無駄かもしれないが、聞くだけ聞いてみよう。
「これは方位磁石と言って、針の方角が北を指し示すはずなんだが・・・。明らかに違うんだよね」
「針の指してる方向?あっちは太陽の向きからして東じゃないか?」
そうなんだよ。
方角が地球と違うんだよ。
最初は森が、磁場でも狂わせているのかとも思ったんだけど。
どうやらこの世界の方が地球とは違うみたいだ。
蘭丸との話でも、やはり東側に向くのは間違っていないらしい。
なので、針に対して左の方向に進んでいけば、北の方に向かう事になるはずだ。
北へ向かってしばらく歩いていたが、ふと因幡くんの名前について聞いてみた。
「因幡くんは、先祖が信長に命名してもらったって聞いたけど。下の名前は貰ってないの?」
「あぁ、下の名前ね。あまり使わないけど、ほの一だよ」
「ほの一?」
「信長様に因幡という苗字を頂いたみたいけど、名は特に無かったんだよね。そしたら信長様が、お前が最初だからいの一だ!って言われて。それから子供はろの一、孫がはの一になって、次男になるといの二になるんだよ」
信長やりよったな!!
【これは酷い!テキトーにもほどがあるだろ!】
いや、信長のネーミングセンスは侮っちゃいけない。
実際に信長自身の子供にも、変な名前付けてるから。
【自分の子供にまで変な名前付けるって、そんな馬鹿な】
いやいや、天下を取るような人間の考えなんか、僕等みたいな凡人には理解出来ないよ。
知ってるだけでも、長男が奇妙、次男が茶筅、何人目か忘れたけど酌とか人なんて名前も居るからね。
【人って・・・。犬に犬って名前付けてるのと同じじゃん。自分の子供なのに酷いな】
昔は成人したりすると名前が変わったりしたからいいのかもしれないけど、この世界の人は使い続けるからね。
流石に因幡くんの名前も可哀想だわ。
「因幡くんさ、ほの一って名前はどうなの?気に入ってる?」
「気に入ってるというか、生まれた時からこの名前だし。でも皆、下の名前がいの一とかはの三だからね。だから誰も下の名前で呼ばないで、種族名か苗字で呼ぶ事が多い。外で知ってる人に会っても、因幡の倅って呼ばれ方が普通だよ。名前は皆、親にしか呼ばれないんじゃないかな?」
うーん、信長のテキトーというかいい加減な面が、こんな所で垣間見えるとは。
どうせだから改名とかしちゃえばいいのに。
「あのさ、信長が名前付けたんだよね?魔王が名前付けたなら、僕が下の名前考えようか?」
「えっ!?そんな事頼んでいいの!?」
良いも悪いも、流石に僕等の世界のお偉いさんとはいえ、このネーミングセンスは酷いから。
知ってる人くらいは改名してあげたいと思う。
「そうだね、特に問題無いけど。そうだなぁ、ちょっと考えるから待ってて」
犬や猫じゃあるまいし、安易に付けたくないからね。
【犬とかなら、ポチとか太郎でもいい気がするんだけど】
因幡くんだもんなぁ。
この世界の親友だからね。
せっかくカッコいいんだから、名前もカッコよくしたい。
そして僕等がつけた名前を、皆から呼ばれてほしい。
因幡かぁ。
信長はウサギだから、お前は因幡だ!って決めたんだったっけ。
因幡の白兎。
おぉ!白兎良いじゃないか!
白兎と書いて、ハクト!
【なんかカッコいいな!ビジュアル系のボーカルみたいな名前だけど】
イケメンなんだから、これくらいでいいんだよ!
「決めた!因幡くん!キミは今から因幡ほの一ではなく、因幡ハクトだ!」
「因幡ハクト・・・。うん、僕は今日から因幡ハクト!名前が変わるだけでも皆と違うって思えるんだ・・・」
感激で涙が流れるくらい嬉しかったか。
まあこんな風に名前付けるのは、因幡くん・・・じゃなくて、ハクトだけだと思うけどね。
知らない人から頼まれても、親に決めてもらいなさいって言うだろう。
信長の事を馬鹿にしたけど、名付けって予想以上に難しいわ。
二度とやらん!
「良かったな!ハクト!」
「蘭丸くんもありがとう!」
ハクトと蘭丸。
なんだろう、ホストとかで居そうな源氏名な気がしてきた。
イケメン2人が膝ついて、テーブルの前で待っているのが見える。
アレ?
