真田の野望
ラビの変装は本物だった。
阿吽の二人にベティすらも、偽者だと気付かなかったのだ。
更に実力を見せる為、吽形とベティにも変わると、二人は驚きを隠せなかった。
そんなやり取りをしていると、安土からの援軍が到着した。
ビビディにラコーン、イッシー。
ノームと慶次は別として、この部隊の大半はヒト族で編成されていた。
あまりに予想外な部隊だったが、半兵衛には何か考えがあると思われる。
しかしその前に、慶次の一言が一悶着を起こすのだった。
慶次が吐いた大言壮語に、阿形と吽形が噛み付いたのだ。
喧嘩腰に話し始める三人を止めようとベティが間に入るが、そのベティを巻き込んで更に騒ぎは大きくなった。
兄は四人を正座させて叱りつけると、四人は異なる反応を見せながらも反省した。
唯一反省をした様子の無かった慶次だったが、それも又左の名前を出す事ですぐに手のひらを返す反応を示す。
そんなやり取りをしていた間に、知らぬ間に上野国からドワーフの一団が既に到着していたようだった。
何だ?
この卑屈なおっさんは。
「ドワーフのリーダーは誰だ?」
「ヒィッ!ワシも怒られる!」
何もしてないのに怒るわけないだろう。
頭を抱えてしゃがみ込むドワーフの肩を、優しく叩いた。
「ワシは何もしてないです!何も悪くないですぅ!」
「そんなの分かってるよ。おい、正座組!」
嫌な呼ばれ方をしたものの、四人はこちらへ歩いてくる。
その様子を見て、ラビもすぐにこっちへ来てくれた。
「彼等は若狭や越中、長浜の代表だ。すまないけど、自己紹介をしてくれるか?」
恐る恐る振り返り、何もしないと分かったのか、立ち上がり自己紹介を始めるドワーフ。
「ワシは真田昌幸。喜兵衛とも呼ばれてます。領主滝川一益の命により、魔王様の手伝いに馳せ参じた次第です」
正座組も自己紹介をすると、昌幸は急に正座を始める。
「貴殿のような方々が泥を付けているのに、ワシだけ綺麗なままとはいきますまい」
「ちょ、ちょっと!?」
「やめて下さい!アレは私達が悪かったのですから。貴方がそのような行為をする必要は無いですよ!」
阿形と吽形が必死に立ち上がらせようとするが、頑固に座ったまま立とうとしない。
「立ち上がってくれ。じゃないと四人が納得しない」
「かしこまりました」
俺が言うと、すぐに膝の汚れを落として立ち上がった。
「これでワシも、貴方達と同じですな」
「ハッハッハ!真田殿は面白い方でござるな」
「鳥人族には居ないタイプね」
「そうですか?」
どうやら四人は好印象を持ったようだ。
喧嘩腰で始まった仲だったが、彼が間に入ってなんとなくまとまった気もする。
この中では一番年上っぽいし、年の功というヤツかな?
「これで全員集まった事だし、そろそろアジトへ向かうとしよう」
「ところで半兵衛。安土は何故このメンツなんだ?」
俺は率直に理由を聞いた。
ハッキリ言って、慶次以外は予想外だったからだ。
「魔王様はこの戦、魔族だけで勝てると考えておられますか?」
「うーん、又左とかゴリアテが来てたら勝てたかな?」
「残念。おそらく無理です」
マジかー。
即答されてしまった。
又左達なら、圧倒的な力で蹂躙出来そうな気もするんだけどな。
「今、又左様達なら余裕で勝てるとか考えてましたよね」
ギクッ!
俺、そんな分かりやすく顔に出てたかな?
