キルシェの帰還
キルシェ救出をブギーマンに託すと、ブーフを問い詰める方に気持ちを切り替えた。
彼は維持派の中で、スパイ活動をしていると言った。
僕の方がスパイとして優秀だな。
それはブーフのプライドを刺激した。
だって僕は変身魔法で、部下になれば良いだけだからね。
司令官を倒してこいと告げキルシェを追おうとすると、予想通りに裏切った。
彼をトライクで引き摺りながらキルシェを探す事にしたが、どうにも見つからない。
ブーフの煙筒を使って連絡すると、向こうからも緊急事態だと返事が来た。
ブギーマンに追い掛け回されていたブーフの部下達は、全員投降した。
キルシェは彼等に復讐をする為に、死なない程度の拷問器具を要求。
僕はお笑い番組で見た事のある、洗濯バサミを用意した。
テレビで見る物と違い、鉄製の強力な物だが。
最初は馬鹿にしていた彼女も、いざ使ってみるとご満悦。
自分を連れ回した部下達が泣き叫ぶ姿を見て、満足していた。
そして最後に、主謀者であるブーフの紐は自分で引っ張り、喜ぶキルシェ。
ブーフが泣きながら謝罪したが、許す事は無かったのだった。
ブーフの顔は、もはや内出血とハサミの痕でボロボロだ。
それでも彼女は手を止めない。
「そいや!」
「キルシェ様!もうおやめ下さい!」
「何故?私はアナタ方に殺されそうになりました。そうですよね?」
「殺そうとまでは!」
「維持派に突き出すなら、それは同じ事でしょう?」
威圧しているわけではないが、言葉にトゲがあるからか萎縮している。
彼等はブーフから目を逸らした。
その瞬間、キルシェは僕に凄い事を言ってきた。
「お前、股間に挟んでこい」
「え?」
「だからこの洗濯バサミを、股間にかましてこいって言ってるんだ」
コイツ、鬼畜だろ。
しかも自分の手を汚さないとか。
「魔王様!おやめになって!」
「は?」
「それをブーフの股間に着けるなんて!彼が死んでしまうわ!」
「はあ!?」
僕の事を指差して、非難してきた。
それを聞いた部下達も、同様に非難してきた。
何故、僕がこんなに言われなきゃならんの?
「私はそこまで求めていません!是非とも私に免じて、お赦しになって!」
この野郎、人をダシにして人望を得るつもりか。
だいたいコイツ、さっきまで自分で非難してたよな。
「お願いします!」
わざわざブーフの前に立ちはだかり、頭を下げるキルシェ。
そして転げ回っていた兵達も、同じく頭を下げ始める。
「お願いします!」
「いや、僕はそんな事やるつもりは無いんだけど」
「じゃあ、お赦しになられるのですね!」
「おぉ!キルシェ様のお願いが効いた!」
「誰のお願いがというか、元々やるつもりは・・・」
「ありがとうございます!」
キルシェを筆頭に、再び全員が頭を下げる。
ブーフは泣きながら、キルシェへの感謝を口にした。
「私達は、やはり間違っていた・・・。このような聖女の如き御方を、引き渡そうなどと」
「今一度、命を懸けてキルシェ様に尽くすべきではないのか?」
「その通りだ」
痛みに耐えながら立ち上がったブーフが、キルシェの前で臣下の礼を見せる。
それに兵達も続き、彼等は口を揃えて言った。
「我等一同、命を懸けて貴女を守る事を、神に誓います」
「私は自分が出来る事をしたまでです。でも、アナタ達には期待していますよ」
「ありがたき幸せ!」
全員が下を向いているのを良い事に、コイツは態度と言っている事が全く合っていなかった。
