王城への潜入
ナビ役の兵士も、お菓子の魅力に取り憑かれたようだ。
しかし彼は、この味なら貴族しか手に入らないのではと言う。
僕は農業大国の王国なら、材料やお菓子の輸出入をすれば一般国民にも手に入るのではと提案した。
その言葉に彼のやる気も上がったので、是が非でもキルシェには改革を成功させてもらいたい。
砦の建設予定地に着くと、早速ビビディ達が作業に取り掛かった。
そんな中、僕にもドワーフ達が使用する炉を作るという大役が回ってきた。
ドワーフ達の作る武器が今後を左右する。
半兵衛の指示に僕は、上野国と同じような炉を作製するのだった。
戦闘に長けた四人はというと、阿形と吽形に関してはラーメンに夢中だった。
ラーメンの始祖扱いになっている、ハクトの作るラーメンが目的だ。
半日待った彼等は、ようやくハクトのラーメンを食した。
だがそのタイミングで、王都からの襲撃に遭う。
彼等は右顧左眄の森で見せた顔を覗かせ、怒りに任せて撃退した。
彼等は食事の続きを楽しみつつ、新たに作ったお好み焼きも堪能した。
お礼を述べる二人に、僕はある疑問を持った。
誰が外の警備を担当しているのかと。
「四人とも居るけど、誰が今は担当なんだ?」
サッと目を背ける二人。
まさか、仕事そっちのけでラーメンを食べに来たのか。
いや、真面目なこの二人に限ってそれは・・・
「何してるでござる。早く戻らないと駄目でござるよ」
「そ、そうですね!急いで戻ります!」
「待ってよ、兄ちゃん!」
二人は急ぎ外へと走っていった。
「全く、仕事はちゃんとしてほしいでござるよ」
「お前が言うな!」
普段やる気の無い慶次の言葉に、思わず僕はツッコミを入れた。
当の本人は一切気にしてないみたいだが、お前の一言は自分に返ってくるのだ。
慶次がいつかサボっていたら、ハリセンで叩こうと決めたのだった。
その頃、ラビは王都へと潜入していた。
何度か王都内にも潜入した経験はあるのだが、今回は内乱の最中という事で、入るには今までのやり方では不可能だった。
そこでラビは、キルシェが知っている方法で潜入。
王族が知っている秘密路ではなく、キルシェ達が用意していた地下通路を使って入った。
王都内に入り最初に気付いたのは、活気は以前ほど無い。
以前は出店や露店商が多くあった広場も、今ではほとんど出ていない。
道行く人も少なく、下手に挙動不審な動きをすると、すぐに目立ってしまうくらいだった。
農家の娘風に装ったラビは、露店の前で片付けをする男性に話を聞いてみる事にした。
「あの、今はお店やってないんですか?」
「あん?お前、王都の人間じゃないのか?」
「私、親と一緒にうちの畑で採れた野菜を持ってきたの。以前来た時と全然違う様子だから、少し気になっちゃって」
それっぽい言い訳で切り抜けると、彼は意味深な事を言い出した。
「そうか。今の王都に、よく売りに来るつもりになったな。俺達も店を出すに出せないから、困ってるのに」
「困ってる?」
「キーファー様が王都に戻ってから、ここで店を出すのに預託金というのが必要になってしまったんだ。しかし我々のような露店商は高い預託金を支払う余裕は無い。だから今、ここで露店を開いている連中は少ないだろう?」
「そうですね」
長く続く道沿いに、以前は所狭しと露店が並んでいた。
飲食店に八百屋に肉屋、雑貨屋まで様々な店があったはず。
怪しい店も多々あったが、それでも賑わっていた。
「その預託金というのは、返ってくるのですか?」
「店を閉める時に返ってくるという話だが、そんなのやめる時にならないと分からない。第一せっかく出した店を理由も無くやめるなんて、そんな奴居ないからな」
「それじゃ、今は店はほとんどやってないと?」
「商業地区の店舗を構えた店や、貴族が住む高級街はやってると思うけど。それはそれで問題があるみたいだけどな。商業地区は、露店市場のあるここよりも預託金が高く設定されているし、高級街は更に高いらしい」
何とも無駄な政策だ。
王族が自ら経済を回さないでどうするのだろうか。
このままだと、徴収する税だって減らさないと国民からの反感は無くならないと思うのだが。
彼等はそこまで頭が回らないのか?
