キルシェの復讐
ブギーマンがやって来た。
王国では有名らしい魔族だが、その名を聞いた彼等は恐怖に怯え始めた。
魔王も気を付けた方が良い。
そこまで言わしめる魔族だが、剣や銃、ナイフに鍬等、持っている物は大した事が無かった。
それでも訳の分からない事を言われ、ブーフの部下は走って逃げてしまった。
ところが、キルシェの一言で事態は大きく動く。
プリーズヘルプミー。
この言葉から僕は、ある結論に達した。
彼等は英語を話しているのだと。
アイムオンユアサイド。
僕は味方だと伝えると、彼等はOKとすぐに分かってくれた。
兄の拙い英語、というよりは日本語がブギーマンに伝わるとは・・・。
この場を彼等に任せキルシェを追うが、やはり追いつく事が出来ない。
そこに現れたのは、何故か僕のトライクに乗ったブギーマンだった。
ブギーマンの後ろに乗って追い掛けると、ようやくとブーフだけは追いつく事が出来た。
しかしキルシェの姿は無く、先に連れ去られたと判明した。
兄は何を思ったのか、ブギーマンにキルシェを追って助けてくれと頼んだのだった。
「じゃあよろしく!」
「オーケー!」
トライクは松明の明かりが灯る方へと走っていった。
(まさか、本当に通じてるなんて・・・。日本語分かるんじゃないの?)
かもな。
それよりも、目の前の男をどうにかする方が先決だ。
「よぉ、ブーフ。さっきは色々と投げつけてくれてサンキューな」
俺は転んだブーフの肩を踏みつけて言った。
別に力を入れているわけじゃないから、身体を起こせばすぐに立ち上がれる。
だが、奴は立ち上がらなかった。
「な、何を言ってるんですか!?わ、私は維持派の中に潜り込んでスパイ活動をしていたんですよ!?私がキルシェ様を裏切るなんて、あり得ません!」
素晴らしい言い訳だ。
口籠っているのは何故だろうね。
だったらこうしよう。
「オーケーオーケー!じゃあキミには仕事を与えよう」
「し、仕事!?」
「お前が敵の司令官倒してこいよ」
「は?」
「スパイしてるんだろ?敵の司令官にキルシェの重要な情報があるとか言って、司令官ぶっ倒してこいって言ってんの」
「そ、それは・・・」
更に口籠るブーフ。
何か言い訳でも考えてそうだな。
だから、俺に良い案をくれ!
(人頼みかよ。だったらこう言いなよ)
なるほど。
それはそれで面白い。
「出来ないの?」
「わ、私は維持派の中では、まだ下っ端なものでして」
「改革派では重要なポストに就いてるのに、それはおかしくね?」
「いや、本当です!」
「ふーん。じゃあブーフって、維持派では全く信用されてないんじゃん。スパイとして失格だな」
お?
ちょっと睨んできた。
プライドを刺激したかな?
「お言葉ですが、魔王様なら簡単に出来ると?」
「出来るね。試してやろうか?」
(試すって何するの?)
ちょっと、ブーフに変身出来るか?
(了解)
「これで分かった?」
「なっ!?えっ!?私?」
「今は顔だけだけど、別に知ってる人なら誰でも変身は可能だし。これなら司令官の側近にだってなれるから。キミとは違う方法だけど、スパイ活動するだけなら簡単なんだよね」
絶句したブーフは、項垂れて下を向いた。
だが、それは油断を誘う為の仕草だと、僕でも薄々気付いた。
そろそろ代わろう。
後ろに隠し持ったナイフが、いつ来るか分からないからね。
【了解!】
「じゃ、司令官ぶっ倒したら戻ってきてよ。倒せなかったら、戻って来なくていいから。今アジトの連中は、俺達の指揮下にある。お前が裏切り者だって言っておくから、心置きなくスパイ活動に励んでくれ」
「・・・」
「何か文句あるのか?」
「いえ・・・」
「それじゃあ、俺もブギーマンの後を追うから」
俺は追う振りをして、奴に背中を見せた。
こんな簡単に引っかかるのも、どうかと思うのだが。
「馬鹿め!油断したな!」
「はい、ドーン!」
手に持ってたハンマーで、ナイフを握っていた手を横からぶっ叩いた。
何故ハンマーかって?
