ブギーマンの正体
太田に投げてもらう。
兄があの別働隊を追う手段として考えたのは、それだった。
空から見た事を説明すると、太田も賛同した。
よく分からない鉄板を作った兄は、大砲のように空へと飛んでいった。
あの鉄板は、鳥の羽を模して作ったらしい。
鉄板を広げて鳥のように滑空しようとしているが、重くて落ちる方が早い。
更に鉄板をバタバタと忙しなく動かしていたが、ただ落ちるのが嫌で必死に暴れているようにしか見えなかった。
挙句、疲れたと言い出す始末。
だが、そんな努力も無駄ではなかったらしい。
意外と進んでいたのだ。
地上へと降りると、落ちてきた鉄板の影響で混乱している中、敵の真っ只中から抜ける事に成功した。
トライクで別働隊の後を追い掛けると、そこにはキルシェと合流したブーフが居たのだった。
別働隊はブーフが率いている。
裏切り者だと確信した僕等は、しばらく様子を伺う事にした。
キルシェを助け出そうと試みるも、あえなく失敗してしまう。
キルシェを連れ出す為の時間稼ぎをされ焦っていると、何故かキルシェを連れた一行が戻ってきた。
僕等はブーフから聞いた言葉を、ここで再び耳にする。
ブギーマンがやって来た。
「な、なんだとぉ!?」
ブーフは大声で驚いている。
ブギーマン。
災害や事件なんかが起きると、人を拐っていくという魔族だっけか?
でも俺、そんな魔族聞いた事ないよ。
(僕も知らない。初耳の魔族だ)
お前が知らないくらいなら、俺が覚えているわけがない。
というより、何故アイツ等はあんなに恐れているんだ?
「おい!」
俺は試しに、ブギーマンについて奴等から情報を聞き出そうとした。
「分からない!とにかく言葉が通じない。大きな身振り手振りで、威圧してくるんだ。たまに笑いながら近付いてくるし、とにかく怖い存在だ。なんなら魔王だって拐われかねないからな。なんとか倒してくれ!」
一般兵士Aよ。
説明ありがとう。
最後の一言はこう言っておこう。
「だが断る!」
大きく足を広げ、背中を逸らしてソイツに向かって言ってやった。
効果音はバアァァァン!!、もしくはドキャアァァン!!が希望です。
(誰に言ってるの?)
もしかしたら聞いてるかもしれない神様。
(あの人に頼るのはちょっと・・・)
それよりも動きがあったぞ!
「ブギーマンが何か言いながら、近付いてきます!」
暗闇の中から松明を持って現れたのは、金髪で青い眼をした男だった。
確かに、何か大きな身振り手振りをしている。
片手には剣と、腰には護身用っぽいナイフもある。
他の連中は銃も持っていた。
「来るな!お前達、奴等を倒せ!」
ブーフは慌てて指示を出したが、誰も前に出ようとしない。
足が震えているのを見ると、怖いらしい。
「・・・ユー!」
大きく手を上げて、何か言っている。
ブーフの部下は、その動きにとうとう耐えられなくなったのか、ブギーマンが居ない暗闇の広がる森の中へと逃げていった。
「あっ!オイ、貴様!」
逃亡者が走っていって一分足らず。
暗闇の中から悲鳴が聞こえた。
「い、今の聞いたか!?」
「ブギーマンに拐われたんだ!」
「こえぇぇ!!」
恐怖は伝播していく。
ブーフの指示など知った事ではない。
彼等は誰もが助かる為に、森の中へと散っていった。
そして、キルシェにも彼等の魔の手が掛かろうとしていた。
「・・・ユー!」
キルシェを抱えた男達が、何かを言われている。
今までと違って、少し威圧感がある。
(何言ってるか聞こえないの?)
聞こえるんだけど、何言ってるか分からないんだよ。
キルシェを抱えた男達も、後退りしながらどうにか逃げようとしてるみたいだけど。
「・・・ハーゴー!」
(ん?)
どうした?
ブギーマンの弱点でも分かったか?
(いや、でもまさかね)
ハッキリ言ってくれよ。
俺には何が何だか分からないんだから!
(説明する前に、事態が動きそうだ)
「ぷりいぃぃぃず!!へるぷみいぃぃ!!」
キルシェが大声で叫んだ。
ブギーマンはその声に反応して、武器を構える。
(やっぱりそうだ!)
