王都制圧戦
門を開いたラビは、キルシェ派の一行を王都へ迎え入れた。
その中には戦いたくて仕方ない慶次の姿もあった。
一行の後ろを走る慶次だったが、分かれ道にぶつかると迷いながらも左を選ぶ。
その後もいくつもの分かれ道があり、いよいよ分からなくなった彼は、たまたま見掛けた路上生活者に道を訪ねた。
彼に銅貨を払うと、その先は行き止まりだと教わった。
何度か同じようなやり取りを繰り返した慶次は、いくつもの分かれ道に四苦八苦していた。
慶次が迷子になっている頃、改革派の面々は城の目の前へと迫った。
しかし最後に待ち受けたのは、練度の違う帝国兵達だった。
彼等を打ち破るべく、真イッシーに教わった陣形へと変えていく。
生えるまで我慢のスローガンに帝国兵は不気味さを感じ、その陣に突撃した。
相手の突撃に合わせて陣形を変える改革派。
V字と言われた陣形の中に入った彼等は、銃弾の雨あられに見舞われ、壊滅するのだった。
僅かに残った帝国兵を倒そうと前に出ようとすると、そこには新たな敵が現れる。
王国の領内で発掘された伝説の兵器、ゴーレムだった。
「大きい・・・」
誰かの呟きが聞こえるくらい、静かだった。
踏み潰された場所は、血の海になっている。
あの足が上がっても、下は見たくない。
誰もがそう思った。
「う、撃て!」
真銃撃隊が銃を上向きに構えると、胸から頭にかけて狙う。
ミスリルをも貫くその銃弾が、ゴーレムを襲った。
「効かない!?」
確かに弾は当たっている。
欠けた部分も見えるが致命傷には程遠く、効いているとは言えなかった。
自立式なのか誰かが操っているのか。
頭を両腕で防ぎ、そのまま走ってきた。
「退避!スキンヘッド!」
指揮官の声に反応する改革派の軍勢。
彼等は一目散に逃げた。
それは殿を置く軍の退却の仕方とは違って、四方八方へと散っていく。
ものの数分で今まで陣を敷いていた場所には、誰も居なくなった。
「クハハハ!!」
「所詮は人よ。ゴーレムに敵うわけが無い」
キーファーとターネンは嘲笑し、そしてゴーレムの強さに酔いしれた。
逃げた改革派の兵達を追い、家屋を破壊しながら街へと向かうゴーレム。
「自分の治める街を壊すなんて、随分とお馬鹿な人達ね」
「誰だ!」
「アタシは佐々成政。越中を治める領主であり、鳥人族の長。人呼んでベティよ!」
空で華麗なポーズを決める。
ベティはその余韻に浸っていたが、魔族が嫌いな二人にはその余裕が気に入らなかった。
「魔族の長か。コイツをやれば鳥人族はガタガタになる。やれ、ゴーレム!」
キーファーの声に反応したゴーレムは、目の前を飛ぶベティを掴もうと手を伸ばす。
だが、ベティの速さについてこれるはずも無く、空を掴むばかりだった。
「アナタ、本当にお馬鹿さんね。こんな鈍重な人形でアタシを捕まえようなんて、考えるまでも無く無理に決まってるのに。アタシを捕まえる事が出来るのは、イイ男だけよ。アナタ達じゃあ役不足ね」
ベティの挑発とも取れる言葉に、キーファーは青筋を立てながら怒鳴り散らした。
「そんな気持ち悪い奴、捕まえる必要など無い!改革派の連中を殺せ!」
「兄上、ただ殺すのではありません。奴の目の前で少しずつ殺すのです」
ターネンは嫌らしい笑みで、ベティを見ながら言った。
挑発には挑発で返す。
ターネンの真の性格が垣間見えたセリフだった。
「そのまま行かせるわけないじゃない」
ベティの姿が掻き消えると、ゴーレムの周りに炎が舞い上がる。
その炎は竜巻となり、ゴーレムを中心に大きな渦となった。
「す、スカイインフェルノ!」
「奴がか!?」
ヒト族の中で呼ばれている阿形達やベティの別名は、主に王国の兵が発祥とも言われていた。
それは手を出してはいけない魔族という意味もあった。
しかしゴーレムを手にした彼等は、恐れよりも勝てるかもという気持ちが優先している。
その為、ベティがスカイインフェルノだと分かった今でも、彼等の強気な発言は変わる事は無かった。
「どうせ速いだけの気持ち悪い鳥だ!」
「ゴーレム、炎を弾き飛ばせ!」
