砦作り開始
相談役は半壊した船を見て激怒した。
しかし、自分を慕う作業員と事務員達がそのおかげで助かったと知ると、その怒りもどうにか鎮めてくれたようだ。
出航する船団は圧巻の一言だった。
各代表が他の船に乗っている為か、爺さんは饒舌に九鬼水軍の船の話をしてくれた。
九鬼水軍が有名なのは、船だけでなく河童という種族が相乗効果を生んでいるのかもしれない。
彼等は水上戦なら無敵だと思われた。
それでも相談役は、鳥人族は脅威かもしれないと言う。
連合軍の味方同士だが、敵対しない可能性もある。
そうならない為には、僕達がしっかりとしなくてはならないのだ。
そしてとうとう陸地へ着いた。
そこからの資材運搬は、船では無理との事だった。
トライクで何度もピストン輸送をすると言うので、僕は新たに大型トラックを作り出したのだった。
トライクと十トントラックでの運搬を開始。
ナビを務める王国兵の若者が、運転手である僕と半兵衛に挟まれてガチガチに緊張していた。
それを解そうと僕達はお菓子を分け与えると、彼は恐る恐る口にして、その美味さに感動したのだった。
「美味いですよね。魔王様の作り出したお菓子って、元々あったお菓子と比べても甘いんですよ」
「これ、魔王様が作ったんですか!?」
「作ったというか、レシピを調べたというか」
スマホでお菓子作りのレシピを見ただけなのだが。
お菓子は分量さえ間違えなければ、そうそう不味い物は出来ないと聞いた。
試しに自分で作ったのだが、意外にも本当に食べられる物が出来たのだ。
食事作りは下手だが、お菓子からマトモに作る事が出来た。
その事から僕はレシピを公開して、菓子屋を安土に作ったのだった。
「王国で売ったら、貴族は喜んで買うでしょうね。この味なら、相当な高値で売れそうです」
「それってさ、貴族に売れてもキミ達みたいな一般兵の口には入らないって事?」
「高値で取引されるなら、そうなると思います」
砂糖以外に高価な物なんか、大して使ってないと思うんだよなぁ。
こうやって美味いって言ってくれるのに、口に入らないのは気が引けるし。
キルシェ政権になったら、安く取引させてやりたいものだ。
それに安価に作る良い方法もある。
「王国は農業大国だろ?だったら王国から材料を大量輸入して、こっちで大量生産すれば、販売数も多くなって一般国民にも出回らないかな?」
「それは良い考えですね!私もその案に賛成です!」
半兵衛が王国兵よりも先に賛成してきた。
お菓子の話になると、半兵衛は結構うるさい。
脳の活性化に甘い物は不可欠だからだ。
「そうなってくれたら、私も嬉しいですね」
「貴族用には、希少な材料を使ったお菓子とか、ブランデー入りのお菓子とか売れば良い。それもキルシェが王国のトップにならないと、全て意味が無いけどね」
「ですね。この車内だけで話していても、取らぬ狸の皮算用という話です」
「お二人の話を聞いて、とてもやる気が出ました!頑張ります!」
彼はお菓子を少しずつ食べながら、そう言った。
やる気を出してくれるなら、お菓子を差し入れくらいしてあげようと思う。
そんな事を考えていたのだが、これが後々に大きな事件に発展するのだった。
ようやく砦を築く予定地へ着いたのだが、予想以上に王都から丸見えである。
本当に大丈夫なのだろうか?