「理由をお話しすると、戦力不足です。部隊を分散させられれば、彼等が担当しない部隊は敗北の可能性が高いです」
「何故そう言い切れる?」
「向こうは帝国が味方しているんですよね?では、帝国兵と王国兵では、どちらが勝つと思いますか?」
「そりゃ帝国兵だろ。装備は一級、練度も高い。王国兵に勝ち目は無い」
ついでに言えば、根性も無い。
悪いが、王国兵に強者なんか居ないと思ってる。
「分かっておられるのですね。では、もし慶次殿や他の魔族の方々が、相手している敵がほとんど戦わず時間稼ぎに徹したら?」
「そりゃ、倒すのに時間掛かるだろう」
「その間に王国兵が、どんどんやられていきます。この戦い、我々だけが勝利しても意味が無い。彼等が全員負ければ、敗北なのです」
なるほど。
言われてみると納得だ。
俺達は勝つ事前提かもしれないけど、王国の人間が居なくなったら、国が成り立たないんだった。
でも王国兵同士なら未だしも、改革派と言えど帝国兵と戦えるとは思えないぞ。
「帝国兵と戦えるとは思えない。という疑問を持つと思われますが、では王国兵を帝国の連中と戦えるようにするにはどうするのか。その為のラコーン殿と真イッシー殿です」
「それって、今から練兵するって事?」
「付け焼き刃ではありますが。後は真田殿の武具に期待します。武具に優れていれば、そう簡単にやられる事は無いです」
「実際、優れているのか分からんけどな」
一益は褒めてたけど、どんな物を作るか見てないからなぁ。
完全にアテには出来ないと思う。
「大丈夫です。テンジ様から聞いた事があります。彼が滝川様に仕えているのに微妙な態度を取っているのは、鍛治の師匠である方を敬愛しているからだと。彼の師匠は、滝川様よりも凄い腕前だったと聞いております」
「じゃあ何故領主じゃないんだ?」
「病死されたのです」
そういう事ね。
領主として認められるのは、本来なら凄腕だった自分の師匠。
その後釜に入った一益は、違うだろって言いたいわけね。
だから独立して、一益の下から離れたいのか。
なんとなく分かった。
「真田を呼んできてくれ」
「お呼びですか?」
何故呼ばれたのか、不思議そうな顔をしている。
まあ聞く事聞いて、さっさと終わらせよう。
「単刀直入に聞くわ。上野国から離れたいか?」
想定外の質問だったのだろう。
顔色が変わりながらも、どのように答えていいのか迷っているといった感じだ。
「・・・それは滝川一益から聞けと言われたので?」
「違う。そうしたいんだろうなと、俺が感じたからだ。勿論、お前の所の領主には言わないよ」
「ならば答えましょう。私はあの方の下より離れたい」
即答かよ。
余程嫌なんだな。
「そんなに一益は嫌なのか?」
「彼が嫌いというわけではないのです。ただ、認めたくないと言うのが正解でしょうか。我が師晴信様が存命なら、喜んで仕えていたんですがね」
晴信?
(晴信!?武田信玄か!)
武田信玄って晴信なの?
(信玄って名前は、頭丸めて出家した後の名前なんだよ。その前は武田晴信だった)
それなら俺でも知ってる。
真田は元々武田家の家臣!
だから滝川一益より武田信玄を選ぶのか。
納得した。
(ちなみに信長が死んだ後、真田昌幸は滝川一益の下から離れるんだけどね)
信長とっくに死んでるのに、ずっと下なのは嫌だって事かな。
じゃあ、俺達がおいしく連れて帰りましょう。
「お前、安土で独立して鍛治師やるつもりある?」
「安土で?」
「安土にはまだ、鍛治師と呼べる連中は居ない。どうせなら腕の良い奴が欲しいけど、そんなのは上野国から来てくれるわけがない。だけど・・・」
「ワシなら別に、上野国に未練は無いと」
「別に俺は仕えろと言うわけじゃない。むしろ安土でお前の店を持てば良いと思ってる。ある意味一国一城の主だな。どうだ?嫌か?」
「ほぅ。そのような好条件、お許しになるのですか?」
顔つきが変わったな。
職人の顔というより、勝負師の顔だ。
代打で一発かましてやろうって奴の顔に似ている。
「安土で初の鍛治師だからな。最初の店だけは、こっちで用意する。自分の手腕次第で二店舗三店舗と、更に増やす事も可能だぞ」
「良いですね。その話、乗りましょう!」
「うちにはコバっていう変態が居るんだが。変態だが天才だ。彼と協力して色々な物を作ってほしい。だから一人じゃなく、他にも良い腕の連中が居ると助かるんだけど」
運が良ければ、仲間も引き抜いて連れてきてくれそうだし。
一益には悪いが、無線は俺達が独占して作らせてもらうぜ。
「そこそこの腕であれば、息子達で事足りるでしょう。この行軍にも参加してますので、丁度良いと思われます」
「息子!?まさか信之と信繁か!?」
「え、えぇ。よくご存知で。もしかしてワシの息子、有名人?」
「キター!!真田一族キター!!」
マジかー!
