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キルシェスピーチ

 キーファーとターネンは繋がっている。

 親しげに話す二人に、ラビは確信した。

 キーファーがジューダスを呼び出した理由も、改革派の殲滅についてだった。

 ターネンも改革とは名ばかりで、実際は維持派と変わらなかった。

 国民が知っている二人とは、大きく違う。

 彼等は部下を兵士を、そして国民を試す為に、偽りの姿を見せていたらしい。


 彼等の心配は、この内乱が終わった後の事だった。

 今は味方の帝国が、いつ牙を剥くかが心配だと言う。

 適当な返事をしていると、彼は父親殺しまで口に出し始めた。


 王都潜入から戻ったラビの報告をキルシェと聞いたが、あまりの出来事にショックは大きかった。

 キルシェにいたっては、心ここにあらずといった様子。


 そしてターネンが裏切っているとなると、彼の兵はどう動くのか。

 それが今後の問題だった。

 半兵衛は全てを取り込み戦力を五分にするつもりだが、キルシェは自信が無い。

 だがキルシェも、自分の腹の中を見せて信用を得て、彼等を取り込むと宣言した。

 そんなキルシェに半兵衛は言った。

 家族同士で無能を演じて騙せるのは、三人揃って名俳優ではないかと。





 三人とも言えるのは、部下には素を見せていないという点だ。

 キルシェも中身がおっさんだという部分は、コモノにもブーフにも見せていないだろう。

 本人もそう言われて、自覚していた。


「私は良いんだよ。中身が全く違うんだから。でも、兄二人の素がああだとはね。ジューダスという神官、余程信頼されているようだな」


「確かにね。家族という点を抜かしても、二十年以上もの付き合いがあるキルシェは知らなかったわけだし。ジューダスという神官も、要注意人物だと思う」


 僕の言葉にキルシェも頷く。



「ちなみに城を自由に歩けるという理由から、アーメラウという人物にも接触しましたが、彼はただの腰巾着でした。彼は重用されているジューダスを、快く思ってないみたいですね」


「そりゃ他国から来た他所者だしね。腰巾着なら尚更だろう。どうせ戦いには出てこないし、無視して良い存在だな」


 チラッと半兵衛を見たけど、同じ意見のようで何も言ってこない。

 彼を気にするのは、時間の無駄という事だ。



「情報は出揃った。後はターネン派を早々に取り込む。早くすればするほど、彼等にも鍛錬をする時間が与えられるはずだ」


「そうですね。ターネン派の兵を取り込むなら、キルシェ派の兵にも演説に参加してもらいましょう。同じ改革派として、好影響があるはずです」


「というわけだ。キルシェ王女様は責任重大だな」


「他人事だと思って軽く言う。だが俺の国だ。お前達は見ていてくれ」





 アジトに残してきた高速船が、こちらへとやって来た。

 ラコーンと真イッシーによる鍛錬はまだ終わっていないが、全員が王都前の砦へと移動してきている。


「真っ二つに割れてるね」


「キルシェ派とターネン派で、分かりやすく離れていますね」


 半兵衛も隣でそれを見ていた。

 彼は見比べていて、ある事に気付いたらしい。


「腕章の絵が違いますね。桜の花びらとモミの木ですか?」


「ホントだ。桜は分かるけど、モミの木は分からないや」


 モミの木だと一目で分かる半兵衛は凄い。

 イチョウや松のような特徴的な木なら馴染みもあるけど、モミの木なんかクリスマス以外に見た事無い。

 日本人ですぐに気付く人の方が、少ないんじゃないか?


「始まるみたいです」





 キルシェが外壁の上へ移動してきた。

 それを見上げる両派閥の兵士達。

 彼女の右手が挙がると、僕はラビが撮った映像を壁に流し始めた。


「な、何だ?妖術!?」


「人が映っている。魔法か?」


 騒がしくなる広場に、再びキルシェの手が挙がり、僕は一時停止を押した。

 違和感無く映像を流しているが、よく考えると魔王の僕が裏方の仕事をしている理由は何なのだろうか?

