契約破棄
ビンタで気絶した彼を背負って前田さん宅の前まで向かっていると、家の前で蘭丸が待機していた。
女子も前田さん宅の中に居るようだ。
何故分かるかって?
キャーキャーうるさいんだよ!
「無事だったか!お前、何で敵を連れてきてるんだ!?」
わざわざ此処まで背負ってきた事に、大きく驚く蘭丸。
しかも連れてきたのは前田さんを倒した男。
そりゃ驚くか。
「実は戦っている時に少し話をしたんだが・・・」
彼が信長と同じ世界から来た日本人だという事だけを伝え、精神魔法に冒されている事を伝えた。
本当は嫌々戦っていた可能性があるが、まだ分からないので縛りつけておくように頼んだ。
「あのさ、この人の精神魔法解きたいから、ちょっと海津町まで行ってくるから」
「おい!まだ戦闘は終わってないんだぞ!!」
って言われたんだけど、実はもう戦闘は行われていない。
「もう帝国兵は誰も残ってないよ。隊長だと思われるこの人が負けたのを見て、一目散に逃げていったのを確認したから」
そう。派手に壁を突き破った音に反応して、帝国側の連中も集まってきたのだ。
そして瓦礫の中から鼻血出して気絶しているこの人を見た一人が、こう言って逃げていった。
「あの人が負けるなんて・・・バケモノだぁぁぁ!!!」
失礼な!こんなカッコ可愛い男の子を前にしてバケモノなんて。
(自分でカッコ可愛いとか言ってたら世話ないよ)
さて聞かなかった事にして。
「町の図書室で見つけた伝書の中に、精神魔法に関する物があった。確認しないと分からないけど、もしかしたら契約を解除する方法もあるかもしれない」
「それはそうかもしれない。しかし何故、お前がこの人の為にそこまでしなきゃならないんだ?」
うっ!なんて説明しよう・・・。
(簡単だよ。もしかしたら仲間になってくれるかもって言えばいい。仲間になってくれなくても、帝国の重大な話が聞けるかもとかね)
なるほど。
どっちも間違ってはいない。
「というわけなんだけど。どっちも重要じゃないか?」
「俺の一存では何とも言えないな。前田さんに話をしよう」
家の中に入り、まずはロープで彼を縛りつけた。
変な縛り方はしてないですよ?
縛り方を知ってたらイタズラでやったかもしれないけど。
そして前田さんに会いに行くと、寝室で療養しているのかと思いきや・・・
「あ、阿久野くん。無事だったんだね!良かった!今ご飯作ってるから食べていってください」
ちょっ!この人何やってんの!?
さっきまで村が襲われて、挙句に自分はぶん殴られて骨折したんじゃないのかよ!
めっちゃ肉のいい匂いがしてるし。
この人、初めて会った時には分からなかったけど、だいぶ変わってるな・・・。
(前田さんもかなり傾奇者って事だね)
前田家恐るべし!
「すいませんが食事の前にいいですか?」
さっきの話を前田さんに説明する。
「信長様と同じ世界の人間ねぇ。それを証明出来るものはありますか?」
特には無いな。どうしよう・・・。
いや、ボクシングだ。
あの槍を捌いた動き自体が、向こうの世界の技術だし。
「前田さんの槍を捌いた技。アレはボクシングという格闘技のものらしいです」
「なるほど。確かにアレは凄い技でした。食らった私が言うのだから間違いないでしょう。あまり乗り気にはなれませんが、倒してのは貴方です。助けたいというなら、試してみる価値はあるでしょう」
おぉ!許可が出た!
なんか倒したのが自分だからっていう理由が、ちょっと弱肉強食っぽいけど。
とりあえず許可が出たのであれば、急いでいこう!
「ありがとうございます!では早速町の方へ向かいたいと思います!」
「えっ!?ご飯は!?せっかく沢山作ったのに・・・」
アンタ、何でそんな寂しそうに言うのさ!
あぁもう!食べてから行きますよ!
