太田チビバージョンの出番
ブーフにトドメを刺せと言ってくるキルシェ。
何故そんな事を僕がしないといけないんだ。
などと考えていると、すぐさまキルシェは別の行動に出た。
人に罪をなすりつけたのである。
指示を出したのは自分なのに、最後には自分が魔王を止めたという手柄まで持っていった。
裏切ったブーフ隊は、再びキルシェの下へと戻ったのだった。
アジトに戻ったキルシェは、まず船が解体されている事に怒った。
しかしその理由がブーフだと知ると、また作れば良いと言い放つ。
どうせだから作るなら全力で。
魔族と王国の力を総動員して作ってやる。
そして作った奴の名前、全員を後世に残してやる。
その為には、この現状を打破しないといけない。
敵の司令官スツールは、ブーフの話だと僕等では勝てないらしい。
理由はすぐに逃げるから。
危機察知能力が高く、危険が迫っていると感じたらすぐに撤退するとの事。
強さが目立つ僕等では勝てない。
ならば、目立たない方法で接敵したら?
ブーフに僕を敵の司令官の目の前まで運んでもらって、僕等が倒せば良いのだ。
「それは、魔王様を荷物扱いして運べと仰るのですか?」
「そうだ。ちょっと前まで雑用までやった俺だ。別に荷物だろうが雑用だろうが、そんな変わらないって」
俺の一言は冗談に聞こえたらしい。
作業員や事務員達はクスクスと笑っていた。
まあ、ホントの事なんだけどね。
「お待ち下さい!」
そこを止めに入ったのは太田だった。
自分も行くと言って聞かないのだ。
「たった一人で、敵地のど真ん中へ行かれるおつもりですか!?そんな事、許されませんぞ」
「だって、それ以外方法無いじゃん」
「キャプテンは自分の身を軽んじておられる。その身に何かあれば、下手すれば魔族とヒト族の全面戦争にもなりかねません」
戦争って、そんな大袈裟だなぁ。
なんて思ってたのだが、それを聞いた皆は顔を青くした。
キルシェですら、顔が強張っている。
魔王って言ったって、たかが安土の領主なだけじゃないか。
なんていうのは、通用しないらしい。
「じゃあ、他に方法があるって言うのかよ!」
「私が行きましょう」
「は?」
「私が代わりに、その司令官の息の根を止めます」
「お前のサイズでどうやって行くつもりだよ!こんなデカイ身体、流石にブーフ達も隠密には運べないぞ」
ブーフもこれに頷く。
自分の背よりもはるかに大きい太田を、どのようにして運べと言うのか。
ブーフは言いたい事を言った俺に、目で感謝していた。
流石にこれくらいは俺にも分かる。
「小さくなれば良いのです」
「あっ!」
そういう事か。
忘れてたわ。
「仕方ない。無くすなよ」
(無くすなよって・・・その欠片、僕の魂だから!簡単に渡してるけど、僕の魂だからね!)
分かってるよ。
うっさいなぁ。
「どういう事ですか?」
心変わりをしたのかと、ブーフは心配になっている。
この身体を運ぶのは無理です!
そう言いたがっていた。
「太田、理由を教えてやれ」
「御意」
「これが太田殿!?」
全員が目を丸くした。
俺と同じくらいの背格好に、顔は牛からヒトに近い形に変わっている。
そして何よりもイケメンだ。
ムカつく事にイケメンだ。
「ワタクシ、この姿にまだ慣れてないので。少々お時間を下さい」
「声も幼くなって。これはもはや別人ですね」
「小さくなっても、魔力量とか身体能力は変わらない。と思う」
俺達は変わらないと思うんだけど、コイツはどうなんだろう?
変わらないよな?
(変わらないんじゃない?)
試してみよう。
「痛っ!何をするんです!?」
「あ、全然大丈夫だわ。結構本気で殴ったけど、この程度で済むんだから」
岩も砕く俺パンチが当たっても、痛いで済むのはそう居ない。
これなら任せても平気だな。
「ちょっと!何してるんですか!」
「太田くん、大丈夫?」
あれ?
