ラビの自信
アイーダが適当な事を言っていると、二人はそれを間に受けて感動していた。
こんな連中ともおさらばだ。
彼は早々に戻る為、城を後にした。
マントを着けたアイーダは、嫁を連れて外へ出て行った。
このマントは、ヒト族で魔法を使える者のみに着用が許されているらしい。
インチキな自分に派荷が重いと思いながらも、今回ばかりは便利だったと感心していた。
真実を知らない阿形達に導かれ、彼等夫婦は砦へと再びやって来た。
お出迎えと称してカレーパーティーを開いてみたのだが、どうやら好評だったみたいだ。
それと彼の嫁さん、とても良い人だった。
僕等を見て、可愛いと言ったのだ!
素晴らしい人物である。
アイーダめ、女性を見る目はあるようだ。
ターネン処刑予定日の前日。
いよいよ攻め入る時が来た。
彼女は兄二人の処遇を、二人の今後の判断に任せているらしい。
いつまでも抵抗を続けると、彼等自身の命も無いと決めていた。
そして出陣間際、アイーダが元ターネン派の兵を鼓舞し始めた。
俺についてこい!
彼はそう言って王都へと向かう。
その姿を見た本物のアイーダは、眉を細めて言った。
こんなに堂々としていないし、違和感がある。
ラビが彼には、大根役者に見えるという事だった。
本人が聞いたら、怒るのかな。
それとも反省して次に生かす?
ラビの変装は僕も経験があるが、ある一定以上のオーラが出てしまう為に、本人より数割カッコ良く見えてしまうのだ。
これに関しては、僕も同意だと言わざるを得ない。
「でもカッコ良いから、皆何も言わずに同行しているのでは?」
キルシェの一言が、アイーダの気持ちを落とした。
それを見た彼女は、慰めという名の追い打ちをする。
「別にアイーダさんを、馬鹿にしてるわけじゃないのよ!普段には無いオーラが出ていたから、彼等も安心してるんじゃないかって」
「それって、普段はオーラが無いって事だよね」
「ち、違っ!」
「分かります。僕にはそういうオーラなんか無いですから。日本に居た頃も、華が無いと言われ続けてきましたし。マジック自体は下手じゃないのに、この幸の薄い感じが駄目なんだと、師匠からも先輩からも、更には後輩からも言われてましたからね」
自分を貶めるアイーダ。
流石に僕もキルシェも、無言になった。
「と、とにかく!ラビ達の働きを見ていよう」
「開門!開門を願う!」
「誰だ!?」
「私は」
両腕をバッと上げ、マントの端を掴んだラビは、背中の紋章を外壁上の衛兵達に見せた。
「ヒト族最高の魔法使い、アイィィィダ!!」
魔法でも使っているんじゃないか?
そう思われてもおかしくないくらい、夜なのにマントの紋章が明るく見える。
「アイーダ様!」
彼が名前を呼ぶと、ものの数秒で門が開き始めた。
「行くぞ!」
片手を上げ、中へと扇動するラビ扮するアイーダ。
門番がアイーダに質問をすると、彼は大袈裟動きで説明を始めた。
「彼等はターネン殿の部隊である!私が降伏勧告に行った際、どうしてもターネン殿を助けると言っていたので、連れてきたのだ。無論、キーファー殿も承知の話だ」
「なるほど。私共もアイーダ様が戻ったら、無条件で門を開けろとのお達しが来てたのですが。流石に兵達を連れて戻るなどと思いもしませんでした」
「彼等をキーファー殿の下へと連れていく」
城の前まで行くと、外でキーファーと仮面の男が待っていた。
モミ卿と名乗っているが中身はターネンだと、既に報告は受けている。
ラビは知っているフリをして、キーファーに話し掛けた。
「キーファー殿!わざわざこんな所で出迎えて下さるとは、恐縮です」
「そうか?まさか本当に連れてくるとは思わなかったぞ」
「モミ卿も、彼等を見た感想は如何ですかな?」
「知った顔が居ますね。ターネン派というのは間違いないようです」
見知った顔がある事から、連れてきた部隊がターネン派だと信じたようだ。
心の内は違うが、正真正銘のターネン派である。
疑われる事は無いはずだ。
「しかし、あの砦からよく気付かれないで、この人数を連れ出したものだ」
「そうですね。あのキルシェが見過ごすわけがないと思うのですが」
