ヒト族史上最高の魔法使い
三人揃って役者だな。
半兵衛の言葉に本人も頷くが、キーファー達が素を見せる相手であるジューダス。
この人物には警戒が必要だという話で一致した。
キルシェはターネン派の兵士達を取り込むべく、いよいよ行動を開始した。
アジトに残してきたキルシェ派の兵も呼び、まずはラビが撮ってきた映像を流した。
キーファーとターネンの真実を知った彼等は、大きく動揺した。
特にターネン派の者達は、三者三様といった反応を見せた。
そんな中、ターネン派から一人の男がマイクを持った。
ザームエルという貴族の一人が、自分の気持ちを告白し始めたのだ。
だがそんな話の途中、キルシェはとんでもない爆弾を投下しようとしていた。
思わずマイクを切った僕は、キルシェの言葉を遮って言葉を続けた。
彼女は神の知識を有している。
そう誤魔化した僕の話を、広場の兵士全員が聞いていた。
そんなキルシェが改革を望んでいるのだ。
ザームエルはターネン派を立ち上がらせ、キルシェへの忠誠を叫んだ。
ここだと思った僕は、キルシェのマイクのスイッチをオンにした。
すると今まで聞かせた事が無いと思われる彼女の声が、大きく広場に響くのだった。
余程大きな声で叫んでいたのだろう。
シーンとなった広場には、ハウリングを起こしてキーンという嫌な音がスピーカーから聞こえている。
「あら?」
可愛らしい声で誤魔化そうとしているのだが、完全にアウトである。
皆、上を見上げて無言だった。
これはマズイ。
僕が後で怒られるヤツだ。
「彼女だって怒れば、ああいう態度になるんだよ。でも心配かけないように、普段はおしとやかで通してたんだ。皆もキルシェに気を使わせてばかりだと、いつか彼女も倒れちゃうぞ?」
ちょっと強引だが、彼女のフォローをしてみた。
すると運良く、ザームエルも乗ってくれたのだ。
「そうだ!今みたいなキルシェ王女の方が、人間らしいじゃないか!いつもニコニコして腹の中で何考えているか分からないより、こっちの方が分かりやすい」
「だろ?そう思うよな?いや〜、僕のマイクのスイッチタイミング、絶妙だったな」
ここは敢えて僕のミスではないと念を押した。
「そんなわけあるか!自分のミスを誤魔化そうとばかりして!周りの魔族が優秀過ぎて分からないかもしれないが、コイツは駄目人間だ!」
ハゥ!
痛いところを突かれた。
クソッ!
このおっさん、自分がバレたもんだから、人の事も巻き込もうとしてやがる。
「自分の本性がバレたから、他人の悪口ですか?僕の事を巻き込んで、自分の話を流そうとしてるんでしょ。これだから腹黒は怖いわぁ」
「あらぁ?魔王様には負けますわ。子供のフリして女性をエロい目で見てるし、腹の中真っ黒なのはどちらでしょうね?」
この野郎!
そんな事バラしたら、アジトの水着事務員達に白い目で見られるだろうが!
「あの〜、その辺でやめた方がよろしいかと?」
「うるさいな!外野は黙ってろ!」
ザームエルが申し訳なさそうに声を掛けてきたが、僕はイライラが止まらずに怒鳴った。
キルシェも似たような態度で、しばらく罵倒し合っていた。
少し疲れた。
一息吐くと、冷静さが戻ってきた。
同じく冷静になったキルシェは、恐る恐る下を覗く。
「・・・やらかした?」
「えぇ、とても」
ザームエルの一言で、彼女は壁の上で転げ回る。
だが、それが良かったのかもしれない。
「俺達はターネンやキーファーという王族に騙されてきたわけだ。だけどキルシェ王女は違った。あんなみっともない姿まで見せてくれる王女が居るか?自分を曝け出した彼女に、俺は感謝したい」
ザームエルが言うと、ターネン派から歓声が上がる。
一人の男が、モミの木の書いてある腕章を叩きつけた。
それを見た周りの連中も同様に、腕章を捨てている。
そしてキルシェ派へと歩み寄り、気付くと肩を組んで大きな輪になっていた。
「俺達は初めて、改革派として一つになったんだ。キルシェ王女万歳!改革派万歳!」
ザームエルの音頭に、兵士達が皆叫ぶ。
マイク無しでも僕等よりも大きい声だ。
「結果オーライ!これにて一件落着!」
「何処がだ!お前のせいで私は、色々と痛い王女だぞ!?」
