佐藤さんの今後
「え?」
「だからご飯食べましょう。捕まってから何か食べました?」
「いや、先の事を考えてて、水以外は喉を通らなかったよ」
捕虜とはいえ何をされるか分からない状況で、食欲が出なくて当たり前か。
今はどうだろう。
契約が破棄された今、自分の未来を考える事も出来ると思うんだけど。
「今はどうですか?これからの事を考えるなら、しっかり食べた方がいいのでは?」
「これからの事・・・。俺に未来があるのかな?此処を襲撃した隊長だったんだけど」
それもそうか。
前田さんの一言で、処分が決まるわけだし。
だけどあの人の考え方だと弱肉強食だから、帝国に戻らなければ別に文句言わない気もするんだよなぁ。
そんな事考えてたら、グゥとお腹が鳴った。
「今の音を聞いた通り、僕はお腹が減ったのでご飯食べに行きますが」
「俺も行っていいのかな?」
「是非行きましょう!」
一緒に行こうと起き上がろうとするのだが、そういえばロープで縛ったままだった。
解こうと結び目に指を手をつけるが、何だこれ!固過ぎるだろ!
固結びってレベルじゃない。
魔法でナイフ作るっていう手もあるけど、これだけ固いと身体も切りそうで怖い。
仕方ない。
「すいません、僕じゃ解けないみたいです。固過ぎて全く緩む気配がしない・・・」
佐藤さんは頷くと、苦笑いしながら起こしてくれと頼んできた。
ちょっと歩き辛そうな感じだが、これは我慢してもらうしかない。
「前田さ~ん!戻りました~!」
玄関を開けて家の中に聞こえるように言ってみたが、反応が無い。
玄関で待っててもよかったのだが、村の皆に縛った敵兵を連れて前田さんの家に居るのも微妙だったので、そのまま勝手に入っていった。
「お、お邪魔しま~す」
気まずそうに入る佐藤さん。
縛られたまま挨拶って、変な感じだ。
台所に向かうと、そこには集中して鍋の中身をかき混ぜている前田さんが居た。
何をこんなに集中しているんだ、この人は。
「戻りました。何を作ってるんですか?」
「あ、帰ってきたんですね。これですか?豚汁です。なかなか美味い味噌が出来たので、食べてもらおうと思って」
鍋から目を離さずにそう言った。
敵兵が家の中に居ますよ?
村長の家に、縛られた敵の隊長さんが居るんですよ?
縛られてなかったらどうするのよ?
「前田さん、ちょっといいですか?一緒に食べようかと連れてきたんですけど。解けなかったので前田さん解けますか?」
「何が解けなかった・・・おおぅ!ビックリした!驚かせないでくださいよ!」
振り返ればすぐ分かった事なんだけど。
この人、本当に戦闘中と違うな。
「契約魔法は無事に解除されました。もう戦う意志も無いので、解いてほしいんですけど」
「あぁ、それね。解けないでしょ?それ魔道具なんですよ。縛った本人以外は基本的に解けません。それに魔力を帯びてないナイフや剣で切ろうとしても切れないように出来てるらしいです」
じゃあさっきナイフを作ってても、切れなかったわけだ。
見た目じゃ判断出来ないな。
しかし村に魔道具なんてあるの、初めて知った。
「はい、解けました」
「あ、ありがとうございます。そして、さっきはすいませんでした!!」
90度にビシッと腰を曲げ、綺麗に頭を下げる。
なんだろう、高校時代に見かけた体育会系の謝り方に似てる。
「契約の件は聞きました。解除されて敵対しないと分かった今、貴方も被害者です。一緒に食べましょう」
ニコッと歯を剥き出しで笑う。
前田さん、こういう姿を見るとカッコいいんだけどね。
可愛いエプロンさえしてなければ。
佐藤さんは本当にすいませんと繰り返し頭を下げつつ、席についてもらった。
豚汁とガッツリ系肉料理の他に、今回は芋の煮物があった。
肉料理さえ無ければ、日本食に近い。
肉料理を横目に、豚汁と煮物に目が輝く佐藤さん。
箸を取って豚汁を一口飲むと、