 これ、ラビでも半兵衛でも出来るし、何なら太田にやらせても良かったくらいだ。



「静粛に!今見てもらったのは、魔法ではない。科学という、魔力も使わない技術で保存された過去の映像である」


 キルシェの声が広場に響き渡る。

 それもそのはず。

 キルシェにはマイクを、広場の四方にはスピーカーもセット済みだからだ。

 後ろの連中は何処から声が聞こえているのか振り返って見回している者も居る。


「この声が後方まで聞こえるのも、同じく科学の力を使っている。これは魔族だけではなくヒト族にも扱える、革新的な技術である。そして今から見てもらう映像は、その技術を使った紛れもない事実だ!」


 手が挙がり再び再生ボタンを押すと、例の三人での密談シーンになった。



「う、嘘だ!」


「えっ?えっ?」


「私達は騙されていたのか?」


 部屋に入り、後ろ姿と声でターネンに気付いた者達が、最初は歓声を上げて喜んだ。

 だが、そこから急転直下の反応になる。

 騒ついていた広場は、いつしか映像の音声以外聞こえなくなった。



 密談の全てが終わると、壁に映し出された映像は真っ黒になって終わった。

 キルシェ派は、ただ動揺が広がっている。

 まさか味方だと思っていたターネンが騙していて、更に聖人の如く思われていた性格が、反対に悪い事が発覚したからだ。

 だが、彼等より隣の方の集団がもっと酷い事になっていた。



 大の男がワンワンと泣きじゃくり、嘘だと叫ぶ者。

 膝から崩れ落ちて、虚空を見つめながらブツブツ呟く者。

 怒り心頭でターネンを罵倒する者。

 そして大半は、ただただ呆然として、何も考えられない者達だった。



「信じられないのも分かる。信じたくないのも分かる。何故なら私も、同じ気持ちだからだ」


「私達はどうすれば良いんですか!?」


 下から叫ぶ声はキルシェ派の連中だ。

 やはりラコーン達に鍛えられているからか、ターネン派の連中より生傷が多い。


「どうすれば良いか。それは自分達で決めてほしい。私は無論、改革を断行する為に戦う!」


 キルシェがマイクを掲げると、それに合わせてキルシェ派の兵達から大きな歓声が上がった。

 これだけを見ていると、ちょっとしたアイドルのライブ会場みたいだ。


 しかしその反対側のターネン派は、今もどうするべきか悩んでいる。

 そんな中で、ターネン派から一際声を出している者達が居た。


「魔王様、彼にマイクを持たせたいのですが」


「予備マイク使う?」


「お願いします」


 半兵衛が何かを彼に言わせたいらしい。

 ネズミ族の男が目的の男にマイクを手渡した。



「お、おぉ。本当に声が大きくなる。ゴホン!お前達、俺の話を聞け!」





 手渡されたマイクに興味を示しつつ、彼は落ち込むターネン派に向かって話し掛けた。


「俺はハンベック家のザームエル。ターネン様、いやターネンと幼年学校から付き合いがある」


 ザームエルという男は、どうやら貴族らしい。

 王族と学生時代を共にしているなら、平民と同じ学校というわけにはいかないだろう。

 そのザームエルの近くに居た者達は、まさか自分の近くに貴族のお偉いさんだとは思ってもみなかったみたいだ。



「ターネン派が主に平民達で、形成されているのは知っている。俺のような存在は稀有だが、それでも貴族だって参加している。理由は簡単だ。ターネンが言った事に賛同したからだ」


 平民達が主に集まっているのは、ターネンが平民から人気があるからに他ならない。

 彼は身分を気にせずに接していたからだが、その中には同じような考えを持つ貴族も居たという事だ。


「俺達が貴族として参加すると、萎縮する奴だって居る。だから俺達は、身分を隠して参加していた。お前達と共に汗水を流して、分からなかった者の方が多いんじゃないか?」


 近くの連中が頷いているのは分かる。

 少しだけ目に光が戻った者達だ。


「俺はあの人が言った、魔族と手を取ってより良い暮らしをという考えについて賛同した。勘違いしないでほしいのは、より良い暮らしとは、貴族が偉ぶって怠惰な暮らしをする事じゃない。平民が暮らすにあたって、少しでも良い環境を得る事である」


「ハンベック家のザームエル。アナタ、なかなか良い事を言いますね」


「キルシェ王女も似たような考えをしておられるでしょう?一つだけ残念だったのは、まず立ち上がるのはターネンだと思っていたのに、先にキルシェ王女が立ち上がった事が悔しかった。だが俺は、ターネンがキルシェ王女と手を組んだと言われた時、とても嬉しかった。理想が現実になるってね」


