再就職先
僕の鬱憤は終わらない。
更なる文句を言っていたところ、阿吽の二人もゴーレムを破壊したようだった。
僕等がゴーレムを壊した事で、ベティはキーファー達を煽っていた。
キーファーは口ではベティに勝てず、銃で狙った。
感情的になったら、上に立つ者として失格。
僕と阿形達は苦笑いするしかなかった。
ただし阿形と吽形に関しては、やり過ぎ注意という意味合いもあるらしく、たまには怒ってくれないと逆に危険だという事が判明。
やはり慶次達と馬鹿な事をさせた方が気分転換になると、今更ながらに思った。
ベティはバリアを破壊出来なかった。
クリスタル内蔵の双剣には、光魔法しか入れたくないと言い、結局打ち破る事は出来ていなかったのだ。
兄が変身して全力の一撃を入れるも、大きくたわむだけだった。
兄はキーファー達の煽りに負けた。
煽られ耐性が無いせいで、身体強化をしてから全力でバリアを叩き続けた。
するとそこには小さな傷が出来て、最後には大きな音を立ててバリアは割れ落ちた。
兄は獰猛な笑みを浮かべ、何をするか分かっているなと三人に伝えた。
絶対殴る、ブン殴る。
アイツ等絶対許さんぜよ。
もはやキーファー達には怒りしか感じていない。
キルシェに引き渡す前に、死なない程度には殴らないと気が済まない。
「魔王、覚悟!」
「うるさい!」
たまに通路の影や柱の裏から出てくる兵士が、不意打ちを仕掛けてくる。
その度に落ちてた石や木の棒で、奴等を返り討ちにしていた。
木の棒でも、腕とか首がおかしな方向を向いている。
死なない程度にしているつもりだが、運が悪ければ死ぬのは仕方ない。
そこまで剣を向けてくる輩に、気を使ってられないのだ。
「魔王様、捕まえました!」
「でかした、阿形!」
城門の前まで引きずられてくる王族である二人。
その仕打ちは、彼等にとって屈辱以外の何物でもない。
「貴様等、誰に手を掛けているか分かっているのか!」
「ライプスブルク王国の王子、キーファーとターネンでしょ?」
「早くこの縄を解け!そうすれば許してやる」
呆れるくらいの馬鹿だな。
馬鹿キャラを偽って演じていたと言っていたが、ホントの馬鹿にしか見えない。
「戦いに負けた挙句に、相手に向かって高圧的な態度で縄を解けだあ?お前等何様だよ。捕まった時点で首を刎ねられて、キルシェには死んだって事後報告でも良かったんだぜ。生きてるだけ、ありがたいと思えよ、バーカ」
「なっ!?」
「兄上!」
キーファーは反論しようとしたが、ターネンに止められている。
ターネンの方は現状把握が出来ているらしい。
「それで、我々はどうなるのです?」
「そうだな。まずは分かってると思うけど」
俺はハリセンでキーファーの頬を叩いた。
ハリセンと言えど、強めに叩いたから頬が赤くなっている。
「クッ!貴様!」
「さっきは何だって?ダサい?馬鹿?負け惜しみ?」
ハリセンを左右に振りながら言葉を続ける。
ターネンも気が向いた時に叩いた。
「や、やめ!」
「自分がいつまでも優位な立場にあるとでも思ってんの?こんな事されてまで考えが変わらないとか、余程の馬鹿か強情か。どっちなんだろうな」
「や、やめて下さい!」
「良いよ」
俺はその手を止めると、ようやく終わったとホッとした顔になった。
そして俺は、ハリセンを阿形に渡す。
「え?」
「お前達も色々と言われただろ?やり過ぎなければ、気が済むまでやって良いぞ」
「うーん、私は良いですかね」
隣の吽形にハリセンを渡すと、吽形も迷わずベティに渡した。
「ゴーレムという珍しい相手と戦えたので、満足しました。むしろそういう相手を用意してくれた彼等に、少し感謝したいくらいです」
「弟の言う通りですね」
二人にとってゴーレムと戦えたのは、貴重な体験という扱いになったようだ。
大怪我でもしてたら、そんな悠長な事言ってられないと思うんだけど。
そんな中、ハリセンを受け取ったベティは、ニヤリと笑う。
コイツ、やる気だ!
