爺さんの本音
船の完成はまだまだ程遠いようだ。
しかし、それは幸いかもしれない。
一益に聞いたミスリルの使用要素を取り入れれば、更に機能性は向上するだろう。
王女という立場から簡単に外出出来ないらしく、新たな技術を取り入れるかは城まで伝書鳩を飛ばして、返事を待つ事になった。
相談役といよいよ対面すると、やはり嘉隆の祖父で間違いなかった。
彼は川に流されていたところを、改革派に助けられたらしい。
その恩返しに、船の完成を手伝うつもりだと言う。
その恩返しは、爺さんの夢そのものでもあった。
外洋まで行ける船を作り、海を見て回る。
彼は残り短い人生を、自分の為に使いたいという事だった。
嘉隆は祖父の話に納得出来なかった。
残された人はどうする。
彼女は祖父に対して志摩に戻るよう話をするも、やはり答えは否だった。
僕としてはどちらでも良いのだが、嘉隆が来た理由を達成させるのが、元々の目的である。
内外装共に完成には至っていない。
何故ならそれは、僕が協力していないから。
僕は完成させる条件を言った。
完成させたいなら、一度帰れば良いと。
「なかなかずる賢いな」
「先に言っておくけど、そのまま志摩で頭領をやれとは言わないよ。それはアンタの孫娘達と、話し合えば良い。僕が言いたいのは、そういう後継問題やアンタの安否を、自分の領民達にハッキリとさせてこいって事」
「しかしなぁ・・・」
どうにも渋い表情をしている。
何か不安があるのか?
「志摩に戻って後継と自分の説明責任を果たせば、また船作りを手伝えば良いんじゃないの?」
「もし戻ったとして、ワシは王国に入国出来るのか?この国の内乱で、船の建造が有耶無耶になったりしないのか?不明な点が多過ぎて困るのだが」
それはどうなの?
ブーフさんよ。
と言っても、この部屋にブーフは居ない。
ハクトに呼びに行ってもらうと、彼はすぐに来た。
「爺さんの心配はこういうわけなんだが、どう思う?」
「なるほど。その心配はごもっともですね。一つ目に関して言えば、あの滝まで来ていただければ、お迎えにあがりますよ」
滝を落ちろとは言わないか。
当たり前だけど。
しかし二つ目が微妙だな。
内乱状態に入っているのに、王女が城に居るとは。
という事は、維持派の王族は城から出た?
そうなると、改革派の方が優位って事なのか?
「それと申し訳ないのですが、内乱に関してはお答えできません」
「それは僕等が居るから?」
「それもありますが、本当に分からないのです」
「分からないって?どっちが優位か分からないの?それとも、王国の行末が分からない?」
「どちらも、と仰っておきましょう。王女が改革が必要だと公に発表した時は、維持派が優位に立っておりました。しかし国民の後押しは王女だったのです。段々と盛り返し、そして改革派が逆転。そこへ決定打とするべく、船を作り魔族と協力して外洋へ、という計画を発表しました」
国民は改革派が主なんだ。
それはちょっと意外だった。
洗脳じゃないけど、小さい頃から魔族は敵だって聞かされていたのだから、そういう考えが普通だと思ったんだけど。
それに、船の情報も出回っているんだな。
だから、維持派は船の建造場所を探しているのか。
これを破壊したくて、仕方ない感じなのかな?
「優位なら別に問題無いだろ。何が問題なんだ?」
「それが、今は維持派の連中が盛り返しているのです。理由は分かりませんが、首都から遠い町村は、維持派になっていると聞いています」
王女が首都を押さえているんだ。
地道に遠くから、まとめ上げてるのかな?