キルシェの最後の一言で、広場には笑い声が包まれた。
キルシェの演説が終わると、元ターネン派の連中もラコーン達の鍛錬に組み込まれた。
大人数になった事で、大きく二手に分かれる事になった。
一つは前衛。
もう一つは後衛だ。
前衛は剣や槍の鍛錬に加え、真イッシーによる集団戦を叩き込まれている。
そして後衛は主に弓と銃で構成されていて、彼等にも集団戦が教えられている。
こちらはなんと、妖精族や半兵衛達が主に教えていた。
銃の扱い方は妖精族が教えていた。
彼等は若狭の中で選ばれた、エリート集団らしい。
そこそこ銃に長けた人物が、教官となって狙い方等を修正している。
そして半兵衛が後衛の動き方を教えているのだが、これがまた見た事ある動きだった。
教わった兵達も眼から鱗といった様子で、その効率の良さに驚いている。
「王女様、なかなか上手いですね」
「まあな。拳銃なら海外で撃った事あるし、未経験ってわけじゃない」
もはや隠さなくなった素の喋り方で、妖精族の教官に答えている。
ただ拳銃や海外といった言葉は、通じていないみたいだ。
「魔王より私の方が上手いだろ?」
たまたま様子を見に来た僕をチラ見したキルシェは、嫌味ったらしく教官に聞いていた。
笑って誤魔化す教官。
僕は近くないと当たらないからね。
それに魔法使えるから、銃なんか関係無いし。
負け惜しみじゃないし。
兄さんなら銃より鉄球の方が威力あるし。
負け惜しみじゃないし。
【負け惜しみだな】
うるさいし。
二ヶ月が過ぎ、鍛錬も終盤に入った。
おそらく王国兵の中では、かなり屈強になった方だろう。
そこに外の警備をしていた妖精族の一人が、慌てて戻ってきた。
「魔王様、王国から使者が来ています」
「あ、そう。キルシェ呼ばないとね」
僕がキルシェを呼びに行かせようとすると、彼がとんでもない事を言い始めた。
「凄い魔法使いです!おそらく魔王様に匹敵、いや凌駕するかもしれません・・・」
「魔法使い?魔族なの?それならキルシェは呼ばなくて良いかな」
「いえ、ヒト族です。ヒト族史上、最高の魔法使いかもしれません!」
ヒト族史上最高って。
むしろヒト族で魔法使える方が少ないはずだけど。
こっちにもチカっていう子供が影魔法使えるけど、召喚者だからって理由もありそうだし。
ん?
もしかして召喚者か?
「それ、王国の人間?」
「いえ、王国の使者ですが、装備からして帝国の者だと思われます」
やっぱりな。
そうなると召喚者の可能性が大きい。
総大将のキルシェを、召喚者の前に出すのは危険か?
「キルシェには知らせなくて良いかもしれない」
「私を抜きにして、勝手に話を進める気か?」
どうやら丁度戻ってきたらしい。
彼の報告も聞いていたのかもしれない。
「危険かもしれないぞ?」
「魔王より強い奴なんか居るのか?」
どうなんだろう?
召喚者の中にはSクラスって呼ばれる連中も居るし。
否定は出来ないかな。
「倒せはしても、守るのは難しいかもよ?」
「太田殿も呼んでくれよ。完全武装の彼なら、守り切れるんじゃないか?」
普通の攻撃なら無傷だろうけど、今回は魔法使いって話だからなぁ。
ミスリルの完全武装とはいえ、僕より凄いかもしれない魔法使い。
あまり無茶をさせたくない。
というより、どんな魔法を使うんだろう?
彼は僕より凄いかもと言ったんだ。
見ていたはず。
「その使者が僕より凄いって、何で思った?」
「魔王様は召喚魔法を使えますよね?」
「え?まあツムジくらいしか、マトモに呼べないけど」
「彼も召喚魔法を使います」
マジか!
ツムジしか呼び出せない僕より凄かった場合、ちょっと凹むぞ。
「それだけではないのです!他にも転移魔法を使ってました!」
「転移魔法だって!?僕も覚えてないぞ!テレポーテーションみたいな感じ?」
「テ、テレポ?」
「どんな感じで転移した?」
「最初に見せられたのは、何も無い所から物を取り出しました。思わずしりもちをつくくらい、驚きましたよ」
物を取り出したのか。
召喚魔法に近いけど、物なら違うもんなぁ。
「更に驚いたのは、消えたと思ったら別の場所から現れたのです!」
「それは凄いな!それこそテレポートだ!」
羨ましい!