「美味い!米に豚汁、煮物なんて久しぶりだよ!やっぱり日本人は和食が忘れられないな!」
美味しい料理は心を癒す。
まさにその瞬間を見たよね。
僕も煮物は久しぶりかな。
「口にあって良かった。肉料理の方も沢山あるので、どうぞ食べてください」
大皿に盛られた山のような肉料理を推してきた。
というより、皿を押してきた。
食べてという圧力が凄い。
ただね、もう皆寝てるような時間なんだよね。
深夜って言うほど遅くもないけど、この時間になかなかのこってり系かぁ。
「いただきます。あれ?意外と脂っぽくない」
佐藤さんは何も食べてなかったからなのか、普通に手を付けた。
やっぱりこってりだと思ってたみたいだけど、意外な答えだ。
「実はさっき因幡くんの両親からのおすそ分けで、色々な香草と果物を頂いたんです。試しに使ってみたら意外と合ったので、今回も使ってみました」
なるほど、因幡ペアレンツのおかげという事か。
因幡くんの所、皆ウサギの獣人だから草食系っぽいもんなぁ。
でもグッジョブだよ!
僕も一口もらおう。
「おぉ、これはレモンに似てる味がする?柑橘系の酸っぱさが後味を残さない」
前田さん、こんな料理上手になって、何を目指してるんだろう。
あの戦いぶりを見ると明らかに武官系なんだけど、このエプロン姿だと絶対にそっち系だと思わないよ。
「やっぱり人は美味い物を食べた時が一番幸せなんだと、私は思ってるんですよ。戦いも楽しいけど、戦いだけしてても緊張が張り詰めて、いつかは何処かでプツンと切れるものです」
うーん、奥が深いような深くないような。
楽しいって言っちゃうのがね。
「ごちそうさまでした。この度は本当にご迷惑をおかけしました。私に出来る事があれば、是非手伝わせてください」
「その話はまた明日にしましょう。阿久野くんも一日で海津町との往復で疲れたでしょう。二人とも部屋は用意してあるので、今日はもうゆっくり休んでください」
二人部屋を準備してあるようなので、一緒に部屋へ向かう事になった。
多分これは、僕に監視の意味も込められている気がする。
万が一、佐藤さんが敵対するとなると、僕というか兄しか抑えられないからね。
その辺は村長として抜かりないと思う。
でも逆に、こちらとしても都合が良い。
二人部屋ならお互いの事を話しやすいからだ。
案内された部屋の中に入り、誰も盗聴してないか確認する。
するような人もいないとは思うけど。
「さて休む前に、佐藤さんの話を聞いてもいいですか?」
「俺もキミの事が知りたい。まず、何故そんな子供の、ましてや魔族の身体なんだ?」
「そうですね。その前に自己紹介をしたいと思います。僕の名前は阿久野康二。そして阿久野健一でもあります」
「阿久野?阿久野って野球やってたあの阿久野か!?数年前にドラフト直前で失踪したって、テレビやネットで話題になってたぞ!?」
あら?そんな事になってたのね。
兄は流石に有名だけど、僕はそういうの無さそうだけどね。
「双子の兄弟揃って行方不明になったから、事件と自殺の両方の線で調べられてたはずだよ?それに俺も高校球児だったからね。夏の甲子園、テレビでキミの応援したりしてたんだ」
そうか。双子同時だから、僕も注目されたのか。
これは予想外だった。
しかしどれだけ探しても分かるはずがない。
こんな所に二人で、しかも身体は一つで居るのだから。
そして僕等はお互いの話をしあったのだった。
「なるほど。神様に助けてもらったと。契約されずに済んだのは良かった気もするけど、その身体を二人で使っているのは不便そうだね」
「案外そうでもないですよ?ご存じの通り、この身体スペックが高くて魔法まで使えますし。ただ、やっぱり自分の身体に戻りたいという気持ちはあります」
自分の身体を取り戻して、さっさと日本に帰りたい。
その気持ちに偽りは無いんだけど。
【俺も日本に早く帰りたい。だけどそれだけじゃ駄目な気がする】
駄目というのは?