「そんな事はどうでも良い。それならワシは、尚更戻るわけにはいかないな」
マズったな。
ブーフの話を聞かせて、爺さんの気持ちは固まってしまったっぽい。
これなら呼ぶべきじゃなかった。
「ちょっとタイム!」
「た、タイム!?」
「小休憩だ。気持ちだけで言ってる気がするから、もう少し落ち着いてから話し合おう」
なんて言ったけど、ただの時間稼ぎだ。
今は確実に爺さんの方が有利。
嘉隆は俯いたまま何も言わないし、当の本人がこれではどうしようもない。
「嘉隆殿、大丈夫か?」
太田の一言で動き始める彼女は、目の前に祖父が居ない事に今気付いた。
「アレ?」
「作戦会議だ。爺さん、どうにかして志摩に返したいんだろ?」
「・・・もう良いかなって」
諦めた表情で言う嘉隆。
ちょっとだけイラッとした。
「僕等はお前の為にここまで来た。諦めるなら帰るから。自分の中で整理しておいてくれ」
そう言い残して部屋を出る。
僕も暑さで、少しイライラしているのだろうか?
頭を冷やそうと川の方へ向かうと、そこには爺さんが居た。
「魔王様か。どうだ、うちの孫は可愛いだろ?」
いきなりの一言が孫自慢か。
本人の前で言ってやれば良いのに。
「可愛いというより美人だね」
「それは悪くない」
ガッハッハと豪快に笑うそれは、河童の頭領という感じがした。
「あのさ、本人居ないから本音で話してよ」
「本音とは?」
「爺さん、ホントは別の理由もあるでしょ?話をしていて、なんとなくそんな気がしたんだよね」
【そうなの!?全然気付かなかった】
多分だよ、多分。
でも、本人にもその気持ちはあるらしい。
ちょっと間を置いてから、話し始めてくれた。
「別に大した理由は無いんだけどな。ワシに固執するのも、どうかと思っただけじゃ」
本当に理由あるじゃないの。
「それって、後継問題って事?」
「ワシの息子は死んだからの。息子の世代で頼れる者も、先代魔王に連れて行かれて死んでしまった。その下の世代に頼るしかないが、まさかあの子が嘉隆を名乗るとはの」
「もしかして、引き継いでほしくなかった?」
「そんな事はない。とは言っても、あれだけの娘だから。結婚だって、相手なんかよりどりみどりだろう?ただ、嘉隆を名乗れば違うかもしれないとは思う」
孫娘が行き遅れになるのが、嫌だって事か。
正直、性格にも問題アリだとは思うのだが。
流石に又左を相手に、駄犬呼ばわりはする女はそうそう居ない。
気が強過ぎるのもどうかと思う。
「それよりも、本当は帰りたくない理由は別にあるでしょ?」
「むっ!?どうしてそう思う?」
「なんかさ、さっき嘉隆に色々と言ってる姿より、川に入って女の人と話してる声の方が、素が出てた気がする」
すると爺さんは目を閉じて、何故か川へ入ってしまった。
頭だけ出して、少し照れ臭そうに本当の気持ちを話し始めた。
「本当はワシ、九鬼を率いるのが面倒なんじゃ」
「ハァ?」
「親父から嘉隆を継いで頑張ったが、気を張り過ぎて疲れたわ。ここで女の子と話をしながら、船を作っていた方が楽しいんじゃわ」
「ハァ!?」
おい!
かなりぶっちゃけたな!
「さっきも言ったけど、ワシは残りの人生は太く短く、そして自分が楽しく生きたいんじゃ!」
「お、おぅ・・・」
「気付いとるか?ここの女の子達の格好、ワシが考案したんじゃ。布の面積を大幅に下げて、暑さを凌げるようにした。色合いで好みも出るし、その素肌が眩しいのだぞ?男女共に好評で、ワシも嬉しいわい。名付けて、びきにじゃ!」
「知ってるわ!」
何が、名付けてビキニだ!
ただの色ボケジジイじゃねーか!
それにビキニ知ってて、驚いた顔してんじゃねーよ。
「まさか魔王様、オヌシもびきにの良さを知っておったとは。この!この!」
肘で突くような感じで水を掛けるな。
あまりにもギャップがあり過ぎて、頭がオーバーヒート気味だ。
僕も川に入って頭を冷やそう。
「魔王様も入るんか?」
「ちょっとね」
「フッフッフ。ならば魔王様、とっておきのスポットへ連れてってあげるぞい」
「とっておきのスポット?」
「付いてくるが良い」
爺さんが川を泳ぎ始めた。
流石は河童だ。
かなり速い。
僕じゃ追いつけないけど、たまに止まってくれるから、兄さんに代わる程じゃないな。
「着いたぞい」
「こ、ここは!?」
目の前を、何故か女性ばかりが通る。
近くの部屋が、事務室か何かなのだろうか?
