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天誅とは

 ブーフは太田の意味不明な行動に頭痛を覚えた。

 奇襲で終わらせるはずが、何故か名乗りを上げて武器を持てと言う始末。

 更には太田の一撃も避けられ、スツールに援軍を呼ばれてしまう。

 早く倒せ!

 ブーフは太田に魔王の言葉を忘れたのかと言うと、ようやく本腰で攻撃を開始した。


 スツールというのは、本当に危機察知能力が高いらしい。

 太田の攻撃を、ギリギリだが避け続けていたのだから。

 スツールの時間稼ぎが功を奏したのか、テントの外から走ってくる足音が聞こえてくる。

 ブーフは焦っていたが、太田は全部まとめて倒せば良いという考えだった。


 外の足音が止まった。

 テントの中に外の光が入ってくる。

 スツールは太田に対して最大限の警戒をしていた。

 しかし、あまりに大きな危険は察知出来るが、小さな危険には麻痺してしまったらしい。

 ブーフは背中を向けるスツールを斬った。


 スツールを倒したのはブーフ。

 太田はそれをとても不満に思っていた。

 あまりに見当違いな文句に、ブーフも我慢の限界を迎える。

 早く逃げないと危険だというブーフだったが、太田は外に居た精鋭の一人を一撃で屠ってみせるのだった。





 斧を引き抜くと、目の前の男の頭から血が噴き出す。


「そのミスリルの装備、そこまでしっかりした物ではないですね」


「いやいや!ミスリルですよ!?普通なら手に入らない、高価な武具ですよ!」


 武具集めが趣味のブーフも、ミスリル製の物は数点しか持っていなかった。

 それも古くて手入れをしないと使い物にならない品や、半ば折れている物である。

 ミスリル製の装備を個人で手に入れるには、将官クラスの年収くらいは必要なのだ。

 勿論、彼が買える物ではない。


「だって帝国兵の装備する物は、凹みはしても割れませんよ?」


「そうなんですか?」


 頷く太田を見て、ブーフは王国と帝国の武力差をハッキリと感じた。

 そんな帝国が維持派に肩入れをしている。

 ブーフの頭痛はまた酷くなった。


「何はともあれ、ここを脱出しましょう。では皆様方、魔王様一の配下であるこの太田が、全員滅しますので、ご容赦を。て〜んちゅ〜!」


 二人を囲んでいた精鋭部隊だったが、太田の一撃で二人目が倒れる。


「よし!この強さがもっと早く知りたかった!」


「構えているだけでは、ワタクシ達は倒せませんよ。撃・

 滅!滅・殺!えーと、他には・・・。もう思いつかないですね。そぉ〜れ〜!」





 私は何を見させられているんだろう。

 子供が叫びながら、我が国の中でもそれなりの精鋭部隊を、一人一撃で倒している。

 中身が違うのは理解しているが、見た目が子供なのだから惑わされてしまう。


「ブーフ殿、敵が居なくなりました。道案内をお願いします」


「あ、あぁ」


 早い。

 私が一人だったなら、おそらく三人相手にした時点で死んでいたな。


 話せば分かるし友好的でもある。

 手を取れば、魔王のように利益をもたらしてくれる者すら存在する。

 わざわざ敵対するなんて、愚か者のする事だ。

 我々の祖先は何故、不干渉ではなく敵対という行為に出たのだろうか?

 感情だけで動いた結果、我々が得たものは広大な土地くらいではないか。

 やはりキルシェ様の考えは間違っていない。



「ブーフ殿?」


「この辺りに我が隊と馬が隠れている」


「隊長、お待ちしておりました」


 草場に隠れていたブーフ隊が、隊長を見つけて声を掛けてきた。

 既に馬の準備は出来ている。

 ブーフは最後に、追手が来るまでの時間稼ぎとして部下にある命令を出した。


「テントに向かって火矢を放て。アジトに戻るまでの道のりで、スツールが賊にやられた吹聴するぞ」


 隊員達はすぐさま、火矢をテントの方角目掛けて放った。

 山なりに飛んでいく火矢を、太田は馬の上から見ている。


「ブーフ殿は色々と、逃げる時の事まで考えていたんですな」


 お前が時間を掛けなければ、こんな手間は要らなかったんだよ!