「オホホホ。アタシは優しくなくてよ。よくもまあ散々コケにしてくれたわね」
「あうっ!」
「アナタも言いたい事言ってたわ」
「痛い!」
二人に笑いながら、ハリセンビンタを続けるベティ。
飽きたのか、ビンタを止めると、終わる雰囲気になった。
しかし、そこからが二人にとっての地獄の始まりでもあった。
縄で縛られた二人の後ろに回ると、今度は尻を叩き始めたのだ。
しかもさっきよりはるかに速い。
「痛い!お尻が!お尻が!」
「お尻が裂ける!やめて!やめて下さい!」
「お尻なら最初から割れてるわよ。そんな減らず口叩けるんだから、まだまだ余裕あるわね。せいやっ!」
ベティは良い笑顔で尻にハリセンをかます。
阿形達は無表情を装っていたが、哀れに思ったのか少し汗をかいていた。
「フゥ。アタシ、大満足よ!」
「うぅ・・・」
「このヒトデナシ・・・」
涙を浮かべて文句を言う二人。
文句が言えるのは、まだ余裕なんだと思う。
ベティはそれが分かっていたが、敢えてそこでやめたらしい。
本番はキルシェが行うからという理由だった。
「これで二人をキルシェに引き渡せば、お仕事終了かな?」
「魔王様、何か忘れていませんか?」
「何だ?俺、何か忘れてる事あるっけ?」
「思い出せないんですよね。何でしたかね?」
阿形も何を忘れているのかが、分かっていない。
ただ、喉の辺りまで出かかっている感じなのだ。
しかし任務優先。
他にも側近のアーメラウや、神官ジューダスを見つけなければならない。
「着いた!さあ、拙者と戦うのは誰でござるか!?」
「これだ!!」
慶次は迷子に迷子を重ね、ずっと王都を彷徨っていた。
たまに王国兵と出会したが、一撃の下に屠っている。
ゴーレムや阿吽の二人に跨がれたりした時は、戻ってゴーレムを追い掛けようとしたくらいだ。
「もう終わったぞ」
槍をブンブン振り回す慶次は、縄に縛られた二人を見て唖然となった。
その瞬間、槍がカランと悲しい音を立てて地面に落ちる。
「せ、拙者の出番は・・・?」
「無い、かな?」
「他の王国兵は?」
「既に掃討戦に入ってるわ」
「・・・帝国兵は?」
「捕縛したか、その辺に転がってる連中くらいかと」
俺の無いという言葉が信じられないのか、ベティや阿形達の腕を掴んで、敵を探している。
「そ、そうだ!召喚者が居るでござる!あの透明な壁を作った強者が、まだ残っているのではござらんか?」
「そういえば、奴はどうしたんだ?」
俺もバリアを破壊した事で満足して、作った相手の事なんかすっかり忘れていた。
しかし阿形達の仕事は早かった。
実は王族二人を捕まえた直後、座り込んでいた奴を一緒に連れてきていたらしい。
「バリアを張ってた野郎も連れてきてくれ」
「野郎ではございません」
「ん?どういう事?」
吽形に連れられてきたフードの男は、静かに下を向いたまま黙っている。
既に覚悟は決まっているという事か。
「この野郎のせいで、かなり苦労したからな。あのバリアは、敵ながら大したモノだった」
「魔王様、だから野郎ではございません」
「だから何だってんだ!?」
「彼女は女性です」
「ふぁ!?女!?」
フードを外すと、涙目で震えている女が確かに存在した。
覚悟が決まっていたんじゃなくて、怖くて何も言えなかっただけみたいだ。
「わ・・・」
「わ?」
「私も尻叩かれるんですか?」
全員が一斉にこっちを見る。
キーファーとターネンですら、ジッと見てきた。
「いや、流石に女の人には出来ないかなぁ?」
チラッと他の人の反応を見ながら言うと、誰も反論は無かった。
甘過ぎるぜ魔王とか言われたら、どうしようかと思った。
「えーと、お名前は?」
「はははは、針谷ですぅ!」
「はははは針谷さんね」
「吽形、それ違う。針谷だ」
「そうです!」
とても緊張しちゃってる感じですかね。
あまりタイプでも無いのだが、可愛いと思ってしまうのは俺だけだろうか?
(分からんでもない。だけどキルシェの例もあるから。油断は禁物だよ)
ハッ!
