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九鬼嘉隆という男

 王国パシリAを名乗った兄は、簡単に蘭丸に看破された。

 パンティ仮面は逃げる為。

 そう言い放つ兄は話を誤魔化すべく、逃げる事を提案したが、維持派の隊長を捕らえたという男が、戦闘の終わりを告げる。


 男はキルシェの部下だった。

 彼に捕らえた兵士達の処遇を聞くと、特に何もしないと言う。

 説得に応じれば、仲間に引き入れる算段のようだ。

 それくらいならばと、兄はその説得を手伝うと言った。


 川の前に集められた兵士達は、怯えていた。

 兄はまず一言だけ聞いた。

 魔族は嫌いか?

 彼等は自分の意思を答える事が出来なかった。

 幼少の頃からの教育で、魔族は敵だと教わっている。

 だが、それは自分の考えを言っているわけではない。


 その後、蘭丸達を使ったひと芝居のおかげで、ようやく自分達で考える事を始めた。

 隣の人と、近くの人と。

 少しずつ議論の輪が大きくなっていく。


 そして、もう一度問うた。

 魔族は敵かと。

 彼等は自分達の言葉を話し始めた。

 魔族と歩み寄るのを、考えても良いのではと。





「そうか。それは良かった。ちなみに先に言っておくけど、俺達の都である安土には、ヒト族も住んでるからな?」


「ハァ!?魔族の、いや魔王が治めている領地にヒト族が!?」


「流石にそれは嘘だろう」


 やはりここまでは信用出来ないか。

 でも、俺はそこも計算してあるんだよね。


(・・・)


 珍しいとか言われるかと思ったんだがな。


(いや、兄さんはなんだかんだで馬鹿じゃないと思ってるよ。野球IQだっけ?それはかなり高そうだしね)


 お褒めの言葉をありがとう。

 そして予想通り、あの男が動いてくれた。


「お前達が疑うのは、よく分かる!だが、私がキルシェ様と一緒にハッキリと見たのだから間違いない」


 キルシェと一緒に安土に来たというブーフ。

 彼はズンタッタやビビディ達とも会っているので、嘘ではない事を知っていた。


「キルシェ様と!?」


「王族の名前を出してまで、嘘をつく理由は無いよな」


「信用したか?ま、今の話を聞いた通りだ。俺は、俺達は別にヒト族が嫌いってわけじゃない。むしろ歩み寄ってくるなら、ウェルカムって事だ」


 騒つく兵士達だったが、彼等にも考える時間や話し合う時間を与えないといけない。

 だから、この辺で俺の話は終わりだ。

 彼等が話し合っているのを横目に、俺はブーフに言った。


「あとは彼等の決断に任せよう」





「お見事でした!この太田、途中で何度涙を流しそうになったか!」


 と言いながら、号泣している。

 かなりむさ苦しいので、放置しておくに限る。


「私からも言わせて下さい。お見事でした」


 ブーフが頭を下げてきた。


「大袈裟じゃないか?別に大した事ではないと思うんだけど」


「いえ、私もあの言葉を聞いて、思い直しましたから。自分で考えて、自分で決めろというのは、案外難しい事なのですよ」


 それは分かる。

 だがこれは、ある意味受け売りの言葉なんだよね。


「監督、俺の師匠だった人の言葉だったんだ。バットを振るにしても、じゃなくて。剣を振るにしても、言われたまま百回振るのと自分で選んで振るのでは、大きく内容が変わる。言われたままの奴は、自分がどのように振っているのか分からない。でも自分で選んだ奴は、そこに意味を考える」


「意味を考えるとは?」


「どうして自分が剣を振っているのか。どんな剣を振っているのか。まあ色々考える事はあるけど、今回の場合は、どうして魔族に剣を振るっているのかって事を、考えたって感じかな」