ハメてやったというような目で彼等を見ながら、そのくせ言ってる事は聖女のような綺麗事。
全て僕の所業にしてね。
何だか、利用されただけのような気がしてならないんだけど。
「お前のおかげで助かったわ」
小声で礼を述べてくるが、心から言ってないのは丸分かりである。
だからちょっとだけ嫌がらせをしておこう。
「とりあえずブーフ達が反省してるなら、アジトに戻ろうか。まんまと裏切り者に騙されて捕まった王女様と、その裏切り者がまた寝返って戻ったよってね」
アジトに着く頃には、既に朝になっていた。
向こうも半日以上の攻城戦に疲れたのか、攻撃が中断されている。
攻撃が続いていたら、おそらくはアジトの中に入る事は出来なかったと思う。
「魔王様!」
一旦戻っていた太田も、やはり鎧は傷だらけだった。
怪我は無いようだが、鎧から激戦の痕が色濃く出ている。
「相手はどれくらい減った?」
「凄いですよ。四割以上は太田さんが減らしてくれました!」
作業員がスパナを持って、興奮しながら教えてくれた。
しかしながら、弓矢も弾丸も、流石に投げる物もかなり無くなっている。
持久戦になったら負けるのは、目に見えていた。
「なっ!どういう事ですか!?」
キルシェが大声で怒りを露わにしている。
理由はやはり一つしかない。
「なるほど。我々が不在の間に、どのように戦っていたのか気になっていましたが。このような破天荒なやり方を取られていたとは」
大半の兵を率いて出ていったブーフも、何故これまで耐えられたのか納得といった様子だった。
「それは僕が指示を出したんだ。船を解体して、その素材を武器にするってね」
「何故このような愚行を!」
キルシェは僕に対して詰め寄ってきたが、周囲の目を気にしてか胸ぐらまでは掴んでこなかった。
二人だけなら、おっさんはもっとキレてただろうね。
「理由なら分かるだろ?」
敢えて言わずに、ブーフへ視線を送る。
キルシェはブーフの裏切りが原因だと気付いて、言うに言えなくなった。
彼女がブーフを許したんだから、今更ブーフに当たる事は出来なかったのだ。
やり場の無い怒りをどうするか気になったが、そこは今まで愚姫なんて呼ばれたおっさんだ。
怒りを隠して笑顔で、作業員と事務員へ労いの言葉を掛ける事で誤魔化す事にしたようだ。
「よくここまで頑張ってくれましたね。皆の頑張りが無ければ、この場は壊滅していたでしょう」
「しかし、船を半壊まで追い込んでしまいました」
「船はまた作れば良いのです。皆が無事であれば、それもまた可能ですから。今度は魔王様も、全面的にバックアップしてくれると約束してくれました」
「えっ!?」
チラッとこちらを見たキルシェは、皆から見えない位置でニヤリと笑っていた。
このおっさん、本当にタダでは転ばないな。
今更そんな約束してないなんて反故にすれば、頑張ってきた作業員達の士気を大きく落とす事になってしまう。
悔しいが、反対は出来なかった。
溜息を吐いた僕は、彼等の前で言ってやった。
「次の船は凄いぞ。ネズミ族の領地からミスリルを大量に輸入。そしてドワーフの鍛治師も呼び出して、加工させよう。うちからはコバも、アドバイザーとして貸してやる!」
どうだ!
ここまでやれば文句はあるまい。
「それに相談役の船の知識を合わせれば、完璧な船が出来ますわね。ヒト族と魔族の共同作業。これは歴史に残るかもしれません」
キルシェの一言で、大いに湧くアジト。
歴史に残るとか、そういうのはあんまり分からないけど、やる気になったのなら別に良いかな?
