魔王宣言
誰かー、此処に久しぶりに会った旧友も居るんですよー?
チラ見はされている。
だけど反応が薄い。
「あれ?あのチビまだ居たんだ」
「マメが居るなら何処かに因幡くんも!」
「それだわ!」
早く町に戻ろう・・・。
「阿久野くん、俺頑張るから!皆にもっと野球知ってもらえるようにするから!」
「野球と違ってちょっとアレンジして魔法を駆使しているので、もしルールに不都合があるなら変えてもらってもいいですよ?」
「ルールを変えるって・・・。野球じゃなくなるって事?」
「いやいや、例えばさっきは火属性の火球をボール扱いにしましたが、水属性の氷弾を使ったり、土属性の岩弾にしてみたりね。元々は魔法の訓練の一環なので、その辺は寺子屋の先生とも話し合って決めてください」
「なるほどね。これは思ったより野球だけじゃなさそうだ。でも、変化球だけじゃなく魔法の属性によるボールの変化か。これは俺も勉強しがいがあるかもね。実に楽しみになってきた!」
日本の野球とは違う競技になりそうだけど、これはこれで面白いと思う。
彼にはその礎を築いてもらいたいな。
本人にもやる気が出たようだし、僕等の考えが間違ってなかったと思いたい。
それは、この世界に呼ばれた事を不運に思うだけじゃなく、楽しい事だってあるという事を。
「後の事は、先生と佐藤さんに任せましょう。そういえば前田さん、長可さんからお話があるんですけど」
佐藤さんの事が片付いたので、長可さんからの伝言を伝えた。
前田さんはちょっとだけ悩んだが、佐藤さんを見て即決したようだ。
「分かりました。まだ安心出来ない状況だとは思うが、今なら大丈夫でしょう。私が離れたとしても、同等の強さを持つ佐藤殿も居るのだから」
佐藤さんにはやられてたけど、そこは認めないのか。
同等という言葉にちょっとしたプライドを感じる。
まあ前田さんも、全力の本気ってわけじゃなかったんだろう。
そこは敢えて口にしないでおこう。
「長可殿との話し合いに応じましょう。明日の朝、出立します。蘭丸殿達にもそう伝えてください」
先生に一声掛けて、準備をすると言って自宅に戻っていった。
さて蘭丸はというと、この村では因幡くんの家にお世話になっている。
戦闘が無ければ、友達の家に泊まりに来ている感じだろう。
なので因幡くん宅に向かった。
「もーりーくーん!あっそびましょー!」
玄関前で叫んでみた。
子供の頃、そうやって近所の友達の家の前で呼んでたなぁ。
今になって思えば、なんでインターホンとか使わなかったんだろう。
「遊びましょうって何だよ!」
中から微妙な顔をした蘭丸が出てきた。
後ろには因幡くんも居る。
「昨日、町に戻った際、長可さんから前田さんへ伝言を頼まれた。能登村と海津町の連携についてだと思うが、話し合いをする事になった。明日の朝に前田さんと一緒に向かうから、戻る準備をしておいてくれ」
「話し合い!?分かった!じゃあ戻る人員を選別しておく。残りは此処で万が一の事に備えてもらう。因幡、お前はどうする?」
「え?どうするって?」
「こんな状況になったんだ。向こうの寺子屋に通わずに、家に戻ってもいいんだぞ?」
たしかに。
今はこんな小規模の襲撃だが、いつ大きな戦争まで発展するのか分からない。
それなら家族と一緒に居る方がいい。
「僕も行くよ。せっかく魔法の勉強をしてるんだ。戦闘には参加出来ないけど、僕だって役に立てる事があるんだから」
因幡くんは、回復魔法に関しては相当なレベルだろう。
戦闘が増えると思われる今後において、役に立つという程度で済む話ではないかもね。
「そっか。じゃあ因幡くんも準備しておいてね。明日には出発だから、家族との時間を過ごすと良いよ」
僕は二人と別れ、人気の無い場所まで移動した。
【こんな所まで来てどうした?】
兄さんには先に今後の事を伝えておこうと思う。
まず僕等は旅に出る。
【旅!?帝国に行くって事か?】
最終目標はそうだけど、まずは仲間探しだ。
それと武器防具も揃えないといけない。
出来ればそうそうないレベルの強いのをね。
【おっ!?それはファンタジーでよく聞く、ダンジョンに眠った強力な武器ってヤツか?】
それもあるけど、まずは作ってもらおう。
やっぱりこういう世界なら、ドワーフの鍛冶師でしょ!
