太田、暴走?
キルシェは本気で焦っていた。
自分が国王殺し、ましてや親殺しの濡れ衣を着せられるかもしれないからだ。
しかし僕達は、アジトを守るのが役目である。
この軍を退かせるのは、太田の仕事なのだ。
僕は兄さんに、コバと以前話していたあるアイテムを作っていた。
本来は戦闘に使う物ではない。
それはピッチングマシンだった。
子供達の為に作った、数種類の球種を投げ分けるマシンは、鉄球でも効果を発揮する。
落ちるボールは、敵が遠過ぎて手前で地面にめり込むだけという失態はあったが、それなりに命中している。
敵は鉄球で大怪我、もしくは即死するのを嫌がり、全くと言っていい程に前に来なかった。
たまに変な男が威勢良く前に来るのだが、大抵は死んでいた。
一方その頃、ブーフはスツールと対面していた。
激怒するスツールを宥める為に、僕が用意したミスリルの鎧を提示する。
これが五万もある。
スツールは喜びを隠さずにブーフを褒め称えた。
そしてスツールのサイズに合う鎧も持ち帰ったと、ブーフは箱を前へと押し出した。
その中から出てきたのは小さな太田だったのだが、スツールを驚かせる事には失敗したのだった。
太田殿!?
その登場の仕方は何か意味があるのか!?
ブーフは頭を下げていて、スツールから顔が見えない位置に居た。
不意打ちで倒すのだろうと思っていたのに、わざわざ名乗りまで上げて、しかもその名乗りがあまりカッコ良くない。
今時、あんな言い方は子供でもしないのだった。
「ブーフよ。この子供は奴隷用かね?」
「は、はい?」
スツールの問い掛けに思わず返事をしたが、何と返していいのやら困っていた。
そこへ太田が、再び場を混乱へと導く。
「おいお前!」
「何だ、躾のなってないガキだな」
「ガキではない。私の名は太田牛一。そう、人はワタクシの事を、魔王様一の配下、太田と呼ぶのだぁ!」
頭に手を乗せて、変なポーズで叫ぶ太田。
一瞬、場の空気が凍りつく。
「驚いて声も出ないか。それもそのはず。この魔王様一の配下である太田が、スツール!貴様を地獄へと引導を渡しに来たのだから!」
「ブーフよ」
「はい」
「この妄想癖の強いガキは何者だ?」
何とも返答に困る質問だった。
太田の言っている事はあながち間違っていない。
魔王の下には前田という槍使いと、仲の良いエルフや獣人が居たはず。
強いて言えば、太田が一番の配下という事だけが分からなかった。
「えーと、本人が言っているので、おそらくは間違っていないかと?」
「では貴様は、魔王の配下を私の前に連れてきたというのかね?」
「そ、そうですね。そういう事になりますね」
太田殿、早くスツール倒してくれ。
彼の願いも虚しく、太田はまだ名乗りを続けている。
「無手の相手を倒すとなると、魔王様の名前に傷が付く。剣でも槍でも鉄砲でも、何でも良いから構えて掛かってこい!」
せっかくの奇襲なのに、何故か武器を持つ事を要求する太田。
ブーフはもはやその場で、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
どうしてこうなった。
「ブーフ、お前は何をしている?」
「少し頭が痛くなりまして・・・」
「ヘイヘイ!スツール殿、どうしたのかね?」
何故敵に、どうしたのか確認するんだ。
魔王様は彼を信頼していると言っていたが、このままだと不信感が募りそうなんだが。
「えーと、武器は持たないんですか?本当に攻撃しちゃいますよ?」
「子供相手に武器なんかで攻撃したら、部下達に笑われてしまうわ」
この二人、似たり寄ったりだな。
なかなかに頭が悪いと思う。
「その意気や良し。魔王であり神の使徒でもある、我が主の代理太田の鉄槌。食らうが良い!」
太田がようやく斧を構えた。
やっと終わる。
ブーフは心から早くしろよと思った。
「て〜んちゅ〜!!」
スツールは太田の斧を見て、当たらなければ問題無いと甘く考えていた。
直前で避けて、太田を捕まえてやる。
所詮は魔族と言えど子供。
そこまで動きに大差無いはずだ。
しかし、その考えが甘かったと振り下ろされる前に気付く事になった。
「は、速い!?」
咄嗟に横っ飛びで逃げるスツール。
スツールが座っていた椅子は、粉々に砕けた。
しかも斧を振った風圧で、テントが大きく捲れ上がる。
「こらっ!ワタクシの天誅を避けるんじゃない!」
「冗談じゃない!なんだこの威力は!こんなの食らったら死んでしまうぞ。馬鹿にしているのか!?」
馬鹿にしていたのは貴方でしょう。
ブーフは心の中でそう思いつつも、彼の退路を断つ動きに切り替えていた。
「まさかワタクシの一撃を避けるとは。油断大敵ですぞ」
油断してたのはアンタだろう。
やはりブーフはツッコミを入れたかったが、言ってもキリがないので諦めていた。
「賊だ!出合え!出合え!」
しまった!