 意外にもこの言葉には、太田やブーフだけじゃなく、蘭丸達魔族に、改革派の一部の連中も聞き入っていた。

 中には大きく頷く奴や、その意味を噛みしめる者も居た。

 ちょっと照れ臭い。


「・・・お前、本当にキャプテンの方か?見る目が変わったぞ」


「ま、まあ良いじゃない。俺だって、やる時はやるって事だよ。それよりさ、メシ食おうぜ」


 俺は照れ隠しに、蘭丸とハクトを誘ってその場を離れた。





 あの後、議論は長々と続いたらしく、結局一晩をその場で過ごした。

 俺達は維持派のテントをそのまま利用したが、議論をした連中は川の前で過ごしたにも関わらず、文句はほとんど無かったと聞いた。

 ちなみに文句を言っていたのは、階級の高い貴族と呼ばれる連中のようだ。

 王族に近い立場にあるから、やはり根底から魔族が嫌いなんだろう。


「どうだった?」


「凄いです!八割の連中が、改革派の考えに賛同しています!」


 八割か。

 凄いかどうかは俺には分からんが、二割の連中は拒んだわけか。

 話を聞くと、隊長クラスの貴族ってヤツだろうな。

 あとは本当に嫌いな連中だろう。


「残りの二割は捕虜にするのか?」


「そうですね。今は捕らえておくしかないです。時が来たら解放するので、そう心配しなくても大丈夫ですよ」


 別に心配しているわけじゃないんだけど。

 俺なら武器を取り上げて、その場に放置していくからな。

 大半が魔物に食われるのがオチなんだが、それをしないだけ優しいとも思ってしまう。


「では行きましょう」


「何処へ?」


「私達の秘密のアジトです」





 ブーフの言葉は俺達の心をくすぐった。

 秘密のアジト。

 こう言われて、興味が湧かない男の子は居ないだろう。

 小さい頃なら、誰しもが憧れた秘密基地。

 それの大人バージョンだと、俺は考えている。


「ちなみに数ヶ所に分かれております。皆さんと兵士達は、別の場所に移動してもらうので、何かあれば先に済ませておいて下さい」


 俺に用なんか特に無い。

 早く秘密のアジトを見たいから、さっさと行ってほしいんだが。


「魔王様」


 太田から、誰かが俺を呼んでいると言われた。

 誰かという言い方がよく分からないが、太田が知らない人かな?

 俺は呼ばれた場所に行くと、何の用事かすぐに理解した。


「あの・・・良いですか?」


「これだよね?」


「そうです!あっ!しかも全部綺麗になってる」


「王国パシリAこと洗濯マスターである俺が、綺麗にしておきました」


 そう。

 用事があると呼び出したのは、女性兵士達だった。

 要は下着を返してくれって事だ。

 名残惜しいが、持ち主に戻した方が、本来の使い方をするし。

 俺のようにHKになるなら別だが、そういう道具では無いからな。


「また汚れたら、持ってきても良いよ」


「流石に出来ませんよ」


 袋を返した俺は、彼女達に手を振って別れた。

 流石にもう用事は無いはず。

 だと思ったが、どうやら別件があるらしい。

 ブーフから相談したい事があると言われた。





 テントの中に入ると、ブーフだけが座っている。

 対面に座るように促され、席に着くとすぐに本題に入った。


「探し人が居ると伺っているのですが」


「あぁ、俺じゃなくて嘉隆だね」


「それはお連れの女性の事ですか?」


 ブーフは何かを確認するように聞いてきた。

 彼の中で、何か引っかかる事があるのだろうか。


「そうだけど。何故?」


「これから向かう先に、私ども改革派が秘密裏に進めている計画があります。実は、そこの相談役をしておられる方が、九鬼という方なのですが」


「何だって!それ、本当か!?」


 俺は立ち上がり、両手でブーフの肩を揺らした。


「え、えぇ」


「それ、彼女には言った?」


「まだです」


「何故?探している相手は、多分その相談役している人だよ」


「まず大きな理由は二つ。一つ目は、私は魔王様をキルシェ様と同行した際に、お顔を拝見していたので見知っております。しかし、彼女は私にとっては初対面。本当に相談役と会わせて良い人物なのか、判断しかねます」


 相談役ともなる役職に就いてるんだから、それなりに重要なんだろう。

 信用出来るか分からない相手には、会わせられないか。


「二つ目は?」


「一応、相談役と同一人物なのか、彼女に確認を取りました。姿形の外見は、彼女の言った通りだったんですが。性格がまるで違いまして。正直なところ、本当に探し人が相談役なのか、私でも返答しかねるのです」


「性格が違う?どんな風に?」


「彼女の探し人の性格は、とても厳かで、河童をまとめ上げる漢の中の漢だそうです」


 それだけ聞くと、海の男って感じかな?

