勧誘
二人は王国兵に捕まった。
奴隷や愛玩動物扱いされそうだと言われたので、おそらく維持派の連中だろう。
太田は高値で売れる為に丁重な扱いだと言われたが、僕等は奴隷。
そしてその辺の魔物の肉と同じだそうだ。
正直な話、兄は早くキレてぶっ飛ばせよと思った。
兄は炊事や洗濯担当をしていた。
学生時代の名残から洗濯が上手く、王国兵に評判だった。
そんな中、女性兵士達から頼まれ事をされる。
渡された袋の中身は、なんと下着だった!
一枚一枚、丁寧に、とても丁寧に確認した。
兄は被りたがっていた。
知ってはいたが変態だった。
僕は人として間違っていると思ったから、そんな事はしない。
しかし兄は、洗濯をしたら問題無いと言った。
おパンティを被った兄は、とても幸せそうだった。
僕はそうでもない。
本当にそうでもなかった。
何というか、目に焼きつけておこうと思っただけだ。
すると爆発音が聞こえ、太田が逃げるチャンスだと言ってきた。
見つからないように隠れながら進むと、兄を魔物の肉と言った兵士を発見する。
兄は敵に苦戦している隙を突いて、ゲンコツをお見舞いした。
そのまま逃げようとしたその時、苦戦相手の敵から声が掛けられたのだった。
「ん?」
「お前、マオだろ?」
げぇ!?
何で蘭丸が此処に!?
「ち、違うナリ!俺は王国パシリA。またの名をHK!」
「あ、蘭丸殿じゃないですか!」
お前、何寄っていってるの!?
これじゃバレバレじゃないか!
「太田殿か!やっぱりその姿は慣れないな」
「キャプテン、敵が蘭丸殿達という事は、味方ですぞ」
俺の方を向いて、キャプテンを連呼している。
あの馬鹿!
「ところでアイツ、何故パンツなんか被ってるんだ?」
「さあ?HKがどうとか言ってましたが」
あれ?
軽蔑されたりしないのか?
もしや、この世界では女性のおパンチィを被ったところで、変態ではないのかもしれない!
「趣味なんですかね?」
「うぇっ!?アイツ、パンツ被る趣味なの?変態じゃないか」
ハイ!
変態頂きました!
もう良い。
俺はこのまま被って逃げる!
「違う!俺は奴隷として捕まったからな。しかも洗濯マスターとして王国兵に人気があった。逃げる時に顔バレすると困るから、仕方なくコレを被っていたんだ。ホントだぞ!?」
「ふーん。それでお前、その袋は何だ?」
チィ!
予備に持っていたおパンチィに気付きやがったか。
だが今宵の俺はひと味違う。
必殺!
とにかく誤魔化す!
「そんな事よりも、先に逃げるぞ」
「逃げる必要は無い」
蘭丸の後ろから、知らない人物が話し掛けてきた。
蘭丸と鎧兜も同じだから、仲間なのは分かる。
「何故だ?」
「ここを仕切っていた隊長を捕まえた。逃げようとしていたのを伝えると、残っていた者達は武器を捨てた。彼等に戦闘の意思は無い」
この乱戦の中で、あの隊長を見つけたのか。
なかなかやるようだ。
「ところで、そのパンティ小僧は?」
マズイ!
知り合いなら誤魔化しも効くが、初対面の者にこの格好は刺激が強い。
絶対に変態だと思われる。
「俺の名は王国パシリA!一週間前に捕らえられた、洗濯マスターだ!」
「・・・真面目にやってくれるか?」
「あ、はい。すいません」
怒られてしまった。
お宝・・・ではなく、被っていたパンティを袋に戻し、改めて俺は自己紹介した。
「俺は阿久野。安土の領主にして魔王だ」
「・・・蘭丸殿。魔王は子供で変態なのか?」
やはり変態認定を受けたか。
だが俺は、そこで慌てたりしない。
慌てれば自分で、変態だと認めるようなものだからだ。
「俺は王国パシリAとして、奴等の内情を探っていた。あの姿はHK。洗濯マスターとして顔バレしている俺は、仮の姿HKとして、顔を隠す必要があったのだ」
「そうか。顔を隠すだけなら、持っていた袋を被れば良かった気がするのだが」
うぐっ!
痛いところを突いて来やがる。
だが!