スツールに大声で人を呼ばれてしまった。
このままだと逃げられて、失敗に終わってしまう。
「太田殿!早くしないと人が集まりますぞ!」
「結構!やりがいがあります!」
「ちがーう!魔王様はスツールを倒して、逃げろと仰ったんですよ!命令に背くんですか!?」
「それはマズイですね。先に滅します」
少しだけ扱い方が分かってきた気がする。
だが、もう少し早く分かっていればなぁ・・・。
こんな心労を重ねる事は無かったのに。
ブーフは心の中でそう呟いた。
登場の仕方は上々。
キャプテンに言われた通り、目立ってやりましたぞ!
太田は心の中で、自分の登場に満足していた。
「子供の姿だとナメられるからな。バシッと決めないと駄目だぞ」
この言葉が、太田を違う意味での暴走へと導いたのだった。
ナメられてはいけない。
武器を持ってない敵なんか倒しても、子供だから油断したなんて言われてしまう。
だからこそ、真っ向勝負で叩きのめす!
キャプテンの言った通りだった。
奴は武器も持たずに、余裕のある態度でワタクシと接している。
武器を持たなくても良いと言うのなら、ワタクシは遠慮しない。
「て〜んちゅ〜!!」
何っ!?
まさかあの一撃を避けるとは。
やはり大将は違う。
奴の顔が青いのは気のせいだろう。
「出合え!出合え!」
何故人を呼ぶのだ?
余裕があるのではないのか?
もしや、ワタクシを試そうというのか。
それは結構!
子供だからと言い訳出来ないように、叩きのめす好機です!
「ちがーう!」
ブーフ殿が怒っている。
何故、怒鳴っているのだ?
「魔王様の命令に背くんですか!?」
そうだ!
スツール殿を倒す方が先決ではないか!
キャプテンには悪いのですが、先に司令官を倒してからにしましょう。
「先に滅します」
何だ、何なんだあのガキは!
今まで魔族のガキなんか何度も斬ってきたが、あんな速さで斧を振ってくるのは初めてだ。
だがテントの外に知らせる為に、大声で叫んだのだ。
今頃はもう、このテントの周りを囲んでいる事だろう。
「残念だったな」
「滅します」
は?
おい!
いや、危ないって!
「ちょっと!ちょっと待て!」
「て〜んちゅ〜!!」
「おわっ!待てと言ってるだろ!」
なんとか二撃目も避ける事が出来た。
こんなのを避け続ける自信は、私には無い。
「何ですか。早く滅して、魔王様の下へ戻りたいのですが」
動きが止まった!
会話するチャンスだ。
「別に私を殺す必要は無いのではないか?」
「何故です?」
「私が全軍撤退を命じれば、魔王も文句は無いと思うのだが。その辺は聞いていないのかね?」
「ふむ、ブーフ殿。どうお考えか?」
やはりブーフは裏切っていたか。
後で生きているのが嫌だと思うくらいに、痛めつけてから殺してやる。
「そうですね。聞く耳持つ必要は無いですよ。さっさと倒して帰りましょう。魔王様が太田殿の帰りを、一刻も早く待っておりますよ」
「そうですな!その通りです!早く滅しましょう」
クソが!
