表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/1299

爺さんの夢

 王国の兵士達は、自分達で魔族と歩み寄る事を決めた。

 命令に従ってきただけの彼等は、今後はどのように動くのか、朝まで議論したのだった。

 八割もの人が、魔族と友好的になっても良いと考えてくれたらしい。

 これは僕も嬉しかった。

 彼等は此処から首都には戻らず、改革派として行動を共にするという。

 そして僕等は、パンティを返して別々の道へと行く事になった。


 ブーフに呼ばれ、二人きりで話がしたいと持ち掛けられた。

 どうやら嘉隆が関係しているとの事。

 内容は、改革派の相談役をしている人物が、嘉隆の祖父ではないかという話だった。

 しかし彼女とブーフは初対面。

 故に、本当に相談役と対面させて良いのかと、僕等に相談してきたのだった。


 ブーフに嘉隆は信用出来ると言うと、最重要拠点である秘密のアジトに連れて行ってもらえる事になった。

 そこは川を挟んだ、天然の要塞みたいな場所だった。

 個人的には、秘密とは程遠いがカッコ良いとは思った。

 そしてその最重要拠点では、以前キルシェから話をされた、外洋に出る為の船を建造していたのだった。





「外装に関しては、相談役の意見を取り入れております。問題点は、動力部です。こちらはまだ二割にも満たない完成度となっています」


「二割!?」


 って驚いたものの、船って何で動かすんだ?

 俺、キルシェとの話は難しくてほとんど聞いてなかった。


(魔族の力を借りてって話だったのだが、少し見直しが必要かもしれないね)


 何故、見直しが必要なんだ?


(答えは一益だ。あのミスリルへの刻印は、クリスタルとは別の用途で使えると思う。正直なところ、僕等よりもコバと一益を連れてきた方が役に立つだろうな)


 なるほどね。


「ちなみに、この場所にキルシェは居るのか?」


「キルシェ様は城に居られます。あの方は王女殿下ですから。王国内と言えど、気軽に出歩ける立場ではないのですよ」


「そうか。ちょっとこの船の件で、相談したかったんだけどな」


 その言葉に、ブーフが反応した。

 連絡方法があるのか?


「私が聞くのは駄目でしょうか?」


「うーん、ちょっと微妙かな?」


 と思うんだけど。

 どう思う?


(僕も直接話した方が良いと思うよ。彼が嘉隆を知らなかったように、僕等も彼の事を知らない。現場を任されている立場とは言え、信用出来るかは分からないからね)


 だよな。

 俺も全く同じ意見だ。


「そうですか。では、キルシェ様に伝書鳩を送ります」


 伝書鳩なんだ。

 ちょっと意外な連絡方法で驚いた。


「じゃあ、返事が来るまでは世話になるよ」





「話は変わるけど、その爺さんは何処なんだ?」


「相談役は、大抵は船の建造現場に居ますよ」


「現場に立ってるのか。元気だな」


「初めて会った時から、元気な方でしたから」


 後ろをチラッと振り向くと、嘉隆は船に夢中で話を聞いていない。

 別に言わなくてもいいかな?


「とりあえず下に降りましょう。相談役を紹介します」



 現場に降りて思った事がある。

 何故、作業員は水着なんだ?


「初めて見ると、驚きますよね?」


「あぁ、船もそうだけど、作業員の格好もな」


「これは相談役のアイディアです」


 水着がアイディア?

 意味が分からん。


「何の意味があるんだ?」


「ここは風通しが悪く、とても暑いです。しかし船と川が目の前にあります。熱で倒れるなら川に入ってしまえ!というのが、彼の言い分です」


 言ってるそばから、工具を置いて川に飛び込む男が居た。

 海パン一丁で頭から飛び込み、かなり涼しそうだ。


「あのように、自分の身体が限界だと思った者は、飛び込んでいきます」


「うーん。じいじなら、倒れる前に終わらせろ!って言いそうだけど」


「それは怖いですね」


 ブーフは嘉隆の話を聞いて、やはり別人だと思っている節がある。


「あっ!」


「どうされました?」


「いや、なんでもない」


 思わず声を出してしまった。

 何故ならこの現場、男だけじゃなく女も水着だったからだ!