ゴーレムの腕が、炎の竜巻を突き抜ける。
風の一部を止めた事で竜巻は弱まり、そしてゴーレムが炎の中から姿を現した。
「やったぞ!」
「流石はゴーレムだ!」
「嘘でしょ!?」
ゴーレムが炎の竜巻の中から動き出した事で、ベティは逆に竜巻を生み出す飛行を止める。
このまま竜巻を生み出したところで、ゴーレムに突き破られるのは目に見えていたからだ。
「ゴーレムは人ではないからな。熱など関係無いらしい」
「さっきまでの強気は何処へ行ったのかな?スカイインフェルノと言っても、大した事無いようだ」
二人の嫌味にベティは苛ついている。
「分かったわ。先にアナタ達を殺せば良いのよ」
「スカイインフェルノ殿に出来るのかな?」
「ふざけるんじゃないわよ!」
ターネンの言葉に怒声を発しながら、城の方へと向かうベティ。
だが城の前には見えない壁が現れ、ベティは勢いよくその壁に激突する事になった。
頬を押さえながら怒りに叫ぶベティ。
「ぐっ!ちょっと!何よコレ!」
「クハハハ!やはり魔族の長と言えども、この壁は越えられないらしい」
「流石Aクラスと呼ばれる強者ですな」
二人の後ろからフードを被った男が、両手を前に出して立っていた。
彼がこの壁を作り出している召喚者のようだ。
「アレェ?入れないんですかぁ?」
「鳥人族の長って、空を飛べるだけなんじゃね?」
「ブハッ!兄上、本当の事言ったら駄目ですよ」
壁の中でひたすら続くベティへの挑発。
肩を震わせながら下を向いていたベティが、いよいよ本性を現した。
「テメェ等、その壁を破壊したらどうなるか分かってるんだろうな!?息の根を止めるだけじゃ済まさねぇから、そのつもりで待っていろ!」
「魔族の長というのは、とても乱暴ですねぇ」
「全くだ。あんなのを従えている魔王というのも、どうせ粗野な人物なのだろう。態度が知れるな」
「ほぅ?アナタ達は、我等が魔王様の事をどれだけ知っているのか。気になりますね」
「誰だ!?」
空を飛ぶベティばかりに気を取られていたところ、城の前には二人の男が立っていた。
一人はダガー、もう一人はスティレットを持ち、その武器には血が滴り落ちている。
「私は阿形」
「私は吽形。若狭国から来た妖精族の者です」
「妖精族?丹羽長秀の治める都市か」
「おや?たかがヒト族の王族でも、それくらいの知識はあるようですね」
「たかが妖精族のチビでも、我々が王族と見分けがつく事に驚きだ」
鼻で笑う阿形に、余裕を持って答えるターネン。
二人の言い合いの最中、吽形が誰にも気付かれる事無く静かに動いていた。
急に激しい金属音が鳴り響き、その様子に驚いたキーファーが下を覗き込んだ。
「な、何だ!?」
「チィッ!かなり強固だな」
吽形が悪態を吐きながら、ゆっくりと歩いて戻っていく。
「兄上、これはこのままでは無理ですね」
「そうか。ならばこの場はベティ殿へ任せよう。ベティ殿!」
「分かってるわ!アイツ等の首、後で見せてあげる。原型は留めてないかもしれないけど」
ベティは余程キレているようだ。
ボコボコにしてから首を刎ねると、宣言している。
「お前等、そんな余裕で良いのか?」
「ゴーレムは既に改革派を捕まえましたよ」
遠くの方で銃声が鳴っているのが聞こえる。
阿形と吽形は、急ぎその場を後にした。
「何だ?あのデカイのは」
砦の上から双眼鏡で王都の様子を見ていると、城の近くで大きな土煙が上がったのが分かった。
銃声が聞こえた後、デカイ人形が動き出す。
「もしかしたら、ゴーレムかもしれません」
「ゴーレム?石とか鉱物で動くヤツ?」
「そうです。よく知ってますね」
半兵衛も双眼鏡を覗きながら、ゴーレムだと口にする。
ゲームでよく出るゴーレムは、最初は強敵として扱われている事が多い。
半兵衛の予想だと、ゴーレムの登場で改革派の面々は城の前から逃げたと言っている。
「ベティが対応しているみたいだね」
「でも、あの方の攻撃では止められないでしょう」
「あらホント。炎の竜巻を突き破った」
ベティがゴーレムに苦戦していたが、どうやら王子二人に狙いを変更したのが分かった。