「前が見えないだろうが!」
「穴を開ければ良いのでは?」
「そんな道具、持ってないからな。俺の偽りの姿、王国パシリAは所詮はパシリ。大層な物は持たせてもらえるわけが無い!」
「なるほど。自己紹介が遅れた。私はブーフ。実は魔王と会うのは初めてではない」
あ?
だったらパンティ脱いだ時点で、分かってたんじゃね?
俺を試したのか?
「つーか、俺に王国の知り合いなんか居ないぞ。強いて言えば、キルシェだけだ」
「やはり貴方が本物でしたか。私はキルシェブリューテ王女の近衛として、貴方の治める都、安土に行ったのですよ」
という事は、コイツ等が改革派。
同じ王国兵だから、姿格好まで同じならどうしようと思ってた。
コイツ等の装備なら、見分けは出来る。
それにしても、急に言葉遣いが変わったな。
俺を魔王として認めたって事か。
「それで、この後はどうするんだ?」
彼等は武器を捨てた連中を縛り上げて、拠点に戻ると言う。
蘭丸達が協力している訳は、その途中で話してくれるそうだ。
「奴等はどうするんだ?」
「どうもしませんよ。元は同じ王国兵です。何も知らないで作戦に参加した者達も多い。一度は詳しく説いてみます。駄目なら、牢屋行きですけどね」
それなら視野が狭くなったアホ以外は、分かってくれる可能性があるのか。
命令だから魔族と敵対している。
軍人だから仕方ないが、そういう連中も多いって事だな。
それなら俺でも協力出来そうだ。
「俺も手を貸そうか?」
今俺は、川の前に集められた維持派と呼ばれる連中の前に立っている。
俺の予想していた百人よりは少ない。
やっぱり斬り殺された奴も居るって事だ。
魔族が嫌いで王国兵になって敵対してたなら分かる。
だが、命令だから行軍してた奴なら、たまったもんじゃない。
しかも相手は、同じ王国兵に斬り殺されたわけだから。
命令に従うだけのイエスマンは、この時代だと生死に関わるから怖いな。
「さてと、諸君!俺の話を聞いてもらおう」
川に落とされるとでも思っていたのか、震えている連中が多い。
そう思っていたのに、急に俺の話を聞けと言われて、ちょっとだけ安心したようだ。
つーか、俺が話して良いのか?
俺より弟の方が良いか?
(いや、こういうのは兄さんの方が向いていると思うよ。甲子園に出るような野球部の部長をやってたくらいだ。大勢に話す時、僕よりも言葉に重みがある気がする)
え、そう?
なんかお前に言われると照れるなぁ。
(真面目にやればだけどね)
なるほど。
じゃあ、あの頃みたいに話すわ。
「俺の名は阿久野。安土の領主にして、魔王をやっている」
その一言で、多くの者が騒ついた。
あんな子供が、とか言われたりしている。
やっぱり見た目では分からない。
魔族は油断ならないとかも聞こえた。
しかし、数少ない者が声も出さずに顔面蒼白で俯いている。
コイツ等は王国パシリAの時に俺に手を出したり、嫌がらせしてきた連中だ。
「静まれ!」
元に戻った太田が、バルデッシュの石突きで地面を叩くと、一斉に静かになった。
「お前等に聞きたい。魔族は嫌いか?」
唐突な質問に、全員キョトンとした顔をしている。
「もう一回聞くぞ?お前は魔族が嫌いか?」
「えっ!?俺!ですか?」
俺の目の前に座っていた男を指差して、答えを聞く。
「魔族は敵だって、そうやって子供の頃から聞いてきたから」
「違う。それはお前の考えじゃないだろ。俺はお前が、魔族の事を嫌いかって聞いてるんだ」
途端に答えられなくなる男。
無言のまま、静かな時間が続く。
「俺はさ、別にお前の事を責めてるんじゃないから。先に言っておくわ。お前達が魔族は敵って言うのは、そうやって教育されたからだ。だからこうやって、お前達は俺達に剣を向けている。分かるか?」
「は、はい・・・」
今度は左に居た男を指名して、返事を聞いた。
まだ少し緊張というか、怖がられている感が否めない。
「そういうのを刷り込みって言うんだ。えーと、インプリンティング?そういうヤツなんじゃないか?」