【俺達は魂の欠片を取り戻せば、神様が治した身体に戻って帰れるよ。でもそうすると、目の前の佐藤さんはどうなる?それに同じような日本人も、帝国に沢山居るだろう】
佐藤さんは未だしも、見知らぬ人達の為に僕等が命を懸けて帝国と戦うっていうの?
それは無謀じゃないかな?
【それにさ、もう日本人だけの問題じゃないだろ。帝国の王子ってのが魔王を名乗って、魔族を襲ってるんだ。それは俺達を迎え入れてくれたこの村の人達や、エルフの町の人達。そんな人達を見殺しにして帰るって事だぞ!?】
そうは言っても、いくらこの身体が凄くたって、僕等だけじゃ一国を相手に喧嘩なんか出来ないよ。
もし首を突っ込むなら、最後までやりきる覚悟が必要になる。
それこそ帝国を滅ぼすような覚悟が。
【帝国を滅ぼすかどうかは置いといて、まずは魔族を助ける事を考えようぜ。魔族を助けるという事は、いつか敵として日本人が出てくる。その時に悪い人じゃなければ助ければいいじゃないか】
そんな行き当たりばったりの計画で大丈夫かな?
【難しい事はお前の頭でなんとかなる!まずは手を伸ばして助けられる人からだ】
そんな過大評価は要らないんだけどね。
そこまで言うならやってやろう。
ただし、僕のやり方でやらせてもらう。
そしたら後には引けないからね!
「・・・久野くん?聞いてる?」
やべ!二人の会話に夢中になってて聞いてなかった!
「すいません!ちょっと考え事をしてました」
「それならいいけど。なんか難しい顔して黙っちゃったから、変に俺達みたいな召喚者の事でも考えているのかと思った」
するどいな。
でも申し訳ないが佐藤さんは別として、他の人達は二の次だ。
知らない人の為にそこまで考えていられない。
僕等はまず、お世話になった人から助けたいんだよ。
「今日はもう寝ましょう。明日、前田さんから処遇に関しての話もあると思います」
「そうだね。じゃあお休み」
翌朝、前田さんと朝食を食べた後、佐藤さんの今後について話し合った。
「まず佐藤さんの処遇だが、軽い保護観察としてこの村に留まってもらおうと思う」
保護観察は罰になるのだろうか?
ある程度、村に貢献する何かをするにしても、これはほとんど無罪扱いと同等じゃないかと思う。
「村に留まる事に文句はありません。むしろ私に貢献できる事をさせてください!」
「何かできる事と言ってもねぇ。畑耕すか魔物を狩って肉の調達とかくらいしか思いつかないんだけど」
【あ!俺の考えを伝えてくれないか!?多分これはこの村で、佐藤さんしか出来ない事だと思う】
何か良い案が出た兄が急に話しかけてきた。
その話は僕の予想外の案だったが、とても良い案だと思う。
「あの~、僕の案聞いてもらっていいですか?」
そして僕等は今、寺子屋の前まで来ている。
先生に話を聞いてもらう為だ。
「こちら、織田信長と同じ世界から来た佐藤さんです」
信長と同じ世界という言葉にビックリした先生は、声が裏返りながら迎え入れてくれた。
「今ここに来た理由は、アレです」
生徒達が集まる広場の方に指を向ける。
「アレは・・・野球?」
そう、野球だ。
昨日の夜、高校球児だと言っていた話を思い出して、此処に連れてきたのだ。
レギュラーにはなれなかったにしろ、名門高校野球部に所属していたという佐藤さん。
野球から離れて相当経つかもしれないが、やっぱり当時の練習とかは覚えていると思う。
だから、
「ここのコーチやりませんか?」
「えっ!?コーチ?俺が!?」
「そうです。此処で佐藤さんが出来る、いや佐藤さんしか出来ない事!それは野球を教える事です!」
前田さんは、何で野球知ってんだ?みたいな顔してるが、説明は後にしよう。