「私も同じ気持ちです。今までの固定観念に囚われた維持派みたいな王族貴族から、魔族と手を取り合おうって考えをする者なんて居ると思わなかったもの」


 このやり取りが気になり始めたのか、下を向いたターネン派が壁の上に立つキルシェを見る為に顔を上げ始めた。


「だがターネンは違った。信じない信じたくないと言った王女の言葉、おそらく俺の周りで俯いている連中の胸に深く突き刺された事だろう。でも俺は、あの映像という物を見て思った。コイツの本性はコレだと!」


「・・・人の本性なんていうものは、見ようとしなければ分からないものです。私だって、私についてきた者達に隠している事があります。それは大きな、とても大きな事です」


 隠し事があると告白した事から、彼女の派閥も大きく揺れた。

 彼女は今から、その隠し事を自ら暴露しようとしている。


「私は愚姫なんて呼ばれ方をしていますが、その理由はこの世界には無い非常識で変な事ばかり言っているからだというのは知っています。だけど何故、そんなこの世界の常識ではありえない知識があるのか。それは・・・ブツッ!」


 いやいや!

 それは暴露しちゃ駄目なヤツだ!

 僕等が又左達に説明した事と矛盾してしまう。



 彼女はマイクが音を拾わなくなった事を疑問に思って、マイクを叩いたりしている。

 少ししてから僕の仕業だと気付いた。

 だが、その先は言わせられない。

 だから悪いけど、嘘の上にまた嘘で塗り固めさせてもらう。





「彼女の知識は、神から与えられた物だ」


 いきなり口を挟んだ僕に、やはり一斉に視線が飛んできた。

 しかしこれには、ターネン派の気落ちした連中も興味があるみたいだった。


「さっき、ジューダスという男が神の存在を語っていました。神は存在するのですか?」


「彼の言う神は誰だか知らない。だが、神は存在する。その大きな理由の一つが、魔王であるこの僕の存在が証明している。僕がこの世界に来た理由は、神から連れてこられたからなんだ」


 何故か僕が告白する流れになった。

 しかしそのおかげで、キルシェへの関心は一気に薄まったとも言える。


「ザームエルと言ったっけ。アンタが持つそのマイク、そしてこの声を大きく流しているスピーカー。これ等は全て、神の国の知識の産物だ」


「な、なんだって!?」


「そしてキルシェは、その神の国の知識を持たされている。いわば神に選ばれた人間なのだ!」


「な、なんだってえぇぇ!!」


 とても良い反応をありがとう。

 驚くのにわざわざマイクを使ってくれたおかげで、兵士達全員が驚いたように見える。

 これにはターネン派の連中も、落ち込んではいられなかった。


「彼女はそれを隠し続けた。愚姫なんて呼ばれ方をしても、その知識が何処から来たのか話さなかった。ま、話しても信じてもらえないからね」


「話してくれていれば、信用したかもしれないのに」


 ザームエルはそう言ったが、そんな事はほとんどありえない。

 強いて言えば机上の空論を語る、頭のおめでたい奴呼ばわりされるくらいだろう。


「話しても無理だっただろうね。だって証明出来ないんだから。でも、今なら信じられるはずだ。だって、本物をお前達が目にしてるからな」


「そ、そうだ!その通りです」


「素直でよろしい。では、敢えて面倒なのですっ飛ばして話す。神から選ばれた人間であるキルシェが、改革を望んでいる。お前達はどうする?」


 壁の上でわちゃわちゃ動くキルシェが目に入っていたが、マイクのボリュームはゼロである。

 何を喚いても聞こえない。


「俺はキルシェ様についていく!ターネンが言っていた嘘は許せない。だがキルシェ王女が隠していた事は、人を傷つけるものではない。俺と同じ考えを持つこの人になら、命を預けても良いと思っている。お前達はどうだ?」


 ターネン派の者達に、語りかけるように問い掛けるザームエル。

 彼のおかげか、挙手をして賛同する者や大きく返事をする者。

 武器を掲げて声を出す者達が目立ってきた。

 あと一押しで行ける気がする。

 最後はやはり、本人が締めるべきだろう。

 マイクのボリュームを上げて、彼女の声が大きく広場に響き渡った。





「私の声を聞け!クソッ!魔王め、全ておいしい所を持っていきやがった!」

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