何だ!?
何か分かったのか?
(とりあえず、ブギーマンに近付いてこう言ってくれ)
分かった。
俺は一番近いブギーマンに向かって、叫んだ。
「あいむ、おんゆあさいどぉぉぉ!!」
ブギーマンは驚いた顔をして、その後に俺に向かって笑顔でこう言った。
「オーケー!ボーイ!」
あ?
英語?
(そうだ!彼等は多分魔族じゃない。外国人だ)
ハァ!?
(何を言ってるのか分からないのは、全て英語で話し掛けられているからだ。多分、英語圏以外の外国人も居ると思う。兄さんの声にすぐに反応した人と、そうでない人が居たから)
という事は、この人達も召喚者!?
(可能性はある)
なるほどね。
キルシェは英語が分かるから、それに対して助けを求めたって事か。
(そういう事。だから、ブギーマンは無視していい!)
やる事は一つ。
ブーフをぶん殴る!
どうしてこうなった!?
魔王が私達の行動に反応したのも予想外だが、それよりもブギーマンだ。
アイツ等がこんな時に出てくるなんて、聞いてないぞ!?
山火事も飢饉も、そして戦争も起きてないのに!
「キルシェを連れて逃げるぞ!一点突破だ」
ブーフの指示で残った連中をまとめ上げ、彼等は付近にブギーマンが見当たらない暗闇の中へ突撃していく。
「ヤバイ!」
目の前の兵の頭を作った鉄の棒でタコ殴りしていると、キルシェを抱えた連中が遠ざかっていく。
「邪魔だ!」
クソッ!
何でコイツ等は一緒に逃げないんだよ!
(兄さん、こういう時は助けを呼ぶんだ)
あ、そうか。
ブギーマンが味方なら助けてくれるのか。
「ヘルプ!」
俺の声に反応したブギーマン二人が、こっちを向いた。
もう一度ヘルプと言うと、彼等はすぐに持っていた鍬でブーフの部下を攻撃し始めた。
「おぉ!?」
「アーユーオーケー?」
「おおお、オーケーオーケー!サンキューサンキュー!」
外人に話し掛けられると、緊張するなぁ。
でも、今の英語はマトモだっただろ。
(どこが・・・)
何か言ったか?
(何も言ってないよ。それより早く追いかけよう)
そうだった。
彼等に説明して、ここを任せよう。
「俺、追い掛ける。ここ、任せた。オーケー?」
(全部日本語じゃねーか!)
でも通じてるぞ。
彼等は親指を立てて、オーケーと言った。
(何で通じるんだよ!)
知るか!
とにかく急ごう。
俺は猛ダッシュで、奴等が消えた方向へと走り出した。
「オゥ!カミカゼボーイ!」
走り始めてすぐに、ブギーマンから何か言われた気がしたんだけど。
気のせいかな?
それにしても、暗くてあんまり見えないな。
月明かりも隠れているし、無闇に走ると木に激突しそうだ。
(おかしいよ。アイツ等、明かりも無しにこの中を馬で走れるわけがない)
言われてみれば、そうだな。
じゃあ、何故見当たらないんだよ。
(考えられるのは三つ。一つ目は、ブギーマンに捕まった。二つ目は、素早く逃げて見えない所まで行ってしまった。でも僕は、最後の三つ目だと思ってる。だから、一瞬だけ魔法を広範囲に使うから、その後は頼んだ)
分かった。
「じゃあ、すぐに代わる準備はしておいてね?」
【任せろ。それで何をするんだ?】
広範囲に水魔法の凍結を使う。
馬が居れば、多分驚いて啼くはずだ。
【なるほど。それじゃ、やってみよう】
「行くぞ!魔王、フリージング!!」
地面に両の手を着いて叫ぶと、冷気が四方へと広がっていく。
「後は頼んだ!」
聞こえた!
左の方で馬の啼き声だ。
走り始めてちょっとすると、こちらに気付いたようだ。
隠れるのを諦めて、火の明かりが灯されたのが分かる。
明かりが遠ざかっていくのを見ると、馬が走り始めたらしい。
クリスタル内蔵の武器と違って、馬の脚を凍結させるまでには至らなかったようだ。
追い掛けている途中でアレなんだが。
お前が叫ぶ必要あったの?