キーファーとモミ卿がそう話している。
だがそれも想定済み。
「魔法で砦の中は混乱しています。その隙に乗じて、門を開きました」
「なるほど。流石はアイーダ殿」
「アイーダ殿の力は本当に凄いですね」
「ありがとうございます。しかし!」
ラビは再びマントを翻し、背中の紋章を二人に大きく見せた。
「私はヒト族最高の魔法使い、アイィィィダ!!私に不可能はありません」
「そう、ですか」
「これも魔法ですかな」
二人が視線を交わすと、何やら確認をしたようだ。
「それではキーファー殿、明日にはすぐに砦へと攻め込みますかな?」
「いや?」
「では、彼等がこちらに慣れたらという事ですか」
「違うぞ」
キーファーは両方とも否定した。
モミ卿の方を見ても、彼も同じ気持ちらしい。
「では、このまま篭城するという事でしょうか?」
「違うとも」
「では?」
「まずアイーダ。キミの正体を明かしてから、考えるとするよ」
キーファーと目が合うと、彼は視線を逸らさずに言った。
聞き間違いでは無い。
「何を言っておられるのか?」
「その猿芝居はやめたまえ!」
口を紡ぐラビ。
変装は完璧だと自負している。
見た目は間違いなくアイーダと変わりない。
「ちょっと何を言っているのか、分からないですね」
「そうやって誤魔化し続けるのかね?偽者よ」
キーファーは間違いなく確信を持っている。
隣のモミ卿の方も動かない事から、同じだろう。
「キミの正体がバレた理由を教えてあげようか?」
モミ卿の口元が嫌らしく釣り上がる。
シャクだが、今後に活かす為にも聞いておいても良いと考えた。
「キミはね、アイーダと違って自信に溢れている」
「自信?」
「本物と会った事は無いのかね?彼がヒト族最高の魔法使いというのは、おそらく事実だろう。だがな、彼にはその自信が無い!」
「彼は人と話す時、視線を逸らしがちになる。それは心の内を知られたくないからだ。そして話をする時も、自分の事はほとんど話さない。最高の魔法使いなら、もっと自信を持っても良いはずなのにね」
二人がアイーダを、そこまで見ているとは思わなかった。
自分も多少はそんな気がしていたが、ヒト族最高の魔法使いがそんなはずは無いと高を括ってしまった。
まさかアレが真実の姿?
「今、お前も迷っているだろう?」
その言葉に、ラビは胸の鼓動が早くなるのを感じた。
何故分かるのか。
たかがヒト族。
しかも名が知れているわけでもない王族の二人に、自分の心の内がバレるなどあり得ない。
「お前が自信を持って、その姿になっているのは分かる。だがその自信が、その姿に合っていないのは自覚していないようだな」
「!?」
鋭い指摘に、彼は顔色を隠せなかった。
変装をしている最中に、素の自分を出すのは初めての経験だった。
気になる。
何故分かったのか、どうしても気になって仕方がない。
「お前が考えている事を答えてやろう。何故分かったのか?それは私達が、お前よりも自分を隠しているからだよ」
「私達がどれだけ自分達を偽って生きてきたか、アナタに分かりますか?幼い頃から心を隠して、もう二十年以上。アナタ如きの隠し事など、分からないでか!」
モミ卿の大きな声に合わせて、城の中から兵士が大勢駆けてくる。
これは最早、作戦通りにはいかないだろう。
「お前達!その偽者を引っ捕らえなさい!」
ラビの後ろに居る自分の派閥だと確信した兵達に、号令を出す。
だが、彼等は一切動かない。
「何故です!?」
「フフ、アハハハ!」
「何がおかしい!」
ラビの笑い声に、モミ卿の怒りを買った。
「貴方の指摘は素晴らしかった。今後の糧とさせていただきます。でも貴方、自分の事は分かっていらっしゃらないようですね」
両手を広げ、後ろの兵達を煽るラビ。
「貴方は彼等の事をどう思っているか、既に教えてありますよ。それでも貴方に求心力があれば、彼等も心変わりなどしなかったと思いますが。自分の事をひた隠しにしている人が、他人から信用を得ようとするなんて、おこがましいですよね」
「貴様ぁ!」
「作戦は失敗!今から第二案である門の破壊を実行する!」