だが、ベティが一瞬だけ見えた透明な壁に激突。
その後、誰かがやって来たのは分かったが、何をしているかまでは分からなかった。
「マズイですね。ゴーレムが街を破壊しています」
「何だと!?あの馬鹿兄共、王都を瓦礫の山に変えるつもりか!?」
「ちょっ!痛い!」
半兵衛の言葉に、僕の首に掛けていた双眼鏡をひったくり、王都の様子を見るキルシェ。
ゴーレムの足下から煙が上がっている事から、街が破壊されているのは間違いなかった。
「このままだと民に被害が出る。アレだけの巨体だが、どうにかならんか!?」
「いや、巨体ならこっちにも手はあるんだ」
「もうすぐ対応してくれそうな気がするんですけど。あ、現れましたね」
ゴーレムの後ろから、一人の巨大な男が現れる。
キルシェは急に現れたその姿に驚いた。
「誰だアイツは!?」
「アレは阿形と吽形が合体した姿だ。えーと、執金剛神の術とか言ったかな?」
「ハァ。妖精族は皆、あんな凄い魔法が使えるのか。驚いたな」
妖精族全員が使えるわけじゃないはずだが。説明するのも面倒なので、聞こえなかった事にしよう。
それよりも、次に起こる事を説明するべきだろう。
「このクソ人形がぁ!わざわざ俺達の手を煩わせやがって!バラバラにぶち壊してやる!」
王都全体どころか砦まで聞こえる、阿吽の怒声。
キルシェはその声の大きさに耳を塞ぎ、目を閉じた。
「おい!本当に大丈夫なんだろうな!?あんなキレまくってる奴に、街を守りながら戦えるんだろうな!?」
「・・・どうでしょう?」
「おい魔王!被害が二倍になるとか言わないよな!?」
「・・・どうでしょう?」
「目を見て言え!」
僕は目を逸らして言った。
「多分大丈夫だと思いますん」
「思いますん?思いますなのか思いませんなのか、どっちだ?」
「お、思いませよ?」
「ふざけてるのか!」
「ヒブッ!」
キルシェの渾身の右ストレートが、僕の頬にクリーンヒットした。
痛くはないが、喋ろうとしたタイミングだったので変な声が出てしまった。
「魔王様。キルシェ様の心配はごもっともです。真面目に答えてさしあげるべきですよ」
半兵衛も少し態度が悪いと、諫めてくる。
僕だってこんな言い方したいわけじゃない。
だけど、キレたあの二人を止められるかって聞かれたら、さあどうでしょう?としか言えないんだよ!
それをハッキリと言えば、キルシェは止める為に王都に向かうと言いかねない。
だから遠回しに言ったのだ。
「あ、でも考えているみたいですよ?」
「どうして分かる?」
「改革派が意図してやったのか分かりませんが、王都の端へとゴーレムが進行していますから。多分、王都からゴーレムを外に出そうという作戦なんじゃないですかね」
半兵衛も多分という言葉を使っていた。
それは改革派の動きが、狙ってやっているのか不明だという事からだった。
もし狙ってやっていたとしたら、彼等は半兵衛の裏を描いたという事になる。
それはそれで衝撃的な出来事だった。
何故ならヒト族の中に、想像以上に凄い頭脳の持ち主が居るかもしれないという事になるからだ。
「アレは・・・本能じゃないか?街を守ろうとする本能が、外壁へと向かわせているんじゃないかと、私は考える」
「なるほど。キルシェ様の言葉は、あながち間違っていないかもしれません」
まさかのキルシェ発言を半兵衛が認めた。
僕の予想よりもキルシェの予想の方が、半兵衛は可能性があると考えているみたいだ。
でもそれは、僕としても好ましい結果でもある。
半兵衛に匹敵する頭脳の持ち主が、もし敵になってしまったら。
そう考えると、例えヒト族が相手だとしても苦戦以上になるのは免れない。
「おっ!ゴーレムを投げ飛ばしたぞ!」
「た、助かったぁ・・・」
キルシェは安心したのか、その場に座り込んだ。
そこに半兵衛が予想外の言葉を口にした。
「でもこれって、凄い事ですよ。魔族嫌いで有名な王国兵と、魔族の中でもエリートに与する阿形さん達が、協力して行った事なんですから。これは王国の歴史に残る出来事だと、私は考えます」