後々に僕の計画で話す機会があるのだから。
「ちょっと日本の野球と違って、魔法の火球を打ったりしますが、まあ大まかには同じです。今は小学校低学年レベルの野球ですが、後々は高校レベルまで引き上げてほしいですね」
「ちょっ!ちょっと待って!俺はレギュラーになれなかった男だよ!?そんなに大したレベルじゃないよ」
この人も自分の事が分かっていないな。
この世界に来て、どれだけ身体能力が上がっているのか。
「じゃあ試しに先生の投げる球を打ってみますか?真剣勝負で」
「いやいや!高校卒業して以来、まともにバットなんて振ってないよ!俺じゃ勝負にならないよ」
「佐藤さん、此処の野球は勉強の一環です。魔法の総合練習になっています。これは子供たちの為、村の為にもなるんですよ!」
勉強の一環と言われて、ちょっと混乱気味になっていたが、吹っ切れたのか素振りを始めた。
「あの人の素振り、俺達と違うな」
「構えもちょっと違う気がする」
「足を開く幅が僕達より小さいね」
子供達は素振りを見て興味津々。
今まで一番上手かったのは僕、というより兄だが、大抵が審判だったのでプレー自体をほとんど見せていない。
そこで名門高校出身者の登場だ。
「二人とも真面目にやってくださいね」
なんて言う前から、先生はピッチング練習。
大人との初めての勝負、マジである。
「じゃあプレイボール!」
バッターボックスに入った佐藤さんは軽く素振りをした。
感覚を取り戻す為だろうか?
【それもあると思うけど、あと頭の中で先生の球の速さの調整じゃないか?さっきの投球練習を見ながら、バット振ってたしな】
なるほど、分からん。
とりあえず、バッターボックスに入る前から情報収集をしていたという事か?
まあ選手でもなんでもない僕に、そんな細かい事は分からないのだ。
先生の第一球は少し高めに浮いてボール。
それを目で追った佐藤さんはスイングを確認し、何かを確信しているように見えた。
【多分、次のボールでストライクなら振るぞ】
と、解説の野球馬鹿が申しております。
馬鹿って言うなという声が聞こえる気がするが気にしない。
そして第二球目、解説の人の言う通り、バットを振りぬいた。
「あー!!渾身のボールがー!」
高く上がる火球を見送って、遠く、かなり遠くで爆発音がした。
ホームランである。
【実は、先生もまだ上手くないから、ストレートしか投げられないんだよね。しかもずっと一定スピードだから、目が慣れれば打てる人はバッティングセンターと似たような感覚で打てると思う】
なるほどね。
結果は佐藤さんの圧勝。
子供達は人生初のホームランを見たという事で、大興奮である。
「す、すげー!」
「アレがホームランか!カッコいい!」
「あんなに飛んでいくんだ!俺達にも打てるのかな!?」
反応は上々。
先生は初めての被本塁打で、膝をガックリ落としてガチへこみ。
これで佐藤さんも・・・ん?
佐藤さんも動かないぞ?
「フ、フフフ。やっぱり、やっぱり野球面白いな!」
感動してたか。
これなら引き受けてくれそうだ。
「どうです?子供達のコーチ、やってみませんか?」
その言葉を聞いた子供達は、固唾を飲んで見守っていた。
「俺が役に立てるなら、是非ともお願いします!」
そう高々と宣言した佐藤さんに、子供達が走って寄ってきた。
「野球先生!よろしくお願いします!」
子供達は目を輝かせながら、佐藤さんに頭を下げた。
これで佐藤さんもこの村に迎え入れてもらえるだろう。
良かった良かった。
でもね・・・
僕、二年ぶりくらいに帰ってきたんだけど。
誰も声掛けてこないのは寂しいですよ。