船団
真田昌幸は、意外と人の心に入り込むのが上手いと思った。
正座をしていた四人とラビに自己紹介を済ませると、同様に正座を始めたのだ。
自分もアナタ方と同じ。
初対面で喧嘩腰だった四人に対して、むしろ好印象を与えたのだった。
アジトに向かう途中、半兵衛に安土からの人選について尋ねてみた。
何故、ビビディやイッシー等のヒト族が多いのか。
その理由は王国兵にあった。
魔族が勝っても、王国兵に生き残りが居なければ敗北を意味する。
彼の言葉から、その難しさが今になって分かってきたのだ。
そして彼等を助ける為に必要なのは、真田が作る武具にもあると言う。
真田昌幸は上野国から抜け出したいと考えていた。
元々彼は、武田信玄を師匠に持っていたらしい。
だが領主になると思われた師匠は病死してしまい、その後釜に滝川一益が入ったというのだ。
彼を説得して安土への引き抜きに成功すると、半兵衛は話の続きを始める。
何故、ビビディがやって来たのか?
それは王都の目の前に砦を築き、王都の奪還と維持派の壊滅を同時に行うという、とんでもない作戦の鍵を握っていたからだった。
「それ、可能なの?時間掛ければ、それだけ相手からの圧も強くなる。厳しいと思うんだけど」
「その為のノーム達です。彼等の力と魔王様、そして真田殿の力を借りれば、問題無いと考えております」
自信満々だな。
真田の力も借りるって事は、ミスリル関係でも何かあるのか?
「それよりも気になる事があるんですが。あのせんだんは何でしょう?」
千段?
そういえばこの辺に、神社があるとか聞いたな。
そんな長い階段なのか知らないけど、千段は大袈裟じゃないか?
「気のせいじゃないか?流石に千段とまでは呼べないだろ」
「そうですか?かなり多いと思うんですが」
「千段だと俺でも苦労しそうだなぁ」
「ですよね。私もそう思います」
むっ!
自分で言うなら未だしも、他人から階段くらいでキツイと思われるのは癪だな。
「いや、やっぱり千段くらい余裕かな。俺くらいになれば、それくらいパパッとね」
「そうですか?では、アレが敵でない事を祈ります」
「敵?アレ?」
視線の先にあるのは、川を降ってくる大量の船だった。
「船団!?千段じゃなくて船団かよ!」
まさか、維持派が攻めてきたとか。
このまま川沿いを進めば、そのままアジトに直行する。
ブーフのせいで、場所は既にバレてるからな。
可能性は大いにある。
「敵ですかね?」
「どうだろうな。こっちは臨戦態勢には入ってるみたいだけど、川から一方的に砲撃されたら面倒だな」
森の中を通っているこちらに、まだ気付いてないようだ。
特に何かしてくる様子は無い。
こっちも少ないとはいえ、それなりの人数だ。
だけど岸から離れている船を攻撃するのは、鳥人族以外には少々難しい。
それに戦闘に不向きな連中も、こっちは引き連れている。
彼等を守りながらだと考えると、通り過ぎていくのを待つのがベストか?
それとも誰かに様子見をしてもらう?
それで怪我でもされたら困る。
怪我をされないようにするなら、やっぱり強い奴に行ってもらうしかないか。
「ベティを・・・」
「ハァイ!」
速っ!
というか、ベティを呼んでくれって言おうとしたら、その前に本人がすっ飛んできたぞ。
やっぱり耳が超絶良いんだな。
「あの船団が、敵か味方か。確認してきてほしいんだけど」
「了解よ。それと確認なんだけど、敵だった場合はどうするつもり?」
それなんだよなぁ。
ベティも一人で戦うわけにはいかないし。
敵なら逃げてきてもらった方が良いかもしれない。
「とりあえず攻撃されるようなら、そのまま撤退で。話をする気があるなら、ベティの判断で会談しても良いよ」
「アタシの判断で?」
ベティも領主の一人だし、下手な判断をするとは思えない。
何でもかんでも俺に振られるより、勝手に話を進めてもらった方が楽だしな。
「任せたぞ」
「任された!」
ベティはそう言うと、少し遠回りをして森から飛び出した。
多分、味方の場所を知られないようにという判断だと思う。
接触をしようとした俺の判断が、吉と出るか凶と出るか。
それ次第で、ここに居る連中を危険に晒してしまうからな。
野球と違って生死が関わる事だ。
そう考えると怖いな・・・。
「ベティ殿が戻ってきました」
早い。
そんな早く戻ってくるって事は、敵だったって事だよな。
話し合いに応じるなら、もっと遅いはずだし。
あぁ!