 なんて思ったが、また口喧嘩になるのはマズイと考えたブーフは黙って進んだ。


「煙が上がったな。これでアジトを襲っている連中にも、司令部に異変があったと分かるはずだ」


「なるほど。わざわざ火を上げるのも、そういう理由でしたか。ブーフ殿はなかなか凄いですな。魔族の中でも頭の回転が早い者はおりますが、ブーフ殿は引けを取らないですよ」


 太田の言葉には、煽てるという意味はない。

 そのまんま思った事を口にする。

 ブーフも短い付き合いながら、その事は薄々気付いていた。

 それ故に、この言葉はブーフも素直に嬉しかった。

 口が緩むブーフは、周りの隊員から冷やかしに遭う。


「隊長、魔族にも肩を並べられるなんて凄いですね」


「ホントホント。安土に行けば、高待遇で迎え入れられるんじゃないですか?」


「軍師だってやれちゃったりして」


「軍師は無理ですな」


 最後の一言に太田は反応する。

 隊員達は冗談で言っているのだが、太田はそうは受け取らない。

 何事も真に受けてしまうのだ。


「安土には、そんなに凄い軍師が居られるのですか?」


「そうですね。魔王様に比肩するくらいの頭脳の持ち主です。故に、大人数での戦闘はあの方が居れば負けないでしょう」


「魔王様に比肩する!?」


「そんな人、我々の方には情報が回ってきませんでしたね」


「元々は長浜の出身なので、木下殿の配下だったと思いますよ」


「なるほど。そんな方を長浜から安土に引き抜くとは。魔王様のカリスマは凄いですな」


 ブーフも知らない情報に、これまた驚く事になる。

 個人個人の能力が高い魔族は、あまり集団戦が強くない。

 下手に手助け的な動きをすると、周りを巻き込む事にもなりかねないからだ。


 前魔王が帝国に敗北したのも、集団戦で人数差もあったからという理由もある。

 しかし今、大人数の戦闘は負けないと言った。

 更に集団戦まで強くなるとは、思わなかったのだ。


「でも、普段は甘い物ばかり食べてますね。ちなみに量も、ワタクシより食べてると思います」


「ん?どういう事?」


「詳しくは知りませんが、食べてると良い案が浮かぶのでしょう。とにかく、しょっちゅう甘い物食べてますし、大食漢ですよ」


 ブーフの頭の中では、元の姿の太田を更に一回り大きくした魔族が想像された。

 そして戦闘も熟知している事から、本人も強者なのだろうと考えていた。


 これが魔族の軍師。

 恐ろしい!