コイツを生かしておくと、ロクな事にならん。
裏切り者なんか信用するんじゃなかった。
「では、苦しませないように一撃で脳天をかち割ります。て〜んちゅ〜!!」
「馬鹿か!そう言われて頭かち割られてたまるか!」
恐ろしいガキだ。
人の話を聞こうとしておいて、全く聞いていない。
こんな奴、マトモに戦っては駄目だ。
うちの精鋭部隊が集めて、囲んでさっさとトドメを刺すべきだな。
「太田殿!急いで!」
「ん?足音が聞こえますな」
よし!
さっきの声にようやく集まってきたな。
しかし、すぐに駆けつけなかったという事は、テントの守備が居なかったという事だ。
これについては、後で言及せねばならん。
「フハハハ!もう遅い!このテントに、我が精鋭部隊が集まってきているからな。お前達の命も、もはや風前の灯だ」
テントの入り口から、光が入った。
勝ったな。
ハァ・・・。
何故こんな事になったのか。
「太田殿!急いで!」
既に敵が集まってきている。
この足音からして、小隊レベルの人数だろう。
「我が精鋭部隊が集まってきているからな。お前達の命も風前の灯だ」
コイツ、精鋭部隊をアジト攻略に出さずに、自分の周囲で遊ばせていたのか。
やっぱり無能としか言いようがない。
テントに外の光が入ってきた。
誰かが外から開けたのだろう。
スツールも太田殿に集中している。
「お前達!早くこの賊どもを殺せ!魔族のガキを殺った者には二階級の昇進を・・・」
普段ならすぐに逃げる危機察知能力も、今となっては麻痺しているのだろうな。
私にずっと背を向けているのだから。
魔王様から頂いたこの剣。
初めて斬る相手がこの男というのも、悪くない。
私は大きく振り上げた剣を、奴の肩から袈裟斬りに下ろした。
テントの中に鮮血が飛び散る。
自分が誰に斬られたのか、分かったのだろう。
ゆっくりと震えながら振り返り、何かを言おうとしている。
「おま・・え・・・」
スツールの目から光が失われた。
その勢いで、テントを開けた男も斬り落とす。
この事が前線まで知れ渡れば、軍は崩壊するだろう。
奴の他にまとめ上げられる指揮者は、ここには居ないからな。
スツールのイエスマンだけで固められた司令部など、後は逃げるのがオチだ。
後は我々が逃げれば、作戦は成功。
太田殿の力を持ってすれば、私の部隊も被害は最小限に抑えられる。
ん?
太田殿?
「何をしているのです!?早くここから脱出しますよ!」
「わ、ワタクシが滅するはずだったのに!どうしてくれるんです!」
私の手を掴んで、ブンブンと振ってきた。
お菓子を買ってくれとねだる子供のようだ。
こんな血が飛び散ったテントの中じゃなければ、微笑ましいんだろうな。
だが、ここは敵地のど真ん中。
ちょっと何してくれているのか分からない。
私も我慢の限界のようだ。
「アンタねぇ、さっさとスツールを倒してくれていれば、こんなギリギリにならなかったんですよ!外を見て下さいよ。逃げ切る事が前提の作戦なのに、既に取り囲まれているんです。アナタのせいでね!」
「ワタクシは、キャプテンから言われた事を実行したまでです!確かに彼奴を滅するのに時間は掛かりましたが、逃げきれないわけではない」
精鋭部隊が集まっているのに、そう言い切れる自信が分からない。
だが、言い合いをしているのも馬鹿らしい。
時間を掛ければ掛けるほど、私の寿命も短くなるのだから。
「逃げますよ!」
「そんな急がなくても逃げられますよ」
「何故言い切れるんです!」
太田はテントを面倒臭そうに、斧で斬り裂いた。
外には十数人の兵士達。
鎧が一般兵とは違う事から、彼等が精鋭だろうと思われた。
だが・・・
「フン!ほらね。このように頭をかち割っていけば、簡単に逃げられます」