(僕もその方が良いと思うよ。なんだかんだで疲れもあるだろうし)
それもそうか。
既に暗くなり始めているし、森を抜けるにしても魔物との遭遇もある。
知った森であっても、夜になればそこは魔物の領域。
やはり無茶はしないでおこう。
前田さん特製とにかく肉尽くし料理を食べて胸やけを起こした後、ボクサー佐藤の様子を見に行った。
縄で縛られ動けなくなっているものの、既に意識を取り戻したようだ。
「エセお子ちゃまか?どうやら俺はアンタに負けたらしいな」
「起きていたか。暴れられても困るので、そのような状態にさせてもらったよ。獣人でも切れないと聞いているから、キミの力じゃ無理だと思うぞ」
「切れたとしても逃げられないさ。さっきのアンタの攻撃、俺では見切れなかったし。何をされたのか分からずに、意識が無くなっちまった。抵抗する意思はあるから頭痛はしないが、どちらにしろ詰みだろう」
負けて捕まったからか、軽く諦めムードに入っている気がする。
諦めたらそこで人生終了ですよ。
タプタプしちゃいますよ。
それよりも釘を刺しておかないと。
「なんか諦めてるみたいだけど、まだ捕虜っていう扱いだからね。そして一つ約束してほしい事がある。俺が元日本人だという事を、此処の人達には黙っていてもらいたい」
「何か理由がありそうだが、まあ俺には関係の無い話だな。特に聞かれるような事が無ければ、黙っているつもりだ」
信用できるか分からないが、戦闘中での会話の感じでは問題無いだろう。
これで安心して伝書を取りに行く事が出来そうだ。
翌朝、俺は伝書を取りに町へ向かった。
今回は一人で行く事を許可してもらった。
前田さんが倒せなかった隊長を俺が倒したので、戦力十分と判断されたらしい。
一人という事なので、周りに気を遣わずに身体強化で全力疾走だ。
たまに魔物が邪魔をしてきたが、一人なら問題は無い。
理由は簡単、走って置き去りにするだけ。
途中で休憩を挟んだものの、予想していたよりも早く昼前には着いた。
あれから数日しか経っていないが、今は緊急時だ。
何があるか分からないので、もしかしたらまた帝国兵の襲撃が遭ったのではと心配していたが、杞憂だっただ。
まずは戻った事を長可さんに報告する。
ここからは、俺より弟の出番だな。
「只今戻りました」
「お早いお戻りですね。一人だけですか?」
「今回は訳あって急ぎ一人で戻りました。でも村が危険で逃げてきたとかではないので、ご安心を」
蘭丸の事も心配だろうし、まずは安心させないとね。
その後、村の詳しい詳細を伝えた。
「此処を襲撃した兵より、はるかに低い戦力でしたね。おそらくは正規兵ではないとの事です。前田さんに重傷を負わせた強者もいましたが、今は捕縛して捕虜となっています。前田さんも治療済みで、今は村も危険は無いと思われます」
「能登村は辺境ですからね。帝国としてもそこまで脅威はないと予想していたのでしょう。そして一人で戻った用とは?」
「今回捕虜とした隊長ですが、織田信長と同じ世界から来た異世界人だと思われます。そして精神魔法の一つ、契約によって強制されている可能性があり、その解除方法を調べに戻りました」
「精神魔法ですって!?」
特殊魔法の中でもかなり特異な部類に入るこの魔法。
使い手すらほとんどいない魔法にかかっていると聞き、かなり驚いたようだ。
長可さんの面を食らった様子など、初めて見たかもしれない。
「解除さえ出来れば、帝国の状況を教えてくれるかもしません。上手く事が運べば、こちらに協力してくれもらえるかも」
そんな事を言ったけど、僕等としては関係無く助けたいんだけどね。
やっぱり同郷だし、何よりも無理矢理戦わされているという事であれば、それは許せない行為だからだ。
「なるほど、事情は分かりました。そういえば以前、精神魔法の伝書を見つけたと騒いでいましたね。本来は持ち出し禁止ですが、今回は事が事ですので特別に許可を出しましょう」
流石は長可さん。
話が早い。
此処で読んで勉強していくより、実際に読みながら試した方が早いからね。
この処置はかなり助かる。
「ではありがたくお借りします。何か連絡事項があれば、伝えておきますが」
「そうですね。こちらの捕虜に聞いた話では、しばらく襲撃は無いでしょう。一度村長である前田殿と意見のすり合わせを行いたい。一度こちらに来ていただけるか、打診をしてください」
これには僕も賛成。
相互協力の関係を築けば、今後の襲撃に慌てる事も無くなるだろう。
村で戦えるのはほぼ前田さん一人だが、この町には戦士団の存在がある。
戦士団に守備をお願いする代わりに、村からは労働力の提供辺りが妥当かな?
