荒れる王国
爺さんは志摩に戻る事を躊躇っていた。
もし戻ったとして、王国に戻れるのか。
船の建造が有耶無耶にならないか。
いくつか不安があるらしい。
ブーフを呼び出し、彼の不安を払拭しようと試みたが、逆に不安を煽る事となってしまった。
爺さんを説得する良い案が浮かばない。
しかも彼女は、既に諦めムードになっている。
僕は気分転換に川の方へと向かうと、そこには爺さんが一人で立っていた。
孫は可愛いだろ?
いきなりの自慢に驚いたが、彼は少しずつ本音を話し始める。
彼にとって九鬼は、重荷でしかないらしい。
この年まで頑張ったのだから、もう自分の人生を歩みたい。
今までの説明と違って、心からの言葉のようだった。
彼はそんな僕を素晴らしい場所へと案内してくれた。
そこは見た事の無い景色を見せてくれるユートピア。
正直、こういう事が出来る王国を、離れたくないとしか思えなかった。
僕はこう考えた。
志摩に戻ってもらってから爺さんには皆に幻滅してもらい、嘉隆の有能さを前面に押し出せば良いのではと。
滝から落ちた事で性格が変わった事にすれば、誰も文句は無いだろうと思った。
「細かい事は良いんだよ。それにアリとキリギリスって言ったけど、別に爺さんは遊び呆けてたわけじゃないし」
「しかし、戻ってこれるか分からないのは難しいぞい」
一番の問題は、それだよなぁ。
キルシェがさっさとまとめ上げてくれれば、こんな面倒は無いのだが。
「とりあえず、戻るのは今の方が良いと思うけど。どちらにしても、内乱に負ければ船の建造計画も無くなる。その場合、魔族嫌いの維持派が、爺さんをタダで帰すとは思わないよ」
「むぅ、それもそうじゃ」
本音を話したからか、少し態度が軟化した気がする。
これなら、志摩に戻るチャンスはあるな。
「こうしよう。志摩には戻るが、船の建造の為に必ず王国に戻る事にする。それを嘉隆にも納得してもらい、今後はただの河童の爺さんになる」
「要は隠居って事じゃな?」
「その通り。だから皆には嘉隆を正式に後継と認めてもらう為に、爺さんには道化を演じてもらう。まあ演じる前に素のままで十分だけど」
「なるほどの。しかし、あの子が納得するかのう?」
それは、今後の為にもしてもらうしかない。
どちらの言い分も全部取り入れる事は出来ないのだから。
部屋に戻った僕と爺さんは、これからの事を話した。
爺さんがカッコ良いと信じている嘉隆には悪いけどね。
「というわけで、こういう作戦になります」
「そういう事じゃ。だからワシは、今から道化を演じる事にするぞい」
素のくせに、よく言うよ。
それで、嘉隆の反応はどうかな?
「・・・もう会えなくなるという事ですか?」
「いや、内乱が終われば会えるだろ」
「おい、軽々しくそういう事言うなよ!」
蘭丸は嘉隆に同情してか、嘉隆寄りみたいだな。
だけど、軽々しくってのは間違いだ。
「確かに言い方が悪かったかもしれない。正確には、キルシェ達が内乱に勝てば、という話だ」
「どういう事?」
「いいか?キルシェは魔族と共に進むという方針を打ち出しているわけだ。彼女が勝てば、魔族が王国を行き来するのも、自由になるだろう」
本当は、自由かどうかは分からないけど。
でも今までと違って、魔族でも許されるのは確かだと思う。
「じゃあ、志摩にも帰ってくる事もある?」
「爺さんがその気ならね」
孫には会えなくなるのは、ちと寂しい的な事言ってたし。
たまには帰るでしょ。
「嘉隆殿、良かったじゃないか!」
「うん!これなら文句は無い!ん?じゃあ、頭領は?」
「正式にお前がなる」
「オレ、何も出来ないけど良いのかな?」
そういえば、コイツ自身は大した事ないんだっけ。
河童達にとってはどうなんだろ?