キーファーは頭が悪いという話だが、周囲の連中がしっかりしているなら、そんな事無いはずなのに。
「私達も野菜を売るのに、預託金が必要なのね。お話、ありがとうございました」
ラビはお礼を言うと、露店市場から離れた。
街を一通り回った後、彼女は王城へとやって来た。
ゲルヒトリンデと呼ばれる城だが、なかなか綺麗な城だった。
築城されてから、そんなに経っていないと思われる。
「キルシェ様からお話は聞いています」
とある城の一角に、メイド姿の女性が現れる。
彼女はキルシェ配下の者で、城を脱出したキルシェが残したスパイだった。
「調べたい事があるとの事ですが、私では城の中を自由に歩く事が出来ませんよ」
「大丈夫です。まずはこうして・・・」
「わ、私!?」
ラビは目の前に居るメイドに変装すると、交代を申し出た。
「城の中を自由に行き来出来る方を教えて下さい。中に入ってから、その方に変わります」
変わるという言葉に驚きを感じつつも、目の前の人物を見て反対は無かった。
一瞬で自分が目の前に現れたのだ。
他の人物にもなれるのだろうと確信していた。
「まずはキーファー殿下と側近のアーメラウ。そして神官ジューダス」
「神官?」
神官とはどういう職業なのだろうか?
魔族に神を信仰するという習慣は、今まで無かった。
魔王様が再臨された時、神の使いと称された事で神の存在が明らかになったくらいだ。
だが、神官というのが神の使いとは思えない。
「神官とは、神に仕える者です。神の導きを説き、広めたりもします」
「神とはどのような存在なのでしょう?」
「さあ?私もよく分かりません。ただ、キーファー殿下は相当に傾倒しているとの話です」
なるほど。
魔王様と違って、使いではなく仕えているだけのようだ。
もしかしたら、仕えている気になっているだけかもしれない。
しかし王子が神官に心酔しているなら、城を自由に出歩いていてもおかしくない。
まずは中へ入ってからが勝負だ。
メイドの姿を借りて、とうとう城内へと潜入した。
彼女にはこの間、街で時間を潰してもらっている。
城内に同じ人物が二人現れるというのは、あり得ないからだ。
中を散策すると、城の中は思った以上に明るくとても綺麗だった。
理由として挙げられるのは、陽の光が入るように設計された窓の位置にあると思われる。
天気が悪くても、短い間隔にランプが用意されている。
これは火を使う物ではなく、どうやらクリスタルで灯すようになっているらしい。
魔族嫌いの王国で、誰が魔法を唱えるのか不明だが。
「あら、ハンネ。頼まれてた仕事は終わったの?」
「えぇ、とっくに。貴女はこれからどうするの?」
ハンネというのはこの子の事だろう。
お互いの年齢からして、おそらくは仲の良い同僚といった感じだと思う。
もし上司なら仕事に対して聞いているのであれば、ブラブラしている部下に対して、もう少しトゲがある言い方をしてくるだろう。
瞬時に人間関係を考える点に置いて、ラビは半兵衛並みの天才とも言えた。
「私は今から、ジューダス様の部屋へ掃除に向かう途中よ。ちょっと憂鬱なのよね」
「あの方、面倒だもんね」
「かなり神経質だからね。部屋の見えない所でも埃が残っていると、凄い剣幕で怒るし。行きたくないなぁ」
神経質な人間で掃除にうるさい。
潔癖症?