「分かりました。戦士団に滞在してもらい、前田さんに町へ来てもらえるか確認してみます」
「では食事を取ってから、気を付けて戻ってください」
どうやら長可さんは僕が此処に来たタイミングで、食事の準備もしていたらしい。
やっぱりイメージは、ちょっと怖いお母ちゃんって感じだな。
ありがたくいただき、僕は伝書を持って村へと戻る事にした。
兄の身体強化で再び村へ走る事、数時間。
往路より魔物の遭遇が少なかった事もあり、皆が寝静まる前には戻ることが出来た。
流石に一日で往復してくるとは思ってなかったのか、前田さん驚愕してたけど。
しかし戻ってきた事を知って、また食事を作り始めた。
この人は何でこんなに、自分でメシ作るのが好きなんだ?
さて、ちょっとした休憩も取った事だし、いざ精神魔法破りに挑戦だ!
「こんばんは~。起きてますか~?」
「こんばんは。生きてますよ」
死んだ事を確認しにきたわけじゃないんだけど。
敵に捕まってるもあるからか、だいぶ悲観的になってるな。
「さて、問います!え~と、今更だけど名前聞いてなかったね」
「あぁ、佐藤だ。佐藤俊輔」
「では佐藤さん。契約に関してですが、詳しくは話せないんですよね?」
「おそらく話せば、違反扱いになると思われる。試したいとは思わないが」
「分かりました。じゃあ勝手にやってみるので、寝ててください」
【ん?寝ててもらうの?】
ギャーギャー言われるのも面倒じゃない?
こんな夜に騒がれるのも近所迷惑だし。
寝てて起きたら、ハイ契約解除出来てました!って方が楽かなと思ったんだけど。
【うーん、何か手掛かりとか聞きながらやるのかと思ってた】
どうせ契約を理由に話してもらえないからね。
だからハイ!ビンタで気絶させてください!
【えぇぇぇ!!!お前酷い奴だな!】
僕がやって失敗した方が酷いと思うけど。
睡眠魔法みたいなのもあれば便利なのにね。
というわけで、バシッとよろしく!
【うーん、縛られている人に手を出すなんて・・・。俺は最低な人間だな】
今更だよ今更。
鉄球当てて首が変な方向に曲がった時点で、殺人も経験済みだよ。
【お前、ホント嫌な言い方するよな。アレは剣で殺そうとしてきてるんだから、自業自得というヤツでしょうよ】
そういう問答はもういいから。
ちゃっちゃとビンタして!
じゃないと進まないよ!
というわけで、見えない速さでバシッとビンタしてもらった。
いきなりビンタされるとは思ってなかっただろう。
すまない。これもキミを助ける為なのだよ。
別に途中から、「あ、静かにしててください」って頼むだけでも良かったかな?
なんて思ったりしなかったから。
さて、解除方法を探してみよう。
まず契約の確認から。
え~と、なになに。
・契約をしている人間には、必ずその人間に契約書がある
・契約書は精神魔法修得者であれば、誰でも確認可能である
・契約書の内容に異議がある場合、内容如何によっては破棄が可能である
・その内容とは、明らかにどちらかが損害を被る場合にのみ発生するものである
・異議の申し立ては他の修得者を代理人として立てる事が出来るが、その場合契約者の委任が必要となる
なるほど。
【なるほど、分からん】
分からないなら、なるほどじゃないから!
まずこの人の契約書があるはずだ。
精神魔法を詠唱すれば見えるみたい。
僕は詠唱をした後、彼の頭の上に浮いている一枚の書類を見つけた。
手元に持ってこようとするも、すり抜けて触れる事が出来なかった。
これが確認は可能だけど、委任されないと駄目って事なのかな?
しかし内容を見る限りでは、これは酷いな。
内容は簡単に言えば、メシは食わせるから命令に従えである。
よく時代劇で、一宿一飯の恩義は悪党斬って返します的なのがあるけど。
大したことないメシを奢ってもらって、悪党とはいえ人を斬るってどうなのよって話だよ。
人を斬るって事は、自分も斬られる可能性があるわけだよ。
メシ程度でそんな事出来ますか?
僕は無理だね。
だからこんな契約は無効である!
