手品師の憂鬱
彼女は自分で口の悪さを暴露した。
そう、自らが言ったのだ。
僕はたまたま、マイクのスイッチを入れたに過ぎない。
それなのに、めちゃめちゃ怒られた。
しばらく言い合いをしていると、冷静になったキルシェが今の状況に気付いた。
だがザームエルのおかげで、改革派は一つにまとまる事になった。
改革派万歳!
勘違い万歳!
その後は元ターネン派も加えた鍛錬が始まった。
前衛と後衛に分かれ、そして集団戦闘を行う訓練に入る。
今では王国屈指の兵となっていた。
自作自演のターネン処刑まで一ヶ月を切った頃、僕等の元に降伏勧告の使者がやって来た。
警備兵は、ヒト族最高の魔法使いだと言い張る。
しかも僕ですらまだ覚えていない転移魔法、そして伝説と言われている蘇生魔法まで使えると言う。
そんな人物を見た阿形達は、それに恐れて警備を捨てて戻ってしまったらしい。
念の為に兄と代わった僕とキルシェは、降伏勧告に来た使者に会ってみる事にした。
手の中に現れる花。
帽子の中から飛び出す鳥。
キルシェの護衛についた妖精族とネズミ族は恐怖に震えたが、兄とキルシェは違う感想だった。
「おっさん、手品って見た事ある?」
「子供の頃に一度だけな。勿論前の身体でだぞ」
やっぱり手品って、そうそう見るものじゃないよな。
テレビの中ではバラエティ番組で見たけど、こんな間近で見たのは初めてだ。
「魔王様!お離れ下さい!」
扉の方から大きな声がした。
見てみると、弟が作った武器を持つ阿形と吽形の姿がある。
怖くなって逃げ出したんじゃなくて、武器を取りに戻っていたのか。
「あー、このままで良い。何もするなよ?」
「危険です!私達の方へ!」
「うるさい!俺達は続きが見たいんだ!」
こんな近くで見るんだぞ!
邪魔をするなっつーの。
キルシェも同じ気持ちらしく、しりもちをついた護衛達に手出し無用と言っている。
「えっと、あの僕殺されそうですか?」
真っ青な顔で問いかけてくる使者、もとい手品師。
「安心してくれ。キミに危害を加えたら、俺がソイツをぶん殴る。というわけで、続きをお願いします」
「真っ二つになるヤツ!それが見たいんだけど」
キルシェのリクエストは、まさにマジックといったヤツだった。
箱の中に入れられる助手A。
その箱に対して、剣を突き刺していく。
「やめろ!痛がっているぞ!」
「なんという鬼畜な所業!」
「ヒト族はこんなにも酷い連中なのか・・・」
泣きながら助命を願うネズミ族に、怒りを露わにする妖精族。
阿形達もいつものニコニコ顔と違って、真顔である。
「そしてこの箱を、エイッ!」
「おぉ!」
俺とキルシェは二つに割れた箱を見て、驚きの声が出てしまう。
手品だと分かっていても、凄いものは凄い。
ぐったりして動かない助手Aだったが、箱を戻して剣を抜くと、カッと目が開いた。
その瞬間に恐怖に怯える魔族の連中。
蘇生魔法だなんだと、泣く連中も居た。
「箱を開けると、ハイこの通り!彼女は無事です」
「おぉ!凄い!」
「蘇生魔法だ!」
「魔力が減った様子も無い。とんでもない魔力量だな」
見当違いの驚き方だが、無事だった助手を見て安堵している。
「凄いな。他にも何か出来る?」
「私ももっと見たいんですけど」
「え?そうですか?じゃあ、このカードの中から一枚選んで下さい」
俺とキルシェのアンコールで、その後も手品は続けられた。
どれくらい経っただろうか?
一時間は経ってないと思うんだが。
楽しい時間はあっという間だとよく言うが、本当にその通りだと思う。
「以上で、全ての演目を終わらせていただきます」
俺達は目一杯拍手した。
たった二人だが、めちゃくちゃ彼等の礼が終わるまで拍手をやめなかった。
顔を上げた彼は、困惑した顔でこっちを見ている。
何故だ?
拍手のタイミングとか間違えたのか?