弟に聞いてくれ。
変身してる時に、何故か手元に作ってたから。
骨の砕ける音が、ハッキリと聞こえる。
これ、骨折とは違う音だよなぁ。
「イギィィィ!!」
ナイフを落として、その場で転げ回るブーフ。
悲鳴がかなりうるさい。
コイツ、もう戦える感じじゃないな。
どうする?
(うーん、引き摺る?)
もう一台、トライクを作るとは。
まだ何か隠し持っていても、鉄のワイヤーなら切れないだろう。
コイツでブーフを縛り付けて、トライクの後ろに結べば・・・。
完成だ。
(行くぜ!ヒャッハー!雑魚軍団のお通りだ!)
ノリノリだな。
でも、こういうシーンあった気がする。
完全に敵役だけど。
(関係無いね。とりあえず、全速力でブギーマン達を追おう)
俺は後ろを振り返ると、ブーフが青ざめた顔をして見上げてきた。
「お前の鎧なら、首の骨でも折らないと死なないな。出発!」
「やめっ!」
何か言っていたが、気にせずにアクセルをぶん回した。
ブギーマンは何処まで追いかけていったんだ?
周辺は暗く、ブギーマンのトライクのヘッドライトも松明の明かりも、何も見つける事が出来ない。
(うーん、想像してたよりも先に行ってるかもしれない)
どうする?
闇雲に探すか?
(ブーフは生きてる?)
チラッと後ろを見ると、土煙の中で跳ねている身体がある。
咳をしているから、生きてるな。
まだ余裕もありそうだ。
(連絡方法とか持ってないかな)
無いんじゃない?
試しに聞いてみてもいいけど。
一旦トライクをドリフトしながら止めると、ブーフはその勢いのまま木に激突した。
「あ・・・。生きてるか〜?」
「・・・この悪魔が!」
「悪魔じゃなくて魔王ですぅ!それよりもお前、部下達と何か連絡する方法持ってないの?」
「こんな仕打ちされて、あっても言うわけがないだろう!」
「あ、そう。じゃあ次は、三倍のスピードでぶつかってみよう!」
勿論そんな事は出来ない。
弟なら出来るかもしれないが、俺に三倍のスピードを出して運転出来る技術は無い。
しかし、そのハッタリも効果はあった。
「・・・腰の小物入れに円筒がある。それを燃やせば、部下達が返信で円筒を上げるはずだ」
腰のバッグを漁ると、確かに小さな円筒があった。
紐を引き花火を上げると、十秒くらいしてすぐに返事の円筒が上がった。
「意味は?」
「緊急事態だ」
ブギーマンに追われてるからな。
そりゃ緊急事態だろう。
だが、大体の位置は分かった。
「出発!」
「おい!円筒を渡し」
何か言っていたが、気にせず走る事にした。
「HAHAHA!」
「こえぇぇ!!何か言ってるよ!」
ブギーマンは笑いながら、キルシェを捕まえている連中を追いかけていた。
ここで説明しておくと、ブギーマンは既に助ける事を頭の中から忘れていた。
彼は、昔見た事がある乗り物に乗って、楽しんでいるだけなのだ。
笑っているのはそのせいだった。
そこに、横から新たな明かりが彼等を照らす。
「居たあぁぁ!!」
「オゥ、ボーイ!」
「まだ捕まえてなかったのかよ。あれ?この人、武器持ってない・・・」
この野郎、オーケー言っておきながら武器持ってないんじゃ、キルシェを助けられないじゃないか。
「ま、魔王!?ブーフ様!」
俺の存在に気付いた直後、後ろで引き摺られるブーフを見て仰天している。
「お前等も早く止まらないと、こうするぞ!」
俺は蛇行運転をして、左右の木にブーフをぶつけた。
「酷い!」
「この悪魔!」
「外道!」
「非モテ男!」
「最後の奴、後で絶対ぶん殴る!それで、お前達はどうするつもりだ?」
運転をしながら投降を勧めると、キルシェがそれに反応する。
「今止まれば、貴方達の罪は不問にします。しかし、今すぐに止まらなければ、魔王に言って、ブーフよりも酷い事をしてもらいましょう!」
引き摺るよりも酷い事?