【なるほどね。とても分かりやすかった】
ご理解いただけたようで何より。
そしてもう一つおまけに、ごめんなさい。
【ごめんなさい?】
異議の申し立て、要はこの契約に文句があるって僕が言えるんだけど。
その為には、佐藤さんの承諾が必要なんだよね。
【つまり?】
起きてもらって、承諾してもらう必要がある。
【おいぃぃぃ!!!なにこれビンタ損!?心を痛めてビンタして、意味が無かったって事じゃないかよぉぉぉ!!!】
すまなーい。
ホントにすまなーい。
【全然心が籠ってなーい】
さて!起きてしまった惨劇を嘆いても仕方ない!
【起こした人が反省してないですよね?】
惨劇を回避するには、僕等には無理だったんだ!
というわけで起こします。
「もしもーし、佐藤さーん。朝じゃないけど起きてくださーい」
がくがくと身体を揺らし、起こしにかかる。
「うーん、朝?俺いつの間に寝たんだっけ?」
ほう?ビンタに気付いてないとな?
これは・・・無事、惨劇は回避されたと言っても過言ではないのでは?
【いや、無理があるだろ。だって俺のビンタの痕が頬に残ってるし】
大丈夫!この部屋に鏡は無い。
誰にも見られなければ問題は無い。
完全犯罪成立だ!
私の計画に間違いはない!
「おや?阿久野くん、まだ終わってなかったんですか?」
ハイ!完全犯罪終わりました!
いきなり後ろの扉開いちゃった!
私の完璧な密室トリックがここで終わりを告げた。
「え、えぇ。これから始めるところです」
「その頬の痕も解除の為のものかい?」
「頬の痕?あ、なんか痛い!言われてみると痛い!」
「ひ、必要な手順だと伝書に書いてあったもので。まだ安心出来ないので、前田さんは戻って待ってて下さい」
なんとか追い返せたぞ。
これ以上ボロは出せない。
真面目に。
最初から真面目だったけども。
真面目にやるしかない。
「佐藤さん、本題に入ります。契約に関してです。僕の方で調べた結果、契約の破棄をする事が出来そうです」
「なんだって!?本当にそんな事が可能なのか!?」
「落ち着いて聞いてください。契約は精神魔法の一種ですが、この魔法の修得者が居れば契約者の代理人として、異議の申し立てが出来るようです」
「魔法!?人間に魔法が使える奴なんか見なかったぞ!?」
やはり帝国の戦士に魔法を使える者は居ないみたいだ。
じゃあいったい誰がこんな魔法を・・・。
おっと、それよりこっちを優先しないと。
「この精神魔法、修得者が非常に稀です。誰が貴方にかけたのかも分かりません。しかし!他の修得者がたまたま目の前に居ます」
「じゃ、じゃ俺の代理人に・・・」
「その為に、この魔法の伝書を調べたんですよ」
その言葉を聞いた彼は、顔をくしゃくしゃにしながら涙を流した。
「ありがとう・・・。よろしくお願いします」
代理人の委任はこれでいいのかな?
何か手続きとか・・・。
あ、もしかしてこれで契約書に触れるのか?
先程触れなかった、彼の頭の上に浮いている書類に手を掛けた。
おぉ!指先に触れている感覚がある!
その紙を指でつまんで、目の前に持ってきた。
「それが俺の契約書・・・」
「契約者は最低限の衣食住に対して、主人の命令に絶対服従するものとする。これが佐藤さんの契約書の中身です。代理人として確認します。この一方的な契約に異議を申し立て、破棄を致しますか?」
「勿論、破棄を要求する!」
「では契約者の希望により、破棄します!」
僕はこの紙を半分に破った。
すると、持っていた紙が透けて無くなってしまった。
やはり魔法で出来た契約書のようだ。
これで契約は無くなったはず。
佐藤さんの反応は?
「・・・頭痛がしない。逃げようと考えても頭が痛くならない!」
フゥ、どうやら成功のようだ。
精神魔法を覚えたって言っても、いきなりこんな重大な仕事をぶっつけ本番でやる羽目になるとはね。
失敗したらどうしようかと思ったよ。
「無事、成功して良かったです。これで晴れて自由の身というヤツですね」
「ありがとう!本当にありがとう!俺が出来る事なら、何でも協力させてほしい。いや、させてください!」
こういう言い方は嫌だけど、思惑通りに行ったね。
これで帝国の事や召喚に関して、色々と聞く事が出来る。
それより先に・・・
「どうです?一緒にご飯食べませんか?」