「なんか困ってないか?」
小声でキルシェに言うと、彼女はポンと手を叩き俺の耳元で答えを言う。
「これ、ギャランティーが発生するんじゃないの?」
なるほど。
それだ!
振り返って護衛を呼ぼうとすると、白目で泡を吹いて倒れている奴等が居た。
かろうじてネズミ族の男が一人だけ気絶していなかったので呼ぶと、怯えながら近くに来る。
「悪いんだけど、俺の部屋から金貨持ってきてくれない?」
「御意!」
何故か嬉しそうに、急いで部屋から出ていく男。
金貨を持って戻って来たのは、何故か違うネズミ族だった。
持ってくればいいから、別に違う者でも良いんだけど。
「はい」
「何ですか、これ。えっ!?金貨!」
「今回のギャラです。今日は楽しい時間、ありがとうございました」
キルシェがお礼を言って立とうとすると、彼は何かを言いたそうにしている。
その様子を見た彼女は、再び俺の方に寄って言ってきた。
「お前、何枚渡した?ギャラ足らなかったんじゃないか?」
「マジで?五枚は少ないかな?」
「手品のギャラの相場なんか知らんもんなぁ。直接聞いた方が早いんじゃない?」
俺の手品は、金貨五枚程度で見れるもんじゃないぜ!
そう言いたいんだろう。
困った顔して見てきているが、内心では怒ってるのかもしれない。
「あの・・・」
「はい!」
声を掛けただけで喜んでいる。
やはりギャラが少なかったらしい。
「あと何枚必要ですか?」
「え?」
「ギャラが少ないんですよね?」
「へ?あっ!とんでもない!こんな大金、貰えるなんて思いませんでしたよ!本当に頂いてよろしいんでしょうか?」
あれ?
ギャラの話じゃなさそうだぞ。
キルシェの方を向くと、顔を背けられた。
間違った答えだったから、無関係だと思わせたいらしい。
「違ったじゃん!」
「じゃあ何が目的なんだよ。お前、分かるのかよ!」
それが分かったら、最初から金貨なんか渡してないっつーの。
また言い合いになりそうな雰囲気の中、彼が恐る恐る話し掛けてくる。
「あの〜」
「何ですか?」
「降伏はしますか?しませんか?」
二人で顔を見合わせた後、俺達は思い出した。
「それなっ!」
「当たり前だけど、降伏はしません」
「そうですよね。分かりました」
キルシェの返答に、彼はすぐに引き下がった。
帝国の人間だから、もっと強気に言ってくると思っていたのに。
少し拍子抜けだった。
「あのさ、俺が言うのもなんだけど、そんな簡単に諦めていいの?」
「いやぁ、本当は駄目なのかもしれないんですけど。お二人の反応見たら、無理だなぁと思いまして」
「どういう事ですか?」
俺達の反応を見て諦めたって事?
意味が分からん。
(交代しようか。多分、この人は戦わないと思う)
そうか?
まだ安心出来ないと思うぞ。
(もし危害を加えるつもりがあったなら、手品の最中にアレだけ無防備だった二人に、攻撃してると思うよ)
そういえば、あの時は何も考えてなかったな。
普通に楽しんでただけだった。
完全に安心は出来ないから、その辺は用心しておけよ。
「降伏はしません。だけどアナタ方はそれで戻って、問題無いのですか?」
「そうだね。わざわざ帝国の人間、しかも召喚者を使ってまで使者として送り出されたんだ。使者に選ばれた理由だってあるんじゃないの?」
やはり同じ事を心配している。
使者として来た敵であるこの人が、気弱でなんとなく見捨てづらいのだ。
捨てられた震える犬のように、思えてしまう。
「僕が使者に選ばれたのは、さっきの魔法が使えるからです」
「魔法?手品の事?」
一瞬驚いた顔をしたが、やっぱりという顔に変わった。
「バレていたんですね。それじゃあ僕には無理だ」
「無理って何が?」
「僕の手品って、この世界だと魔法に見えるらしいんですよ。だから、ヒト族屈指の魔法使いと呼ばれるようになりました」
手品師ってマジシャンと呼ぶくらいだし、この世界でそう呼ばれるのも間違ってはいない。
でも、本物の魔法の方が凄く見えるんだけど、何故手品の方が凄く見えているのか分からない。
「それで何故手品が使えたら、降伏勧告の使者に選ばれたんです?」
「後ろで泡を吹いて倒れているのを見て分かるように、手品の一部が魔族に恐怖の対象になっているみたいでして。これを披露してから降伏勧告を行うと、大抵は降伏してくれます」
「なるほど。僕とかキルシェの反応が芳しくなかったから、不安そうな顔をしていたわけだ」
「そうです。しかも魔法ではなく手品だと分かっておられたので、これはもう無理だと思いました」
彼の言っている事を信じれば、すぐに諦めた理由も理解出来る。
ただ、不明な点がまだあった。
助手の存在だ。
彼等は日本人には見えない人も居る。
手品のタネを明かしても、問題無いのだろうか?