俺、大河ドラマめっちゃ観てたわー。
あの一族三人、全員好きだったわー。
(プロ野球のナイターとか見なかったの?)
ん?
野球はね、見るんじゃなくてやるものなんだよ?
(あ、そうですか。僕もあの大河ドラマは観てたから、気持ちは分からんでもないけどね)
「ちょっと会いたいな。ここに呼べる?」
「魔王様、ワシの息子の信之と信繁です」
「オッフ!あ、ゴメン!」
ヤバいな。
長男が天パで頭爆発してて、次男はニコニコエビス顔かよ。
役者の人にそっくりじゃねーか!
(これは僕、表に出てなくて良かったわ。ニヤニヤが止まらない)
俺も止まらん。
何だろう?
無駄に親近感を感じる。
「二人とも。親父殿と一緒に安土に来てもらうけど、別に構わないよな?」
「それはもう。父がお店を構えるのであれば、二人で支えていきたいと考えております」
「同じ気持ちでございます」
「うん。良かった良かった」
二人とも、すんなり付いてきてくれると言っている。
ありがたいね。
「あ、どうせだから俺が店の名前決めて良い?」
「変な店名は困りますよ?」
やはり独立するとあって、そこにはこだわりがあるっぽいな。
だが!
俺の考えている名前なら文句は無いと言われる自信がある!
「店名は沼田。沼田屋だ!」
「沼田、ですか?」
あれ?
反応が薄いな。
思ったのと違う。
「沼田、駄目?」
「いや、何度か聞いてみるとしっくり来るというか」
「そうですね。私は好みの響きですよ」
「兄が言う通り、私も好きになれそうな名前です」
三人とも異論は無いようだな。
こんな気の利いた名前考えるなんて、俺天才だな!
(普通でしょ。でも、沼田城は真田家が守ろうとした城だったからね。しかも滝川家に沼田城は奪われた。それを考えると沼田を返してやるって意味でも、この名前は合ってるのかもね)
「じゃあ決まり!この戦いが終わった暁には、キミ達は安土で初めての鍛治屋、沼田屋を開店してもらう。そのつもりでよろしく!」
「ありがたき幸せ!」
ムフフ。
俺、良い事したな。
「話は終わりましたか?」
半兵衛はずっと、昌幸達との話が終わるのを待っていたらしい。
話の途中で悪い事をしてしまった。
「すまない。続きをどうぞ」
「今の話で、彼等もやる気を出してくれるでしょう。素晴らしい武具が出来るはずです」
確かに。
今の感じなら、鍛治に問題は無さそうだな。
「ラコーンとイッシー、真田一族のおかげで王国兵も強くなると。でも、それだけじゃビビディが来た理由が分からないな」
「ビビディ殿には砦作りに当たってもらいます」
「砦?アジトを強化するって事?」
確かに長浜からミスリルの補充も出来たし、アジトを強化してしまえば造船が安心して出来る。
「いえ、違います。それも確かに必要なのですが、目的は別です」
別の場所に砦を作る?
戦力の一本化をするんじゃなかったっけ?
「アジトの他にも砦を作って、戦力分散させるの?」
「これから向かう場所がアジトなら、そこは最低限の人数で問題無いでしょう」
「どうして?」
「新しい砦は王都の目の前に作ります。そこに戦力を集中させ、王都奪還及び維持派の壊滅が目的です」