僕、タオル持ってきたボーイにしか見えないぞ?
自分の想像なのに、何故こんなに卑下してるんだろう・・・。
凹んでくるから、気を取り直して旅を続けようじゃないか!
ハクトに名付けをしてから3日。
町からかなり北の方に到達していた。
そうすると生態系にも変化があるのか、魔物の種類も少しずつ変化してきた。
町や村ではビッグボアやワイルドウルフのような、動物系の魔物が主体だったんだけど。
この辺りではシザースパイダーやシャープホーンビートル等、昆虫系が多い。
正直食いたくない。
そういう理由から此処に来て困ったのが、食料不足だ。
蘭丸達は別に気にしていないみたいで、狩ったら普通に焼いて食べたりもしている。
だけど中身は日本人、しかも都会に住んでたシテーボーイの僕等には、昆虫を食べるという行為自体が受け入れられなかった。
そう、困っているのは僕だけである。
「お前、文句言ってないで早く食べろよ」
「い、嫌だぁぁぁぁ!!!僕は絶対食べないぞ!昆虫なんか食べないぞ!食べるくらいなら死ぬ!」
「後世に、魔王は昆虫が食べられなくて餓死しましたって、言いふらしていいか?」
蘭丸めぇ!痛いところを突いてきやがる。
【俺も昆虫を食べるのはちょっと・・・。触るのは駄目なのに】
肉が!肉が食べたい!
「まず聞こう。味はどんな感じだ?」
「味は苦みがある。噛んでいると甘みが出るのと酸味が強くなる部位がある」
「食感は?」
「固いな。筋張っているから基本的に固い。足の部分は牛スジに食感は似ている。味は苦いけどな」
聞かなければよかった・・・。
やはり僕等に昆虫を食すという選択肢は無いようだ。
うぅ、お腹減った・・・。
「あ!見て!あっちに煙が見えるよ!火を起こしてるんじゃないかな?」
ハクト、グッジョブ!
もしかしたら集落かもしれないし、誰かがたき火をしているのかもしれない。
もしたき火をしているのが帝国兵なら・・・。
食事は戦闘の後、私達が美味しく頂きました作戦だ!
「急ごう!何か肉・・・じゃなかった集落かもしれないし!」
「待て!急ぐと周囲の警戒が疎かになるぞ!確実に安全だと分かるまでは様子見だ!」
蘭丸め、しっかりと正論を言いよるわい。
しかしその通りだ。
肉に目がくらんで帝国兵の罠にでも掛かったら・・・。
ハッ!?もしや、肉があると思わせて帝国の罠か!?
おのれ帝国めぇぇ!許すまじ!
「帝国め!僕は肉に屈したりはしない!」
「風魔法の探知を使って調べたけど、誰かが居る感じはしないね。何か燃えているような音と臭いしかしない」
ハクトは得意の風魔法で先に調べたようだ。
風と火の複合魔法で熱探知もあるが、火の近くで使用しても効果は薄い。
しかし人が居ないのに燃えているというのは、山火事があるのかもしれない。
延焼する前に消火しないと、僕等まで火の勢いに飲まれる可能性もある。
「やっぱり急ごう。もし山火事なら、消さないと僕等まで危ない」
「そうだな。ハクトの魔法で人が居ないと分かった今、急いでも問題無いだろう」
燃えている現場に着くと、そこは集落があった場所だった。
木で出来た家に炎が上がり、残っているのは石で出来た井戸くらいだろうか。
「これは酷いな。帝国に襲撃された後か?」
「しかも誰一人残っていない。全員殺されたか、もしくは連行されたか」
「とりあえず火を消そう!話はそれからだよ!」
3人の水魔法で消火し、残り火が無い事を確認する。
「どうやらもう火の心配は無いようだ。それと死体が無いという事は、おそらく連行されたって事だと思う」
「俺もそう思ったんだが、どうする?帝国の奴等が何処に行ったかまでは分からないぞ?」
「そうなんだよね。探知魔法の作的範囲を上げてみる?あ、何かすぐ近くで反応がある!」
ハクトが何かを発見したようだ。
誰か残っているのか、それとも帝国の兵がやってきたのか。
とりあえず行ってみよう。
反応があった場所に行くと、そこには頭が牛の獣人。
ミノタウロスが一人だけ倒れていた。
「み、みずを・・・」