その視線に気付いたのか、後ろに控えていた助手達がビクッとした。
「あぁ、彼等ですか?彼等は僕の義理の兄妹達です」
「義理の兄妹?」
「僕、帝国で結婚したんです」
「召喚者なのに!?確か召喚された人達は、クラス分けされてるはずだけど」
「まいったなぁ。召喚者って事もバレてましたか。僕、こう見えてAクラスってヤツなんですよ。召喚された直後に何が出来ると聞かれ、手品を見せたらすぐにAクラスって言われました」
この気弱そうな人がAクラスだって!?
あ、そういう事か。
手品が魔法に見えたから、ヒト族で魔法が使えるって理由かもしれない。
「それでアナタ、このまま帰っても大丈夫なのかしら?」
「どうでしょう。初めて失敗しましたから。帝国に戻ったら降格させられるかもしれないし、王都に戻った時点で酷い扱いを受けるかもしれないし。はたまた仕方ないの一言で終わるかもしれません」
結局分からないのか。
既に諦めた彼は開き直っているようにも見えるが、後ろの助手達はそうじゃないらしい。
さっきまでとは逆に、震えて怯えているように見える。
そしてキルシェが、彼の事を見当違いだと言い始めた。
「違うわ。アナタ、一つだけ忘れてませんか?私達は敵同士で戦っています。降伏勧告に失敗したアナタも、戦場に出るのではという事です」
この言葉を聞いた彼は、初めてその状況に理解した。
失敗した事が無かったからこそ、彼女が言ったような事にはならなかったのだと。
「それはマズイです!!僕、戦った事なんか一度も無いですから!」
「召喚者は、戦うほど強くなるんじゃなかったっけ?」
「僕は魔法使いという設定でしたから。他の連中とは違う扱いで、戦闘訓練には一度も出ていないんです。だから日本に居た頃となんら変わらない基礎体力ですよ。おそらく王女様達の後ろで泡吹いて倒れてるネズミくんにも、すぐにやられるでしょう。あぁ、困った!」
彼は今更戦えないと、頭を掻きながら悩んでいる。
後ろの助手達も戦場という言葉に、女の子の方は泣き出してしまった。
「彼女達はこの世界の本当の一般人です。戦場になんか出せませんよ!それに僕の大事な人の兄妹でもある。どうにかしないと!」
気弱な男だとばかり思っていたが、なかなかどうして。
嫁ではなく義理の兄妹なのに、面倒見がとても良く思える。
キルシェも同じ意見みたいで、泣いた女の子の事を慰めようとしていたが、護衛に止められていた。
「うーん、どうしようかね?嫁さんは帝国?」
「自分の兄妹達が王国の内乱鎮圧の手伝いに行くというので、心配だと一緒に王国に来ています。流石に僕以外は正規の兵ではないので、王都内で家を短期で借りていますが」
それを聞いたキルシェは少し考えると、ニッコリと笑顔で彼に聞いた。
「助かる方法が分かりましたよ」
「本当ですか!?」
「助かりますが、少々問題があります」
「何でも言って下さい!必ずしますから!」
その言葉を聞いた彼女の笑みは、少し形を変えた。
「では帝国と維持派、両方とも裏切りましょう。なあに大丈夫。アナタ方は私達が保護しますから。怖い事は何もありませんよ?」