俺やらかしたかも!
「只今戻りました」
ベティが空から降りてきた。
真顔なところを見ると、攻撃でもされたか?
だけどその後に出てきた言葉は、想定外だった。
「皆、船に乗るわよ!」
「そっか。お前達だったのか」
「ごめんね、マオくん。送っていったのに、すぐに戻ってきちゃったよ」
この船団は志摩からやって来た、九鬼嘉隆率いる九鬼水軍だった。
どうやら蘭丸達が志摩へ向かっている途中で、合流したらしい。
「まさかまた船に乗る事になるとは・・・」
蘭丸は以前と違い、船酔いはそこまで酷くなっていない。
ここに来るまでに吐きに吐きまくって、段々と慣れたと言っていた。
「それで、何故王国領内に戻ってきたんだ?しかも爺さん一人じゃなく、わざわざ九鬼の水軍まで連れて」
この問いに答えたのは、孫の方の嘉隆だった。
「援軍に来たに決まってるだろ!オレだってあの船の完成は見てみたい。だからこそ、改革派の連中に負けられたら困るんだ」
「船が完成して海に出るまで、死ぬわけにはいかん。早く平定してもらって、中断した造船作業を再開させる。九鬼の力を使ってでもな」
爺さん、やる気満々だな。
向日葵の絵が入ったアロハシャツが、妙に眩しい。
「話の途中で申し訳ないのですが、紹介をしてもらってもよろしいですか?」
いきなり船に乗る事になって、彼等が誰だか気になっていたらしい。
昌幸が代表して、声を掛けてきた。
「彼等は九鬼水軍。志摩の領主九鬼嘉隆が率いる船団だ」
「ところで、どちらが嘉隆殿なので?」
そういえば、どっちになってるんだ?
もう孫が完全に引き継いだのか?
でも、志摩に戻る途中で引き返してきたわけだし、完全に引き継ぎも終わってない気がする。
俺はその事を二人の顔を見ながら考えていると、爺さんの方が答えてくれた。
「こっちの孫娘が九鬼嘉隆じゃ。ワシは先代九鬼嘉隆。今は相談役と呼んでくれれば良い」
「承知しました。ところで九鬼の方々も、魔王様の配下に加わるのですか?」
九鬼ってどうなんだ?
俺はあんまりそういうの分からんけど。
(他の領主と違って、まだ正確には魔族連合に入るとか言われてないんだよね。爺さんの問題に加えて、維持派のせいでゴタゴタしてたし。どうするかは彼等次第かな)
そうか。
まあ答えを急ぐ必要も無いし、王国平定までは協力関係って感じで考えれば良いだろう。
「加わります」
「はえーよ!」
「え?」
しまった!