もう少し情報が欲しい。
「なら、私も手伝いに行ってあげる」
「良いの!?助かるぅ!今度の休みにお茶でもお礼するわ」
部屋の様子から、もう少し情報を得たい。
今は情報収集の時だから。
「この部屋ね」
扉を開けると、豪華な家具や寝具がすぐに目についた。
家具の色は黒や茶と言った暗めの色が多いのだが、タンスを開けると服は明るい青一色だった。
こんな服を長浜や他の領地で着ていたら、目立って仕方ない。
何を考えているのだろうか。
「隅々までよく見てね。窓も拭き残しがあると、怒られるわよ」
手の届かない場所には、脚立を使ってまで綺麗に拭くらしい。
本当に大変だと実感した。
「ん?掃除の日は今日でしたか」
急に扉が開くと、タンスに入っていた物と同じ明るい青一色の服を着る人物が現れた。
背は高いが、筋肉質というわけではない。
開いているのか分からない細目に高い鼻。
口は大きく、一度見ると忘れないような顔立ちだった。
ノックもせずに入った事から、彼が神官ジューダスに違いない。
「ジューダス様。お掃除中ですので、その身が汚れると大変です。終わるまでは外に出られていた方が、よろしいのではないでしょうか?」
「そうですね。掃除の日を間違えた私が悪いのです。隣の部屋で手紙を書いていますので、終わったら声を掛けて下さい」
そう言い残して、彼は早々に部屋から立ち去った。
手紙を書くという事は、誰かと連絡を取っているはず。
神官であるなら、同じ神を信仰する者?
それとも家族や友人?
「ちょっと私抜けて良い?」
「何処行くの?」
「部屋の掃除ももうすぐだし、神官様に紅茶でも出してくるわ」
「緑茶じゃないと駄目よ。紅茶を出すと怒るから」
「分かったわ」
青に拘りがあるのか、ただ単に嫌いなのか。
紅茶は駄目という情報は手に入った。
ここからが本番。
「失礼します。緑茶を用意しました」
「ありがとう。助かります」
部屋に入ると彼は手紙を書いているのが分かったが、書きかけの手紙は早々に隠してしまった。
誰宛てなのか、内容は何なのか確認出来ない。
「ハンネさん。今日のお茶、少し熱くないですか?」
「申し訳ありません。新米のメイドが湯を沸かしたものですから。以後気をつけるように伝えておきます」
お茶を少し熱めにしたのは理由がある。
中に入れた睡眠薬がバレないようにする為だ。
これは妖精族が作っている、他の領地より強力な睡眠薬である。
ものの数分で眠気が襲うので、少し待っていれば寝たか確認出来る。
「それでは私は失礼します」
部屋から出て、すぐに扉の前で待機する。
五分後、部屋をノックして起きているか確認すると、返事が無い。
すぐに部屋へ入り、彼が寝ている事を確認した。
「これが手紙・・・。なるほど、そういう事ですか」
手紙の内容は普通だった。
おそらく暗号化されているのではと思われる。
書き写す時間が惜しいが、幸いな事に魔王様が連れてきたコバ殿の作ったキャメラが、こういう時に活躍する。
手紙の真の内容自体はまだ不明だが、宛先はすぐに分かった。
ドルトクーゼン帝国王子、ヨアヒム・フォン・ドルトクーゼンとある。
彼は帝国の王子と繋がっている。
これは大きな事が明らかになった。
「ジューダス殿?」
ノックの音と男の声が聞こえてくる。
寝ている姿を見られるのはマズイ。
「少々お待ちを。着衣の乱れが気になります。このまま姿を見せては、私が私を許せません」
「ハハッ!ジューダス殿らしい。相談があるので、準備が出来たら開けて下さい」
「お待たせしました」
青一色の服に身を包んだラビは、扉を開けた。
そこには、自分でも知っている男が立っていた。
「キーファー様、どのような御用件でしょう?」
「廊下で話すような事ではないのでな。出来れば私の部屋にてお話し願いたい」
「なるほど。そういう事ですか」
「分かったか?話が早くて助かる」
何も分からないが、自室に呼ぶという事は誰にも聞かれたくない話があるという事だろう。
それに呼ばれる存在であるジューダスという男。
キーファーが傾倒しているというのは、嘘ではないという事だ。
「では、中へどうぞ」
「失礼します」
中へ入ると、先にソファーに座っている男の後ろ姿が確認出来た。
どうやら先客が居るらしい。
「連れてきた?」
「あぁ」
本来、王子に対して使う口の聞き方ではない。
だがそれは、王子としてではなくもっと親密な間柄でなら違和感はなかった。
そして彼の顔を見た時、ラビは自分の疑惑が確信に変わる時だった。
「お元気でしたか?ターネン王子」