【なるほど。まず旅の目的は、ドワーフに強い装備を作ってもらう事か】
そう。
彼等なら装備以外に、鉱石にも詳しいだろうし。
僕等のレベルアップとして、創造魔法の素材も増やしたい。
今は土とか木、鉄くらいしか操れないからね。
今後はアルミやステンレスみたいな知ってるものだけじゃなく、この世界特有の物も扱えるようになりたい。
ミスリルとかオリハルコンとか!
【おぉ!それは良いね!ミスリルで作ったバットって、どんな感じなんだろう?気になるな!」
まあそういうバットも作ってみたいしね。
とりあえず最初は、そういう感じで考えてるから。
【分かった。旅に出る事をその話し合いで伝えるって事だな】
あと、もう一つ大きな事も伝えるけど、それはその時のお楽しみって事で。
敢えて今は言わないから納得してよね。
日が暮れた頃、前田さんの家に夕飯を食べに来た。
佐藤さんも今は家が無いから、しばらくは居候らしい。
なんなら僕が作ってもいいんだけど。
「食事が終わった後に、俺の話を聞いてもらっていいですか?帝国に居た時に聞いた話です」
食べてる最中に、なかなか大きな話題を振ってきた。
町での話し合いで村から離れる前に、重要な件を教えてくれるらしい。
食事を終え、居間で佐藤さんの話を聞く事になった。
「まず帝国がというより、王子がやろうとしている事は知っていますよね?」
「あぁ、聞いている。魔王を僭称しているとね」
前田さん、魔王って言葉には雰囲気が変わる。
魔王への崇拝というか憧れというか、ちょっと怖い感じになる。
「帝国では王子がクーデターを起こしましたが、まだ王派閥も残っているはずです。その人達と連絡が取れれば、もう少し帝国内の詳しい情報が得られると思います」
くぅでたぁ?
と、前田さんは聞いた事の無い謎用語に困っていたが、下剋上って言ったらすぐに理解してくれた。
「王派閥は、魔族に忌避感を持っていないんですか?」
「帝国の人間は一部を除いて、そこまで嫌ってはいないよ。その一部は分かりやすく言えば、ナチスに近い考えだと思う」
なるほど。選民思想か。
ヒト族こそが優秀であり、魔族は下等だって考えだな。
なちす?ってなってる前田さんは放っておいて、話を進めよう。
「クーデターが起きた今、王派閥がどういう扱いを受けているかは分からない。俺達召喚者は戦士というか、ほとんど兵器や動物に近い扱いだったんだ。明らかに差別されて、白い目で見られていたしね。でもあの人達はそんな召喚者にも分け隔てなく接してくれた。助けられるなら助けてほしい!」
うーん、これは簡単にハイとは言えない案件だ。
でも助ける価値がある人達であるのは間違いない。
王が無事なら亡命政府を樹立し、帝国を分断するのも悪くないし。
これは重要案件として覚えておこう。
「それと俺達が聞かされていたのは、魔族の要注意人物です。港や大きな都市を守る危険な魔族として、今は手を出すべきではないと話していたのを耳にしています」
ほう、それは興味深い話だ。
仲間に出来るならこれほど頼りがいのある人達は居ないだろう。
「覚えているのは、スカイインフェルノとブリザードクイーン。クレイジーフェアリー、ワイズラット、アングリーフォックス等ですかね?」
「え?スカイ?ブリ・・・何だって?」
え?
前田さんが知らないの?
そんな要注意人物なら、普通は知ってるんじゃないの?