知らぬ間に太田の周りには、事務のお姉さん達が集まっている。
しかも話し掛けられたり頭を撫でられたり、今までにない状況だぞ。
裏山けしからん。
「太田!小さくなっても身体を動かせるか、試してこい」
「身体は動きますよ」
「違うよ!今までと身体の大きさが違うんだ。例えば棒を振るにしたって、今の腕の長さじゃあ届かないんだぞ。そういうのを、自分の頭で理解してるのかって話だ」
「言われてみると確かに。ちょっと失礼して、確認をしてきます」
太田が居なくなった事で、女性連中から溜息が聞こえる。
嫌がらせじゃないから!
いや、半分は嫌がらせかもしれない。
でも、ホントこれ大事。
(兄さんもこの身体になって背が縮んだから、戸惑ってたよね。経験者は語るってヤツかな)
そうだな。
野球に例えるなら、バットの重さが少し変わっただけで違和感を覚える人も存在する。
バットの重さでそれなんだ。
自分の身体なら尚更だろう。
「ところで魔王様。本当に彼でよろしいのですか?」
「太田の強さは折り紙付きだ。むしろ一人にした事で、お前達の方が危ないという可能性もある」
「どういう意味ですか?」
俺は太田の暴走の話を、ブーフに聞かせた。
ミスリルの武器も何も無かった頃、それでも帝国の兵達を蹴散らした、初めての太田暴走の話だ。
ブーフの顔色が、みるみるうちに悪くなっていく。
「そ、そんな方と一緒なのはごめんなのですが!」
「悪いけどもう決定事項なので、変更不可です」
「そんなぁ・・・」
「血を多く流させなければ大丈夫。そうだな。その為に太田チビバージョンの鎧も作るか?」
「是非ともお願いします!」
太田ではなく、ブーフが目の色変えてお願いしてきたので、これは切実なお願いなんだろうと受け取った。
というわけで、俺では無理。
弟、カモーンヌ!
その交代の仕方、次は無しで。
なんか嫌。
【善処します】
イラッとする返答だが、まあ良い。
太田チビバージョン用の鎧ねぇ。
身体能力的には変わらないにしても、全身覆うほどかな?
【スツールって奴を倒したら、その場から離れるんだろ?それ考えたら、少しは機動力もある方が良いんじゃないか?】
うーん、本人に確認するべきかな?
【いや、今はあんまり邪魔したくない。集中してるだろうし、こっちで勝手に決めてしまおう】
それなら盾持ちにしようか。
扱えるかは分からないけど、使いづらかったらブーフ達の誰かが持てば良いんだから。
【それは良い考えかもな。バルディッシュのような重量系の両手持ちから、片手で扱える武器に持ち替えになるけど。それでも太田なら、スツールって奴くらい倒せるだろうよ】
決まりだ。
軽装の鎧と盾。
そして片手斧にしよう。
「というわけで、完成したのがこちらです」
僕の渾身の力作を、ブーフの前に出す。
ブーフは創造魔法で作った武具に興味があるのか、頻りに前後左右を回って見ていた。
「触りたいなら触っても良いよ」
「良いんですか!?」
別に触ったからといって、壊れるような物でもないし。
興味があるなら、言ってくれれば問題無く許可を出すけどね。
ブーフは余程気になったのか、カブトの裏側や生地等を気にしていた。
満足がいったのか、こちらを向いて質問タイムのようだ。
「これは魔王様がデザインされた物ですか?」
「デザイン?うーん、今まで見た事あるような物を、アレンジした感じかな?」
「なるほど。想像しただけでこの出来具合か・・・」
何か気になる点でもあったのかな。
ウンウン唸り始めて、何が言いたいのか分からない。
しかし意を決したのか、とうとう僕にお願いをしてきた。
「これと同じ物を、私にも作って頂けませんか?」
ブーフの願いを聞いて、彼用のサイズで鎧を作った。
「ありがとうございます」
「これ、着て戻るの?」
「いえ、まだ着用はしないです」
「じゃあ何故?」
すぐに着るなら分かるけど、まだ必要無いなら、戦闘が終わった後でも良いのでは?