唐突に配下に加わるとか言うから、突っ込んでしまった。
「いや、何でもない。嘉隆も魔族連合の一員って事だよ」
誤魔化せているわけじゃないが、何故か納得してくれたらしい。
「なるほど。では私からご挨拶を。私は若狭国で守護を担当している、阿形と申します。こちらが吽形」
「吽形です。よろしくお願いします」
握手をすると、吽形はそそくさと阿形の後ろに下がった。
こんな美人を相手しているというのに、二人ともポーカーフェイスである。
かに思われたのだが・・・。
しかし俺は聞こえてしまった。
身体強化をしていたからだが、その小声を拾ってしまった。
吽形が後ろに下がった理由。
それは阿形に小声で話し掛ける為だったのだ。
「兄ちゃん。めっちゃベッピンさんだね。しかも胸も大きいよ。若狭であんな綺麗な人、ほとんど居ないよ」
「そうだな。あんな人と知り合えただけで、ここに来た甲斐があったな」
表情は全く変わらないし、口もほとんど動いていない。
コイツ等、表面では何ともないフリをしておきながら、実際は浮かれていた。
俺はニヤリと笑ってから、二人の近くに移動した。
「そうだね。ベッピンさんだね。胸も大きいし、ここに来て良かったね」
ボソッと二人に聞こえるように言うと、二人は俺の方を物凄い勢いで振り向いた。
「良いんだよ。ムッツリでも良いんだよ。この戦いで、カッコ良いところを見せような」
「なっ!?」
「魔王様、勘弁して下さい」
顔を真っ赤にした二人は、そのまま下を向いてしまった。
他の人達はこっちに気付いていない。
と思われたのだが、やはり一人だけ別格が残っていた。
「あらぁん?二人は可愛い子よりも、綺麗な子の方が好みなのねぇ」
俺達の顔の高さまで屈んできたベティが、二人の顔を見ながら言ってきた。
恥ずかしいのか、無言のままの二人。
しかし大人な対応をするベティに、二人は顔を上げた。
「良いじゃない。せっかく知り合えたんだから、もっと交流を深めなさい。アナタ達の領主だって、戦いだけをさせる為に参加させたわけじゃないと思うわよ」
「佐々殿・・・」
「アタシはベティ。ベティと呼びなさい」
「ベティ殿。ありがとうございます!」
二人はベティに感謝の言葉を述べて、嘉隆の方へと向かっていった。
そしてそれは、修羅場が始まる合図でもあった・・・。
「拙者、前田利益。慶次と呼んでほしいでござる」
「・・・前田?」
「そうでござるが」
「あの犬の一族か!?」
「随分と失礼な女でござる。あっ!まさかその胸で兄上を誘惑したのでござるな?」
「誰があんな犬に!」
「兄上は誘惑するに値しないというのか!」
気付くとそこは、口喧嘩の最中だった。
慶次も又左同様、嘉隆との相性が悪いらしい。
というより、又左が原因で喧嘩しているように見える。
「慶次殿!貴方、嘉隆殿に何という事を!」
「嘉隆殿、何かされませんでしたか?」
「な、何でござるか?」
「貴方、今嘉隆殿に言い寄ってたでしょう!」
「ハァ!?」
「嘉隆殿が怒っているではないですか!」
「それは向こうが兄上を愚弄するから」
「お黙りなさい!」
阿形と吽形の二人は、慶次が嘉隆をナンパしていると勘違いしていた。
それに怒る嘉隆に対して、キレ気味に迫る慶次。
二人にはこのように見えたらしい。
そしてそのカオスな様子を眺めているのが、真田昌幸だった。
戦闘に向いていない彼は、この連中の間に入るのを躊躇している。
ちなみにベティは、面白おかしく笑っているだけだ。
「拙者の話を聞くでござる!」
「ささ、嘉隆殿はこちらへ」
「聞けよ!」
慶次がキレた。
気付くと、拙者とござるが無くなっている。
「おい、チビーズ。俺の話を聞かずに勝手に悪者扱いとは、お前何様だ!」
「チビだと!?獣人如きがよく吠える」
「喧嘩売ってるなら、まずはお前から始末するぞ」
「面白い。その喧嘩買ってやる」
うむ。
コイツ等全く反省していない。
正座したのを覚えてないのか?
ベティはまだ笑っているが、お前も止めない時点で同罪だからな。
「ちょ、ちょっと!?」
「お前、止めなくて良いのかよ!?」
ハクトと蘭丸はかなり焦っている。
三人の実力を知っている二人は、船が壊れるのではと心配しているのだ。
見ている分には面白いんだけど、確かにそろそろ止めないとマズイ気がする。
しかし、その喧嘩は拍子抜けする形で終わりを迎えた。
「なんじゃなんじゃ。ワシの孫娘、モテモテじゃのう。やめて!ワシの孫娘を狙って争うのはやめて!なんて言ったら、止まるかの?あ、止まったの」