ラビの声に後方の部隊は一斉に向きを変え、再び王都を守る門へと走り始めた。
「クソがぁ!お前等全員、皆殺しだ!」
キーファーの合図で、維持派の兵達が一斉に襲い掛かってきた。
ラビを狙う先頭集団。
そこへ割って入る、元ターネン派の兵達。
彼等の大盾が、ラビを狙った剣を弾く。
「アイーダ様!後ろへ下がって!」
手を引っ張られるラビは、そのまま後方へとドンドン押しやられる。
しかしラビは、彼の言葉に申し訳ない気持ちになっていた。
そこで彼女は手を引く男に聞いた。
「私がアイーダ殿ではないと、既に知れた。なのに何故、私をアイーダとして扱ってくれる!?」
「アナタはアイーダ様ではない。私達はターネン様に続き再び騙された」
心が痛くなるラビ。
彼等がターネンに騙されていたのは知っていた。
だが、作戦上また騙さなくてはならなかった。
今まで気にした事が無かった。
でも騙されて心に傷を負った彼等を再び騙している自分は、もっと酷い奴だったと今になって思ったからだ。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいですよ」
「でも・・・」
「アナタの嘘は私達の為だって、皆分かってます。それに自分の身の安全より、すぐに作戦変更を叫んだ。自分を捨てて皆の事を優先した。偽りの姿でも、アナタの心はヒト族最高の魔法使いと同じに見えましたよ」
引かれる手の熱さが伝わってくる。
彼は嘘を言っていない。
「私達は私達の仕事をします。アナタにはアナタにしか出来ない事をして下さい」
「・・・ありがとう!」
ラビは顔を上げてお礼を言うと、逆行していた部隊の列を丁度抜けた。
そこで彼女は、すぐに姿を変える。
「ブーフ殿の姿!?」
「私は門の開閉機を破壊してきます。アナタも必ず生き残って下さい」
「承知しました!」
「お前達!」
「ブーフ様!?何故このような所に!?」
「開閉機を破壊する。誰か小隊で来てくれ」
ブーフの姿になったラビは、六人を呼び敵の方へと駆けていく。
「私の姿を見えないように、盾で隠してくれ。その後、何があっても驚かないように」
「分かりました!」
盾の後ろで再び姿を変えると、彼は大きな声で眼前に迫る維持派に向かって言った。
「私だ!門の開閉機まで案内しろ!」
「き、キーファー様!?コイツ等は敵では!?」
「彼等はターネンの配下だ。私の護衛をしてもらっている。他の連中はキルシェの手の者だった。門の外には、ターネン派の兵達が待っているらしい。今すぐに開けに行くんだ!」
「は、はい!」
敬礼をした維持派の兵に連れられ、ラビを入れた七人は後ろへ続く。
キーファーの姿をした彼女は、六人に目で謝罪の意を示した。
彼等もその意を汲み、頷いただけで前を向く。
「この足下に隠し扉がありますが、狭いので気を付けて下さい」
「案内ご苦労。では眠りたまえ」
ラビが持っていた布が、案内人の口元に覆う。
少し抵抗をした彼は、手をだらんと垂らして眠りこけてしまった。
「ごめんなさい、こんな姿で」
「アナタがアイーダ様の。凄いですね」
「キーファー様の声が真後ろから聞こえた時は、顔に出さないようにするのが大変でしたよ」
彼等は笑いながら、俺もだと同意していた。
先程の男と同様に、彼等もラビの事を気にしていない様子だった。
「急ぎましょう。外でキルシェ様達の部隊が待っています」
階段を降りると、そこには上半身裸の男が四人座っている。
彼等が開閉を行っているらしい。
「誰だ、お前等!?」
「キルシェ様配下の者だ。お前達、抵抗するなら斬るしかないが」
「キルシェ様の!?外に改革派が居るので!?」
「そうだが」
「開けます開けます!すぐに開けます!」
抵抗するつもりなど微塵も見せず、彼等は門の開き始める。
どうやらキーファー達の執政は、あまり評判が良くないみたいだ。
しばらくすると上から大きな音がした。
門が開き終わったらしい。
地上へ戻ると、そこにはキルシェ派の兵と一緒に入ってきたある男が暴れていた。
「出番でござる出番でござる!拙者の活躍、維持派も改革派もその目でとくとご覧あれ!」