 てっきり作業員は、男だけだと思っていたのに。

 眼福である。


「ブーフ様。素材調達の件で、お話ししたい事があるのですが」


 水着女性が俺達の前まで来た。

 元々は兵士なのだろう。

 引き締まった身体をしている。

 欲を言えば、もう少し胸が大きいと嬉しいです。


「後で聞こう。相談役は何処に?」


「おそらくはあちらの方に・・・」


 彼女が言い終える前に、誰かが飛び込む音が聞こえる。

 そして、続けて二人目が入った音も。


「キャッ!やーだー!相談役ったら!」


「いや〜、やっぱり水の中サイコー!ワシが泳ぎ教えるよ〜ん!」


 誰か女の人が、川へ突き落とされたようだ。

 声からするに、おふざけのようだが。


「どうやら向こうに居るようですね」


 ブーフの態度から、いつもこんな感じっぽい。

 突き落としてるのに、怒る様子も無い。


「あの声・・・いや、違うか?」


 嘉隆は自分の爺さんなのか、判断しかねている。

 やっぱり会わないと分からないっぽいな。


「行こう。案内してくれ」





「この辺りだと思うんですけど」


「どうだ?川はサイコーじゃろ?」


「居ました!」


 頭が見えた。

 やっぱり皿がある。

 河童なのは間違いないようだ。


「アレ、お前の爺さんか?おい!」


 嘉隆は、河童の頭が出ている方へと走っていく。

 少し通り過ぎすぐに振り返ると、彼女は川へ飛び込んだ。


「じいじ!」


「ん?なっ!久子!?」


「オレの名前を知ってる。やっぱり・・・」


 後を追うと、本当に祖父だったようだ。

 嘉隆は、本当は久子って言うのか。

 似合わないというか、ちょっと違和感があって新鮮だな。


「じいじ!こんな所で何してる!」


「えっと・・・」


「えっとじゃない!シャキッとしなさい!」


「ハイィィ!!」


 見るからに尻に敷かれている。

 嫁じゃなく孫娘に敷かれているのは、初めて見るけど。


「とりあえずさ、川から出てちゃんと話したら?」





 ブーフは気を利かせて、アジトの中でも一番綺麗な部屋だという場所を貸してくれた。

 流石に濡れたままはマズイので、嘉隆と爺さんは着替えをしてから入ってきた。


「何?その格好」


「良いじゃろ。あろはシャツって言うんじゃ。涼しいし目立つし。女の子にも評判良いぞ」


 まさか、この世界でアロハシャツを見るとは思わなかった。

 しかも着てるの爺さんだし。

 大きい皿でも背中に背負って、河童仙人にでもなれば良いのに。

 そう言いたかったけど、ちょっと空気が重い。



「・・・どうして帰ってこなかったの?」


 震えた声で嘉隆が尋ねる。

 爺さんもその声を聞いてか、声のトーンが変わった。


「帰りたくても、帰れなかったんじゃ。まさか意識を無くして、王国まで流されてるとは思わなんだ」


「でも、連絡方法は何かあったんじゃないの!?」


「王国に、九鬼へ連絡してくれと頼むのか?そんな事をしたら、本当に死んだおったわ」


 確かに、王国に身元不明の魔族が一人だけ居れば、そりゃ立場は危ういわな。

 俺ですら、兵士達に拷問でもされるんじゃないかと思ったくらいだし。


「ワシはな。ここまで流された時点で、死んだも同然なんじゃ。いつかは王国の人間に見つかる。そして兵に突き出されて殺される。溺れて死ぬか、兵士に殺されるか。その差しかないと思ってたのだからの」


「横から良いか?」


「何じゃ?この子供達は?」


「俺は阿久野。魔王にして安土の領主だ。こっちは友達の蘭丸とハクト。あと太田は護衛かな?」


 護衛です!と首をブンブン振る太田を他所に、話を続けた。

 爺さんは魔王と聞いて、目を見開いた。


「魔王じゃとおぉぉ!!まさか、九鬼をまた徴兵しに来たのではあるまいな?」


「あぁ、前回の話ね。それ、俺は関わってないから。徴兵なんかしないし。つーかここに来たのも、嘉隆一人じゃ危ないから、俺達が一緒に来てやっただけだぞ」


「ううむ。話はよく分からんが、ただこれだけは言える。孫を守ってくれてありがとうございます」


 爺さんは子供の俺に頭を下げた。

 なかなか出来る事じゃないが、それよりも気になる事があるみたいだな。


「久子や。お前が何故、嘉隆を名乗っている?」


「今はオレが頭領だからだ」


「お前が頭領?」


「他の連中はまだ小さいし。それにあの馬鹿達に命令出来るのは、オレくらいだから」


「河太郎達はお前に甘いからの」


 それって、嘉隆の事狙ってるだけじゃないのか?