「まずはビビディ様とノームの方々に、王都からの攻撃を防ぐ為の囲いを作ります」
「任せろ!」
ビビディはトライクの後ろに乗りながら、ノーム達にまずは堀を作らせた。
その後に大きな土壁を用意して、外からの視界を遮るという方法を取った。
「この内側で作業をしていれば、王都からは何も見えないはず。更に内側に強力な壁を作り、攻めてくるのを迎え撃つ算段です」
ビビディの説明を聞いたノーム達は、既に作業を開始している。
安土で共に働く仲間だからか、かなり手際が良い。
「ちなみにワシ等は何をしましょう?」
「真田殿達には、壁に沿って武器を作っていただきたい。ただし、魔力を用いずとも使える武器をお願いします」
「王国兵が使える武器というわけですな」
ビビディが頷くと、彼等はその準備に取り掛かる。
その前に僕にも一仕事あるらしい。
「魔王様は何でも作れると聞いております。ワシ等の為に炉をお願いします」
「上野国の炉と同じ形で良いのかな?」
「それでお願いします」
壁の内側の一角に炉を作ると、彼等は早々に火を入れる準備を始めた。
何を始めるのか分からないが、既にお役御免のようだ。
付近が暑くなってきたので、僕は挨拶してその場を離れた。
「ラーメンを!ラーメンをお願いします!」
阿形と吽形の大きな声が聞こえる。
他の種族は気にしていないが、同じ妖精族の連中は珍しい光景に振り返っていた。
「ハクトの作る飯の話か」
「どうせなら、総料理長が作るラーメンが食べたいのです!」
若狭でも数店舗構えるくらい人気のあるラーメン屋。
彼は僕の頼みから再現をした為に、それからラーメン作りの元祖として総料理長と呼ばれる存在になっていた。
スタンダードな醤油からガッツリ系ラーメンまで、様々なラーメンを作り出したと言われ、気付けばラーメン業界では神のような扱いなのだ。
そしてラーメン大好き阿吽の二人は、ハクトの事を尊敬を通り越して崇拝している。
多分僕等よりも、ハクトの言う事を聞きそうなくらいだ。
「あまり鍋や調味料も沢山使えないので、二種類くらいしか作れないですよ」
「二種類も!?では美味さの表現が難しいと言われる塩味と、若狭ではまだ開店していないガッツリ系というのをお願いします」
二人の注文に、今から色々と仕込むらしい。
圧力鍋もあるので、時間短縮等も出来るとは思うが、その間にこの二人は何をしているのだろうか。
そんな疑問を持っていたら、二人ともその場から離れずに、ハクトの調理風景をガン見していた。
「お前達、仕事無いのか?」
「外の警備は交代制になりました。今は慶次殿が張り切ってやっています」
「むしろ食事と寝る時以外は、ずっと外でも良いと仰っていましたよ」
あの馬鹿。
戦いたいだけじゃないか。
そうもいかないので、やはりベティを含めてちゃんと交代をさせる事にした。
「そういえば、ラビの姿が見えないんだけど」
「彼、いや彼女なら、気になる事があると王国へ向かいましたよ」
太田が後ろから返答してくると、その後ろから河童達も付いてくる。
どうやら太田と、相撲をする約束をしているらしい。
体格差が凄いのであまり勝負にならない気もするが、小兵でも強かった力士も存在する。
後で結果を聞こう。
そんな感じで数時間が経ち、辺りも暗くなってきた。
「ラーメン完成しましたよ」
楽しみにしていた時間がやっと来た。
そう言いたげな二人が、一番乗りでラーメンを啜り始める。
「美味い!やっぱり総料理長は違いますね!」
「このガッツリ系というのも、ニンニクが効いていて美味しいです。しかもこの量。聞いてはいましたが、想像以上に多いですね」
食べ始めた二人は、いつも以上に饒舌に話す。
相当楽しみにしていたのだろう。
だが、その楽しみが怒りに変わる時間になった。
「二人とも、交代の時間を過ぎているでござるよ。拙者、食事の時間だけはずらしたくないでござる」
「何故今なんですか!?」
「食べ終わるまで待っててもらえませんか?」
「嫌でござる。食べたいなら、先に部下だけでも行かせれば良いのでは?」