出入りが激しい。
そして見上げると、とても素晴らしい光景が待っていた。
「どうじゃ?ここもワシが考えたのじゃ」
「考えた?」
「出入りの多さを見たワシは、川の位置と部屋の位置を見て、部屋の配置変換をさせたのじゃ!」
自信満々に、握り拳を作って言う爺さん。
ワシ出来ると、自画自賛している。
「ほら、部屋から出たぞ!」
「お、おぉ!」
細い足首の先には、なめらかな太もも。
そしてくびれた腰を見た先には、下から覗き込む胸の谷間。
なんという破壊力!
「どうじゃ?下から乳を見るなど、そうある事ではないじゃろ?」
「爺さん、これは凄いぞ」
「アレはシュミーちゃん!ここで一番のスタイルを持つ女の子じゃ!」
僕達は息を潜めて、ジッと彼女が通り過ぎるのを見た。
見たというよりも凝視した。
「フゥ、やはり彼女の腰と胸はサイコーじゃ!」
「しかもここ、向こうからは見えないのね」
「そうなんじゃ!ワシが葉をここに多く茂らせたからの。ここ、サイコーの場所じゃろ?」
「素晴らしいの一言だな!」
「じゃろ!先代の魔王と違って、話が分かるのう」
先代はこういうのに興味無かったのかな?
もったいないなぁ。
「まさか、帰りたくない理由がこれとか言わないよね?」
「ま、まさか!そそそ、そんな事あるわけが無いにょじゃ」
噛み噛みじゃねーか。
でも、僕も同じ気持ちになりそう。
それと、本音も出てきた。
「ワシ、ここの居心地が良いんじゃ。志摩に居た時は皆を引っ張る為に、大声を張り上げて指示を出さないといけなかったし。皆を率いるのに、間違いも許されんじゃろ?おかげで神経もすり減った。婆さんが生きてた頃は、帰ってゆっくり出来たけど、今となっては家も休まらんしの」
「それで帰りたくないと?」
「オヌシも見たじゃろ?久子はワシが立派な男に見えている。でもワシは、こういう事をしてる方が性に合ってる。また気を張った生活には、戻りたくないのじゃ」
うーん、これはマズイ。
爺さんの言ってる事が、物凄く分かってしまう。
僕等も魔王になって、気付けば安土の領主に。
そして魔族連合とかいうものの代表にされている。
ハッキリ言って疲れる。
疲れないのは、ハクトと蘭丸の三人で居る時くらいだ。
太田ですら気疲れするし。
爺さんは長年、無理して頑張ってきた。
それを抜け出すチャンスが、死にかけた先でたまたま転がってきたわけだ。
それをまた連れ戻すのは、僕にはちょっと心苦しい。
何か妥協案があれば良いんだけど。
【だったらさ、死にかけた事で性格が変わった事にすれば良くね?三途の川を見てきたら、全てが馬鹿馬鹿しくなったみたいな?】
なんつー馬鹿らしい作戦だ。
でも、この爺さんにはそれくらいが丁度良いかもしれない。
「爺さん、帰りたくないんでしょ?」
「まあの。久子にはたまに会いたいけど、ここを出たくないのに我儘は言えん」
「だったらさ、一度だけ帰省して、今の姿を見せれば良いんじゃない?」
「今の姿を?」
「滝から落ちて死にかけたんだ。死の間際から戻って、性格が変わってもおかしくないでしょ?」
考え込む爺さんだったが、何かを思いついたらしい。
この話に乗ると言ってくれた。
「今の姿を見せれば、皆もワシなんかどうでも良くなるじゃろ。逆に久子への求心力も高まるかもしれんしの。この話、乗ったぞい」
「名付けて、アリとキリギリス作戦だ!」
「ワシ、アリでもキリギリスでもなく、河童だぞい?」