「やはり我々が敵対したのは、愚かな行為でした。今の話を聞いて、大きな過ちを犯したと深く反省しております」
ブーフですら、今の言葉には感銘を受けていた。
後からキルシェに話を聞くと、とんでもない事が分かった。
ヒト族と魔族が、しかも王国の人間が率先して手を取るなど、信長が統一して以来の歴史的快挙になるらしい。
これだけ盛り上がるのは、その快挙に自分達が関わっているからかもしれない。
そう言われると、僕としても嬉しい気持ちになってきた。
「だったら、船が完成した暁には、石碑を建てよう。どうせだから、全員の名前を後世に残すんだ。この計画はキルシェが立てたものかもしれない。だけどそれに賛同して作ったのは、ここにいる全員なんだから。それくらいしたって、良いんじゃない?」
「我々の名前が、後世に残るんですか?」
「ヒト族と魔族の名前が一緒に残るなんて、面白いだろ?」
「うおぉぉ!!やってやる!やってやるぞ!」
「俺達全員、石碑に名前を残すんだ!」
やる気に満ち溢れた言葉が飛び交っているが、まずは生き残る事が先決だ。
「全員が名前を残すんだから、まずは維持派からの攻撃を耐えないとね」
「しかし魔王様、耐え忍ぶだけでは勝てません。どうされるのですか?」
「そうだね。それはブーフにまず確認をしないといけない」
「私、ですか?」
裏切った自分が呼ばれるとは、思ってなかったようだ。
視線が集まると、少し気まずそうな顔をしている。
「敵の司令官を知りたい。それとその司令官の居場所だ」
「なるほど。頭を潰して、烏合の衆に変えようというわけですね」
「キルシェの言う通りだ」
言い方は悪いけど、どうせ王国の兵だ。
自分達が負けると思ったら、逃げると思われる。
「司令官の名はスツール。王国で数少ない、大将の一人です」
「大将?そういえばキルシェが連れていたコモノって奴も、大将じゃなかった?」
「彼は私とは別のルートで、影武者と共に逃げました。バラバラに逃げた方が、追手も分散しますから」
絶対離れないみたいな事を言ってたと思ったけど。
影武者を本物っぽく見せるには、その手は有効だ。
「それで、そのスツールって男は司令官としてどうなの?」
「凡庸ですよ。所詮は家柄だけで成り上がった男ですから。プライドだけは大将として立派だと思います」
随分と辛辣な言葉だな。
さてはブーフ、向こうでも一悶着あったっぽい。
「しかし一つだけ、優れている事があります」
「何?」
「逃げ足です」
「どういう事?」
逃げ足が優れてるって、足が速いのかな?
それとも危機管理能力が高い?
「ハッキリ言えば、自分の身の危険を感じる能力が高いという事です。おそらく魔王様がどれだけ強くても、スツールに接敵する前に逃げられるでしょう」
うげ!
苦手なタイプかもしれない。
多分兄さんでも、司令官の居る場所に向かう途中、半ば辺りで既に逃げられてそうだし。
これは困ったな。
【じゃあ、危険だと思われない方法で行けば良いんじゃない?】
そんな方法あるの?
【とりあえず人払いしたら、ちょっと俺と代わってくれ】
「皆!まだ戦いは続くから、疲れを残さないように休んでくれ」
この場に残ったのは、俺と太田。
そしてキルシェとブーフ、その側近数人だけ。
側近はブーフが裏切り者だったという事を知ってる者のみだ。
「ブーフ」
「何でしょう?」
「お前、まだ維持派を裏切った事は知られてないよな?」
「それは確かですね。向こうは私達をスパイだと思っているので、このアジトに入っても違和感無く思っているはずです」
「じゃあ、ブーフがスツールを倒せば良い」
「それは無理です!」
ありゃ?
即答されてしまった。
何故だ?
(当たり前だよ。もしブーフがスツールを倒しても、ブーフがその場から逃げられるとは限らないじゃないか)
倒す事ばかりで、逃げる事忘れてた。
ブーフじゃあ無理か。
(でも、悪くない考えだ。こうすれば良いんじゃない?)
おぉ、それは名案だな。
ブーフもそれくらいなら協力してくれそうだし。
「ブーフが戦うんじゃなければ、大丈夫だろ?」
「私が戦わないとなると、どのようにするおつもりで?」
「俺が戦うんだよ」
「だから、それはスツールの逃げ足で辿り着けないと」
「違う違う」
「はい?」
「ブーフは俺を隠して、スツールの所まで運べばいい。木箱に入れるなり麻袋に入れるなりして、スツールの目の前まで運べ。あとは俺が倒してやるよ」