僕としては、ミスリルだって船の解体で出した物だから、あまり無駄に使いたくない。
でも、ブーフの説明を聞いたら、僕の考えが浅はかだったと思った。
「太田殿に鎧を着用してもらって隠れてもらっても、鎧の金属音はしてしまいます。それなら見本として、良い鎧が手に入ったとこちらを見せれば誤魔化せると思いまして。勿論、太田殿がスツールを倒したら、これを着て逃げるつもりですがね」
後から聞いた話、ブーフは武具を集めるのが趣味らしい。
小さいながらもなかなか形の良い軽装の鎧を見て、気になって仕方なかったという話だった。
その趣味はドワーフ製の鋼鉄の槍や、帝国製の物。
そして魔族が作った装備もあるそうだ。
ちなみに魔族が作った物は、リザードマンが作った鉄製の剣らしい。
変わった形をしているが、実用性を考えると耐久性に欠けて使えないとの事だった。
「魔王様。戻りました」
「よし、太田。これを着てみろ」
「おぉ!また新しい装備をワタクシに?」
説明するのも面倒なので、さっさと着させる事にした。
サイズに問題はない。
問題は、武器の片手斧の使用感だ。
「どうだろう?」
「うーん、もう少し長くても片手で振り回せると思います」
「盾を持ちながらでも、振り回すのに不便にならない?」
太田は盾も持ち、斧を振り回した。
僕的には長過ぎても、バランスが崩れたりしたら意味が無いと考えている。
「そうですね。あと少し長い方が便利です」
太田がそう言うのであれば、伸ばした方が良い。
僕は言われた通り、太田の背より少し短いくらいの片手斧に変更した。
「うん。やっぱりこれくらいが使いやすいです」
「そうか。じゃあこれで行こう」
その様子を見ていたブーフは、少し口元が緩んでいる。
どうやら武器の作り方を見て、興奮しているようだった。
「魔族というのは羨ましいですね」
「これは魔王様特有の・・・」
太田の長い説明が始まった。
ブーフは嫌な顔もせず、興味津々で聞いている。
このままでは、話が先に進まない。
「王国の人間が魔族を羨ましいって言ってくれるのは、正直嬉しいよ。でも、今は嬉しいって喜んでる場合じゃないからね。太田、準備しとけ」
「申し訳ありません。では、ブーフ殿。よろしくお願いします」
太田は木箱の中に入れられた。
大きな木箱が二つ。
もう一つはブーフの為に作った同型の鎧だ。
「では、行ってまいります」
「くれぐれも気をつけて行くのですよ」
キルシェの心配を他所に、ブーフ隊の馬がアジトから離れていく。
示し合わせていたのか。
ブーフ達がアジトを出て戦闘に巻き込まれない位置辺りまで走り去ると、途端に維持派の兵達が侵攻を開始したのだった。
「今回も、じゃんじゃんぶん投げてくれて良い。武器の在庫よりも、自分達の身の安全を第一に。そうすれば、ブーフ隊と太田が敵の司令官を倒してくれるからね」
「太田くんの為にも!」
「そうね。太田くんが頑張ってくれるんだもの。私達も頑張りましょう!」
うーん、動機が少し気に入らないけど、気合が入るなら文句は言えない。
この調子で頑張ってもらおう。
「それじゃキルシェ。僕も外に行くから、指揮は頼んだよ」
「お任せ下さい」
笑顔で見送るキルシェだが、周りの連中が外壁に登る敵に集中し始めると、途端に態度が変わる。
「さっさと終わらせてくれよ。船が壊れた今、こんな所に居る理由も無い」
「お前、ホント嫌な性格だなぁ」
「同じ日本人に取り繕っても、意味が無いだろ?それよりも早くしないといけない事がある」
「王都の事?」
「このままだと、全ての罪を王女である俺になすりつける輩が現れる。ソイツは多分、俺の兄貴のどっちかだと思うが、玉座に着かれたら面倒だ。兄貴もさっさと倒すぞ」