流石にこれは、僕等には何も言う立場に無い。
「ワシも大した事しとらん。大声出して、皆を叱咤激励してただけじゃ。いきなり全部やれとは、アイツ等も言わんじゃろ。お前なりの九鬼を作れば良い」
「じいじ・・・」
「帰るまでは、ワシも少しくらい教えてやれるからの」
「じいじ!」
爺さんに抱きつく嘉隆。
顔面が胸に埋もれている。
このエロジジイが!
と思ったのだが、流石に孫娘にはそういう気待ちは持たないらしい。
「まとまったようで良かったです」
ブーフがいつの間にか、話を聞いていたらしい。
どうやら僕に、話があるようだ。
「どうしました?まさかこんな早く、キルシェからの返事が来たってわけじゃないですよね?」
「私達の連絡と、行き違いになったようです」
別件で連絡が来たという事か。
僕に話すって事は、船関連もしくは、結構ヤバい話のどちらかだろう。
「皆さんにも関わる事なので、この場で発表します。王都が維持派に攻められました。しかも相手は、帝国軍人も居るとの事。どうやら維持派が急激に盛り返した理由は、帝国の支援があったものと思われます」
「それって、あの王女様は大丈夫なんですか!?」
「今は城を脱出して、こちらに向かっているとの事です。問題は、我々が送った鳩ですね。城に着いた鳩を維持派に見られたら、魔族と手を組んでいる事がバレます」
向こうも帝国と組んでいるんだから、別に構わない気もするが。
王女の立場もあるのかもしれない。
「マオ、俺達はどうするんだ?」
「とりあえず爺さん達を、志摩に戻したい。出来れば蘭丸とハクトも、護衛で志摩まで行ってほしいな」
「お前は?」
「太田とキルシェを待つ。最悪の場合、この船は破棄する!」
「破棄だと!?」
爺さんが掴み掛かってきた。
それなりに力はあるが、そこまで強くない。
河童って相撲好きだと聞いてるから、力が強いものだと思っていたんだけど。
高齢が理由か?
「この秘密アジトも、攻められたらの場合だ。船を奪われるのと船を壊されるの、どっちかになると思うけど?」
「むぅ!」
「もし壊しても、今度はコバと一益に手伝わせるから。今は、自分達の安全を最優先に考えた方が良い」
「それよりも、よろしいのですか?」
ブーフが何か尋ねてきた。
心配なような安心なような、そんな顔をしている。
「何が?」
「皆さんで帰られた方が安全なのでは?」
「あぁ、そういう事。城を追われてるんだろ?最悪の場合、キルシェは亡命扱いで安土に迎え入れる。その為には、必ず生きて戻ってもらわないといけないからね」
「亡命、ですか?」
「あ、何なら志摩でも良いと思う。安土よりも意外性があるし」
「オレは反対かな。帝国に攻められたら、まず生き残れない。上野国に頼るしかなくなるから、戦闘が拡大していくと思う」
嘉隆が即答したのは意外だったが、河童だけでは対応出来ないと認めているのは、頭領として間違ってないだろう。
それなら戦火に巻き込むのはやめた方が良い。
「やっぱり安土か。まあ志摩よりは近いから、迎え入れるのは難しくないか」
そんな事を話していると、ブーフは鎧を着込んで戦闘の準備に入っていた。
そして申し訳なさそうに、お願いをしてきた。
「私はキルシェ様を迎えに行きます。どうかこの拠点を、魔王様のお力でお守りして頂けませんか?」
「僕の力で?魔族に手を借りても良いの?」
「この場は改革派の者達しかおりませんので、問題はありません。それに維持派の連中は、帝国の力を借りているのです。お互いさまというヤツですよ」
言い分としては間違ってないか。
だったら断る理由も無い。
「分かった。引き受けるよ」
「誠にありがとうございます」
頭を下げるブーフの所に、兵からの連絡が入った。
凄く慌てているが、こちらの目を気にしている。
部屋から出た方が良いかな?