「前田さん知らないんですか?うーん、帝国でそう呼ばれているだけなのかな?」
あぁ、二つ名的なヤツか。
三倍の速さの赤い人みたいな。
「もしかしたら、赤い人とかみたいな呼び方なのかもしれないですね」
「なるほど。野球でも昭和の怪物って言われてた人みたいな感じか。そうすると、名前までは俺達も聞いてないです」
魔族を嫌悪している連中が、わざわざ名前まで調べたりしなさそう。
それも仕方ないか。
「俺はこの世界に来て数か月だから、そこまで詳しい方ではないだと思う。もし今後、召喚者に会うような事があれば、もっと知ってる連中もいるかもしれない」
召喚者に会うという事は、敵として現れるという事だ。
それを考えると、あまり会いたいとは思わないな。
とりあえず、以上が知っている大まかな情報らしい。
食事等、多少は話せる事もあるみたいだけど、そこまで重要じゃないからね。
前田さんは興味ありそうだったけど、今度の話し合いには必要無いからね。
翌朝、因幡蘭丸のイケメンコンビと僕、前田さんの他に戦士団から三人来てもらった。
エリーゼさんことアマゾネス戦士長はリーダーとして留守番。
そして戦力として申し分ない佐藤さんにも、よろしく言っておいた。
「俺も野球を教えるっていう大仕事がありますから。戦いになったら、前田さんの代わりは十分果たすつもりです!」
そう言って前田さんと握手を交わしていた。
今回は一人ではないので、馬に乗り行く事になっている。
特に魔物に襲われることも無く、海津町に再び戻ってきた。
前田さんの嗅覚は素晴らしく、魔物がこちらを見つける前に先に発見出来るのだ。
不意打ちで一方的に攻撃して終了。
襲われる前に襲うという方法で、すぐに終わった。
蘭丸の案内で、すぐに長可さんの元へ向かう。
「蘭丸、只今戻りました!」
大きな声で戻った事を伝えると、長可さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい。阿久野くんからは聞いていましたが、無事でなにより。前田殿もよく来てくれました」
「先代の魔王様について行って亡くなった、父の葬式以来ですかね。今日はよろしくお願いします」
前田さんはお父さんが亡くなって、今の村長になったらしい。
今思えば初めて会った時、おぬしみたいな尊大な話し方をしていたのは、威厳を出す為だったのかもしれないね。
今の方が完全に素なのだろう。
今では料理と戦闘が好きな犬ってイメージしかない。
長可さんの案内で少人数が集まれる場所に移動した。
参加者は、海津町代表として森長可と息子蘭丸。
能登村からは村長、前田利家。
長可、利家の両名の希望で僕。
因幡くんは流石に不参加である。
「さて、今回の話し合いについてだが、まずは同盟というか、町村で連携を取るという事でよろしいですね?」
気付くとすんなりと話し合いは終わった。
僕は労働力の提供とか考えていたのだけど、そんなものも必要無く、お互いに今までより定期的に連絡を取り合う等、そういった話で終わった。
というわけで、ここからが僕等の本番だ!
「話し合いが終わったところですいませんが、僕の方からお話があります」
両長がこちらを向く。
蘭丸も話が終わったものだと思っていたから、少し驚いている。
「僕は明日から、帝国を倒す事にしたので旅に出ます。いきなり本国に行くのは無謀なので、装備を整えたり色々とやる事がありますが」
「・・・はぁ?」
僕の仰天発言で、三人揃って間の抜けた声を出している。
長可さんなんかは、かなり面白い反応だ。
「先に言っておく事があります。僕は信長と同じ世界から来た異世界人です。そして佐藤さんと同じように帝国から召喚されそうになったところ、神に助けられた存在です」
「神!?神様は存在するのか!?」
森親子は神の存在に驚愕している。
しかし前田さんは予想の斜め上を行っていた。
「神は存在した!織田信長様こそ、至高の神!!」
誰も信長が神とは言っていない。
何か悦に入ったような表情で空を見つめている。
前田さんちょっと危ない・・・。
「そう、神は存在します。そして異世界から来た私に、ある使命を下されました。この世界の平和です!」
おぉ!という声と共に、頭の中で、え!?っていう声が重なる。
【おい!俺達ってそんな理由でこの世界に来たのか!?】
いや、全然違うから!
これは皆に納得してもらう為の作り話だから!
