二人の兄
太田の実力は本物だった。
無駄な事をしなければ、精鋭部隊と言えど一撃で屠る程の強さを誇っていた。
太田の感覚では、帝国よりも装備が柔いというのもあったらしい。
全員を倒した二人は、司令部から脱出する為にブーフ隊と合流。
太田は、ブーフが安土でも活躍出来ると言うと、周りの隊員はその気になったりしていた。
ブーフは脱出する際に、火を放ってから逃げた。
自分達の司令部から煙が上がっているのを見た維持派の兵達は、既に見捨てられたのではと疑心暗鬼になった。
戦場から逃げ出す兵達。
逃げ出した敵とは入れ替わりで、太田とブーフ隊が戻ってきたが、ブーフは不満そうな感じだった。
もっと早くに片を付けられた。
ブーフは結果よりも過程に不満があるようだ。
話を聞くと、太田がやらかしたらしい。
しかし太田にも言い分があった。
子供の姿でナメられてはいけない。
そしてそれを吹き込んだのは、魔王である僕の兄だった。
兄は太田の姿を見て、自分がどれだけ恥ずかしい事をしているか理解したのだった。
人のフリ見て我がフリ直せ。
まさか自分に返ってくる事になるとは・・・。
俺、て〜んちゅ〜!なんて言ってないんだけどなぁ。
(それに近い事はやってるから。多分安土に戻って聞いたら、皆同じ事言われるよ)
それはそれで嫌だな。
「そうでしたか。では今度からは、名乗りはやめておきます」
「天誅は?」
「魔王様に歯向かう事は、天に歯向かう者同じ事。天に代わって誅伐を与えるので、言い続けます」
「あ、そう」
俺としてはどっちでも良いけどね。
ブーフはそれを聞いて、結局言うのかよ!って顔をしている。
余程苦労したのだろう。
深い溜息が聞こえた。
「お疲れさまでした」
キルシェがアジトの入り口で待っていたようだ。
中に居る作業員や事務員達も、勝った事に驚いている。
生き残った事による安堵と、戦っていた事による興奮状態が入り混じり、変な空気がアジトを包み込んでいた。
「キルシェ様万歳!魔王様万歳!太田くん万歳!」
太田くん!?
太田も呼ばれるの?
「あ、魔王様。作戦完了しましたので、こちらをお返ししますね」
魂の欠片を太田が渡してきた。
たちまち太田は、元の大きな姿へと戻る。
「魔王様万歳!太田・・・とにかく万歳!」
太田フィーバー終了の瞬間であった。
ブーフ隊がアジトの守りを固め、敵からの攻撃が無いと確信した後、俺達は今後について話し合う事にした。
「まずは本当にお疲れさまでした」
キルシェが俺の手を取り、お礼を言ってくる。
危ない。
見た目は綺麗だから勘違いしそうになった。
中身はしたたかなおっさんだ。
ここで色気付いた事を言ったら、後でずっと笑い者にされてしまうところだった。
「それで、この後はどうするんだ?」
「このアジトに篭るのは危険でしょうね。既にブーフによって、敵に知れ渡っているのですから」
気まずい顔をしながらも、黙って聞くブーフ。
事実なので仕方ない。
「ちなみに他の改革派のアジトってのは?教えちゃった?」
「他のアジトはまだ話してません。最重要なのはキルシェ様の命だったので」
「命と言っても、奪う方ですよね」
笑顔で嫌味を言うキルシェ。
ねちっこいおっさんだこと。
「それならここの人全員、他のアジトに移動するのは?」
「他のアジトはここより小さいんです。だから、全員でとなると・・・」
「それに船を放置するわけにはいきませんからね。これは私の夢なんですから」
うーん、そうなるとここに残る連中が居るわけだ。
元々は秘密のアジトだったわけで、そこまで耐久力のある造りになっていない。
さっきのような連中が俺達抜きで現れたら、多分負けるだろうな。
「どうするつもり?」
「逆に考えましょう」
「逆にとは?」
「他のアジトを引き払い、ここに集まるのです。戦力の分散を避け、一本化します」
キルシェの疑問にブーフが答える。
だが、それはそれで問題が残っている。
「でも、王都に行って国王殺しの件を片付けないと、汚名を着せられるんじゃないんだっけ?」
「それに関しては、噂を流しましょう。第一王子キーファー様が、維持派のトップになる為に親を殺したと」
「そんなんで噂になるのか?」
「そうですね。多分なるかと」
「どうしてそう思う?」
ブーフはチラッとキルシェを見た。
キルシェは何が言いたいのかを理解したらしく、無言で頷く。
「実はですね、キーファー様はイマイチ国民から人気が無いんですよ。人望が無いと言うべきですかね?」
「何で?横暴だからとか、そんな理由?」
「・・・他国の人に言っても良いんですか?」
「お構いなく。魔王様は信頼に値するお方です」
そんなに言いづらい事なのかな?