何だろう。
思いつかない。
(大丈夫。僕にはやりたい事沢山あるから。フフフ・・・)
お前、こえーよ!
「全員とまーれ!」
競馬場で聞いた事あるような言い方だなぁ。
「本当に、私達は助かるのですか?」
「えぇ、少し待ってください」
自由になったキルシェは、僕に近付いてきて小声でこう言った。
「殺さない程度に痛めつける武器をくれ」
おっさんの時の口調で、その目を見ると明らかに復讐心に燃えている。
俺には何も思いつかないんだけど。
(良い物を渡そう)
お前が言う良い物って、絶対良くない物だよね。
「これは?」
「洗濯バサミです」
「そんなの見れば分かるよ」
鉄製の洗濯バサミ。
この時点で挟むと痛いのだが、それに紐を付けた。
「やる事は分かるよね?」
「そりゃあね」
「これで勝ち抜き戦をやってもらいましょう。勝てばすぐに終わるけど、勝てなきゃ最後まで痛いまま。ちなみに鉄製なので、なかなか外れません」
「お前、結構怖い事言うね」
キルシェは他の連中に聞こえないように、僕を非難してきた。
おかしいな。
リクエストに応えただけなのに。
「五人一組でやってもらい、二人勝ち抜けで三人は負け残り。さあ、やってもらいましょう!」
何故、こんな事を思いついたのか?
それは、家で見ていたお笑い番組で、これは痛そうだなと思ったから。
乳首と唇に鼻、色々とバリエーションもあって、そこそこ楽しめるはず。
キルシェはそれを持って、兵士達に近付いた。
「ごめんなさい。魔王が私を拐ったのは絶対に許せない。だから禊として、これをやれって・・・」
オイィィィ!!
この人何を言ってくれてるわけ!
全部人のせいにしたよ。
「アナタは鼻、アナタは口、アナタは耳が良いって言ってたわ」
何も言ってねぇぇぇ!!
「皆着けたわね?最初だから試すけど、こうやるの。フン
!!」
洗濯バサミを着けた五人の紐を、全力で引っ張るキルシェ。
「おごあぁぁぁ!!」
全員が痛みに転げ回る。
「あぁ!ごめんなさい!でもやり方を示したかったの」
いや、口で言えば済むじゃん。
そう思ったのも束の間。
他の連中の紐も引っ張っていた。
「というのが、この罰ゲーム・・・んん!魔王からの拷問よ」
罰ゲームって言った。
普通に聞こえた。
「負け残りだから、皆さん頑張って下さい。残った者が勝ちです」
阿鼻叫喚だった。
深夜の暗闇の中、野郎の悲鳴が響き渡る。
ちなみにブギーマンは、腹を抱えて笑っている。
笑い過ぎて過呼吸になっていたくらいだ。
「フフフ。これ、ハサミの先に針とか付ければもっと面白かったのに」
キルシェもとい、おっさんの独り言が怖かった。
「だいぶ減ったな」
時間にして二十分以上は経った。
強力なハサミの痛みに耐えながら、自分の身体からハサミが取れないように踏ん張る。
痛いけど、ハサミが残らなくては抜けられない。
他の連中のハサミを外すように引っ張ると、自分のハサミが外れて、負け残りになる。
地面に転がっている連中は、大半が勝った連中だった。
顔のどこかしらが内出血してるようだ。
泣きながら、勝ったと喜んでいた。
「いよいよ、最後ですね。ラストはスペシャルなゲストをお迎えしたいと思います。いよいよ登場、ブーフです!」
キルシェはノリノリでブーフの顔にハサミを着けた。
「イダダダダ!!」
ブーフは眉、鼻、唇に耳、ついでに無理矢理ほっぺたにも着けられていた。
「ブーフは主謀者。魔王の機嫌を損なわない為にも、これくらいしないといけません。そいや!」
コイツ、途中まで着けたハサミを、わざと外しやがった。
しかも気合の入った掛け声付きで。
「すいませんブーフ。私もこんな事したくは、そいや!」
「わだじが悪かったです!もうやめでぐだざい!」
泣きながら謝るブーフ。
しかしキルシェは、目が笑っていない笑顔で答えた。
「アナタ、私を殺そうとしておいて、謝れば済むと思っているのですか?甘いですね。そいや!」