 まあ河童の色恋沙汰に首突っ込んでも、ロクな事にならなそうだから言わないけど。


「だったら尚更じゃ。今時点で正式に嘉隆の名を継げ。ワシはここで、やらなくてはならない事がある」


「それって、あの船の事?」


「そうだ」


 彼は天井を見上げ、そして右手を上へと掲げた。

 いつしか口調は爺さんとは思えない、力強い言葉になっている。


「この船はな、海へ出る為の船なのだ。かつてワシが夢見た、外洋へ出る為の船。いつか忘れたあの夢を、死んだと思ったこの身で実現させたい!」


 右手をグッと握りしめると、嘉隆を見据えて彼は言う。


「三代目九鬼嘉隆は死んだ。ワシはこれから、太く短い人生を自らの夢の為に歩む。久子よ。ワシの事は忘れろ。お前は志摩へ帰るのだ」


「何故だ!完成したら帰れば良いではないか!」


 それは俺も思った。


「ワシはな、彼等に助けられた。そして彼等は、造船技術も無ければ操舵の技術も無い。ワシが一から全て教えるのだ。分かるか?」


 なるほど。

 船の完成すらいつになるか分からないのに、船の操作まで教えるとなると、更に時間が掛かる。

 爺さんの年齢というか、河童の寿命は分からんが、帰ると言い切るには時間が足りないかもしれない。


「外装はワシの案を取り入れたが、それでもまだまだ資材が足りない。そして肝心の動力部が全く完成に近付かないのだ。何年、何十年掛かるか分からないのに、おいそれと帰るとは言えん」


「それなら、志摩に残された人達はどうする。アンタの身勝手で、泣いた人達だって居るんだぞ!?」


「無事、生きていると伝えれば良い。それだけで良い土産になるだろう。話は終わりだ」


 彼はそう言い残すと、席を立とうとする。

 それを目で追う嘉隆だったが、続く言葉は無かった。

 かなりシリアスな展開に、俺はどうすれば良いか分からない。

 家庭の事情に口を挟むのも、どうかと思うし。

 どうしよう。

 どうすれば良い?


(交代しよう。僕が爺さんと話す)





「爺さん、まだ座っててほしいんだけど」


「何だ?魔王様が、ワシに何の用があるというのだ?」


 少し苛ついている。

 口調が力強いというよりか、荒くなっている気がしてきた。


「アンタの夢だっていう船、誰が手伝ってるか分かって言ってる?悪いけど、スポンサーとして口を挟まずにはいられないな」


「スポンサー?」


「この船の製作は、誰が言い出したか知ってる?」


「第三王女のキルシェブリューテ殿だろう?」


「そのキルシェが、僕を頼ってきたのは知ってる?彼女と僕は、同士なんだよ。船を完成させるには、絶対に僕等の力が必要なわけ。お爺さん、分かる?僕が協力しなければ、船の完成は無い!」


「何故、そう言い切れる?」


「僕は魔王であり、神の使徒でもある。この世界に無い知識すら持っている僕が居なくては、未知の世界である外洋なんかに出れるわけないだろう?」


「神の使徒!?」


 新しい言葉に驚いているのは、嘉隆も一緒だった。

 他の三人は聞いているだけだが、その反応から嘘ではないと二人は確信した。


「それで、ワシを脅してどうするつもりだ?」


「脅すなんてとんでもない!ただ、もう少し孫は大切にしてほしいと思ってね。昔は可愛がってたって聞いたし」


「今は頭領である九鬼嘉隆だ。そう簡単に甘えさせるわけにはいかない。それよりも、何が言いたい?」


 遠回しに言うのは性に合わないようだ。

 腹の探り合いが苦手っぽいな。

 それならこっちも、単刀直入に言おうじゃないか。





「僕が短時間で船を完成に導く。キルシェには話は通す。爺さん、アンタは一度志摩に帰れ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