「まずあの方は、頭が悪いです。とにかく悪い。自分は頭が良いと思っているところが、更にタチが悪い」
「ですね・・・。我が兄ながら、絶句するレベルですよ」
「頭が悪いって?一足す一が田んぼの田みたいな?」
「・・・冗談ですよね?」
あら?
真面目に言ったのに、そういう空気になる?
(兄さん、ここは交代しよう。馬鹿がバレる前に引っ込んだ方が良い)
馬鹿とはなんだ!
馬鹿とは!
でも交代には賛成します。
「それで、どういった方なのかな?」
「無茶振りが凄いです」
「そうですね。例えば我が国は、農業が主な国になります。豊作の時は良いですが、そうでない時もあります。そういう時は、日持ちする食べ物を倉庫から出し合うのが通例です」
「普通だね」
「でもあの方は、腐った食べ物を肥料にして、また新しく作れば良いと言います」
「それも普通な気もするけど」
「では、その新しい作物が出来るまでは?」
「え?」
「あの方はそれが出来るまで堪えろと言うのです」
オゥ!
数ヶ月も食わないで頑張れとな?
なかなか言うねぇ。
「他にもやらかしたのは、麦輸出事件が有名ですかね」
「アレは凄かったですわね」
何だ?
凄い気になる。
「他国の方に現金が足りないから、別の物で立て替えさせてくれと言われたのです」
「その場合はその国の特産品とかかな?例えば織物とか焼物とか。貴族に売っても良いし、更に他国に売ってもアリだよね」
「それがですね。渡されたのは肉だったのです」
「肉かぁ。霜降りたっぷりの良い肉だったりするのかな?」
「えぇ、それは良い肉だったのでしょう。食べてないので分かりませんが」
キルシェも食べてない?
売上とはいえ、それくらい食わせてくれてもいいだろうに。
「それで、何処が頭悪いんだ?」
「あの人はですね、持ち帰らなかったのです」
「正確には、持ち帰られなかった、ですわね。この世界、生モノを長期間保存して持ち帰るには、凍らせるしかありません。しかしそんな技術、どの国にもありませんわ。それを知ってて、肉を出してきたのです」
それは意地が悪いな。
その国とは距離を置こう。
「それで、結果的にどうしたの?腐らせた?」
「全部食べました」
「え?誰が?」
「売りに行った兄とその従者が、その国で全部食べました」
は?
レベル高いな、オイ!
持ち帰れないなら、全部食って帰るってか。
凄いぞこの王子。
「ちなみに全部食べ終わったのは、三ヶ月後でしたわ。それまで兄は、その国で肉を食べ続ける為帰国しませんでした」
「マジか!かなり太ったんじゃない?」
「別人が帰ってきましたわ。王子と入れ替わった他国のスパイや陰謀説が流れるくらい、誰だか見分けがつきませんでした」
面白い!
でも馬鹿だ!