そうだった。
アレこそ野郎呼ばわりで良いと思う。
「あの、その・・・」
「何でしょう?」
「私は殺されるのでしょうか?」
「さあ?上の方が決める事なので、私にはそれを決める権限は無いですね。ただ、召喚者で無事だった人はほとんど居ないと思いますよ?」
吽形の無表情で話す内容に、彼女の顔はみるみる青くなっていく。
イッシーとか佐藤さんとか、それにセリカだって無事なんだけど。
コバやその助手連中も居るし、結構こっちにも召喚者居るぞ。
と言っても、若狭から来た吽形にはその事を知らないんだったな。
「別にすぐに殺したりはしないけど。ただ、帝国に戻るって言うなら、ちょっとは考えないといかんね」
「戻りません!帝国には戻りません!」
即答で答える彼女に、吽形は少し苦笑いしている。
「そうやって簡単に言うけど、自分の言葉には責任を持った方が良い。もしそれで後から帝国に戻るなんて言い出したら、それこそ貴女は死んでもおかしくないのですよ?」
「阿形の言う通りだな。別に脅してるわけじゃない。でも帝国に戻ってまた敵対するなら、今度は本当に殺すしかなくなるぞ」
「帝国と王国しか知らない私は、どうすれば良いのでしょう?」
「他の領地で暮らせば良いのでは」
「ほ、他の領地?」
「魔族の治める領地もあれば、ヒト族が集まる町や村だってあるだろ。それの事言ってるんだ」
阿形の説明に補足すると、彼女は知らない土地で何をすればと言い出す。
「貴女の能力なら、おそらくどの領主も受け入れてくれるでしょう。魔王様の一撃にも耐える壁を作れるなんて、これほど頼りになる護衛は居ませんからね」
「それもそうだな。ちょっと前なら、秀吉とか欲しがったんじゃないか?アイツ、洗脳されて大変だったし」
「な、なるほど!」
「もしよろしければ、我が若狭国の領主、丹羽長秀様に紹介しても良いですよ」
阿形がちゃっかりとスカウトを始めた。
ベティも領主だが、空まで護衛出来るわけではないので、不必要だと考えているっぽい。
うーん、俺達もスカウトしとく?
(しよう!彼女の能力はとても優秀だ。ハッキリ言って、コバ達に付けた助手よりも使える)
なるほど。
でも、誰の護衛にするつもりだ?
(僕としては長可さんがベストだと思ってる。あの人も外務担当で、他の国や領地から知られた存在になってる。戦闘能力が無いわけじゃないけど、やっぱり他の皆と比べると低いからね。その点彼女は同性だし、長く一緒に居てもストレスとか溜まらないんじゃないかな)
長可さんか。
セリカと一緒に住んでるけど、彼女も戦闘向きの能力じゃないし。
それもアリだな。
決まりだ。
というか、そういうスカウトみたいなの苦手だから代わってくれる?
「針谷さん。貴女が良ければ、僕もスカウトしたい。守ってもらいたいのは僕じゃなくて、森さんというエルフの女性だけど」
「エルフ!?綺麗ですか!?」
「は?あ、あぁ。めっちゃ綺麗だけど」
いきなり食いついてきたな。
ちょっとグイグイ来られて、少し引くんだが。
「ハイ!私、エルフの護衛がしたいです!」
「ちなみに丹羽さんは妖精だよ」
「よ、妖精!?た、たまりませんなぁ」
妖精と聞いて涎が垂れてきた。
コイツ、思ってたより危ないぞ!?
「ちょっ!何か雰囲気変わってませんか!?」
「妖精の方は、どんな人なんですか?」
「うーん、偉いおじさん?」
「おじさんではありません!我が主は、厳格にそれでいて寛容。領内の把握を隅々までされており・・・」
「あ、もういいです。エルフの護衛にします」
「なっ!?」
なんか想像と違ったらしい。
冷めた目で返答している。
これは阿形達も怒って良いと思うのだが。
そこに新たな情報が入った。
王都の外で張っていた連中から、報告があったのだ。
「アーメラウ殿は馬車で王都から脱出するところを、捕縛に成功しました!」
「お疲れさま。それとジューダスは?」
「ジューダスという方は、まだ発見出来ておりません」
ん?
何か引っ掛かる言い方だな。
見つかってないという事は、城の隠し部屋か既に遠くに逃したか。
どちらかかな。
「お前達、ジューダスはどうした。隠し部屋で匿ってる?それとも戦いが始まる前に城から逃したのか?」
「ジューダス?誰だそれは?」