 海じゃなくて川だけど。


「それで、相談役は?」


「とても明るく元気な老人。若い連中と会話していても、話が合うという、少し変わった方なんですが」


「だいぶ違うな!」


 思わず声に出てしまった。

 しかし、聞く限り大きく違っている。


「私としても、返答に困っております。そこでお聞きしたいのが、彼女は魔王様から見て信用に値する人物なのか。それを確認したかったのです」


「彼女が信用に値するなら、相談役と直接顔を合わせる場所を作るってか?」


 彼は何も言わずに頷いた。

 なるほどね。

 俺の返答次第で、嘉隆の運命は大きく変わりそうだ。


「彼女は信用出来る。その爺さんが居なくなったから、彼女は九鬼嘉隆の名を継いだと言っても過言じゃない。実際に俺も、彼女が河童達に指示を出してる姿を目にしているしね」


「そうですか。分かりました」


「魔族嫌いの国である王国に、戦闘力がほぼ皆無の彼女が来たのは、その爺さんに会う為なんだ。だから、この話を嘉隆にしても問題ないか?」


「魔王様がそこまで仰るのなら、問題はございません」


 責任者であるブーフが、二つ返事で答えてくれた。

 これで王国の旅も、もうすぐ終わりそうだな。





「本当か!?」


 嘉隆に話をしに行くと、彼女は驚きのあまり立ち上がって聞いてきた。


「ただし、本人かはまだ分からないからな。お前がそうだと言っても、向こうが違うって言う可能性だってあるし」


「それでもやっぱり嬉しい!」


「お、おぅ!」


 彼女はその嬉しさから、俺に抱きついてきた。

 とても素晴らしい感触を味わっております。

 確実に弟も味わっていると思います。


(当たり前だ!そしてありがとう!)


 うむ、俺も彼女にありがとう。

 この感触は忘れない。



「話は変わるが、性格が全く違うらしいな」


「オレもそれについては戸惑っている。ブーフ殿の言った性格は、何かの間違いだと信じたい」


 間違いかぁ。

 普通、性格を間違えるなんてあり得ないよな。

 どっちかが嘘を言っているってわけじゃないと思うんだよ。

 だから余計に分からないんだけど。


「とにかく会ってみようぜ」




「着きました」


 ブーフの言う秘密のアジトは、川に面していた。

 ハッキリ言おう。

 あんまり秘密って感じがしない。

 川を跨ぐように左右から大きな木が枝を伸ばし、その下には計画と言われていたある物が作られていた。

 これは俺達も知っている。


「デカイな」


 見上げながらしみじみと言っていると、その横では嘉隆が大きく狼狽えていた。


「デカイなんてもんじゃないぞ!こんなの初めて見た!凄い!凄過ぎる!」


「蘭丸達は?って、見た事無いか」


 嘉隆ですら驚くほどの大きさ。

 普段から見慣れない二人にとっては、未知との遭遇に近いものがある。

 二人はポカーンと口を開けながら、二人とも見上げていた。


「オイ。オイ!先に行くぞ!」


「あぁ、すまん。あまりの大きさに思考が停止した。何に使うのか、全く想像が出来なかった」


 蘭丸はようやくこちらの声に気付き、早歩きで後ろをついてきた。

 俺達はその大きな物体の横を歩き、目的の人物まで向かっていく。

 横を歩いていて俺は思った。





「ブーフ、この船の外装はほとんど完成してるように見えるのだが。あとどれくらいで完成なんだ?」


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