そして僕の兄が、こんな人じゃなくて本当に良かった・・・。
【何故だろう?軽くディスられた気もするんだけど】
気のせいです。
気にしないで下さい。
「でもさ、先に言うけど。そんな馬鹿が親殺しなんてするかな?」
「それなんですよね」
ブーフもキルシェも、それはありえないだろうと言う。
そうなると必然的に残るのは、第二王子のターネンとかいう知らん人だ。
「私の見立てでは、言いたくないのですが、ターネン兄様が一番怪しいと思います」
「そのターネンって王子は、同じ改革派なんだろ?何で?」
「ターネン様は誠に言いづらいのですが、キルシェ様よりも国民からの人望は厚いです。能力は平凡極まりないお方なので、もしあの方が第一王子であったなら、無難にこなすいつもの王国だったと思いますよ」
「そんな平凡な人が人気あるの?」
「性格は良いのです。国民にも優しくて他人を疑わないというか、人が良いと言った方がいいと思います」
人が良いと呼ばれるのに、一番怪しい?
それもおかしな話だな。
「何故ターネンが怪しいと思う?」
「性格が良過ぎるのです。アレがもし芝居なら、皆騙されていてもおかしくない。と、私は思います」
「そうですわね。兄妹からしても、もう少し人を疑う事を覚えた方が良いと思うくらいでしたから。実は裏でもっと心無い事を思っていても、おかしくありませんわ!」
それはお前だろう!
立ち上がって指差してやりたかったが、やめておいた。
「という事は、国民の人望はターネンがトップで、次にキルシェにキーファーの順?」
「私が言うのもなんですけど、キーファー兄様と私はそんなに変わらないですわ。私は変な事しか言わない、愚姫と呼ばれてましたから。多分馬鹿兄妹だと思われてたかと」
自分で言うのかよ。
ブーフも笑いを堪えてるぞ。
「まあ私の場合、そう装っていたとも言えますけどね」
「それに関しては、本当にお見事でした」
この言葉にはブーフも、物凄く心が篭っていた。
おそらくは裏切ったりしたせいで、色々と考える事があったんだろう。
以前感じた心の距離感が無い。
「それで話を戻すけど、ここに全員集めてどうするんだ?」
「王都を追われた今、戦力を集結して取り返します」
「ターネン兄様とも合流するのですか?」
「それは勿論です。ターネン様が持つ戦力も加われば、維持派の連中とも五分の戦力になります。そうなれば魔王様もいらっしゃいますから、こちらが断然有利かと」
「それなら余裕で、王都も取り戻せそうだね」
僕は二人の会話を聞いて安心した。
あんまり僕等に頼られても困るので、出来れば自分達で解決してほしいからだ。
そんな事を考えていると、三人しか居ない部屋の扉が激しく叩かれる。
「失礼します。急報です!ターネン様がキーファー様の率いる軍に敗北。ターネン様はそのまま王都へ連行された模様です!」
「何ですって!?」
多分他のアジトの兵なんだろう。
見た事の無い格好をした人が、息を切らしながら説明してくれた。
これには二人も驚きを隠せない。
「アレ?コモノはターネンの方に行ったんじゃなかったっけ?」
「コモノは、ターネン様とは別のアジトに行っております」
「ブーフってここ以外のアジトの場所、教えてないんだよね?何故この人、戦う事になったんだろう。もしかして、自分から戦場に出た?」
「ターネン様単独の戦力では、数で負けているのは本人も分かっていたとは思いますけど。でも、あの方は周りの意見を断れませんからなぁ。もしかしたら、部下達に言い寄られて断れなかったのかもしれませんな」
そんな気弱な奴がトップとか、絶対に無理だわ。
部下の言いなりじゃないか。
ターネンって人、本当に人望あるのかね。
「そうなると、こう考えられますわね。キーファー兄様はターネン兄様を、父殺しのスケープゴートに使うおつもりなのかもしれないと」
「王都に連れ帰って、父殺しの罪人として処刑。そしてその罪人を捕まえたキーファー様が、次の国王に収まるという事ですね」
話の筋は通ってる。
おそらく僕もそんな気がする。
しかし次の報告を聞いて、僕の頭は混乱した。
「王都に潜入していた者から報告です。国王殺しの犯人はキルシェ様!キーファー様が王都で、大々的に発表致しました」