「急報!急報!」
「良い。信用出来る方々だ」
「それでは!国王様が暗殺されました!」
「何だとおぉぉぉ!!」
これ、聞いちゃいけないヤツじゃないか?
「嫌疑が、第三王女キルシェブリューテ様に掛けられております!」
「維持派の連中、王殺しまでするとは・・・」
「あの、王様はどっち寄りの考えなの?」
「王は維持派の最高責任者です。キルシェ様は王を追放して国民の声を取り入れて、魔族と手を取ろうという改革を行おうとしました。しかしキルシェ様は、王位には就いておりません」
それ、簒奪だね。
文句を言われても仕方ない。
そして、一番最初に疑われるのも仕方ない。
でも、王位に就いてないのは何故だ?
「何故と思われるかもしれませんが、キルシェ様以外にも改革派には王族が居られます。第二王子のターネン様が名目上ではトップなのです」
「ん?改革派には王族が二人居るって事だよね?名目上はそのターネン王子がトップって言ってるけど、実際は違うって事?」
「その通りです。実質全てを仕切っているのは、キルシェ様になります」
うーん、維持派の内部分裂もあり得るし、ターネンって王子も怪しい。
中身がおっさんの本人がやったとも言い切れないけど、そんな疑いが掛かるやり方を選ぶとは思えないしな。
「なあ、俺達もそんな話聞いて良かったのか?」
蘭丸が小声で聞いてきたが、それは僕だって同じ意見なのだっての。
蘭丸が言っている事に気付いたのか、ブーフも反応した。
「内密に、本当に内密にお願いします。こんな事が国外に漏れれば、我が国はたちまちに他の国や魔族から狙われますので」
「狙う魔族なんか居るの?」
僕には王国の行く末よりも、そっちの方が気になる。
そんな好戦的な連中、安土には入れたくない。
「我々はブギーマンと呼んでおります。魔族と言ってもいいのかすら分かりません。話が通じず、何かしらの問題が起きると、人が拐われていきます」
何それ怖い。
絶対に関わりたくない。
「王国の近くの森に住んでると言われていますが、実態は掴めず、未知の生物として扱っております」
「それ、人扱いなの?」
「二本足で歩くので、一応は人と同じと言われていますが。どうなんでしょう?」
何でお前が疑問形なんだよ。
まあ、そんな怖い存在よりもまずはキルシェだ。
「とにかく、キルシェを助けるのが先決だな。そして四人は志摩へと戻る。僕達はここを守る。皆バラバラだけど、頑張ろう!」
「嘉隆達を頼んだぞ」
「任せろ。送り届けたら、安土へ救援を連れてここに戻ってくる」
蘭丸は嘉隆達を連れて、王国を離れた。
道案内の兵達を数人連れていったが、国境までの案内だ。
国境に維持派が待ち構えていないとも限らない。
なんとか脱出してもらいたい。
「我々もすぐに向かいます」
「分かった。頑張って」
ブーフ達も騎馬隊を引き連れてアジトから離れた。
彼等が居なくなると、ここに残っているのは大半が非戦闘員ばかりになった。
彼等が離れて数日、船の建造を見物するだけの日が続いた。
作業員と事務員だけが残り、武器を持つ人達はまばらだ。
「・・・」
「どうかされましたか?」
「いや、ちょっとね・・・」
太田は何も気にしてないけど、僕はなんとなく思った。
これ、襲われたらひとたまりもない気がする。
まあ、そう簡単に襲われないと思うけどね。
秘密になってないけど、王都からは離れてるし。
ここまで来るなら、相当早く出ていないと無理だし。
「魔王様!急報です!維持派の部隊がこちらへ向かっています」
「おかしいでしょうよ!ここは来ないのが普通でしょうよ!というより早過ぎるよぉ・・・」