無詠唱でも、魔法使えたと思ったんだけど。
(・・・気付いちゃった?別に叫ぶ必要も無いんだけど、皆が武器を構えて叫ぶの、ちょっとカッコ良いなって思ったから。だから真似して、僕も叫ぼうかなって・・・)
今は誰も見てなかったし、別に構わないとは思うんだけど。
でも、微妙に恥ずかしがってたら駄目じゃね?
(なっ!何故分かった!?)
いや、魔王まではノリノリっぽかったんだけど。
フリージングで少し勢いが無くなったかなって。
他の連中なら、フリイィィィジング!!!
くらいの感じで言うから。
(うぅ・・・。やっぱりヒーローは難しいな)
ヒーローは俺に任せておけよ。
っと!
一番後ろの馬のケツが見えたぞ!
(走りながら、ボールとかぶつけられないの?)
無茶言うなよ。
そんな事してもノーコンで上手く当たらない。
それに勢いよく投げるなら、やっぱり立ち止まる事になっちゃうし。
ん?
後ろから明かりが・・・。
(アレ!?何で動いてるの!?)
俺の後ろから追い掛けてきた物。
それは、俺達が乗り捨てたトライクだった。
(な、何でトライクが動いてるんだ!?まさか、ブギーマンってホントに魔族?)
お前が分かんねーのに、俺が分かるはず無いだろ!
あ、俺に気付いた。
うわぁ・・・。
俺達のサイズに合わせてるから、大人が三輪車に乗ってるみたいな感じだ。
正直、ダサい。
「ヘイボーイ!ゲットォン!」
あ?
何言ってるか分かんねーよ。
(乗れよって言ってるっぽいね)
後ろに乗れって事?
こんな窮屈に乗ってる奴の後ろに?
(でもトライクに乗ってれば、ボール投げられるんじゃない?)
うーん、出来なくもない?
仕方ない。
俺はトライクの後部座席に飛び乗って、言った。
「ゴー!」
「オーケーィ!ハッハー!!」
「ブーフ様!何か後ろから追い掛けてきます!」
「どうせ魔王だろ。手持ちの屑鉄の武器を投げまくれ」
「アレは・・・ブギーマンです!ブギーマンが得体の知れない何かに乗って追い掛けてきます!」
一番後ろの男は、笑いながら追い掛けてくるブギーマンが恐ろしくて仕方なかった。
振り返っては距離が近くなっている。
耐えられなくなった男は、最後尾を任されていたが前の連中を追い抜いていった。
「おい!どうした!」
「うわあぁぁ!!」
「HAHAHA!!」
「うおわあぁぁ!!!」
「喧しい!」
ブーフは後ろから聞こえる悲鳴に怒鳴った。
暗くて近くしか見えていないブーフは、何が起きているのか分かっていない。
「後ろを黙らせろ」
そう言って吐いて捨てると、暗闇の中を駆け抜ける。
もうすぐスツールの待つテントがあるはずと、油断していたのだ。
「のわっ!」
馬が何かに躓いたらしく、前のめりに倒れてしまった。
落馬するブーフ。
部下達は一斉に止まる。
はずだった。
「おい!何処へ行く!」
自分を追い越していく部下達。
その後ろから、眩しい光がこちらを照らしていた。
「どうやら運良く、先頭に当たったみたいだな」
「魔王!」
「ハッハー!アイムヒアー!」
「サンキューサンキュー!とりあえずサンキュー!」
何言ってるか分からんけど、サンキュー言っておけば問題無いだろ。
「あら?キルシェが居ない」
「・・・フハハハ!先に行かせた」
本当は置いていかれただけだが、ブーフは嘘をついて先に行かせたと言った。
「マジか!クソッ!でもコイツも許せないし」
ブギーマンが運転出来るなら、コイツに追わせるか?
でも大丈夫かな?
(迷ってる時間が惜しい。早く決めて!)
分かった!
「ヘイ!ユー!これでブーン!えーと、ガールをヘルプ。オーケー?」
(オーケーなわけあるか!)
「オーケー!アイガットディス!」
「通じたじゃないか。俺、メジャーでもやっていけるんじゃね?」