「インプリンティング・・・」
確か、鳥の雛が初めに見た物を親と思うヤツだった気がする。
自分達でも思うところがあるんだろう。
少しずつ考え始めるヤツが増えてきた。
「じゃあアンタ!俺の事、嫌い?怖い?」
「こ、答えかねます!」
変な答えを言ったら、何をされるか分からないと思ってるんだろうな。
状況が状況だから仕方ない。
それなら、こういう手を使おう。
「蘭丸!」
蘭丸を呼び出して、女性の手を取ってもらった。
顔から目を離さない女性兵士。
「俺の事、怖いか?嫌いか?」
「怖くないです!好きです!」
なんとも釈然としないが、まあ目的は達成した。
ハクトにも同じ事をしてもらい、ついでに嘉隆にも男性兵士にやってもらった。
今思えば、美男美女揃いで助かったな。
「もう一回聞こう。俺達って嫌いか?怖いか?お前たちにとって、憎むべき存在か?」
俺が言いたかった事が、ようやく理解出来たっぽい。
段々と自分達から、意見が出始めてきた。
「言われてみると、何故嫌いなんだろうな」
「俺は初めて魔族を見たけど、もっと醜悪な見た目だと思ってた」
「あんまりヒト族と変わらないんだな」
隣の人との話し合いから少しずつ固まり、そしてグループディスカッションのように議論が始まる。
「よーしお前等、ちょっとだけ聞いてくれ。今お前等は、初めて自分達で考え始めた。魔族の事、俺達の事をどう感じたか。どう思ったか。それは人それぞれで正解は無い。でも、お前達が出した答えは、間違いでもないわけだ。やっぱり俺達が嫌いだ、憎いって奴も居ると思う。それは仕方ない事だ」
「嫌われる事が仕方ないの?」
ハクトの疑問はもっともだが、これは地球でもある。
野球じゃなくてサッカーだけど、やっぱり黒人差別や俺達みたいなアジア人への差別は欧州リーグでは、そこそこ見られたりするらしいからな。
「あまり例えたくはないが、ゴキブリが生理的に受け付けないのと同じだと思えばいい。でも俺達の対立は、害虫とは違うだろ?」
「なるほど。分かりやすい」
「嫌われるのは仕方ないとは言ったが、嫌うならちゃんとした理由を挙げてほしい。ただ単に、親から、先生から、そして国から言われたからというのは、それは違うんじゃないかと俺は思う」
アレだけ議論をしていた連中が、俺の声に耳を傾けている。
最後の一押しかな。
「最後にもう一回聞くわ。俺達とお前達、どうしても殺し合わないと駄目な存在か?」
「違う!俺はお前が、一生懸命に洗濯しているのを見た。最初は奴隷だからだと思ってた。でも洗濯を頼む時にお前から言われた、今日もお疲れっす!って言葉は、どうしても嘘だと思えない」
「俺達もそうだ!泥だらけで落ちづらい汚れも、いつもより白くなっていた。嫌々やってるなら、他の二人と変わらないはずなのに」
それは俺が洗濯マスターだからです。
とは言えないな。
先輩のユニフォームを洗濯するのに、俺の指名率はダントツでトップだったから。
白さにはこだわりがあります。
冗談はさておき、向こうが真面目に話してくれたんだから、こっちも腹割って話そう。
「ぶっちゃけさ、俺達わざと捕まったんだよね。色々と情報が欲しかったのもあるけど、それよりも話が聞きたかったから」
「アレ、わざとだったのか」
「俺は奴隷って言われて、気晴らしに鞭で叩かれたりするのを想像してたんだよね。でもさ、俺と接してきた若い連中は、大半がそんな事なかった。先輩が後輩に雑用やらせるくらいの感覚?なんか思ってたのと違ったわけ」
「俺達も思ってたのと違ったけどな」
「だろ?だから、ちゃんと話せば分かる奴も居るんだよ。お前等が、自分自身で理解してるんじゃない?」
「確かに」
ちゃんと理解してくれて嬉しいぞ。
言葉が通じるんだから、何とかなるもんだ。
「お前達は今回、維持派ってヤツの隊長に連れられてきたわけだ。だけど今、お前達は自分で考える事が出来る。俺としてはもう、お前達と敵対したくないんだけど。改革派って、どう思う?」
「悪くない。俺達は魔族と歩み寄る事を、考えても良いと思う」