「お前達、先に行っていなさい」
丼を持ちながら命じる二人だったが、誰も文句を言わずに先に外へと向かった。
出来る部下達だ。
僕が慶次に命じても、こうはならない。
「さてと、伸びる前に早く食べないと・・・」
二人が麺を持ち上げると、さっき外へ向かった妖精族の兵士の一人が戻ってきた。
「王国兵の軍がこちらへ向かっています!」
「二人とも、頑張るでござるよ。食べ終わったら、手助けに行くでござる」
塩ラーメンを食べながら、呑気に言う慶次。
二人は真顔になった。
「ふ、ふふ」
「フフフ、フハハハ!!」
気が触れたように笑い出す二人。
そしてそれは、かつて右顧左眄の森で見たあの二人へと変わっていく。
「人の楽しみを踏みにじりやがって!ぶっ殺す!」
「最速で最短で終わらせる!最初から全力でぶち殺してやる!」
二人は報告に来た妖精族の兵士の案内で、全速力で走っていった。
「別に作り直しても良いんだけど」
ハクトのその言葉を聞いていたら、ここまではキレなかっただろう。
慶次はあの変わりようを見ても、普通にラーメンを食べている。
図太いというか無神経というか。
「おーまーえーらーかー!死ねぃ!」
巨人の頭が、壁からはみ出して見えている。
最初から全力と言っていたのは、嘘ではなかったらしい。
ダガーとスティレットを両手に持ち、地面へと突き刺しているのが分かる。
ズドンズドンと刺す度に聞こえるその音は、外から聞こえる悲鳴をかき消していた。
「お前等は総料理長のラーメンを汚したのだ。万死に値する!」
そんなセリフが聞こえるのだが、それを聞いたハクトは青ざめていた。
「僕、そんな大層な人間じゃないよ!」
「でも、美味い食事を作れるでござる。その食事の邪魔をするなら、万死に値すると言うのは過言ではないでござるよ」
慶次は二人の言っている事は、至極真っ当だと言い張った。
ベティもラーメンを食べているが、コイツは我関せずを貫いている。
何か言って巻き込まれるのは御免だという事なんだろう。
「音がしなくなったな。悲鳴も遠ざかっていくし、逃げたかな」
「逃すとは、あの二人も甘いでござるな」
物凄い勢いで走ってくる二人。
「甘くて結構。ラーメンの続きを食べる為なら、逃亡も許しますとも」
しかしさっきまでのラーメンは既に伸びていた。
膝から崩れ落ち、悲しげに丼を眺める二人。
「せっかくのラーメンが・・・」
そこに、熱々の新しいラーメンが出てくる。
「一仕事終えたんだから、新しい物をどうぞ」
「なんと!?だがせっかくの総料理長のラーメンが勿体無い・・・」
「こっちも食べてから、新しいのを頂きましょう!」
「それ、古いラーメンを食べている間に新しい方が伸びるだろ」
二人は勿体無いと悩み始めるが、そこは僕の出番だな。
レポート作りをしている時に、カップラーメンを伸ばしてしまった事が多々ある僕は、伸びたラーメンも再利用する方法を知っている。
「お前達はこっちのラーメンを食べていなさい。ハクトは古いラーメンを使って、新しい料理を作ってくれ」
「新しい料理?」
「お好み焼きだ」
丼から麺と具を取り出し、それを生地の間に挟む。
スープは生地に少量混ぜると、そのラーメンに近い味になる。
海に行けないので鰹が取れないから鰹節は無いが、それでもソースとマヨネーズはある。
二人の食べ残しだが、火は通しているので潔癖症の奴以外は食べるだろう。
「これでどうだ!?」
「あら、美味しい」
「これがさっきのラーメンの残りですか?」
ベティが一番乗りで手を伸ばしたのは意外だったが、他の三人も美味しそうに食べている。
あんまりラーメンとの食い合わせは良くないと思うけど、美味いから関係無いんだろう。
ラーメンもお好み焼きも全て無くなっていた。
「満足しました」
「総料理長、本当にありがとうございました!」
二人は、ビシッとしたお辞儀でお礼を言っている。
そんな二人にアワアワしながらも、ハクトも全部食べてくれたお礼を言った。
ただ、気になる事がある。
「お前達四人ともここに居るけど、誰が外の見張りをしてるの?」