そんな魔法あったら、僕も覚えたい。
「そして極めつけが、蘇生魔法です」
「蘇生魔法?治癒じゃなくて?」
治癒魔法なら結構見掛ける。
ハクトだって使えるし、勿論僕も使える。
蘇生魔法という事は、死んでも生き返らせられるって事だ。
ようやく五分の人数だというのに・・・。
これを連発されたら、僕等に勝ち目は無い。
「なんと恐ろしい事に、失敗をした部下を真っ二つにしたのです!それだけでも驚いたのですが、そこから身体を元に戻して、生き返らせるという手段を取ったのです」
「真っ二つの身体を元に戻すか。想像すると気持ち悪いな・・・」
キルシェが横で同じ事を考えていたみたいだが、想像した結果、顔色が悪くなっていた。
しかし他人の砦で、血だらけスプラッタはやめてほしい。
「彼は言いました。生まれ変わったお前に罪は無いと」
「うーん、なんとも言えない」
生まれ変わった者に罪は無いという事は、戻ってきた人は別人?
それって生き返ったというより、別の魂を呼び出したって事じゃないのか?
「お前、蘇生魔法使えないよな?」
「使えるわけないだろ!」
「蘇生魔法は伝説の魔法の一つです。そのような魔法使いに逆らえば、自分達にも命が無いと。だから皆、彼を恐れてしまいました」
「え?それってもしかして、今警備が居ない?」
頷く彼に、流石にキルシェが怒る。
「馬鹿か!外の警備が居なくなれば、門はすぐに破壊されるぞ!」
「し、しかし・・・」
「お前達の隊長は?」
「隊長も怖がって外へ出ていません・・・」
まさか阿形達ですら後退してしまったとは。
慶次は自分の順番まで寝るのが日課だし、太田は鍛錬の試験相手で出払っている。
残るはベティか。
「ベティは?」
「越中の領主様でしたら、アジトから食料を運ぶ手伝いに行っています」
まさか、戦闘で期待出来る連中が誰も居なくなったとは。
これはマズイな。
「いや待て。使者だと言ったはずだな。私達にどんな用件があると言って来たのだ?」
「ハイ。降伏勧告に来たと言っています」
降伏勧告か。
召喚魔法に転移、そして蘇生魔法は脅しという事か。
やっぱり帝国は侮れない。
「よし、まずは会ってみよう」
「そうだな。僕もその魔法を見て、覚えられるかもしれないし。ここへ呼んでくれ」
彼等は五人でやって来た。
キルシェを守るように、妖精族とネズミ族が背後や横に立っている。
僕もすぐに飛び出せるように、兄に代わろうと思う。
「初めまして。私は帝国のアイーダと申します」
アイーダ?
召喚者じゃないのか?
「降伏勧告に来たそうだな。残念だが無駄足だぞ」
「そうですわね。私達は何があっても屈しません」
外面対策としておしとやか風キルシェになっているが、久しぶり過ぎて気持ち悪い。
彼等が目の前に居る手前、そんな事は口に出せないが、やはり違和感は皆思っていた。
ネズミ族の女性が笑いを堪えているのが分かる。
「残念ですね。それでは私の力の一端を、お見せしなくてはならないようだ」
彼が立ち上がると、それを見たキルシェ警備隊が守備を固めた。
俺もすぐにキルシェの前に移動したが、次の彼の行動を見て固まってしまった。
「それでは坊ちゃん、お嬢様。これをどうぞ」
「あ、はい。どうもありがとう」
彼はパッと手の中から、薔薇の花を出してきた。
それを見たネズミ族は、急に後退る。
「こちらに取り出したるは、何も無い帽子でございます。ご覧の通り、何も入っていません」
彼はシルクハットを持ち出し、クルッと中が見えるように回した。
そしてその帽子を部下Aに持たせ、ステッキで軽く叩く。
「おぉ!鳥が召喚されたぞ!」
妖精族が急に飛び出してきた鳥に驚き、しりもちをついた。
「転移魔法に召喚魔法。アイツ等が言っていた事は本当だったんだ!」
ネズミ族も妖精族も、恐れに震えが止まらなくなっている。
怖がる警備隊とは別に、俺とキルシェはすぐに分かってしまった。
「手品じゃん。俺、目の前で初めて見たわ」