 太田殿は比較的柔らかな性格だが、戦闘に熟知した者ともなると、苛烈な方かもしれない。

 会わないようにしよう。

 ブーフは心の中で、半兵衛への印象が見当違いな方向へ進んでいったのだった。






「司令官がやられたぞー」


「後ろを見ろー。テントが燃えているー」


「司令部は混乱の極みだー」


 三文芝居も良いところだが、効果は抜群だった。

 馬に乗っている兵が、司令部から逃げ出してきたのだ。

 言葉に信憑性がある。

 まだ戦闘にも参加していない兵達が、その声に耳を傾ける。


「おい、司令官がやられたって言ってるぞ?」


「うわっ!ホントだ!煙が上がってる」


「司令部から騎馬隊が逃げてきてるんだ。もう誰も命令する人なんか、居ないんじゃないか?」


「まさか、この軍全員が見捨てられたなんて事は・・・」


 一向に進まない前列。

 ただ突っ立っているだけで暇な時間を過ごしていた兵達は、指示が無い事を不審に思い始めた。


「もしかして、お偉いさん達は既に逃げてるんじゃ?」


「だから俺達はここに居るだけなのか!」


「煙が上がってるんだ。本拠地が落ちたと考えても良いんじゃないか?」


「・・・逃げよう。俺は王都に帰る!」


「畑仕事も残ってるし、こんな所で死にたくないし。俺も一緒に帰るわ」


「え?じゃあ俺も」


「帰るの?それなら俺も」


 俺も俺も。

 誰かどうぞどうぞって言わないか、不思議に思ったとか思わないとか。

 気付けば端に居た連中は、四散していった。


 後ろに居たはずの味方が居ない。

 その事が内部へとどんどん伝播していく。

 反魔族派の連中が引き留めに入るが、それも無駄に終わった。


「お前達、何処へ行くつもりだ!まだ戦闘は終わってないぞ」


「司令部が逃げたって言われてるのに、何故俺達だけで戦わないといけないんだ!俺は畑仕事しに帰る。戦争したいなら、やりたい奴だけでやってろ!」


「だったらここで死んでいけ!」


 反魔族派が怒りを込めて、逃げようとする兵達に剣を振りかざす。

 しかし人数差を考えていなかった。


「オメー、危ないだろうが!」


 後ろから違う人に頭を武器で叩かれて、その衝撃で気絶する反魔族派の男。

 そこ彼処で同じような事が起こり、一時間もすると倒れている兵以外は誰も居なくなっていた。





 ヘイヘイ、俺のスプリットを食らいな!

 次はライズボールだぜ!


(兄さん、太田達が何かやったっぽいよ)


 奥の森から煙が見える。

 森でも燃やしたか?


(森が燃えてたら、敵も一目散に逃げてるよ。多分敵の首脳部を叩いたんだろうね。敵が逃げ始めてるから)


 という事は、俺達の勝ちか!?


(多分だけど)


 じゃあ目の前の連中くらいしか、もう残ってないという事だな。

 それなら出血大サービス。

 鉄球を二倍のペースに切り替えよう。


(それはサービスじゃなくて、鬼畜の所業って言うんだよ)



 前に来るのは遅かったけど、逃げるのは早かったなぁ。

 元々やる気無かったんだろうな。


(キルシェには悪いけど、王国の兵は弱いから。帝国と比べると、軍務に力は入れてないよね)


 まあな。

 小人族の村を襲った連中も、結局は帝国兵のラコーン達が倒したようなもんだし。

 ヒト族内でやり合っても負けるんじゃ、俺達に勝てる見込みなんか無いよ。



「ただいま戻りました」


「太田か。よくやった!」


 俺は戻ってきた太田を労った。

 ブーフは少し不満げな様子を見せたが、それについて話すつもりは無いらしい。


「ブーフもお疲れさま。スツールだっけ?敵の司令官倒したんだろ?」


「倒すには倒したんですけど」


「倒したけど?」


「もっと手際良く出来たはずなんですよねぇ・・・」


 手際良く?

 やっぱり司令官というくらいだから、倒すには敵が多くて大変だったとかかな。


「何か問題でもあった?」


「いやぁ、太田殿がスツールを倒そうとしなくてですね。さっさと倒していれば、逃げるのも苦労せずに済んだと思ったんですが」


 太田が?

 何をしでかしたんだ?


「お前、何で戦おうとしなかったの?」


「キャプテンに言われた通り、ナメられてはいけないという事でですね、名乗りを上げてました。それと無手の者を滅するのも魔王様の名に傷が付くと思い、武器を持ってもらうまで待ってたら、敵に囲まれてしまいました」


 は?

 何してくれてんのコイツ。

 そりゃブーフも怒るわ。


「俺はそんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ」


「なんですと!?」


「さっさと出てきたら、すぐに倒しちゃえば良かったのに」


「えぇ・・・。キャプテンが自分でやってるじゃないですか。へん・しん!トゥ!ってやってから、ポーズを決めてから、長いセリフも言ってますよね。子供の姿はナメられるからって」


 あ・・・。

 そんな事を言ったような言わないような?


(言ってたね。僕も聞いたわ。無駄な事教えてるなぁって思ってたから。まさかそのせいでこんな事になってるとは思わなかったけど)


「ちなみにどんな事言ってたの?」


「それはですね」


「魔族め!覚悟!」


 死んだフリをしていた反魔族派の兵が、急に立ち上がっておれ俺達に斬り掛かってきた。


「丁度良いですね」


 太田はそれに立ち向かい、斧を構えた。


「こんな感じです。て〜んちゅ〜!」


 斧が頭を半分に割った。

 痙攣を起こしながら倒れる男。


「どうですか?」





「何故に天誅?俺、こんな事言いながらやってる?あ、やってるんだ。すまん、今度から気をつける・・・」

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