協力してもらう為にでっち上げるんだよ。
【あぁ、なるほど。そういう事ね】
とりあえずは聞いててよ。
「神は異世界からの召喚を認めてはいません。世界の均衡を崩しかねないからです。神はこう仰いました。信じる者は救われる。私を信じた者に、魔王の力を持った者が救いの手を差し伸べると!魔王の力、それは分かりますね?」
「・・・創造魔法。そうか!阿久野くん、いや阿久野様は神の使いの魔王だったのか!!」
前田さんが叫ぶと、両手を合わせて拝み始める。
長可さんは、やはり・・・という言葉を口にして僕の言葉を待っていた。
蘭丸は完全に沈黙。
どうやら急展開についていけず、頭が真っ白になっているようだ。
「僕、いや私は帝国で魔王を僭称した俗物を滅ぼし、異世界から召喚された者を救う為に帝国と戦う事にしました。神から与えられたこの力を使えば、帝国を滅ぼすのは容易い。しかし魔王を僭称する者以外には無辜の民の存在があります。私はそのような連中を一緒くたにするともりはありません」
「おぉ!なんと慈悲深い御心!」
別に慈悲深くない。
そんな武器も持たない人に手を掛ける、大量殺人者になりたくないだけだ。
攻撃してくる奴は容赦なく反撃はするけど。
「まずは装備を整え、共に偽魔王を滅ぼす仲間を探そうと思う。その為に旅に出ようと思うのだ」
「ハイ!ハイハイハーイ!!不肖前田又左衛門利家!共に旅にご一緒させていただく事を許していただきたく!」
膝をつき一緒に行く事を宣言する前田さん。
アンタ、村はどうするのさ。
「ま、前田さん?」
「前田さんなどと!どうぞ又左とお呼びください!魔王様!!」
あ、これヤバいパターンだ。
先に手を打たなくては。
「では又左。貴方・・・お前には村の統治という大事な役目がある。残念だが、連れていく事は出来ないだろう」
「そんな・・・」
絶望しきった顔でこちらを見てくる。
いやいや、アンタ村どうするつもりしてたのよ。
長可さんは何か思案しているようだが、同じく前田さんのように膝をついた。
「魔王様、私も村長として此処を離れるわけにはいきませんが、代わりに蘭丸をお供させてください」
母親のその言葉を聞いて、フリーズ状態から解けた様子の蘭丸が反論してきた。
「母上!本気ですか!?阿久野の言葉が真実とは決まっていないのですよ!?」
まぁ半分正しい。
半分は本当だが、別に神様の命令で来たわけじゃないし。
自分達の魂を探しに自ら来たのが、本当なのだから。
ただこっちの方が、魔族にとっても都合が良いだろう。
神の代理が偽魔王を倒そうとしている。
だから帝国と敵対する名目も出来るわけだ。
大々的に発表すれば、手を貸してくれる人達も増えるはず。
「蘭丸、お前の言う事は尤もだが、では何故俺の姿がこのままだと思う?お前達が成長しているのに、何故俺だけが小さいままだと思う?」
「そ、それは・・・」
「蘭丸、魔王様と共に行きなさい。何も戦闘ばかりではないでしょう。見聞も広めてくるのです」
ナイス長可さん!
ぶっちゃけ小さいままの理由なんか知らんのだ。
完全なハッタリである。
「そういう理由もあるのならば。しかし私は家臣になるつもりは無い!」
別に家臣が欲しいわけではないんだけど。
ただ、その言葉を聞いた前田さんが激おこなのは感づいてほしい。
めっちゃ目が怖いんだけど・・・。
「私も家臣を求めているわけではない。共に戦う仲間が欲しいだけだ。だから今まで通りで良いよ」
そう言って、いつもの調子に戻す。
蘭丸はその様子に安心したのか、ホッとため息をついた。
「そこでまずは、他の近くの町や村に向かおうと思う。帝国に襲撃されているだろうが、助けになれるかもしれないし」
「此処から一番近いのは、ミノタウロスの集落ですかね?もう少し北にありますが、村というほどでもなく二十人に満たない数だったと思います。襲われればひとたまりもないかと」
ミノタウロスか。
普通に考えれば強そうなんだけど、人数少ないならやられているかもしれないな。
「よし!次の目的地はミノタウロスの集落。そしてその後に装備を整えようと思う」
「装備を整えるとは?」
「フッフッフ。あの有名な鍛冶師に・・・」
バンッ!という音を上げ、扉が大きく開く。
そこにはなんと、久しぶりの猫田さんの姿が!
挨拶の言葉を掛ける間もなく、焦った猫田さんが前田さんと長可さんに手紙を見せていた。
読んだ瞬間、二人は違う反応を示した。
前田さんは、クソ!という怒りの反応。
長可さんは、やはりなという納得の表情。
「何かあったんですか?」
「この町に来る前に猫田に他の魔族の様子を調べてもらったんだが、その連絡が戻ってきた」
「その内容とは?」
「・・・ドワーフが裏切った」